|
|
|
|
|
|
|
東京税財政研究センター(理事長・吉本貢税理士)が今年9月、中村芳昭青山学院大学法学部教授を団長に「米国税制税務行政研究視察団」を編成して、1998年の米国内国歳入庁(IRS)のドラスティックな改革のその後を検証しました。当センターは、99年秋にも米国税制研究視察団を送りその研究成果を中村教授監修により「税務行政の改革」(勁草書房)として出版しています。
今回は、中村教授の力添えと名門ジョージタウン大学ローセンターのコーディネートで米国税務行政の現状についてレクチャーを受け、多くの関係者を訪問してセッションを開きました。視察団の正式報告書は近く東京税財政研究センターから発行されますが、ここではそのアウトラインを一メンバーとしての感想を交えてレポートしたいと思います。 |
|
|
|
|
アメリカの税務行政と組織は、わが国と同じく本庁−国税局−税務署という3層の地理的な構造で組織されていましたが、1995年に組織再編が行われ、地方長官(国税局長)と地方法務官を置き4地方局と33の税務署、10のサービスセンター、3ヶ所のコンピュータセンターに再編成されていました。この組織が1998年IRS改革法で、国税局や税務署を廃止し、次ページのような機能別組織に再編されたのです。
なぜこのような大改革を行わなければならなかったのか? 当時IRS長官であったロソッテイ氏は、その回顧録「巨大政府機関の変貌」(大蔵財務協会、2007年)で次のように述べています。
" 1997年には、IRSはあらゆる方面からの攻撃にあって、身動きの取れない状態に置かれていた。最多の顧客を持ちながら、全米のあらゆる組織の中で、その満足度において最低の評価を受けていた。新聞報道や議会の公聴会では、IRSの貧弱なサービス、納税者虐待の申し立て、コンピュータープロジェクトの失敗で浪費された数十億ドルに及ぶ損失、IRSの管理運営の失敗等が容赦なくあげつらわれていた。ニューズウィーク誌の特集記事は「IRS自体が、守秘義務の陰に隠れておぞましい暴力を振るう、ならず者組織となってしまった」と報じていた。世間と議会はIRSの大規模な改革を求めていた。 "
こんなことを頭の片隅に入れて研究視察旅行に出かけました。 |
|
2 1998年改革以降、納税者の権利はどう変化したか |
|
9/10
全米納税者ユニオン(NTU)
事務所を訪問。
広報担当副理事長ピート・セップ氏。 |
今回の視察旅行では真っ先に、バージニア州アレキサンドリアにある全米納税者ユニオン(NTU)を訪問し、副理事長(広報担当)セップ氏と面会しました。セップ氏は3年前、TCフォーラムの招聘で来日されていましたので、懐かしい再会となりました。セップ氏は米国の税務行政について、次のように話されました。
「NTUは1969年市民グループの組織から始まり、現在は36万2千人の会員と50万人の通信会員を擁している。NTUが活動的になった要因の一つに、IRSが腐敗をしていたことがある。政治腐敗の下で中間管理職も腐敗していた。IRSの悪い習慣で、クオーター制(割当制)を採ったことで、エージェントがどのくらい課税・徴収したか、額でボーナス額が決まり、昇進したいエージェントで占められた。正常な人は反発したが、税制度に悪い影響を与えていた。
|
1986年に劇的な法改正があった。88年は大統領選挙の年であり、民主党・共和党両党の候補者が納税者権利憲章を認めると発言して、『包括的権利保障法(TBOR)』が立法された。96年には『第2次納税者権利保障法(TBOR2)』が成立している。そして98年のIRS改革法だが、これは第1次、第2次とは比べものにならない包括的な内容が盛り込まれたものになった。例えば、IRSに対して独立した機構、監視委員会ができた。また、納税者はIRSの行為に苦情を申し立てることができ、裁判所に賠償請求しやすくなった。
2001年には税の逆風が吹き始めた。IRSの人間に会うと「タックス・ギャップ」という言葉を聞くと思う。課税漏れが3,550億ドルあるというのだが、正しくない。何百万人もの人が所得を隠しているというものではない。今、納税者権利憲章の改定作業が進められているが、それは第4次改革と呼べるものではない。」 |
9/10
プライスウォーターハウス・クーパーズ(PwC)ワシントン事務所を訪問 |
ビッグ4と呼ばれる世界4大監査法人の一角、プライスウォーターハウスクーパース(PwC;ニューヨークに本部があり149か国に14万人以上のスタッフ)ワシントン事務所を訪問しました。事務所はワシントンDCの有名事務所の集中するKストリートにあり、さすが大きな事務所です。私たちを迎えてくれたのは、IRSや議会幹部だったPwCのパートナーたちで、セッションは、IRSは98年改革後どのように変化したか 「いろいろな変化が起きているが、その評価は陪審員の審議中」というユーモアあるスピーチから始まりました。
今回の研究視察旅行で多く耳にした言葉に、「タックス・ギャップ」と「タックス・シェルター」の二つがあり、PwCでその説明を聞きましたが、議会での関心事項だといいます。
|
タックス・シェルターは租税回避商品を活用した取引で、議会では、納税者が何をしているかを説明し、それができなくなる法制化を進めようとしているといい、タックス・ギャップについては、議会は長く興味を持っているテーマで納税者が払うべき税を払っている者と、いない者との差を小さくする立法を行おうとしていて、大統領の署名を待っているということでした。
PwCのIRS元幹部の話から、IRSの内情を垣間見ることができたように思います。新しいIRSの執行は4つの部門で行われています。W&I、SBSE、LMSB、TEGEです(組織図左下部分を参照)。SBSEはコンピュータモデルを使って、個人調査をベースにアトランダムに選定するそうです。LMSBには最も経験を積んだ職員が配置されているといいます。
以下、税務調査など関心の高い問題への説明の概要を簡記しておきます。
IRSは改革によって最も重要な部署に目を当てるようになった。インターネットが最大限活用されるようになった。一番大きな変化は国際関係取引部門である。課税判断は副長官まで引き上げられ、100人以上のスペシャリストが配置されている。海外取引の課税では税を申告する前に課税問題を解決する手段がとられている。ロソッティ前長官は納税者サービスを強調した。強調すれば調査は減る。現エバーソン長官はタックス・シェルター、タックス・ギャップに調査官を多数投入している。フィールド(現場)の調査官を増やした。両長官は振り子の関係だ。何に対して監視するかは時とともに変わる。
IRSの調査プロセスについて、現在CAP(コンプライアンス・アシュランス・プロセス)が始まっています。申告前に問題解決しようというもので、IRSと企業とがMOU(メモランダム・オブ・アンダースタンディング)を取り交わしますが、現在主要な企業75社とこの覚書を交わしているといいます。調査を減らすことに目的があるとの説明がありました。
また、「共同調査計画」と呼ぶ、最も大きな企業のいくつかと制度化しているものがあり、最良な慣行をリストアップして納税者とIRSが共有しようというものだそうです。調査の始期・終期、説明責任の所在、調査理由、更なる資料の必要性等々が含まれるとか。
さらには、「ファーストトラックの和解」および「事前合意」があり、前者は、調査で調査官と判断が異なる場合に通常はアピール(不服審査)に行くが、アピールが調査の場に来て仲裁してもらう、和解を早めようとするもので、1/10の時間に短縮されているといい、後者は、申告前にIRSに行って解決するようリクエストするものだが、その対象は具体的問題のみということでした。
このような和解のプロセスは、興味深いものでしたが、大企業にたいしてのみ機能しているようであり、小規模企業の取り扱いとの違いにわが国との共通の感触を得ました。 |
ジョージタウン大学ローセンター(ロースクール)において、IRSナンバー2の主席法律顧問官ドナルド・コーブ氏に講演していただきました。氏は冒頭、「私はIRS10万職員の中で大統領から任命された2人のうちの1人であり、長官の弁護士である」との自己紹介から始まりました(いま一人は、もちろんIRS長官ですが。)。
法律顧問官は、納税者とIRSとのトラブル解決のため国の代理人をすることがその役割。法律顧問官の部署2,500人中1,500人が弁護士であり、うち600人がDCのナショナルオフィスに、残りは全国49か所のオフィスで働いています。
「私は98年の改革に関わり、2004年にブッシュ大統領からの電話でIRSに戻りました。そこで私の役割は、政府機関に民間の見方をもってくることでした。私は税法執行の強化を行いました。改革による新しい組織では、地域区分がなくなったことからコンビネイションがなくなりました。私が就任して最初にやったことの一つは、マトリックス運営というもので、そのフォーマットは大きな会計事務所や弁護士事務所が使っているものです。非常に単純なやり方で、すべての弁護士が二つの報告の指揮系統を持つ、ひとつは4つの事業部ごとに報告する。その上にさらにマネージメントレベルのものを乗せました。それでオフィスに一体感が出来上がって、結果、若い弁護士が多くの違った分野の仕事ができ、自分の特化分野を見つけることができるようになりました。これは米国の大きな弁護士事務所でいつもやっていることです。それをいますることが重要なのです。」
「過去5年位のもっとも深刻な問題の一つはタックス・シェルターです。非常に大きな企業が非常に多額の所得税の回避をする。旧体制であったなら、我々は効果的に動くことはできなかったと思うが、現在は、中央化したマネージメントができているので、我々は敏捷に動くことができます。」
こう話したコーブ主席法律顧問官は、最後に「今やっているプログラムだが、国のトップのロースクールを出た人たちを採用できるようにしようとしている」と、全国行脚していると話して、「私がしたことで最も重要なことは多分このことだと思う」と自信の程を披瀝していました。
|
|
9/12 ワシントンDC ジョージア大学前にて
前列右 視察団団長の中村教授
その左は、今回の視察団のコーディネイトをしていただいた
ジョージア大学ローセンターのラウバー教授
(元合衆国司法省副長官代理)
|
全米納税者擁護官のニーナ・オルセン女史から話を聞く機会を得ることができました。この納税者擁護官は日本の制度にはないもので、しかもそのトップから話を聞けることに少し興奮しました。
「納税者擁護官(TAS)は1970年代にオンブズマンオフィスとして創設され、巨大組織の問題解決のために作られました。98年には納税者の扱われ方に懸念が出ました。98年以前にはオンブズマンから変わったアドヴォケート(擁護官)がありました。しかし、98年改革で地方のアドヴォケートの上に全米アドヴォケートを置いて、IRSの他の職員のために報告するものではなくなったのです。」
「TAS職員は、その前2年、後5年間はIRS職員につくことはできません。昨年は全国で約26万件の訴えがあり、65〜70%は納税者にとって有利に解決されています。TASにはIRSの行為を中止させる権限(TAO)が与えられています。実際にその権限を使うことは年に数件ですが、その権限を行使するという姿勢によってうまく機能しています。」
「また、低所得者向けクリニックを手掛けています。NGOで私のオフィスから資金を交付していますが、弁護士や会計士などの代理人を得ることができるようになります。さらに『タックスペイヤー・アドヴォカシー・パネル』があり、約100人ボランティアがいてIRSの用紙や書簡、プログラムを見て、改善点を提言します。IRSを助けるのですが、このパネルを監督するのも私のオフィスです。」
オルセン主席納税者擁護官は年2回、議会へ報告書を提出します。事前の根回しはなく、IRSには厳しいものであろうと想像ができます。わが国にも国税局に名前の似た「納税者支援調整官」が置かれていますが、その組織と役割はまったく違い、日本ではまったく権限が与えられていません。税制と税務行政の民主化を求めていく上でこのような「納税者擁護官制度」を作らせることが緊急に必要なのではないかと痛感させられました。 |
今回の研究視察旅行は、さまざまな幸運にも恵まれ、租税裁判所のコルヴィン首席判事(裁判長)をはじめ、ここにご紹介できなかった多くの方々との出会いがありました。とくに名門ジョージタウン大学ロースクールのラウバー教授のバックアップに助けられたことを付記しておきます。
いずれもが、日本の税制・税務行政を考える上で多くの示唆に富むものでした。立場の違いで一つの事柄も評価が異なります。それらを紙面に載せるのはとても不可能です。まもなく調査団の詳細な報告書が発行されます。期待していただきたいと思います。 |
|
(ながさわ・あきら 東京会) |
|
|