論文

> 消費税仕入税額控除否認と帳簿等の「保存」の解釈
弁護士の債務不履行責任
− 鑑定事例 −
日本大学名誉教授・法学博士北野弘久

1  はじめに

セブン−イレブン・ジャパン〔「本部」〕の加盟店のオーナーであった伊藤洋氏は、自己(伊藤洋)が原告となって本部を被告として提起した「不当利得返還請求訴訟」の自己側代理人であった弁護士を訴えた。訴えられたのは弁護士U氏である。周知のように現行のセブン−イレブン・ジャパンに係るコンビニ・チャージ契約には単に「売上総利益」の何%というチャージ規定しか存在しない。しかるに、そのコンビニ実務では、加盟店における原価性のある商品廃棄損・たな卸損(「商品廃棄損等」)を加盟店の売上原価に算入せず、結果的に同商品廃棄損等分にもチャージを課する、という運用が行われている。

実は、セブン−イレブン・ジャパンに係るコンビニ・チャージ契約の旧契約書には「棚卸増減は売上原価に含まない」という明文規定が存在した。その後、契約書から本部が同明文規定を削除したのは、セブン−イレブン・ジャパンがその株式の二部上場にあたって、本件旧契約書の同明文規定が企業会計の「売上総利益」の通常の意味に反するところから、二部上場審査の障害となるとみて当時、削除したものとみられる。また、異常の「売上総利益」の旧契約書規定であるだけに、税理士業界、公認会計士業界からの公的非難の噴出を避けようとしたためともみられる。

弁護士Uは、この旧契約書の規定の存在を承知しておりながら、その受任した訴訟において証拠として主張・立証しなかった。伊藤洋氏は、Uは代理人である弁護士として当然つくすべき「善良なる管理者の注意義務」(民法644条)を怠ったとして、Uを被告として損害賠償請求訴訟を東京地裁に提起した。旧契約書の規定の存在の主張・立証は、本部側主張の正当性を覆すに足るだけの重要な意味をもつ。

筆者は、07年5月に主として旧契約書の意義を中心とした以下の鑑定書を東京地裁へ提出するためにとりまとめた。なお、伊藤洋氏は弁護士をつけないで、本人訴訟として争っている。

2  本件契約の「売上総利益」

本件契約(セブン−イレブン・ジャパンと各加盟店との間のコンビニ・チャージ契約)には、セブン−イレブン・ジャパン(以下「本部」という)が取得するチャージの対象になる本件契約40条「売上総利益」について特段の規定がなく、通常の売上総利益(荒利益・粗利益)を意味する規定しか存在しない。加えて、本件契約の締結にあたって、加盟店における原価性のある商品廃棄損・たな卸損(以下「商品廃棄損等」という)が当該加盟店の売上原価を構成せず、その結果、同商品廃棄損等分も本件契約40条「売上総利益」に含まれることとなり、同商品廃棄損等分にもチャージが課せられることになることについては、本部担当者から各加盟店を納得させるだけの特段の説明もなかった。

本件で問題になっている各加盟店の商品廃棄損等は、各加盟店の事業遂行上恒常的に生ずる、やむを得ないものであって、日本の企業会計実務では、大企業の場合を含めて、当然に事業者(加盟店)の売上原価を構成するものとされるものである。特に本件で問題になっている中小企業の企業会計は現実には税務会計(税法に基づく会計)である。税務会計の実務は次のごとくである。

各会計期末に各企業はたな卸資産の種類、品質、型等(以下「種類等」という)の同じものを1グループとして、それぞれグループごとに実地たな卸を行う。その実地たな卸によって種類等ごとに数量を確定する。問題はその数量に乗ずべき単価である。本件加盟店に多い個人企業についていえば、所得税法47条、所得税法施行令99条から101条までの規定に基づいてあらかじめ税務署長に届け出たたな卸資産の評価方法によって評価する。届出がない場合の法定評価方法は最終仕入原価法となっており、その場合には同最終仕入原価法で計算することになる(所得税法施行令102条)。以上と同趣旨の規定が法人企業の場合には法人税法29条、法人税法施行令28条から31条までの規定などによって規定されている。

この実地たな卸によって期末たな卸高が確定され、期首たな卸高+期中仕入高−期末たな卸高=売上原価が求められる。このように、原価性を有する商品廃棄損等が自動的に売上原価に組み込まれることになる。企業会計のソフトには「商品廃棄損等」の項目すら存在しない。商品廃棄損等分を含む「売上総利益」にチャージを課するという本部の主張は、一般の理解と著しく異なるものであって、それ自体重大な「詐術」であるといわねばならない。

セブン−イレブン・ジャパンの場合、チャージ率は「売上総利益」の55%〜80%の高率となっている(本件契約「付属明細書(ニ))。鑑定人が相談を受けた加盟店の全員が、もし本部主張のような売上総利益(商品廃棄損等を含む)に対してのチャージであれば、通例、およそ店舗経営を維持することができなくなるので、自分たちは本件契約を締結しなかったと陳述している。彼らは、原価性を有する商品廃棄損等が当然に売上原価を構成し、商品廃棄損等分を含まない、いわば社会通念でもある通常の「売上総利益」(荒利益・粗利益)に対するチャージであると信じていた。

3  企業会計原則の取扱い規定

本部は、企業会計原則が原価性を有する商品廃棄損等を売上原価に負担させるか、それとも販売費に負担させるかは、各企業の判断に委ねていることを強調している。企業会計原則の取扱いはあくまで財務諸表の表示区分についてのものである。売上原価であろうと、販売費であろうとどちらに負担させても、当該商品廃棄損等が当該企業、ここでは各加盟店の経費として各加盟店の負担になることには、変わりはない。本部が強弁している各加盟店が商品廃棄損等を自己負担することに同意していたというのは、このことを意味するにすぎない。鑑定人は、その40数年間の財務会計に関する研究と実務の経験において、大企業を含めて原価性を有する商品廃棄損等を販売費に負担させるという事例を全く知らない。

先にも指摘したように、企業会計原則の取扱いはあくまで財務諸表の表示区分に関するものである。企業会計原則の取扱いと本件契約40条のチャージの対象になる「売上総利益」の意味とは別個の問題である。特段の規定もなく、また本部担当者から特段の説明もなかった以上は、本件契約40条の「売上総利益」の意味は、企業会計上の通常の意味、また、社会通念上の一般的考え方(荒利益・粗利益)で理解されるべきである。企業会計原則の取扱いは、財務諸表の表示区分に関するものであるが、企業会計理論からいえば、売上原価に負担させるにふさわしい商品廃棄損等は販売費ではなく、売上原価に負担させるべきであるということになろう。本件各加盟店の商品廃棄損等は、各加盟店の売上げの遂行上、通例、恒常的に生ずる、原価性を有するものであって、企業会計原則上も売上原価に負担させるべきものである。

4  旧契約書の意味

旧契約書には、本件「売上総利益」の意味について、特段の明文規定が存在した。すなわち、「ただし、棚卸増減は売上原価に含まない」という明文の定義規定が存在した。その事実を被告弁護士Uは、遅くとも平成15年(2003年)7月の時点で、承知していた。本部が旧契約書に存在した特段の明文規定を本件契約書から削除したのは次の理由であると推認される。

すなわち、セブン−イレブン・ジャパンがその株式の二部上場にあたって、本件旧契約書の特段の規定は、企業会計の通常の「売上総利益」の意味に反するところから、二部上場審査の障害になるとみて削除したものとみられる。同趣旨の特約規定の存在したローソン契約について、鑑定人は、民法90条(公序良俗)違反で無効であるとする鑑定書を裁判所へ提出した(拙著『税法問題事例研究』勁草書房300頁以下。同事件では、ローソン側の説明義務違反を理由に、千葉地裁2001年7月5日判決・判例時報1778号98頁は、加盟店を勝訴とした)。

本件契約40条の「売上総利益」は企業会計上の、また社会通念上の通常の意味のもの(荒利益・粗利益)であると原告を含む各加盟店は信じて本件契約を締結した。この事実は真実である。もし、本部主張のような「売上総利益(商品廃棄損等分を含む)」であるならば、既に指摘したように、通例、店舗経営を維持することが困難であるところから、各加盟店は本件契約を締結しなかったはずである。それゆえ、もし本部主張のような通常の意味のものでないならば、原告を含む各加盟店の締結した本件契約は民法95条(要素の錯誤)により、すべて無効であるといわねばならない。

本件契約においては、旧契約書に存在した上記特約規定が削除されている。そのことは、本件契約40条の「売上総利益」の意味は、前述の企業会計上の、また社会通念上の通常のもの(荒利益・粗利益)であることを裏づける。つまり、商品廃棄損等分を含む売上総利益であるとする本部主張は、本件契約規定からも誤りであることを証明する。

なお、本部が旧契約書において特約規定の存在することを一般に公開せず「秘匿」していたのは、企業会計上も社会通念上も異常とみられる「売上総利益」であるだけに、さすがの本部も税理士業界、公認会計士業界からの公的非難の噴出を避けようとしたためであるとも推認される。

5  結語

原告らが被告にセブン−イレブン・ジャパンのコンビニ・チャージ契約の違法性に関する事件を委任するにあたって、同様の状態に置かれている加盟店のすべてに関わる代表訴訟(クラスアクション)のつもりで被告(U弁護士)に対処して欲しいという条件付でお願いした。被告も同趣旨を踏まえて受任した。

被告は旧契約書の特約規定の存在を平成15年(2003年)7月の時点で認識していた。原告を含む加盟店の不当利得金返還請求事件の東京地裁判決は、平成16年(2004年)5月31日に示された。もし被告が旧契約書の特約規定の存在を同訴訟で、主張・立証しておれば、同判決も異なった結論を示すものになったと十分に考えられる。また、被告が旧契約書の特約規定の存在を広く原告ら加盟店に開示しておれば、他の加盟店のセブン−イレブン事件の訴訟において加盟店側に有利な影響を与えたものとみられる。また、旧契約書の特約規定の存在を広く開示しても、被告が受任した他の事件(E事件等)の審理に有利な影響を与えこそすれ、不利な影響をもたらさない。

以上により、被告の対応は、代理人である弁護士として当然尽くすべき「善良なる管理者の注意義務」(民法644条)を怠ったといわねばならない。その債務不履行は、原告ら加盟店の死活に影響を与えるものであって、余りにも重大である。被告の原告に対する損害賠償責任は免れ得ない。また、被告が受任した原告らに関する訴訟が代表訴訟の性格をもつものであることに鑑みても、今後の同種訴訟の展開のためにも、当然に旧契約書のコピーを原告に引き渡すべきである。弁護士法1条(基本的人権の擁護、社会正義の実現)の趣旨に鑑み、このこと(旧契約書のコピーの引き渡し)もせめてもの被告の原告らへの償いとしての仕事である。

〔付記〕 本鑑定書は、07年5月25日に東京地裁へ提出された。
(きたの・ひろひさ)

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