(1)その経緯の概略 |
さて会社の政治献金については、かの有名な(というより悪名高きというべきでしょうが)八幡製鉄政治献金事件(以下「八幡政治献金事件」)の最高裁大法廷1970(昭和45)年.6月24日判決があります。この裁判は、ご承知のように、八幡製鉄(現在の新日鉄)が自民党に対し350万円の寄付を行ったことに対し、株主の一部から、会社の代表取締役ら2名に対し、この350万円を会社に賠償するよう求めて起こされた株主代表訴訟です。
その訴えの理由を概略すれば、営利を目的とする会社が政治献金という無償の寄付をすることは定款に定められた目的の範囲外の行為で、民法43条に違反する行為であるということ。政治献金は参政権の行使にほかならないが、これは自然人である国民個人のみが有する権利であり、法人が政治献金をすることは個人の参政権を侵害する違法違憲の行為であるということ。この政治献金は、取締役が個人の信条に基づいて勝手に会社の財産を費消したものであるから、取締役としての忠実義務に違反する行為であること、などであったと思います。 |
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(2)政治献金は会社の目的の範囲内か |
政治献金が会社の定款に定めた目的の範囲外であるという上告人株主の主張に対して最高裁大法廷は、「会社は、一定の営利事業を営むことを本来の目的とするものであるから、会社の活動の重点が、定款所定の目的を遂行するうえに直接必要な行為に存することはいうまでもないところである。しかし、会社は、他面において、自然人とひとしく、国家、地方公共団体、地域社会その他の構成単位たる社会的実在なのであるから、それとしての社会的作用を負担せざるを得ないのであって、ある行為が一見定款所定の目的とかかわりがないものであるとしても、会社に、社会通念上、期待ないし要請されるものであるかぎり、その期待ないし要請にこたえることは、会社の当然になしうるところであるといわなければならない。(中略)災害救援資金の寄付、地域社会への財産上の奉仕、各種福祉事業への資金面での協力などはまさにその適例であろう。
(中略)以上の理は、会社が政党に政治資金を寄付する場合においても同様である」。「政党は議会制民主主義を支える不可欠の要素なのである。そして同時に、政党は国民の政治意思を形成する最も有力な媒体であるから、政党のあり方いかんは、国民としての重大な関心事でなければならない。したがって、その健全な発展に協力することは、会社に対しても、社会的実在としての当然の行為として期待されるところであり、協力の一態様としての政治資金の寄付についても例外ではないのである」。「要するに、会社による政治資金の寄付は、客観的、抽象的に観察して、会社の社会的役割を果たすためになされたものと認められる限りにおいては、会社の定款所定の目的の範囲内の行為であるとするに妨げないのである」として、被上告人(被告)会社側の主張を支持しました。 |
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(3)会社の政治献金は個人の参政権を侵すのか |
また会社の政治献金が個人の有する参政権の侵害という批判に対しては、「憲法上の選挙権その他のいわゆる参政権が自然人たる国民にのみ認められたものであることは、所論のとおりである。しかし、会社が、納税の義務を有し自然人たる国民とひとしく国税等の負担に任ずるものである以上、納税者たる立場において、国や地方公共団体の施策に対し、意見の表明その他の行動に出たとしても、これを禁圧すべき理由はない。のみならず、憲法第三条に定める国民の権利および義務の各条項は、性質上可能なかぎり、内国の法人にも適用されるものと解すべきであるから、会社は、自然人たる国民と同様、国や政党の特定の政策を支持、推進しまたは反対するなどの政治的行為をなす自由を有するのである。
政治資金の寄付もまさにその自由の一環であり、会社によってそれがなされた場合、政治の動向に影響を与えることがあったとしても、これを自然人たる国民による寄付と別異に扱うべき憲法上の要請があるものでではない」と、法人の人権を個人と変わらない範囲までにも拡大し、選挙権は自然人にしかみとめられないが、政治資金の寄付は、それが政治の動向に影響があったとしても(もちろんそのためにこそ財界の政治献金が行われ、それが保守政権党を支え、かつ現実に政治を動かしていることは明らかですが)、それは法人の権利として当然に認められるものだとしました。 |
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(4)取締役の忠実義務は |
また上告人が、この政治献金を取締役の忠実義務(商法二五四条ノ二)違反と難じている点について、「商法二五四条ノ二の規定は、同法二五四条三項、民法六四四条に定める善管義務を敷衍し、かつ一層明確にしたにとどまるものであって、所論のように、通常の委任関係に伴う善管義務とは別個の、高度な義務を規定したものと解することができない」とし、「その会社の規模、経営実績その他社会的経済的地位および寄付の相手方など諸般の事情を考慮して、合理的な範囲内において、その金額等を決すべきであり、右の範囲を越え、不相応な寄付をなすがごときは取締役の忠実義務に違反すべきというべきであるが、(中略)本件寄付が、右の合理的な範囲を越えたものとすることはできないのである」として、これも上告人の主張を斥けています。 |
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(5)政治献金は災害義捐金と同じ |
このように八幡政治献金事件において、全く性質の異なる政治献金と災害義捐金とを同列に並べるなど、一般市民の常識をかなぐり捨ててまで、わが国の司法は、資本・財界の要求・要望を最大限に尊重した判断を示しました。わが国の保守政党は、財界からの政治献金なくしては、その財政的基盤を失い存立が困難となることは当然予想されるところです。そのため、わが国の最高裁は、会社の政治献金をこの国の議会制民主主義を支えるものと祭り上げ、勧奨さえする立派な作文を書き上げたのです。献金する余裕をもたぬ一般庶民の私たちは、この最高裁大法廷のお偉方の御託言にただただ恐れ入るばかりです。 |