(1)会社とは法的性格が違う税理士会 |
上記八幡政治献金事件に典型的な政治献金を容認するどころか勧奨さえするわが国の司法状況のなかで、牛島税理士訴訟はどのように争われたのでしょうか。それが如何に愚劣なものであっても、下級審なり小法廷が、大法廷の判決に反するような判決を出すことは、世の中が大きく激変でもしない限り不可能です。
牛島税理士訴訟最高裁第三小法廷の判決については、この拙文のなかですでに幾らか触れてきましたが、まず政治献金について「会社が政党に政治資金を寄付することも、客観的、抽象的に観察して、会社の社会的役割を果たすためにされたものと認められる限りにおいては、会社の定款所定の目的の範囲内の行為とするに妨げないとされる」とした八幡政治献金事件最高裁判決を引用し、これを踏まえた上で「しかしながら、税理士会は、会社とはその法的性格を異にする法人であって、その目的の範囲については会社と同一に論ずることはできない」。なぜなら税理士は、国税庁の管轄区域ごとに税理士会という法人を設立することが法律(国家)によって義務づけられている、つまり会をつくることを強制されているのです。
しかもそのつくることが強制される「税理士会の目的は、会則の定めをまたず、あらかじめ、法において直接具体的に定められている。すなわち、法四九条二項において、税理士会は、税理士の使命及び職責にかんがみ、税理士の義務の遵守及び税理士業務の改善進歩に資するため、会員の指導、連絡及び監督に関する事務を行うことを目的とするとされ( 法四九条の二第二項では税理士会の目的は会則の必要的記載事項ともされていない。)、法四九条の一二第一項においては、税理士会は、税務行政その他国税若しくは地方税又は税理士制度について、権限のある官公署に建議し、又はその諮問に答申することができるとされている」。
このように税理士会の仕事は、法律でキッチリ決められているばかりか、「また、税理士会は、総会の決議並びに役員の就任及び退任を大蔵大臣に報告しなければならず(法四九条の一一)、大蔵大臣は、税理士会の総会の決議又は役員の行為が法令又はその税理士会の会則に違反、その他公益を害するときは、総会の決議についてはこれを取り消すべきことを命じ、役員についてはこれを解任すべきことを命ずることができ(法四九条の一八)、税理士会の適正な運営を確保するため必要があるときは、税理士会から報告を徴し、その行う業務について勧告し、又は当該職員をして税理士会の業務の状況若しくは帳簿書類その他の物件を検査させることができる(法四九条の一九第一項)とされている」とし、
「さらに、税理士会は、税理士の入会が間接的に強制されるいわゆる強制加入団体であり、法に別段の定めがある場合を除く外、税理士であって、かつ、税理士会に入会している者でなければ税理士業務を行ってはならないとされている(法五二条)」ことを指摘したうえで、「税理士会は、以上のように、会社とはその法的性格を異にする法人であり、その目的の範囲についても、これを会社のように広範なものと解するならば、法の要請する公的な目的の達成を阻害して法の趣旨を没却する結果となることが明らかである」と述べています。
つまり税理士会は、法律(国家)が公的な目的のもとに強制的に設立を命じてつくらせ、その目的が達成できるようにその運営を監視されている法人で、私人が目的を自由に決め、自由に運営し、加入脱退が自由な一般の会社とは明らかに法的な性格が違う。ですから、税理士会の場合は、目的の範囲も規定に沿って厳しく解釈しなければならない、というわけです。 |
|
(2)思想・信条の自由に特別の考慮が必要 |
さらに、判決は次のような極めて重要な指摘を行いました。「税理士会が前記のとおり強制加入の団体であり、その会員である税理士に実質的には脱退の自由が保障されていないことからすると、その目的の範囲を判断するに当たっては、会員の思想・信条の自由との関係で、次のような考慮が必要である」として、「法が税理士会を強制加入の法人としている以上、その構成員である会員には、様々の思想・信条及び主義・主張を有する者が存在することが当然に予定されている。したがって、税理士会が右の方式(多数決原理・・・引用者)により決定した意思に基づいてする活動にも、そのために会員に要請される協力義務にも、おのずから限界がある」。つまり、構成員の思想・信条の自由を侵すような行為は目的の範囲には含まれない、ということをいっているわけです。 |
|
(3)政治献金は投票の自由と表裏のもの |
ところで、いま問題となっているのは、南九会が税理士法改正運動の資金として会員から特別会費を徴収し、それを南九税政連に寄付するという行為です。
税理士会のような公的な団体の目的の範囲は、八幡製鉄のような一般の会社と違って、その目的の範囲は法律の規定に沿って厳しく解さなければならないとして、では税理士会の税政連に対する税理士法改正のための寄付は、目的の範囲に入るのか、入らないのか、ということになりますが、この政治団体への寄付、政治献金について、判決は特に重要な判示を行いました。
特に重要なというのは、その判示は必ずしも税理士会の場合に限られるものでなく、会社を含めすべて団体のなす政治献金についてもいえることではないかと思われるからです。判決は、次のように判示しています。「特に、政党など規正法(政治資金規正法・・・引用者)上の政治団体に対して金員の寄付をするかどうかは、選挙における投票の自由と表裏を成すものとして、会員各人が市民としての個人的な政治的思想、見解、判断等に基づいて自主的に決定すべき事柄であるというべきである。なぜなら、政党など規正法上の政治団体は、政治上の主義若しくは施策の推進、特定の公職の候補者の推薦等のため、金員の寄付を含む広範囲な政治活動をすることが当然に予定された政治団体であり(規正法三条等)、これらの団体に寄付することは、選挙においてどの政党又はどの候補者を支持するかに密接につながる問題だからである」と。
その上で税理士会について、「そうすると、前記のような公的な性格を有する税理士会が、このような事柄を多数決原理によって団体の意思として決定し、構成員にその協力を義務付けることはできないというべきであり(最高裁昭和四八年(オ)第四九九号同五○年一一月二八日第三小法廷判決・民集二九巻一○号一六九八頁参照)、税理士会がそのような活動をすることは、法の全く予定していないところである。税理士会が政党など規正法上の政治団体に対して金員の寄付をすることは、たとい税理士に係る法令の制定改廃に関する要求を実現するためであっても、法四九条二項所定の税理士会の目的の範囲外の行為といわざるを得ない」と述べ、
「以上の判断に照らして本件をみると、本件決議は、被上告人が規正法上の政治団体である南九各県税政へ金員を寄付するために、上告人を含む会員から特別会費として五○○○円を徴収する旨の決議であり、被上告人の目的の範囲外の行為を目的とするものとして無効であると解するほかはない」と、明快にこれを無効としました。 |
|
(4)税政連は紛れもない政治団体 |
原審福岡高裁では、南九各県税政は、税理士会に許された活動をすることを本来の目的としている団体で、その活動は税理士会の目的に沿った活動の範囲に限られているのだから、その南九各県税政への寄付は南九会の目的の範囲内であるとしていました。この高裁の判断は、軽率に南九会の主張を丸呑みしたお粗末なものですが、これに対して最高裁は、南九各県税政のような規正法上の政治団体は、「政治上の主義若しくは施策の推進、特定の公職の候補者の推薦等のため、金員の寄付を含む広範囲な政治活動をすることが当然に予定された」団体であり、その原審も認定している事実として、南九各県税政は現に政治家の後援会等に政治資金を支出していることなどをあげ、税政連をまぎれもない政治団体と評価しています。
現在全国の税政連が、公職の選挙に当たっては特定政党の特定候補者を推薦、支持してその選挙運動を行い、また特定政治家の後援会を組織し、これらの組織活動をその最も中心的な活動として力を注いでいることは、皆さんも先刻ご承知のとおりです。 |