論文

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消費税仕入税額控除否認と帳簿等の「保存」の解釈
― 課税庁論理を追認した最高裁判決 ―
大阪会清家

はじめに

消費税(付加価値税)が導入されて、2007年4月で19年目を迎える。この間、消費税の課税を巡っては納税者と課税庁の間で、色々なトラブルが発生し、訴訟が提起されてきた。納税者(原告)の主張、課税庁(被告)の考え、そして裁判所の判決を読み解くと、消費税という税制の特異性が浮かび上がってくる。

その特異性の1つとして、消費税仕入税額控除制度の要件である帳簿等の「保存」の問題がある。「保存」には「提示」が含まれるとする課税庁の考え方に対し、「提示」は含まないとする納税者サイドからの訴訟が幾つも提起されてきた。そして2004年12月、最高裁は帳簿等が不提示の場合、消費税の仕入税額控除を一切認めないとする2つの判決を相次いで出した。帳簿等の「保存」を要件として適用される消費税の仕入税額控除を、「保存」には「提示」を含むと解釈しておこなわれた仕入税額控除全面否認の課税庁処分を、最高裁は追認したのである。

所得税や法人税では帳簿等が不提示であっても、仕入や経費について一切認めないということはない。売上、仕入、経費を推計して課税するのである。消費税は帳簿等が不提示の場合、売上があれば必ず仕入や経費があるのに、帳簿等の「保存」がないとしてそれを一切認めない。現実に仕入や経費があり、それにかかる消費税の負担があるのに、それを全く無視して仕入や経費が無かったものとし、仕入税額控除を全面否認する。全面否認された場合の納税者の税負担は計り知れないものがある。

このような過酷な負担を強いてまで、「保存」には「提示」を含むと拡大解釈し、課税庁が仕入税額控除を全面否認するのは何故なのか。それを追認した最高裁判決は、「少なくとも税法に関しては政治的・政策的判断を優先しているように思われてならない。1」といわれるように、この判決の政治的・政策的判断の役割は何処にあるのか、税務行政上いかなる結果をもたらすのか。

これらの疑問を、消費税仕入税額控除全面否認の最高裁判決を基に検討することとする。

1  消費税仕入税額控除制度の概要

帳簿等不提示の場合、消費税の仕入税額控除を一切認めないとする課税庁の根拠を、またそれを追認した裁判所の判断を検討する前に、この裁判で争点になった消費税の仕入税額控除制度について、まず見ておくことにする。
(1)消費税の課税標準

消費税の納税義務者は資産の譲渡等をおこなった事業者である。資産の譲渡等をおこなった事業者は、売上にかかった消費税から仕入にかかった消費税を控除して消費税を納付する。消費税導入時に制定された税制改革法(1988年12月30日制定)によれば、「消費税は、事業者による商品の販売、役務の提供等の各段階において課税し、経済に対する中立性を確保するため、課税の累積を排除する方式による」(同法第10条第2項)と定め、仕入税額控除を前提とする仕組みを明記している。

この考え方によれば、消費税の課税標準は売上にかかった消費税から仕入にかかった消費税を控除した額にするのが論理的である。しかし、消費税法(1988年12月30日制定、以下法という)では消費税の課税標準を、なぜか課税資産の譲渡等の対価の額、いわゆる課税売上高と定めている。そして課税売上高を課税標準とした関係から、売上に係る消費税額から控除できる仕入に係る消費税額の制度、いわゆる仕入税額控除制度を法第30条で定めたのである。
(2)消費税仕入税額控除制度と帳簿等の「保存」

法第30条は課税標準である課税売上高に係る消費税額から、仕入に係る消費税額を控除できる仕入税額控除制度を定めている。しかし、この仕入税額控除制度は同条7項で帳簿又は請求書等(1997年4月以降は帳簿及び請求書等に変更、以下帳簿等という)の保存がない場合には、適用しないとしているのである。つまり、この仕入税額控除は仕入の事実があってもフリーハンドで控除できるのではなく、帳簿等の「保存」がなければ適用できないのである。

消費税法の課税標準の定め、帳簿等の「保存」を要件とする仕入税額控除制度の定めは、税制改革法の「課税の累積を排除する方式による」という考えに反し、帳簿等の「保存」の有無や要件を巡って、また「保存」の解釈を巡って、課税の累積を生み出す仕組みになっている。

2  消費税仕入税額控除全面否認の最高裁判決

法第30条7項に定める仕入税額控除の要件として、帳簿等の「保存」に「提示」が含まれるのかどうかを、2004年12月に出された2つの最高裁判決のうち、同月20日に出された第2小法廷判決に基づき検討する。
(1)課税庁の主張

この判決の第1審は静岡地裁判決(平成12年(行ウ)第2号2)であり、それによると課税庁は次のように主張している。

「消費税の仕入税額控除が認められるためには、課税仕入れ等に係る消費税額が真実存在するとともに、法定の事項を記載した仕入税額控除に係る帳簿等を納税者が保存していることが必要であることは法文上明らかであり、は、課税庁が、税務調査において、課税仕入れの事実の真実性と正確性を確認する手段として、納税者から仕入税額控除に係る帳簿等の提示を受け得る機会を担保し、質問調査権を実行あらしめようとする趣旨と解される。」

「帳簿等の保存を仕入税額控除の要件とした趣旨に照らせば、被告(課税庁―筆者)は、消費税の調査に当たり、質問検査権を行使して、課税仕入れ等に係る帳簿等が保存されているか否か及び上記帳簿等の記載が真実の課税仕入れ等に係る消費税額に合致するか否かを調査する権限を有するとともに上記権限を適正に行使する職責を負っているのであるから、上記調査の結果、仕入税額控除に係る帳簿等が保存されていることを確認するに至らなかったときは、上記の要件を欠くものとして仕入税額控除を否認した処分をせざるを得ず、かつ、これを踏まえれば、同法30条7項にいう『保存』とは、『納税者が税務職員の質問検査に応じていつでもこれを提示し、税務職員の閲覧に供せられる状態で保存しておく』という趣旨を当然に含むものと解すべきであって、単に帳簿等を物理的に保存しておくだけでは足りず、税務職員による適法な提示要求に対して、その帳簿等の保存の有無及び記載内容を確認し得る状態に置くことを意味するものであり、このような意味における『保存』がないときは消費税の仕入税額控除を認めることができないものと解するのが相当である。

そして、消費税法30条7項にいう『保存』の意義が、単なる物理的な保存に止まらず、税務職員による適法な提示要求に対して、帳簿等の保存の有無及びその記載内容を確認しうる状態に置くことを含む趣旨であるとすれば、事業者が調査確認の権限及び職責を負う税務職員の適法な提示要求に従わなかった時点において帳簿等を保存していなかったものと認められることになるから、税務調査において、税務職員から納税者に対して適法な帳簿等の提示要求がされ、これに対して、納税者が正当な理由なくして帳簿等の提示を拒否したという事実が存する場合には、たとえ、後の不服申立手続又は訴訟手続において当該納税者が帳簿等を提示したとしても、これによって仕入税額の控除を認めることはできないというべきである。」

課税庁の主張は消費税の税務調査において、質問検査権行使の担保として単なる物理的「保存」ではなく、「保存」には税務職員に対する「提示」を含むものと解しているのである。したがって、「提示」のない「保存」は「保存」に当たらないとして、仕入税額控除は一切認めないのである。
(2)納税者の主張

この点に関し納税者はどのように主張しているのであろうか。

「消費税法においては、『保存』と『提示』とが明確に区別されており、同項の『保存』に『提示』を含むという解釈は成り立ち得ないというべきであるから、消費税法30条7項にいう『保存』とは、納税者が法令の定めるところに従って、帳簿書類、請求書等を客観的に保持、管理等していることをいうと解すべきである。

そして、『提示』は『保存』を証明するための一手段にすぎず、『提示』がなされない場合であっても『保存』している場合はあり得るのであるから、税務調査において帳簿等を提示しない事実をもって、同項の帳簿等を『保存しない場合』に該当すると解するべきではなく、同事実は、帳簿等を保存していないことを推認させる間接事実にすぎないと解される。

そもそも、税務職員の質問検査における帳簿書類、請求書等の適法な提示要請に対する納税者の正当理由のない提示拒否は手続的な違法であり、これについては消費税法68条1項による罰則が定められているのであるから、これを適用すれば十分である。提示拒否という手続違反を実体的規定である同法30条7項の効力に関わらしめる特別な規定は存在しないのであるから、提示拒否は実体には影響を及ぼさないというべきである。

かかる解釈に基づくと、税務調査において帳簿等の提示がないという事実は、帳簿等を『保存しない場合』であることを推認させる間接事実であり、その後の不服申立手続や訴訟手続において、帳簿等の存在を主張し、これを証拠として提出することにより、同項にいう帳簿等を『保存しない場合』に該当しないという主張立証(反証)をすることは許されるというべきである。」

納税者の主張は、消費税法では「保存」と「提示」は明確に区別されており、法30条7項の「保存」に「提示」を含むという解釈は成り立たないとしている。そして、不服申立や訴訟において帳簿等を提出すれば、「保存」を立証できるとしているのである。
(3)裁判所の判断

「保存」には「提示」が含まれるとする課税庁の主張、「提示」は含まないとする納税者の主張に対し、裁判所はどのような判断を下したのだろうか。第1審の静岡地裁の判断は、つぎのようである。

「消費税法30条1項は、事業者の仕入に係る消費税額の控除を規定するが、(中略―筆者)広く消費税を課税する結果、取引の各段階で課税されて税負担が累積することを防止するため、前段階の取引に係る消費税額を控除することとしたものである。

そして、大量反復性を有する消費税の申告及び課税処分において、迅速かつ正確に、課税仕入れの存否を確認し、課税仕入れに係る適正な消費税額を把握するために、同法30条7項は、当該課税期間の課税仕入れに係る帳簿書類又は請求書等を保存しない場合には、同条1項による仕入税額控除の規定を適用しないものとしているが、(中略―筆者)主として課税仕入れに係る消費税額の調査、確認を行うための資料として帳簿書類又は請求書等の保存を義務づけ、その保存を欠く課税仕入れに係る消費税額については仕入税額控除をしないこととしたものと解される。

かかる趣旨に照らせば、消費税法30条7項に規定する『保存』とは、帳簿書類等が単に存在しているということだけではなく、法令の規定する期間を通じて、定められた場所において税務職員による適法な質問検査権に基づく納税者に対する税務調査により、直ちにその内容を確認することができる状態、換言すれば、適法な提示要請があれば直ちにこれを提示できる状態での保存を意味するというべきである。

そして、この意味での保存の有無は、課税処分の段階に限らず、不服審査又は訴訟の段階においても、主張、立証することが許されるものというべきであるが、税務調査において、税務職員が納税者に対し社会通念上当然に要求される程度の努力を行って、適法に帳簿書類等の提示を求めたにもかかわらず、合理的な理由もなく納税者がこれに応じないなどの事情が認められる場合には、納税者は、そもそも帳簿書類等を保管していないか、又はそれらを何らかの形で保管していても、少なくとも以上のような意味での保存がなかったとの推定が強く働くものと解すべきである。」

このように、静岡地裁の第1審は税制改革法が示している「消費税は課税の累積を排除する方式」を意識しつつも、消費税の課税処分において、「大量反復性」を理由に、法第30条7項の「保存」には「提示」が含まれるとする課税庁の解釈を容認したと考えられる。この判断の結果、納税者には仕入税額控除全面否認による課税の累積をもたらす判決となったのである。

つぎに納税者が控訴した第2審の東京高裁判決(平成15年(行コ)第10号3)における裁判所の判断は、第1審とほぼ同じ内容でもって納税者の主張を退けた。なおこの裁判所の判断で目につくのは、つぎのくだりである。

「仮に、不服申立て又は訴訟の段階において控訴人(納税者―筆者)が主張するような主張立証により帳簿等の保存があったことを認め、仕入税額控除の否認を前提とした消費税の更正処分を取り消すことになるとすれば、課税処分の安定性を著しく損ねることになり、これを避けるためには税務当局は更正等の処分を差し控えるほかなくなるが、正当な理由なく帳簿等の提示を拒否した者のために、消費税法がこのような事態を予定しているとは到底解されない。したがって、仕入税額控除が否認され消費税の更正処分がされた場合に、その後の不服申立て又は訴訟において帳簿等が保存されていたことを主張立証したところで、更正処分の効力に影響を及ぼすものではないというべきである。」

東京高裁の第2審は第1審の「大量反復性」とともに「課税処分の安定性」も理由に挙げ、課税庁の解釈を容認している。

そして、納税者が上告した最高裁判決(平成16年(行ヒ)第37号4)は静岡地裁、東京高裁の判決を踏襲し、つぎのように判示した。

「原審の適法に確定した事実関係によれば、上告人(納税者―筆者)は、被上告人(課税庁―筆者)の職員が上告人に対する税務調査において適法に帳簿等の提示を求め、これに応じ難いとする理由も格別なかったにもかかわらず、上記職員に対して帳簿等の提示を拒み続けたというのである。そうすると、上告人が、上記調査が行われた時点で帳簿等を保管していたとしても、法62条に基づく税務職員による帳簿等の検査に当たって適時にこれを提示することが可能なように態勢を整えて帳簿等を保存していたということはできず、本件は法30条7項にいう帳簿等を保存しない場合に当たる(以下、略)」

つまり、最高裁は「保存」には「提示」を含むとの確定判決を下したのである。しかし、この判決で滝井繁男裁判官は5人の裁判官の中でただ一人、反対意見を付したのである。滝井裁判官は「帳簿等の提示を拒み続けたというだけの理由で、法30条7項所定の帳簿等を保管していたのに、同項にいう『帳簿(中略)等を保存しない場合』に当たる」と解するのは、以下の理由から相当でないとした。
税制改革法は課税の累積を排除する方式によることを明らかにし、仕入税額控除は消費税の制度の骨格をなすものであって、消費税額を算定する上での実体上の課税要件にも匹敵する本質的な要素とみるべきものである。

多数意見のように、事業者がそのように態勢を整えて保存することをしていなかった場合には、やむを得ない事情によりこれをすることができなかったことを証明した場合を除き、仕入税額の控除を認めないものと解することは、結局、事業者が検査に対して帳簿等を正当な理由なく提示しなかったことをもって、これを保存しなかったものと同視するに帰着するといわざるを得ないのであり、そのような理由により消費税額算定の重要な要素である仕入税額控除の規定を適用しないという解釈は、申告納税制度の趣旨及び仕組み、並びに法30条7項の趣旨をどのように強調しても採り得ないものと考える。

法30条7項における「保存」の規定に、現状維持のまま保管するという通常その言葉の持っている意味を超えて、税務調査における提示の求めに応ずることまで含ませなければならない根拠を見出すことはできない。そのように解することは、法解釈の限界を超えるばかりか、課税売上げへの課税の必要性を強調するあまり本来確実に控除されなければならないものまで控除しないという結果をもたらすことになる点において、制度の趣旨にも反するものといわなければならない。

法は、提示を拒否する行為については罰則を用意しているのであって(法68条)、制度の趣旨を強調し、調査への協力が円滑適正な徴税確保のために必要であることから、税額の計算に係る実体的な規定をその本来の意味を超えて広げて解することは、租税法律主義の見地から慎重でなければならないものである。

このように滝井裁判官は、「保存」に「提示」が含まれるという解釈は「保存」の本来の意味を超える拡大解釈であり、この拡大解釈により仕入税額控除を否認することは、課税の累積を排除する方式を求める税制改革法の趣旨および法第30条7項の趣旨に反するとして、この最高裁判決に反対意見を付したのである。

3  課税庁論理を追認した最高裁判決

このように法第30条7項の帳簿等の「保存」の解釈に、「保存」に「提示」を含んでいると解釈するのか、含んでいないと解釈するのか、このことによって納税者の消費税負担が大きく変わってくる。「含む」と解すれば税制改革法の趣旨に反して、「消費税は課税の累積を排除する方式」ではなくなり、課税の累積を生む結果となる。そこで、まず「保存」と「提示」は別の概念だとする納税者と、「保存」には「提示」を含むと解する課税庁および裁判所との間で対立する、「保存」と「提示」について検討することとする。
(1)消費税法における「保存」と「提示」

消費税法の中で「保存」と「提示」の文言は使い分けている。法第30条7項では「保存」という文言のみで、「提示」という文言は一切出てこない。「提示」という文言は、法第66条1項において仕入に係る消費税額の控除不足額の還付をする場合に、「控除をされるべき消費税額を証明する書類又は帳簿の提示又は提出を求めることができる。」とし、また法第68条1項2号では罰金を科するケースとして、「前号の検査に関し偽りの記載又は記録をした帳簿書類を提示した者」としている。これらの条文では「提示」の文言を使用しているのである。すなわち、「保存」と「提示」は明らかに違う意味で使われている。

ちなみに「広辞苑」(岩波書店)では、「保存」とは「もとの状態をたもって失わぬこと。現状のままに維持すること。」をいい、「提示」とは「提出して示すこと。」をいうと説明している。「保存」と「提示」は言葉上からも別の意味である。

このように消費税法の条文上からも、日本語の言葉上からも「保存」と「提示」は別の概念であり、違う意味であることは明白である。したがって、最高裁判決の多数意見が「保存」に「提示」が含まれるという解釈をしていることについて、滝井裁判官は「現状維持のまま保管するという通常その言葉の持っている意味を超えて」いるとし、「保存」には「提示」は含まれないと指摘した。

また仕入税額控除否認を巡る別件の大阪地裁判決(平成7年(行ウ)第25号5)では、「保存という文言の通常の意味からしても、また法全体の解釈からしても、税務調査の際に事業者が帳簿又は請求書等の提示を拒否したことを、消費税法30条7項の保存がない場合に該当する、あるいはそれと同視した結果に結び付ける課税庁らの主張は、もはや法解釈の域を超えるものといわざるを得ない。」と判示している。

したがって、法第30条7項の「保存」に「提示」が含まれるという課税庁の主張は、法解釈の域を超えた不当な解釈といわなければならない。この不当な解釈を追認したのが最高裁判決である。
(2)課税庁論理と納税者の権利封殺

それでは「保存」には「提示」を含むとする不当な解釈が、課税庁にとって何故必要なのだろうか。この最高裁判決の事件の争点は、税務署の税務調査要求に対して、納税者が税理士の立会を求め、税理士は税務署長との面談を求めて調査の立会に応じず、その結果、帳簿等の「提示」がなかったとして、課税庁が「提示」がないなら「保存」がないとの論理で、消費税の仕入税額控除全面否認の更正処分をおこなったことである。

課税庁が「保存」には「提示」を含むとの論理で仕入税額控除を全面否認するのは、この事件のように税理士の立会要求、税務署長との面談要求、税理士以外の立会人の立会要求、税務職員の身分証明書のコピー要求など納税者の課税庁に対する権利主張に対して、権利主張を封じるためである。

現在、京都地裁で係争中の消費税仕入税額控除否認の更正処分を取り消す裁判(平成16年(行ウ)第3号)で、黒川功日本大学法学部教授が京都地裁に提出した鑑定所見書(平成18年2月10日付6)では、つぎのように指摘している。

「課税庁は消費税法30条7項にいう帳簿及び請求書等の『保存』の通常の理解を超え、これを勝手に適法な調査要請に対する『提示』ないし『提示しうる状態での保存』へと読み替える拡張解釈を行っている。しかもそうすることの理由は、調査時の資料の確保や課税処分の安定性等、徴税の便宜や税収確保等に類するものばかりである。」「しかも課税庁はこの『不保存』の概念を、勝手に『不提示』や提示できる状態での保存がない等と読み替え、結局調査への不協力という要件を実質的に加えて、第三者の立会いの許否等実定法上定めのない実施の細目に関する調査官の判断に従わないことが、租税としての正当性を超える莫大な税負担に繋がる課税構造を作り上げつつある。本件においても、立会人の排除を拒んだがゆえに約3,000万円という常識的に考えてもありえない異常な税負担が発生している。」

このように「保存」には「提示」を含むとする法解釈の域を超えた課税庁論理は、莫大で異常な税負担を発生させ、納税者の権利を封殺する上で余りあるものがある。税制改革法の「課税の累積を排除する方式による」という考えは、全く眼中にないといわなければならない。
(3)課税庁論理を追認する最高裁判決

消費税導入以降、「保存」に「提示」が含まれるという課税庁の論理が吹き荒れ、仕入税額控除全面否認事件が相次いだ。この課税庁論理にお墨付きを与えたのが、この最高裁判決である。この判決は政治的・政策的判断だといわれる。なぜ政治的・政策的判断なのか、この判決の役割は何処にあるのか、税務行政上いかなる結果をもたらすのか、これらの点を最後に検討してみたい。

税制改革法の「課税の累積を排除する方式による」という考えに反し、法第30条7項の「保存」には「提示」を含むと解し、「課税の累積」を引き起こしている課税庁の課税処分に批判7が巻き起こっている。「保存」には「提示」が含まれないのは、消費税法の条文上からも日本語の言葉上からも明白である。この明白に違う「保存」と「提示」の文言を、「保存」に「提示」が含まれるとする課税庁の論理により、途方もない税負担を強いられた納税者がつぎつぎと訴訟を起こしてきた。

平成17年分の個人の消費税申告者は、課税事業者の免税点が3,000万円から1,000万円に引き下げられた結果、前年の41万6千件を約4倍も上回る157万6千件になった。法人の消費税申告者も新たに約53万社が増えると見込まれている。このように爆発的に増大する消費税申告者への対応に、課税庁は苦慮している。そして、課税庁論理による仕入税額控除全面否認処分、その結果としての処分取り消し訴訟も爆発的に増大することが考えられる。この爆発的に増大する訴訟の衝立になったのが、この最高裁判決ではなかろうか。

法第30条7項に「保存」とともに「提示」の文言を入れる法「改正」をすることなく、2004年12月に相次いで出された「保存」には「提示」が含まれるとする最高裁の確定判決は、課税庁にとって課税庁論理を追認し、あたかも法「改正」なき法「改正」に等しい結果をもたらしたのである。この判決が政治的・政策的判断だといわれる所以だろう。そして、この判決の役割は法第30条7項の「保存」には「提示」が含まれるとする、到底容認することができない課税庁論理がまかり通ることになる。また税務行政上、課税庁が質問検査権を行使するにあたって、課税庁に対する納税者の権利を封殺する根拠を与えたことになる。

おわりに

消費税は売上税が予定していた課税事業者の消費税納税額の計算方式として、インボイス方式を採用できず、帳簿方式にならざるをえなかった。それには売上税導入反対の大きな勢力として、中小企業・中小業者の存在があった。売上税が廃案に追い込まれた原因の1つが、中小企業・中小業者がインボイス方式に反対していたからである。売上税廃案後、インボイス方式を諦め帳簿方式を採用することで、ようやく消費税導入にこぎ着けたのである。

帳簿方式を採用した結果、消費税の課税標準を課税売上とし、帳簿等の「保存」を要件に消費税の仕入税額を控除する制度をとったのである。そして、「保存」に「提示」が含まれるとする課税庁論理でもって、課税庁は納税者の権利を封殺しながら、爆発的に増大する消費税申告者に対し、質問検査権を行使する現場で主導権を握ろうとしている。

中小企業・中小業者は消費税負担の重さで、消費税に対する好ましからざる感情を日々醸成している。したがって、課税庁にとって必要な「提示」の文言を入れる法「改正」は至難の業である。そんな状況の中で、「大量反復性」「課税処分の安定性」を理由に、滝井裁判官の「法30条7項における『保存』の規定に、現状維持のまま保管するという通常その言葉が持っている意味を超えて、税務調査における提示の求めに応ずることまで含ませなければならない根拠を見いだすことはできない。」との反対意見を押し切ってまでなされた、「保存」には「提示」を含むとする課税庁論理を追認した最高裁判決は、課税庁が主導権を握る上で、強力な後ろ盾となったのである。そして、課税庁に対し正当な権利を求める納税者にとって、その前に大きく立ちはだかる結果となったのである。
 
1 三木義一「消費税仕入税額控除における帳簿等の『保存』の意義―最高裁判決への批判を中心として」『税理』2005年4月号、18頁。
2 静岡地裁平成14年12月12日判決(TAINS Z888−0803)。
3 東京高裁平成15年10月23日判決(TAINS Z888−0919)。
4 最高裁平成16年12月20日判決(TAINS Z888−0920)。
5 大阪地裁平成10年8月10日判決(TAINS Z237−8223)。
6 黒川功「消費税仕入税額控除否認の法的限界」
『税経新報』2006年5月号、8,13頁。
7 たとえば、日本弁護士連合会の「仕入税額控除の要件についての意見書」(2004年12月17日)によれば、「消費税法第30条第7項所定の仕入税額控除の要件は、帳簿及び請求書等の保存がない場合には、推計課税等の手法による仕入税額の認定をなすことなく、一律にその控除を否認する制度である。これは、仕入税額控除の立法趣旨、すなわち、生産・流通の各段階における税の累積を排除する、という消費税の付加価値税たる本質(税制改革法第10条第2項参照)に反し、『課税売上がある事業者には当然に課税仕入れがある』(仕入税額の負担事実がある)という前提事実を無視する不当なものである。」という意見がある。
【この論文は恩師の「加藤盛弘教授古稀記念論文集」村瀬儀祐、志賀理共編著 森山書店 2007年3月18日発行に所収されているものです。】
(せいけ  ひろし:全国協議会副理事長)

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