論文

> 行政不服審査法案の問題点
団体の中にある個人の人権
今一度「税政連問題」の意味を考える
  千葉会  伊藤  清

◆会員の思想・信条の自由に特に留意しなければならない

私は、本誌前号に、南九州税理士会(以下「南九会」)の会員牛島昭三税理士が原告となり、その所属する南九会を被告として、〈税理士法改正の運動資金として南九州税理士政治連盟(以下「南九税政連」)に寄付するため特別会費を徴収するとした被告の総会決議は、税理士会の目的の範囲外であり、また会員の思想・信条の自由を侵すものであって無効であるから、原告には特別会費の納入義務はないことの確認等を求めて争った訴訟で、原告の主張を全面的に認めた1996(平成8)年最高裁第三小法廷判決を、その判決の1 年後に牛島税理士と南九会との間で締結された確認事項とともにご紹介いたしました。

その最高裁判決は、原告を勝たせた理由のなかで次のような趣旨のことを述べています。
税理士会はあらかじめ一定の目的を定めて設立を強制した団体であり、これに税理士をすべて強制的に加入させ、その目的を遵守した会務運営が行われるように政府(担当大臣)が税理士会及び税理士を管理監督することとしている。したがって、税理士会の目的の範囲は、法に定められた会の目的を逸脱することのないよう厳格に解釈しなければならない。

また税理士会は強制加入の団体であるから、会員税理士にはいろいろな思想・信条・主義・主張の持主がいることが予想されるが、それら会員税理士には脱退の自由もないのであるから、税理士会のなす行為が目的の範囲内であるというためには、その行為がそれら会員の思想・信条等の自由を侵すことがないものでなければならない、ということに特に留意しなければならない。

◆税政連を友誼団体として特別扱いすることの問題

ところで政治団体への寄付(政治献金)は、選挙における投票と表裏をなすものであるから、政治団体に寄付するかどうかは、会員個人が市民としての個人的な政治的思想・見解等に基づいて自主的に決めるべき事柄である。政治団体として特定政党に所属する特定政治家を推薦しその支援活動を行っている税政連に寄付することは、その税政連の支援する特定政治家を支持することにつながるのであるから、例え税理士法の改正のためであっても、団体の多数決によって税政連への寄付を決定し、そのための協力を会員に強制することは、その政治家を支持しない会員の思想・信条の自由を侵害することになる。そのような総会決議は、税理士会の目的の範囲外の行為で、無効といわざるを得ない。

以上が、この最高裁の判示したところですが、さらに牛島税理士と南九会との間で締結された確認事項では、税理士会と税政連は別個独立の団体であることを確認し、その確認に基づいて次のことを確約したのです。

それまで南九会は南九税政連に事務所を無償で提供し、事務員も両者を兼務するなど、南九会が南九税政連を丸抱えしている状況でした。しかし別個独立の団体となればこういう状況は解消しなければなりませんが、直ぐというわけにもいきませんので、いちおう六年の期限を限ってその間に南九税政連は新たに別の場所に事務所を開設することにしました。このようにして南九会は南九税政連に対し今後一切利益の供与は行わないことを取り決めたのです。

この趣旨は、特定の政党・政治家を支援する政治団体である税政連に対しては、税理士会は明確な一線を画さなければならないわけで、これまでのように税政連を友誼団体として格別扱いすることは非常に問題があるということになります。まずこのことを肝に銘じなければならないのです。

◆今年の税理士会総会で税政連問題取り上げる

(1)総会に出席し発言することの意義
私の所属する税理士会(以下「本会」)は、今年は6月中旬に定期総会を開催しました。本会の会員数は2千数百名ですが、例年総会への出席者はおおむねその10パーセント200名前後というところでしょうか。それには本会や支部の役職者も含みますので、一般会員の参加は非常に少ないのではないかと思われます。

各単位税理士会は本会を含め、基本的には日税連の意向に沿った税務援助その他行政協力の方針をたて、その方針が総会において大した異議もなく承認されて全国の税理士を行政協力に動員するわけですが、どうせ方針通り承認されるのだからあえて総会には出るまでもないと考えるからか、日本人の性向とされる大勢順応主義の現れなのか、出席しても一文のトクにもならないという実利主義からか、とにかく総会への関心の薄さは、総会への参加状況と、仕事に関係の深い研修会などへの参加状況とを比較すると、よくわかります。

まあそれはともかく、私は毎年出席し意見を述べることにしています。総会を、執行部の方針が会員の討議を経て民主的に決定されたものと装うセレモニーに過ぎないと評する会員から見れば、私の発言もまたその毎年のセレモニーの一幕を演じる役を買って出ているということになるのかもしれません。また会務に何らかの不満を持つ者に対しては格好のガス抜きの機会を与える効果を狙ったものとの批判がもしあるとすれば、その批判者からお前もそのガス抜きのクチだろうと陰口を叩かれそうですが、私は以前から、議案に対し意見があれば、その意見を表明し、それが採択されるかされないかにかかわらず(いや採択される希望など全くありませんが)その意見を記録にとどめさせることが、会員としての権利であるだけでなく、この会の民主主義を少しでも前進させるための大切な義務であると考えていますから、どんな些細な場面でも、いかに微力であっても、時にはむなしく馬鹿馬鹿しいと感ずることもしばしばですが、私は総会には必ず出席し、発言することにしています。

執行部では、議場での発言のため議事が紛糾し、予定された時間をオーバーするような事態を避けるために、例年、質問は総会日の10日前くらいの日を厳守して文書で提出してもらうようにしています。執行部としては、出された質問に対し時間配分を考えながら適当な回答を準備しておくためでしょうが、その質問は総会当日印刷して出席者に配布されますので、質問者にとっても、その質問の内容を、すくなくとも総会出席者に周知させることができるという利点があることになります。
(2)会長に促され総会前日にかろうじて質問を提出
ところで今回の総会に限って私はほかの仕事に追われていたため、うっかり提出を忘れていました。もちろん文書での提出がなくても、当日会場での発言を制限することはできませんから、当日発言するつもりでいたところ、別の集会で顔をあわせた本会の会長から、期限をかなり過ぎているけれども是非文書で出してもらいたいと促されたため、総会の前日になって急いで2件質問要旨を書き上げ執行部宛に送付しました。

そのうち1件は、アウトソーシングされる国税当局の行政事務の一部を税理士会が請負うという件についてのものですが、これはここでは省略します。いまひとつは税政連に関係した次の問題です。

当日の議案の一つである平成20年度事業計画決定の件で、その事業計画に係る重点施策のなかに本会関連諸機関と一層の連携を図ることがあげられていましたが、その関連諸機関とは、税政連、協同組合、税理士会館の三者を指すことが明らかとされていました。

私は、政治団体として特定の政党・政治家の支援活動を行っている税政連を、協同組合や会館を所有し賃貸する法人である税理士会館など政治的には全く無色の団体といっしょに扱っていることの問題点を指摘しました。

私は、牛島税理士訴訟最高裁判決について若干述べたあと、「特に昨今は、新自由主義的政策により、所得、資産等の格差が拡大し、凶悪犯罪など種々の社会的問題を発生しています。また憲法九条の改廃問題も国民の平和的生存権につながる問題として関心の高いものがあります。また税制についても年金・医療などの社会保障制度の財源とからんで消費税の税率引上げが論議を呼んでいます。これらの政策の利害得失は、国民の政治的意識に反映し、その複雑多様化を必然的なものにせざるを得ません。したがって国民(もちろん税理士を含め)の支持する政党・政治家も一様ではなく、必ずしも税政連の支持する政党・政治家を支持するとは限らないのが、むしろ当然というべきでしょう。このようなとき、税理士会が、特定政党の特定政治家を支持・支援する税政連を友誼団体として肩入れしていることは、税理士会もまたそれらの(税政連の支持・支援する)政党・政治家を支持・支援していることにほかならないことになる。そのことは、(税政連の支持・支援する政党・政治家を支持・支援しない)会員の思想・信条を著しく傷つけることにつながる問題である。」として、このことについて執行部の見解をただしました。
(3)税政連は一般の政治団体とは異なるとの回答
私の記憶に誤りがなければ、執行部の回答は概ね次のような趣旨のものであったように思います。
税政連は、通常の政治団体とは全くその性格を異にするもので、税理士会の目的に沿って税理士会の要望を実現するためにのみ活動している団体であり、「事業承継税制」の実現なども皆そうした税政連の活動のお陰である。このように税政連は税理士会のためにのみ活動している団体であるという点で、特定の政党・政治家の支援のために存在するいわゆる政治団体とは違うということを十分ご認識いただきたい。なお、その税政連の活動資金は自前で賄われていて、税理士会が財政上の援助をしていることはないし、また税政連への加入・脱退は税理士個人の自由であり、税理士会が会員に対し税政連への加入を特に勧奨するようなこともしていない。

「税政連と税理士会とは一心同体、車の両輪の関係であるから、税理士は税政連に入会するのが当然である。」と税理士会の幹部に勧められて税政連に加入し、さらに特定政治家の後援会への参加までも勧奨された経験のある皆さんは、この執行部の回答をどのように受け取られるでしょうか。

私は牛島訴訟のなかで、この言葉を耳にタコができるほど聞かされたものです。税理士会の税政連への寄付は、税理士会の目的の範囲内のことであると主張し、その主張を裏付けるために、南九会が繰り返し繰り返し唱えてきたことは、税政連は、税理士会の目的(税理士制度の改善とか民主的な税制の確立とか)を自らの目的として政治活動をしているもので、税理士会とは一心同体であり、通常の政治団体とは全く違うということでした。

しかし、最高裁は、既に述べたところでお解かりいただけるように、税政連の政治活動の実態を分析して、その南九会の主張をキッパリと斥け、一般の政治団体同様、特定の政治家を推薦・後援する政治団体にほかならないとしたのです。ですから私が執行部のその回答を聞いた途端、いささか大人気なかったかもしれませんが、思わず強い口調で「牛島税理士訴訟の最高裁判決をよく読むように」と忠告せずにはおれませんでした。

その後、ひき続いて議長が平成20年度事業計画決定の件での採決に入り、否とする者として挙手している私を含めた会場を見渡し、「否とする者1名、賛成とする者多数、よって本議案は原案通り可決承認」(或いは否とする者1 名、その他否とする者なしといったかもしれません)とする採決の結果を告げました。もちろん事業計画は、この税政連問題だけでなく、国のアウトソーシング事業に対する対応の問題をはじめ、いろいろ必要な事業があるわけで、私も、その事業計画のすべてに反対というわけではありませんから、この税政連問題がなければ、あと少々の不満があっても計画のすべてについてまで否とはいわなかったかもしれません。

◆重要なのは団体による個人の人権侵害ということ

重要なことは、南九会という税理士会はその構成員である会員税理士に対し統制権を持つ団体であり、牛島税理士はその団体の中にあってその統制権に服する一人の構成員であるという位置に置かれているということです。そしてこの事件の場合、南九会という団体の税政連に対してする寄付の自由が、その団体の統制権によってその寄付への協力を強制される構成員牛島税理士の思想・信条の自由を侵害するという、まさに団体とその構成員個人の権利が真っ向から衝突する典型的な一場面ということになります。

前号でご紹介した八幡製鉄政治献金事件の判決は、最高裁大法廷の判決ですから、いうまでもなくわが国最高の公権的憲法解釈として、わが国司法の憲法解釈を強権的に支配することになりますが、会社の政治献金が会社の目的の範囲内の行為であり、法人も個人と同じく参政権を持つ、として、次のように述べていました。「自然人とひとしく憲法第3条に定める国民の権利および義務の各条項は、性質上可能な限り、内国の法人にも適用されるものと解すべきであるから、会社は、自然人たる国民と同様、国や政党の特定の政策を支持、推進しまたは反対するなどの政治的行為をなす自由を有するのである。政治資金の寄付もまさにその自由の一環であり、会社によってそれがなされた場合、政治の動向に影響を与えることがあったとしても、これを自然人たる国民による寄付と別異に扱うべき憲法上の要請があるものではない。」

その政治献金による八幡製鉄の株主個人等の権利侵害の可能性については殆ど顧みられることがありません。一市民としての私の目には、献金を政治支配の源泉とする大企業や政党のために個人の人権よりも法人の人権なるものを優位におくこの判決は、わが国最高裁裁判官の卑小な人権感覚を満天下にさらけ出したものとしか見えないのです。わが国司法の違憲審査権が十分に機能しない理由もここにあるような気がします。この大法廷判決は、単に政治献金の憲法問題にとどまらず、ひろく法人の人権論としても大いに論議の的とならなければならないでしょう。

私たちの生きている地球上には、国家という大集団から、家庭という小集団までありますが、その中間には、地方公共団体をはじめ、グローバルな多国籍企業から大小の営利法人、宗教法人、学校法人、さらにNGO,NPOなどの団体、私たちの所属する税理士会のような業者団体まで、実に多種多様な団体が存在し、私たちはそうした団体のいずれかに帰属し、またそうした団体とのかかわりの中で一つの個として生存しているわけです。特に企業支配社会と称される今日のわが国の社会状況のなかで、強い支配力をもつ団体と弱い個人の人権の衝突が、私人間における憲法問題として議論されるところです。

「すべて国民は、個人として尊重される。」この憲法13条の冒頭の言葉を私たちは常に念頭から離すべきではないと思っています。尊重されるのは、自然人である個人であって法人ではない、という最も基本的なことがらを。

◆付言 = 憲法改悪に手を貸し、戦争に加担する政治家への支持・支援

なお最後に付言したいことがあります。それは、税政連の支援する国会議員はその大部分が与党自民党所属議員であり、これに同じく与党の公明党や参議院第一党の民主党議員の若干名が加わるという構図です。もちろん税理士会の要望を実現するためには、立法府を占め、行政権も握る政権与党自公のために、その集票組織として活動し、これらの議員に恩を売るということが必要であると考えてのことであることはいうまでもないでしょう。

ところで自民党は、現在の国民主権、平和主義、人権尊重をかかげる日本国憲法をアメリカによる「押し付け憲法」としてこれを廃棄することを党是として結党された政党です。

2005年に公表された自民党新憲法草案は、アメリカの要求にこたえてその同盟軍としてたたかうために、交戦権を否認する9条2項を改廃することを最大の眼目とし、国家のために命を投げ出す国民の育成を目指して、個を尊重するよりは公に奉仕すべきことを説く国家主義的イデオロギーに導かれたものでした。

2006年自民党の若きホープとして首相の座に就いた安倍晋三前首相は、その任期中に憲法「改正」を実現させることを公約の第一に掲げ、改憲のために必要な手続を規定した「日本国憲法の改正手続に関する法律」(改憲手続法)を強行採決によって成立させ、また日本国憲法の個の尊重を教育の理念としたこれまでの教育基本法を改悪し、引続き教育三法を改悪するなど国家主義的政策を着々と実行していましたが、翌2007年の参院選に大敗して首相の座を投げ出し、現在の福田内閣にその席を譲ったため、改憲目論見はいま一見一頓挫した形となっています。

しかし、アメリカの戦争に加担する海外派兵恒久法の制定を目論む福田政権の動向は実質的に憲法を改悪するもので、警戒を怠ってはならないところです。ところで税政連が、この自民党所属議員を推薦し支持することは、すなわち憲法改悪に手を貸すことに他ならないこと、その税政連と連携する税理士会もまた同様に憲法改悪に手を貸すことになること、このことを会員税理士は自覚し承知しているのでしょうか。

もちろん個々の自民党議員のなかにも憲法改悪に必ずしも賛成でない議員も少なからずいると聞いています。しかし、党議拘束の厳しいわが国政党の党員として、その党籍を失うことなく自己の個人的意思を貫くことは極めて困難です。ですから、議員個人が優れた人物であるというだけではなく、彼の所属政党が、人間(人権)について、国家(憲法)について、いかなる基本的政策、イデオロギーをもっているか、がより重く問われなければならなないということです。

繰り返して申し上げれば、現在の税政連の推薦・支持する国会議員の所属政党に属する候補者を支持することは、憲法改悪に手を貸し、わが国がアメリカの戦争に加担する道を歩むことになるということを、十分にわきまえならないこと、このことを最後に申し上げたいのです。             
(いとう・きよし)

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