このように法第30条7項の帳簿等の「保存」の解釈に、「保存」に「提示」を含んでいると解釈するのか、含んでいないと解釈するのか、このことによって納税者の消費税負担が大きく変わってくる。「含む」と解すれば税制改革法の趣旨に反して、「消費税は課税の累積を排除する方式」ではなくなり、課税の累積を生む結果となる。そこで、まず「保存」と「提示」は別の概念だとする納税者と、「保存」には「提示」を含むと解する課税庁および裁判所との間で対立する、「保存」と「提示」について検討することとする。 |
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(1)消費税法における「保存」と「提示」
消費税法の中で「保存」と「提示」の文言は使い分けている。法第30条7項では「保存」という文言のみで、「提示」という文言は一切出てこない。「提示」という文言は、法第66条1項において仕入に係る消費税額の控除不足額の還付をする場合に、「控除をされるべき消費税額を証明する書類又は帳簿の提示又は提出を求めることができる。」とし、また法第68条1項2号では罰金を科するケースとして、「前号の検査に関し偽りの記載又は記録をした帳簿書類を提示した者」としている。これらの条文では「提示」の文言を使用しているのである。すなわち、「保存」と「提示」は明らかに違う意味で使われている。
ちなみに「広辞苑」(岩波書店)では、「保存」とは「もとの状態をたもって失わぬこと。現状のままに維持すること。」をいい、「提示」とは「提出して示すこと。」をいうと説明している。「保存」と「提示」は言葉上からも別の意味である。
このように消費税法の条文上からも、日本語の言葉上からも「保存」と「提示」は別の概念であり、違う意味であることは明白である。したがって、最高裁判決の多数意見が「保存」に「提示」が含まれるという解釈をしていることについて、滝井裁判官は「現状維持のまま保管するという通常その言葉の持っている意味を超えて」いるとし、「保存」には「提示」は含まれないと指摘した。
また仕入税額控除否認を巡る別件の大阪地裁判決(平成7年(行ウ)第25号5)では、「保存という文言の通常の意味からしても、また法全体の解釈からしても、税務調査の際に事業者が帳簿又は請求書等の提示を拒否したことを、消費税法30条7項の保存がない場合に該当する、あるいはそれと同視した結果に結び付ける課税庁らの主張は、もはや法解釈の域を超えるものといわざるを得ない。」と判示している。
したがって、法第30条7項の「保存」に「提示」が含まれるという課税庁の主張は、法解釈の域を超えた不当な解釈といわなければならない。この不当な解釈を追認したのが最高裁判決である。 |
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(2)課税庁論理と納税者の権利封殺
それでは「保存」には「提示」を含むとする不当な解釈が、課税庁にとって何故必要なのだろうか。この最高裁判決の事件の争点は、税務署の税務調査要求に対して、納税者が税理士の立会を求め、税理士は税務署長との面談を求めて調査の立会に応じず、その結果、帳簿等の「提示」がなかったとして、課税庁が「提示」がないなら「保存」がないとの論理で、消費税の仕入税額控除全面否認の更正処分をおこなったことである。
課税庁が「保存」には「提示」を含むとの論理で仕入税額控除を全面否認するのは、この事件のように税理士の立会要求、税務署長との面談要求、税理士以外の立会人の立会要求、税務職員の身分証明書のコピー要求など納税者の課税庁に対する権利主張に対して、権利主張を封じるためである。
現在、京都地裁で係争中の消費税仕入税額控除否認の更正処分を取り消す裁判(平成16年(行ウ)第3号)で、黒川功日本大学法学部教授が京都地裁に提出した鑑定所見書(平成18年2月10日付6)では、つぎのように指摘している。
「課税庁は消費税法30条7項にいう帳簿及び請求書等の『保存』の通常の理解を超え、これを勝手に適法な調査要請に対する『提示』ないし『提示しうる状態での保存』へと読み替える拡張解釈を行っている。しかもそうすることの理由は、調査時の資料の確保や課税処分の安定性等、徴税の便宜や税収確保等に類するものばかりである。」「しかも課税庁はこの『不保存』の概念を、勝手に『不提示』や提示できる状態での保存がない等と読み替え、結局調査への不協力という要件を実質的に加えて、第三者の立会いの許否等実定法上定めのない実施の細目に関する調査官の判断に従わないことが、租税としての正当性を超える莫大な税負担に繋がる課税構造を作り上げつつある。本件においても、立会人の排除を拒んだがゆえに約3,000万円という常識的に考えてもありえない異常な税負担が発生している。」
このように「保存」には「提示」を含むとする法解釈の域を超えた課税庁論理は、莫大で異常な税負担を発生させ、納税者の権利を封殺する上で余りあるものがある。税制改革法の「課税の累積を排除する方式による」という考えは、全く眼中にないといわなければならない。 |
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(3)課税庁論理を追認する最高裁判決
消費税導入以降、「保存」に「提示」が含まれるという課税庁の論理が吹き荒れ、仕入税額控除全面否認事件が相次いだ。この課税庁論理にお墨付きを与えたのが、この最高裁判決である。この判決は政治的・政策的判断だといわれる。なぜ政治的・政策的判断なのか、この判決の役割は何処にあるのか、税務行政上いかなる結果をもたらすのか、これらの点を最後に検討してみたい。
税制改革法の「課税の累積を排除する方式による」という考えに反し、法第30条7項の「保存」には「提示」を含むと解し、「課税の累積」を引き起こしている課税庁の課税処分に批判7が巻き起こっている。「保存」には「提示」が含まれないのは、消費税法の条文上からも日本語の言葉上からも明白である。この明白に違う「保存」と「提示」の文言を、「保存」に「提示」が含まれるとする課税庁の論理により、途方もない税負担を強いられた納税者がつぎつぎと訴訟を起こしてきた。
平成17年分の個人の消費税申告者は、課税事業者の免税点が3,000万円から1,000万円に引き下げられた結果、前年の41万6千件を約4倍も上回る157万6千件になった。法人の消費税申告者も新たに約53万社が増えると見込まれている。このように爆発的に増大する消費税申告者への対応に、課税庁は苦慮している。そして、課税庁論理による仕入税額控除全面否認処分、その結果としての処分取り消し訴訟も爆発的に増大することが考えられる。この爆発的に増大する訴訟の衝立になったのが、この最高裁判決ではなかろうか。
法第30条7項に「保存」とともに「提示」の文言を入れる法「改正」をすることなく、2004年12月に相次いで出された「保存」には「提示」が含まれるとする最高裁の確定判決は、課税庁にとって課税庁論理を追認し、あたかも法「改正」なき法「改正」に等しい結果をもたらしたのである。この判決が政治的・政策的判断だといわれる所以だろう。そして、この判決の役割は法第30条7項の「保存」には「提示」が含まれるとする、到底容認することができない課税庁論理がまかり通ることになる。また税務行政上、課税庁が質問検査権を行使するにあたって、課税庁に対する納税者の権利を封殺する根拠を与えたことになる。 |
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注 |
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1 |
三木義一「消費税仕入税額控除における帳簿等の『保存』の意義―最高裁判決への批判を中心として」『税理』2005年4月号、18頁。 |
2 |
静岡地裁平成14年12月12日判決(TAINS Z888−0803)。 |
3 |
東京高裁平成15年10月23日判決(TAINS Z888−0919)。 |
4 |
最高裁平成16年12月20日判決(TAINS Z888−0920)。 |
5 |
大阪地裁平成10年8月10日判決(TAINS Z237−8223)。 |
6 |
黒川功「消費税仕入税額控除否認の法的限界」
『税経新報』2006年5月号、8,13頁。 |
7 |
たとえば、日本弁護士連合会の「仕入税額控除の要件についての意見書」(2004年12月17日)によれば、「消費税法第30条第7項所定の仕入税額控除の要件は、帳簿及び請求書等の保存がない場合には、推計課税等の手法による仕入税額の認定をなすことなく、一律にその控除を否認する制度である。これは、仕入税額控除の立法趣旨、すなわち、生産・流通の各段階における税の累積を排除する、という消費税の付加価値税たる本質(税制改革法第10条第2項参照)に反し、『課税売上がある事業者には当然に課税仕入れがある』(仕入税額の負担事実がある)という前提事実を無視する不当なものである。」という意見がある。 |
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【この論文は恩師の「加藤盛弘教授古稀記念論文集」村瀬儀祐、志賀理共編著 森山書店 2007年3月18日発行に所収されているものです。】 |
(せいけ ひろし:全国協議会副理事長) |