第二の問題点は、審査機関を処分庁から独立した機関として、審査の中立性を保つことです。
昭和45年の通則法の改正によって設けられた国税不服審判所は、国税庁長官の附属機関ではありますが、執行機関である国税局や税務署からは独立した組織となっています。
この執行機関から独立した機関であるという形態から、審判所の運営の実態を知らない学者などからは、裁決機関としてうまく機能しているという評価を受けているようです。
現行の国税についての不服審査制度の運用について、検討会の前身である行政不服審査制度研究会の段階での座談会では次のような発言が目を引きます。 |
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国税の制度は、一度処分を打ってから、申立てを受けて見直すという制度構造になっているわけです。そういう意味でも国税関係では認容率が高いというのは当然でしょう。
(ジュリスト06年7月1日、1315号、座談会「行政不服審査制度研究会報告書」について、56ページ、高橋滋一橋大学教授の発言) |
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この報告書では、国税の不服審査制度は、件数の上でも、認容率の上でもかなりよく機能しているという認識が基礎にあることが窺えます。また、国税については異議申立てと審査請求の二審制をとっていることを知らずにこの報告を読むと、国税に関する審査請求が他の分野に比べて低いという事情が理解しにくいものとなっています。前記の高橋教授の発言も、まず更正を打っておいて、不服申立てがあったら見直しをすればよいという認識がなければあり得ないものです。
異議申立てと異議段階での認容率が高い(前掲の同報告にあるように異議段階での処分の全部または一部取消しの割合が20.8%)ということは、逆の面からみれば、更正処分がいかに大ざっぱに行われているかの証明でもあります。また、国税に関する不服申立ての認容率が、わずか20%前後に過ぎないということは、不服申立てをした納税者の80%もの人達が救済されず、訴訟においても納税者の完全勝訴率は10%にも満たないのですから、国税に関する不服審査や訴訟を通じて納税者の権利救済制度がほとんど機能していないといっても過言ではないと思います。
最終報告では、異議申立て、審査請求、再審査請求など、これまで不統一だった制度を、審査請求に一本化することを提案しています。処分庁が国の機関であるときは、審査請求はその処分庁を所轄する省の大臣または庁、あるいは外局である庁の長官宛とすることにしています。また、処分庁に上級庁がない場合は処分庁の大臣または庁の長官宛の審査請求となります。
ただし、この場合でも、法律に再調査請求をすることができる旨の定めがあるときは、再調査請求についての決定を経た後でなければ審査請求をすることができない旨の例外規定を設けようとしています。これでは、税務上の権利救済制度は、現行の異議申立てと審査請求の二審級制と全く変わらないことになりかねません。
処分庁が地方公共団体またはその機関である場合は、その地方公共団体の長に対する審査請求となります。
国税不服審判所の独立性を確保するためには、国税庁長官の附属機関ではなく、すくなくとも財務大臣の附属機関として、国税庁から完全に切り離すことが最低限必要なことです。それと合わせて、国税庁との人事交流を禁止することも同じように重要な課題です。
この点について、自民党の司法制度調査会の提言でさえ次のように述べています。 |
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国税不服審判所については、二重の前置主義が採られていることもあり、判断者の中立性・公平性・法律専門性を確保するために、法曹有資格者を増加させ、関係省庁の人事ローテーションから切り離すなどして第三者性を高める必要がある。また、国税通則法99条の国税庁長官の指示は、きわめて特異な制度であり、その存在意義を根本的に見直すべきである。
また、二重前置主義の在り方については、行政不服審査法の改正の中で改革が求められる。 |
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この提言の「法曹有資格者を増加させ、関係省庁の人事ローテーションから切り離すなどして第三者性を高める必要がある」という指摘は評価されてよいものですが、審判所内で実際にその運営に携っている裁判官出身者が、その中でどのような役割を果たしているのかは必ずしも明らかではありません。
たまたま、昨年3月に判例タイムズ社が国税不服審判所の編集になる『国税不服審判所の現状と展望』と題する単行本を出版しました。これは、必ずしも行政不服審査法の見直しの動きを前提として、審判所の実績をアピールしようとしたものではないように思われますが、運用の実態を知る上で貴重なものです。
「はしがき」では、「国税不服審判所としては、広報活動の一環として、本書を編集することとした」としています。ただ、第4章では、「外からみた国税不服審判所」と題する章も設けられ、判事・大学教授(元審判官)、弁護士などが意見を述べていますが、他の章は全部国税不服審判所の職員が執筆していますので、国税不服審判所の実態を知るのには有用なものです。
その第3部に「適正・迅速な裁決の実現に向けて」という座談会が掲載されており、裁判官経歴を持つ大阪審判所長、名古屋審判所審判官などが、審査請求に所長審判官や法規審査部門の審判官が、担当審判官や参加審判官以外に当初合議、中間合議、最終合議などに参加し、アドバイスないしは指示を行っていることが語られています。
審査請求の審理は、通則法では、審査請求書が提出されたらそれを処分庁に送り、答弁書が出された段階で担当審判官と参加審判官2名以上が指定され、この3名以上の審判官の合議によって爾後の審理が進められることになっています(通則法93条ないし98条)。これは、裁判所における裁判長と右陪席、左陪席などの関係と同じ筈です。この裁判官は、事件を担当すると、所長その他の者からは一切の干渉を受けないで、独立して裁判を行います。判決書には、もちろん裁判長と陪席判事の氏名が書かれ、判決に対して責任を持ちます。
ところが、審判所においては、担当審判官が誰であるかが審査請求人に通知されるだけで、合議体を構成する審判官が誰であるかを知ることはできません。審査請求人が意見を陳述したり、文書の閲覧請求をした時に顔を出すのは担当審判官だけで、他の審判官は一切明かされません。この場合、署長や副署長と審判官の人事交流があるとすれば、処分庁である署長などが、参加審判官として合議に参加していることもあり得ますが、それを防ぐ手段は全くありません。
そういう問題はあるとしても、上記のように、いわば審判所が「総ぐるみ」で審理に参加しているとすれば、担当審判官と参加審判官の合議体という通則法の規定は、事実上機能しなくなってしまいます。
判事出身の審判官は、それぞれの部門で積極的な役割を果たしていますが、主として所長や法規審査部門に配属され、上記のように実地に積極的に参加し、裁決の作成に関与しているのが実情のようです。しかも、裁判官出身のある審判官は次のような発言さえしています。 |
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審判所につきましては、これが第三者機関であることから、職権調査は抑制的に行うべきであるという意見もあるようですが、争点主義の審理をしている以上は、必ずしもそこまで遠慮することはないのではないかと思っております。権利救済機関といえども、適正な判断をするのに必要な限度では調査は躊躇してはならないと思います。遠慮せずに、請求人に対して疑問点、聞くべきことは聞く、調査すべき点はすることが必要ではないでしょうか。 |
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この座談会で特徴的なことは通則法97条1項(審理のための質問、検査など)に定められた「審査請求人若しくは原処分庁(以下「審査求人等」という。)又は関係人その他の参考人に質問すること」、「帳簿書類その他の物件につき、その所有者、所持者若しくは保管者に対し、当該物件の提出を求め、又は、これらの者が提出した物件を留め置くこと」、通則法96条2項(原処分庁からの物件の提出及び閲覧)の「審査請求人は、担当審判官に対し、原処分庁から提出された書類その他の閲覧を求めることができる」という、審査請求人の重要な権利の行使に関する部分については全く触れられていないことです。
この点についての疑問は、第4部の「外から見た国税不服審判所」の第三論文(弁護士山本洋一郎)にも、「原処分庁提出の証拠書類の閲覧制度の不備−その1、その2」、「審判官収集の証拠書類の開示の不備」で批判が加えられていますが、これについての「回答」にあたる論文や発言は見当たりません。
どのような基準で法曹から審判官が任命されるのかわかりませんが、以上のような実態だとすれば、法曹有資格者の任用が、本当に審査機関の独立性、中立性を保障するものになるのかについては疑問を持たざるを得ません。ただ、国税庁長官からの独立だけは、中立性を確保するための絶対条件であるといえます。 |