論文

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21年目の消費税と「税民投票」
立正大学法学部教授・早稲田大学社会科学部講師  浦野  広明

1. 日本経団連の提言

悪税制の旗振りをする日本経団連(経団連)は09年2月16日、「社会保障制度『改正』に関する提言」を発表した。この提言は消費税率を2015 年までに現在の5%(国税4%+地方税1%)から10%に上げて基礎年金と医療・介護に各2%分、少子化対策に1%分を配分する。2025年度までに、消費税の税率を段階的に約17%とし、合計で約12%の引き上げ分は、基礎年金に約4%、医療・介護に7%、少子化に1%充てると述べた。

日本生活協同組合連合会(日本生協連)の「2007年税金・社会保険料しらべ」によると2007年の消費税負担額は、平均的な家族で年間175,500円である。仮に消費税率を10%にしたら負担額は現在の2倍(10% ÷ 5%)となる。10%消費税における上記平均負担額は、175,500円×2= 351,000 円にもなる。

5%の消費税率がヨーロッパの国々に比べて低いかのようにいう人がいるがそのようなことはない。下図は国税収入に占める消費税の割合である。日本の5%消費税は今でも世界最高水準である。

国税収入に占める消費税
消費税率 日本
5%
イギリス
17.5%
イタリア
20.0%
国税収入比率 24.6% 23.7% 27.5%
消費税率 ドイツ
19.0%
フランス
19.6%
アメリカ
0%
国税収入比率 33.7% 47.1% 0%
宮内豊編『日本の税制』【平成18年版】財経詳報社、2006年7月を参照し、
日本については地方消費税も国税収入に含めて浦野が計算した)

なぜこのようなことになっているかといえば、日本の消費税は輸出売上を除き生活必需品にもぜいたく品にも一律5%を課すからである。生活関連支出に関する消費税課税をイギリスと比較した下図を見れば日本の消費税がいかに高いか分かる。

日本とイギリスの品目別消費税率
売上品目 日本 イギリス
食料品、上下水道、書籍、障がい者・視力障がい者用具、住宅建設、旅客運賃、医薬品、子供服 5% 0%

2. 税制改定の動向

政府は消費税実施から21年目となる09年度税制改定法案を09年1月23日、国会に提出した。法案提出までには次の経過をたどった。
(1)政府税調09年度答申
政府税制調査会(政府税調)の「09年度の税制改正に関する答申」(08年11月28日)は、税制抜本改革の方向性について、「当調査会としては、昨年 <2007年11月> の答申に示した各税目の中期的な改革の考え方は、その後の大きな情勢変化の中でも、揺るぎなく堅持すべきと考える。『中期プログラム』で示される税制抜本改革の全体像において、当調査会の提言内容が十分に反映されるよう、政府に要請したい」と述べた。

09年度答申が堅持すべきという政府税調の「07年11月答申」の大要は次のようなっている。
1 個人所得課税・・・・・・超過累進税率を緩和する。配偶者控除・扶養控除の廃止を含む所得控除を縮減する。給与所得控除を縮減する。事業所得における低所得者の必要経費を認めない。公的年金等控除額を縮減する。個人住民税の均等割部分を増税する。地方公共団体対する寄付金税制を勧める。
2 法人課税・・・・・・法人実効税率のさらなる引き下げを行う。地方法人課税における外形標準課税の割合や対象法人を拡大する。事業税における社会保険診療に係る課税の特例措置を撤廃する。国際的な資金循環や企業活動に対し税制が阻害要因とならないことが重要である。公益法人税制を改変する。
3 消費課税・・・・・・消費税は税制における社会保障財源の中核を担うにふさわしい。
3 資産課税・・・・・・相続税の負担水準をこのまま放置することは適当でない。
3 金融所得課税・・・・・・損益通算の範囲を拡大する。上場株式等の配当や譲渡益の軽減税率(10%)は妥当である。
3 固定資産税・・・・・・負担水準の低い土地が存在するので適正化を促進する。
3 納税環境整備・・・・・・納税者番号制度を導入する。罰則を強化する。広報・租税教育を強化する。

以上のように07 年答申は未曽有の大企業・高所得者減税、庶民大増税計画であり、その「堅持」は国民を奈落の底に導くものとなっている。
(2)自公税制「改正」大綱と中期プログラム
自公税制「改正」大綱(08年12月12日)は、税制抜本改革の道筋として、「消費税を含む税制抜本改革を経済状況の好転後に速やかに実施し、2010年代半ばまでに持続可能な財政構造を確立する。」として次の8項目を掲げた。
3 個人所得税・・・・・・「各種控除や税率構造を見直す」
3 法人課税・・・・・・「社会保険料を含む企業の実質的な負担に留意しつつ、課税ベース <土台、基礎、基本> の拡大とともに、法人実効税率の引下げを検討する」
3 消費課税・・・・・・「消費税の全額がいわゆる確立・制度化された年金・医療・介護の社会保障給付と少子化対策に充てられることを予算・決算において明確化した上で、消費税の税率を検討する。その際、歳出面も合わせた視点に立って複数税率の検討等総合的な取り組みを行うことにより低所得者の配慮について検討する」
3 自動車関係諸税・・・・・・「負担の軽減を検討する」
3 資産課税・・・・・・「相続税の課税ベースや税率構造等を見直し、負担の適正化を検討する」
3 納税者番号制度の導入
3 地方税制・・・・・・「地方消費税の充実を検討するとともに、地方法人課税の在り方を見直す」
3 税制全体のグリーン化(環境税という超大型間接税導入の布石)
自公内閣はこの前記大綱の8項目をそのまま受け継いだ「持続可能な社会保障構築とその安定財源確保に向けた『中期プログラム』」を閣議決定した(08年12月24日)。

中期プログラムは、税制抜本改革の道筋として「消費税を含む税制抜本改革を2011年度より実施できるよう、必要な法制上の措置をあらかじめ講じ、2010 年代半ばまでに段階的に行って持続可能な財政構造を確立する」としている。
(3)平成21 年度・所得税法等の一部を「改正」する法律の附則
09年1月23日に国会提出がなされた「所得税法等の一部を改正する法律」の附則第104条(税制の抜本的な改革に係る措置)は次の内容となっている。
政府は基礎年金の国庫負担割合の2分の1への引上げのための財源措置並びに年金、医療及び介護の社会保障給付金並びに少子化に対処するための施策に要する費用の見通しを踏まえつつ、平成20年度を含む3年以内の景気回復に向けた集中的な取組みにより経済状況を好転させることを前提として、遅滞なく、かつ、段階的に消費税を含む税制の抜本的な改革を行うため、平成23 年度までに必要な法制上の措置を講ずるものとする。この場合において、当該改革は、2010年代の半ばまでに持続可能な財政構造を確立することを旨とするものとする。
上記(1)の改革を具体的に実施するための施行期日等を法制上定めるに当たっては、景気回復過程の状況、国際経済の動向等を見極め、予期せざる経済変動にも柔軟に対応できる仕組みとするものとし、当該改革は、不断に行政改革を推進することに一段と注力して行われるものとする。
上記(1)の措置は、次に定める基本的方向性により検討を加え、その結果に基づいて講じられるものとする。
i 個人所得課税については、格差の是正及び所得再分配機能の回復の観点から、各種控除及び税率構造を見直し、最高税率及び税率構造を給与所得控除の上限の調整等により高所得者の税負担を引き上げるとともに、給付付き税額控除の検討を含む歳出面も合わせた総合的な取組みの中で子育て等に配慮して中低所得者の負担の軽減を検討すること並びに金融所得課税の一体化を更に推進すること。
ii 法人課税については、国際的整合性の確保及び国際競争力の強化の観点から、社会保険料を含む企業の実質的な負担に留意しつつ、課税ベースの拡大とともに、法人の実効税率の引下げを検討すること。
iii 消費課税については、その負担が確実に国民に還元されることを明らかにする観点から、消費税の全額が制度として確立された年金、医療及び介護の社会保障給付並びに少子化に対処するための施策に要する費用に充てられることが予算及び決算において明確化されることを前提に、消費税の税率を検討すること。その際、歳出面も合わせた観点に立って複数税率の検討等の総合的な取組みを行うことにより低所得者への配慮について検討すること。
iv 自動車関係諸税については、簡素化を図るとともに、厳しい財政状況、環境に与える影響を踏まえつつ、税制の在り方及び暫定税率を含む税率の在り方を総合的に見直し、負担の軽減を検討すること。
v 資産課税については、格差の固定化の防止、老後における扶養の社会化の進展への対処等の観点から、相続税の課税ベース、税率構造を見直し、負担の適正化を図ること。
vi 納税者番号制度の導入の準備を含め、納税者の利便の向上及び課税の適正化を図ること。
vii 地方税制については、地方分権の推進及び国と地方を通じた社会保障制度の安定財源の確保の観点から、地方消費税の充実を検討するとともに、地方法人課税の在り方を見直すことにより、税源の偏在性が小さく、税収が安定的な地方税体系の構築を進めること。
viii 低炭素化を促進する観点から、税制全体のグリーン化を推進すること。
法律は本則と附則から成る。附則はその法律の主要な事項以外の付随的事項を定める部分の名称である。その法律の主要な部分は「本則」という。附則はその法律の施行期日に関する規定が代表例だが、その他、既存の法律の改廃に関する規定などがある。

今次の附則104条は悪税制の推進プログラムである。国民の信を問わず消費税導入などの悪税制推進を既成事実化しようという策略である。

3. 応能負担原則の隠ぺい

(1)社会保障目的税のうそ
先に述べたように経団連は、年金給付額など社会保障費の安定財源を消費課税で行うために、「消費税を社会保障目的税にしたらよい」のではないかと述べる。消費税の社会保障目的税化は、「福祉を求めるなら、消費税を上げる。それがいやなら福祉を求めるな」という結末をまねく。

憲法は税負担のあり方については「応能負担原則」(第13条、同14条、同25条、同29条)、税の使い方については「全ての税は福祉社会保障目的税である」(前文、第9条、同25条)という立場をとっている。
消費税の社会保障目的税化は、「応能負担原則」と「全ての税は福祉社会保障目的税である」という憲法のいずれの考えにも違反するものである。

財界が消費税増税に執着するのは、自動車、電機産業など輸出製造業の莫大な利益確保が目的の一つである。つまり輸出製造業は消費税によって巨額の輸出戻し税を得ている。例えばトヨタ自動車は消費税・地方消費税を1円も払わないで、年間約3,200億円もの還付を受けている(2007年度)。

消費税の欠陥は低所得の人ほど重い負担になる逆進性にある。月5万円の年金収入しかない人にも、何百万円の収入のある人にも一律にかかる。〔消費税額÷所得〕でみれば、応能負担原則に反することは一目瞭然である。
政府は消費税導入の際、「高齢化社会に備えるため」と宣伝した。しかし消費税の税収は大企業減税で相殺され、福祉は後退の一途をたどった。「社会保障のために」というが、消費税は大企業が負担する税や社会保障負担の引き下げと福祉の後退をもたらす。消費税の実態は福祉切捨税である。
(2)累進税率の弱体化
応能原則において欠かせないのが累進税率である。累進税率は課税対象金額が増えるにしたがって適用税率を高くするものである。累進税率には、課税対象が大きくなるに従って単純に高率を適用する単純累進税率と課税対象を段階的に区分し、上の段階に進むに従って順次に高率を適用する超過累進課税がある。超過累進税率を採用している代表的な国税には所得税、相続税、贈与税がある。しかし、近年の税制改定は次のように累進課税機能を破壊させている。

所得税の税率刻みは74年当時19区分あり、所得税・住民税の最高税率は93%であった。住民税は06年度税制改定によりそれまでの3区分の累進税率(5%、10%、13%)が廃止となり一律10%となった。これによって国民の約6割は5%の住民税支払で済んでいたのに一挙に10%の負担となった。住民税の累進税率廃止は第2次大戦後における最悪の税制改定の一つである。この改悪を推進した小泉、竹中両氏の罪は重い。

03年度税制改定では「貯蓄から投資」と称して新たな証券税制を採用した。上場株式の配当や売却益所得については他の所得と切り離して、いくら所得があっても所得税7%、住民税3%とした。

「プレジデント」誌が自社株配当長者ランキングを報じている(2007年12月3日号)。上位5人は次の各氏である(1億円未満四捨五入)。1山内溥(任天堂相談役)98億円、2、柳井正(ファーストリテイリング会長)63億円、3福田吉孝(アイフル社長)60億円、4毒島邦雄(SANKYO会長)40億円、5松井道夫(松井証券社長)34億円。

仮に山内溥氏の配当98億円を74年当時の総合課税で計算すると所得税・住民税は91億円(98億円× 93%。実際には超過累進税率の適用となるので若干下回る)となる。それが現行証券税制の下では9億8千万円(配当額の10%)であるから81億2千万円の減税となった。

相続税の税率は、02年まで10%、15%、20%、25%から出発して、各相続人の法定相続分が5千万円超〜1億円以下= 30%、1億円超〜2億円以下= 40%、2億円超〜4億円以下= 50%、4億円超〜 20 億円以下= 60%、20 億円超= 70%だった。03年からの相続税の税率は、10%、15%、20%から出発して、各相続人の法定相続分が5千万円超〜1億円以下= 30%、1億円超〜3億円以下= 40%、3億円超= 50%となった。法定相続分20 億円超の相続税率を70%から50%へと20%もの巨額減税をした。

法人税率は84年当時の43.3%から現在は30%まで下がっている。
累進税率がおろそかになる結果、大企業や資産家は「合法的」に税負担を免れ、庶民は「合法的」に過酷な税を課されることになった。

4. 税負担と税の使途

(1)年度内税制法案未成立
税法の大半は年度改定法案の積み重ねで出来上がっている。年度税制改定法案は、例年2月上旬(2〜 4日)の通常国会へ提出され、3月末には無修正で成立するのが常だった。例えば07年度税制改定法案は07年2月2日に国会に提出がなされ3月23日に成立している。

ところが08税制改定法案は例年に比べて1週間早い08年1月23日、国会に提出がなされ2月29日に衆院本会議で可決した。しかし参院では議決にいたらなかった。参院で議決ができなかったのは悪政に怒った国民が07年参議院選で与党を過半数割れに追い込んだからである。年度税制改定法案が3月31日までの年度内に成立しないという未曾有の事態である。この稀有な成り行きは悪税制の推進に対して、国民が歯止めをかけたという点で特筆に値する。

けれども衆院本会議は08年4月30日、憲法59条(法律案の議決、衆議院の優先)の規定を悪用し、衆院可決後、参院が60日以内に議決しなかった税制改定法を参院が否決したものとみなす動議を与党の賛成多数で可決した。その後、税制改定法は参院から衆院に返付され、自民公明両党が3 分の2以上の多数で衆院本会議で再可決、成立した。衆院における自民公明両党の3分の2以上の議席は05年の小泉郵政トリック選挙の遺物である。この遺物がまだ国民いじめに機能している。
(2)国政の存在理由
税制に対して不満を持つ人はたくさんいるが、まだまだ選挙でその不満が結果に出ていない。税法や税条例は国会や地方議会で定める。

政治は何を行うかを突き詰めると、税金の取り方、使い方(どのように税金を取って、その税金をどのように使うか)に帰着する。主権者である自分たちの代表が政治をやるというのが建前であり、税金の取り方、使い方は議員が決める。まともな議員による議会をつくらなければ悪税制の是正はできない。

そうであるから国政選挙、地方議会選挙、首長選挙で、税金の取り方・使い方を投票権行使の判断基準とすることが最重要となる。私はそれを「税民投票」と名付けた。
日本における税制の民主化はまだとば口である。消費税の増税は一般の労働者、中小事業主、年金生活の高齢者やワーキングプア層に苦しい生活を強いる。この事態は耐え忍ぶだけでは打開できない。

消費税実施から21年となる今こそ、税金のあり方を変える「大きな方向転換」が必要である。租税の賦課・徴収は必ず国会の制定する法律の根拠が必要である(憲法30条、84条)。したがって国政・地方など、あらゆる選挙で、庶民増税に反対する世論をつくり、税制への意思表示をすることが重要である。先に述べたように日本国憲法は、能力に応じた負担(応能負担)を原則とし、税金は平和や福祉、教育や社会保障に使うことを求めている。

大企業や高所得者に応分の負担をしてもらえば、消費税を上げる必要はなく、社会福祉への財源が生まれる。世界有数の経済力を持つ日本は、国民の幸せを第一に考える福祉大国になれる可能性を秘めている。それができない原因は、「政治の貧困」とそれを維持してきた投票行動にある。

(うらの・ひろあき:東京会)

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