論文

> 今津事件、損害賠償請求事件の判決について
徴収行政の現状と方向及び滞納処分に関する基礎知識(上)
神奈川会角谷啓一

(目  次)
一  はじめに  事例に見る滞納問題の重要性
「大滞納時代」はすぐそこ(滞納をめぐる情勢と徴収行政の現状・方向)
滞納整理の基本原則(徴収の理念・考え方)
担当官と話し合う主なテーマ
(以上本号掲載)
これで十分  滞納問題予備知識
(1)納税の猶予
(2)換価の猶予
(3)事実上の猶予
(4)延滞税の免除
(5)質問検査権・捜索
(6)差押関係
(7)滞納処分の停止
(8)不服の申立て
滞納が発生したときの対処法
不当な処分がなされた時、されそうになった時

凡例
通...国税通則法
徴...国税徴収法
例:徴151ニ…国税徴収法151条1項2号

一 はじめに事例に見る「滞納問題の重要性」

税制と税務行政をめぐる情勢を反映して、滞納問題の相談事例がこんごますます増えてくるし、滞納問題は次の事例に見るように、大きな問題に発展することもあるので、「どのように対応するか」は、きわめて大事です。
(社長が自殺に追い込まれた事例
(平成17年1月、静岡県東部・X税務署)
鉄筋業を営む零細法人。従業員3人。平成4年に法人成り。消費税課税事業者。近年は業績不振・資金難で商工ローンもあり、車検も取れない状況。個人では自宅(土地・建物)を所有、ローン支払中。奥さんは勤め人で事業に関与していなかった。
14年と16年分の源泉を約190万円滞納。15年及び13年以前の源泉と16年までの消費税は完納しているので、累積滞納者とはいえない。
16年9月に税務署から電話催告があり、やや遅れたが11月に出署し、相談。そのとき、「具体的な納付計画」を迫られたが、業績不振・資金難を申したて、物別れに終わる。
16年12月中旬、取引先から「税務署から売掛金の差押を受け、取引代金80万円を取り立てられた」の連絡があり、初めて売掛金差押の事実を知る(署は、ほかにも数件の取引先を照会したが、「支払い済み」との回答を受けたらしい)。
社長(55歳)は、どちらかというと気が弱い性格だったが、税務署からの売掛金の差押通知書を見落としているところから、滞納問題を多少甘く見ていた様子。税務署は「手順」を踏むことになっているので、無予告でいきなり売掛金の差押とは考えにくいが、11月の出署時から差押時(12月中旬)の一ヶ月内に売掛金の差押に追いこんでいくようなやり取りがあったのか?過去の納付の経緯等から見て、売掛金を差押されるような大きな落ち度が社長側にあったとは考えにくい(の項は角谷の推量)。
関与税理士はいたが、差押を受けるまでは滞納問題にはタッチしていなかった。
12月中旬、売掛金差押・取立の事実が取引先を通じて判明して驚いた社長は、税務署へ赴き「月額5万円の分納」を願い出たところ、「消費税の発生も考えられるので、月5万円では完納見こみがたたない。会社を解散するか、さもなければ即納するか、1月23日迄に返事せよ」と分納を拒絶された。
そこで、はじめて税理士に相談。税理士を通じて「会社は継続する。1月末に社長とともに納税の相談に行く」と税務署へ連絡している(会社をつぶせ、という担当職員の越権暴言には何ら対処も抗議もしていない)。
社長は税理士を頼りないと思ったのか、17年1月、地元の民主商工会へ「会社の解散」について相談があり、事態が表面化。民主商工会では、「解散はしないで、一緒に税務署へ抗議と納税相談に行こう」と指導。(その時点で社長と税理士との間で、どのような話し合いがあったかは不明)
17年1月下旬。税理士が社長同行の上、一月末に出署することになっていたが、署へ行く前日に自殺。遺書には「署から会社をたためとまで責められ、もう事業はやっていけない。生命保険金で借金を整理して欲しい」とあった。
事件後、税務署に対する抗議行動の中で、署は「法の手続きにのっとり処理をしただけ。謝罪の考えはない」と回答。その後、会社は解散。
[私の見方]この事例は、社長死亡のため不明な点が多いが、滞納額、滞納税金の発生年度、過去の滞納の経緯等から考えると、特に処分を急ぐような問題ある滞納事例と考えられない、したがって、売掛金の差押ではなく、納税の緩和措置を適用する方向の処理で何ら問題はなかった、にもかかわらず、処分庁の対応が性急に過ぎた。行政として滞納納税者個々の実情を把握する努力(税務運営方針)がなされなかったし、あまりにも乱暴な滞納処分といえる、消費税の免税点引下げ等に伴う滞納増を予測して、処分(特に売掛金などの債権差押に重点を置いた)を強化している行政の姿勢が伺える。

また、いかなる理由があっても、行政側として「会社をつぶせ」とは絶対言えないこと。その一線を超え、公務員として越権暴言を吐いたことに対し、税理士も含め何ら対応できなかったことが最大の問題点、(税理士などの)手の届かないところで、このような滞納問題に直面している納税者がかなりいるのではないかこれらの点を踏まえて、今後の滞納問題を考えていく必要があります。
[この問題での佐々木憲昭議員の追及による政府当局の回答]
(17年3月15日衆院金融委)
(遺族に対し)誠実に対応したい(徳井国税 庁徴収部長)。
(消費税の)新たな課税事業者で国税が滞納 になった場合には、滞納者個々の実情に即し ながら、適切な処理を図っていく。滞納者か ら分割の申し入れがあった場合も十分相談 し、滞納者の実情に即した対応をとる(谷垣 財務大臣)。

※「滞納者の実情に即した対応」
=消費税滞納に限らず、滞納整理行政全体についての当局の基本スタンス
(納税者に親切な態度で接し不便をかけないよ うに務め、納税者の苦情や不満は積極的に解 決する、などを記載した)税務運営方針(昭和 51年)は、税務行政を遂行する上での原則論。 今後とも税務運営方針の趣旨に即して税務行 政をすすめていく(徳井国税庁徴収部長)。
いま、滞納整理行政が国も地方も強化されている中で、この事例は「滞納問題へのまっとうな対処」がいかに重要かを示している。そして、一歩対処を誤ると
  納税者の財産や信用に傷がつく
事業の継続を危うくする
財産を失うばかりでなく、場合によっては命までも失いかねない

という大きな問題に発展することを示唆しています。

滞納問題への対処とは、事例のような悲劇を最小限に食い止め、滞納納税者に少しでも有利な(場合によっては、たいへん有利な)問題解決をはかること。これは、無理を押し通すということではなく、滞納納税者個々の実情に基づいて国税徴収法・国税通則法・税務運営方針を含む通達等を滞納納税者に即した形で適用させること。一見難しそうにみえるが、ある程度の予備知識を持って税務署や市役所の徴収職員とやり取りすれば、大部分は常識の範囲内で解決する、さほど難しいことではありません。

二「大滞納時代」はすぐそこ

滞納を巡る情勢
(1) 問題点の多い消費税が、免税点1,000万円以下に引き下げられ、これによって160万件前後の消費税納税者が新たに創出されます。消費税は、他の税目より圧倒的に滞納発生率が高い。この「改正」消費税の申告が、個人は平成16年3月末から、法人は17年5月末からすでに始まっています。これによって、数十万件の滞納の増加が見込まれます。

さらに、税調や政権与党の発言によると、平成20年(08年度)前後に消費税見直し法案(二桁増税といわれる)の上程が予定されている。今の国会の力関係からみれば平成21〜22年ごろから増税後の申告が始まるでしょう。これに伴う滞納増加(特に件数)は膨大なものになると思われます。

大衆増税は消費税だけではなく、配偶者特別控除の原則廃止(16年から適用)、老年者控除の廃止・年金課税の強化(17年から適用、これによる申告者の増加見込み約170万人:国税庁試算)、今後予定されている増税は、定率減税の19年分全廃(18年分は半減)、国・地方財源の三位一体の名による住民税のフラット化増税(課税所得200万以下の税率倍化、5%→10%)、さらに、平成19年以降、給与所得の大幅な課税強化、住民税のさらなる増税も方向づけられている。これらによって、低所得者層への課税が一段と強化され、多数の滞納発生が見込まれます。

これらの大衆増税がすべて実施に移されると、数年後(平成21〜22年頃)には、国税だけでもおそらく100万件(一署あたり2,000件)前後の新たな滞納発生が、地方税を含めると数百万件の新たな滞納発生が予想される。いわゆる「大滞納時代」の到来です。その大部分は超零細の事業者や法人、年金生活者等で、少額滞納(国税は20〜30万以下、地方税は5〜10万以下)が大半を占めることになります。
徴収行政の現状
(2) 国税庁当局は、消費税率が5%へアップした平成9年ごろから、「滞納の圧縮は税務行政の最重要課題の一つ」(歴代長官などの発言)と位置づけ、中でも消費税滞納の圧縮を特別視して滞納整理を強化してきました。いま、大増税時代を向かえつつある中で、当局も滞納処分のターゲットを、税務署段階では「少額滞納」にシフトし、「厳正・的確な滞納整理」(当局の会議資料)を強調し、「売掛金の差押マニュアル」などをつくり、徴収職員を督励しています。
こうした当局の方針を裏付ける神奈川県下T署の徴収統括官の話 「消費税や源泉所得税など『預かり金的』な滞納増加が顕著。これを圧縮するのが最重点の方針。(滞納は預かり金の使い込みということだから)これからは売掛金の差押など強い姿勢で臨むことになる」。(18.7税理士会の会合での署新任幹部の着任の挨拶)
このような当局の滞納整理方針は、徴収現場には一歩進んだ形で現れます。最近、滞納問題で納税者や税理士先生から、次のような、まさに「問答無用」といった事例が報告されています。
  「6ヶ月間の分納に」と相談に行くと、理由も事情も聴かないでいきなり「3ヶ月以内でないと認められない」と迫られた。
換価の猶予(徴151)の適用を求めたら、頭ごなしに拒否された。
有無を言わさず一括納付を指示され、さもなければ差押えるといわれた。
納付計画を協議中のさなか、いきなり差押えや、大勢での捜索を受けた。
※これらに対する対処法は次号(下)で掲載
徴収行政がパンク状態になると−滞納整理の方向
(3) 滞納の増加に比して徴収職員が増えない中で、いま、徴収行政は限界状態にあります。徴収職員は超多忙で徴収行政はパンク寸前の状態なのに、「大滞納時代」が到来すると徴収行政上さまざまな問題が派生します。徴収行政がパンク状態になると、
滞納納税者の個別事情に基づいて対処するという「あるべき徴収行政」は後景に追いやられ、個別事情を度外視した「一網打尽方式」や「一律・機械的な強徴処分偏重」の徴収行政の横行が危惧されます。冒頭に例示したように、すでにこの兆候が現れているのです。
若干補足すると、昭和35年に制定された現行国税徴収法の核心部分は、明治30年施行の旧徴収法をひきついだもので、「最悪の滞納者を想定した」強権的な内容になっている。その反面、法の適用に当たっては、徴収職員の「裁量」にゆだねる部分が多い。現在のところ、徴収職員の「良識的」な裁量によって、徴収法の強権性に一定の歯止めをかけている部分がある。しかし、「大滞納時代」の到来によって徴収職員は多忙を極め、仕事(行政)が機械的・一律的になる。その結果、滞納納税者に対しては、荒っぽく強権的になることが避けられない。それでも徴収法の枠内ということになる。
徴収行政の手が届かない少額の滞納納税者(コールセンターの催告を逃げ切った少額滞納者など)が多人数にのぼり、滞納者が処分の対象から洩れ、「徴収面での不公平」が蔓延することになります。

三 滞納整理の基本原則(徴収の理念・考え方)

滞納問題を納税者の側から見ると、「税金はなるべく納めないで逃げ切りたい、納めるとしても毎月の分納額は少ないに越したことはない」と思いたくなるのは人情ですが、やはり、それは正しくありません。いろいろな事情があっても大部分の納税者は納期限までに納めていることを考えますと、バランス上、滞納(者)に対して一定の制約・制裁が加えられるのはやむなしと考えるべきでしょう(しかしその制約は、生存権や人権を侵害するものであってはなりません)。

滞納整理行政の理念として、「課税の公平」をかかげて税務調査を行うのと同じく、滞納問題についても「徴収面での公平」を追求するということが基本にあります。国税徴収法の根底にもこの理念・考え方があるといってもいいと思います。たとえば、滞納(者)に加えられる制約・制裁として、次のようなものが考えられます。
滞納になったら大変高い延滞税(14.6%)が加算され、さらに滞納処分(捜索・差押・公売)を受ける場合がある
滞納額全部について無条件に緩和措置を認めるのではなく、納付困難な額を限度として分納を認める。たとえば、不要不急の預金等がある場合は、まず、その分を納めさせ、残りの滞納額を緩和措置の対象にする
毎月の分納額も自由勝手な金額ではなく、資金繰り上、可能な最大限の額を分納額とする。従って、分納(猶予)期間も自由勝手に決めるということではない
滞納している中で不要不急の大きな資産を購入した場合、この購入資金のことを「強徴処分の方向を示す資金の使途」として徴収上否認し、直ちにその購入した資産を含めて差押等の処分を行っていく

四 担当官と話し合う主なテーマ

滞納が発生した場合(督促状が発布されたとき)、まず、税務署や市役所の担当官(徴収職員)と話し合うことになります。担当官と協議するテーマは「猶予問題・分納問題」(納税の緩和措置)に尽きるといっても過言でありませんが、そのほか大事な問題もあるので整理してみました。
納税の緩和措置適用の申立て
  実行可能な分納計画で、延滞税の免除を伴う猶予措置を認めさせる(納税の猶予:通46、換価の猶予:徴151
  資力喪失の実態を伝え処分停止にさせる(処分停止:徴153
延滞税の免除の申立ての猶予で本税が完納となった等の場合に延滞税を免除させる)面倒な事務のため担当官の不作為(免除漏れ)が多い
  換価の猶予に伴う免除(通63
  納税の猶予に伴う免除(通63
  充足担保、差押に伴う免除(通63 )など
差押解除の申立て
  無益な差押の場合の解除申立て(徴79
  超過差押の場合の解除申立て(徴48
  納税の猶予の場合の解除申立て(通48
  換価の猶予の場合の解除申立て(徴151

(以下次号)
(かどや・けいいち)

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