論文

> 徴収行政の現状と方向及び滞納処分に関する基礎知識(上)
今津事件、損害賠償請求事件の判決について
2月26日大津地裁、その評価と問題点
大阪会西田富一

杜撰な経理処理と税務申告により、税務署長から更正処分と青色取消処分を受け、当時の税理士に対して損害賠償を求めた民事裁判は、2月26日大津地裁で判決があった。

筆者は補佐人税理士として、この裁判に初めから参加してきた関係もあり、判決の評価と問題点について検証してみた。代理人は、近藤忠孝弁護士、野村泰彦弁護士。

原告は(株) I、S(株)及び両社の代表取締役 K.Iの三者である。

 1、請求額(アンダーラインの80%が認定された)

原告(株)  I
平成10年6月期
・法人税 本税   10,931,600円
重加算税 3,825,500円
延滞税 2,016,900円
・消費税 本税 1,669,500円
重加算税 539,000円
過少申告加算税 12,000円
  延滞税 368,100円
・事業税 本税 2,978,500円
重加算金 1,213,400円
・法人県民税 本税 475,700円
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計24,030,200円(うち本税16,055,300円)
・青色取消による法人税の減額を受けられない 損失額 2,894,600円
・法人登記遅延による過料 120,000円
  弁護士、税理士報酬 5,400,000円
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8,414,600円
平成11年6月期
・法人税 本税 4,408,400円
重加算金 1,540,000円
延滞税 678,600円
・消費税 本税 1,126,200円
重加算税 392,000円
延滞税 162,700円
・事業税 本税 1,326,600円
重加算金 464,100円
・法人県民税 15,100円
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計8,810,000円(うち本税5,572,600円)
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合計41,254,800円(うち本税21,627,900円

原告  S(株)
留保金課税不適用の規定の適用を受けなかったことによる損害額
平成12年3月期
・法人税 本税   258,600円
平成13年3月期
・法人税 本税 4,171,800円
・過少申告加算税   417,100円
平成14年3月期
・法人税 本税 2,825,600円
・弁護士税理士報酬 937,625円(700,000円)
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合 計 8,610,725円

原告  K・I社長
・精神的慰謝料 3,000,000円
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総合計52,865,525円(うち本税21,627,900円)
・及び法定利息5分

 2、判決

原告(株)I   に対して   12,635,520円
 S(株)   に対して 8,373,100円
合 計 21,008,620円

及びそれぞれ平成15年2月13日から年5分の割合の金員を支払え。それ以外は請求棄却。

 3、原告の主張がほぼ認められた点

 I、原告(株) Iに関する争点
争点(過少申告に関する不法行為の成否)

被告は、納税者から委任された税務代理及び税務書類の作成を行うにあたって、専門家として高度の注意義務を負うが、基本的な注意義務に違反し、不法行為に基づく損害賠償の責任を負う。使用人が行った行為であっても、税理士がその全責任を負う、と原告の主張を採用した。

争点(損害の範囲ないし因果関係の有無)
(i) 被告の不法行為がなければ、原告が支払う必要のなかったと認められる重加算税、過少申告加算税、延滞税合計11,212,300円は損害といえる。各本税の不足税額は本来払うべき義務を負う税金であるので、損害ということはできない。
(ii) 原告は、取引の一部又は全部を仮装隠ぺいの記載した帳簿等を理由として青色承認取消処分を受けた。本来繰越控除を受けられる2,894,600円は損害と認めるのが相当である。
(iii) 原告は異議申立及び審査請求を行い、国税不服審判所は原処分の一部を変更した。審査請求にかかる国税不服審判所の裁決は、国税にかかる行政内部での最終判断である。審査請求の申立にあたっては、税理士の代理人の選任は必ずしも必要とされないのであるが、審査請求が国税に関する法律関係という専門化された分野にかかるものであり、一般人は審査請求において十分な法律上の主張をなしえないものである。税理士を代理人に選任したことにより、処分が一部変更され、被告の不法行為による損害を減額することができたとみるべきである。よって、更正処分の税額から認容額記載の金額を減じた合計額の約10分の1に相当する25万円を税理士費用として認めるのが相当である。
(iv) 損害額を合計すれば14,356,900円となるが、これに過失相殺割合2割を減ずると、11,485,520円となる。
(v) 弁護士に委任せざるをえないので、弁護士費用115万円を相当因果関係があると認める。
(vi) 以上、原告(株) Iは被告に対し、不法行為に基づき損害金12,635,520円及び年5分の損害遅延金を請求することができる。
 II、原告S(株)の請求に関する争点について
争点(不法行為の成否、過失相殺の可否)
(i) 被告は正確な税務申告をする義務があるにもかかわらず、過誤申告を行い、原告に損害を発生させたので、不法行為が成立する。
(ii) 被告は留保金課税不適用規定を適用しないで、税務申告をした。税法改正の不知又は法人税の特例規定の適用の失念によるものであり、当然要求される注意義務を怠ったもので、被告はその責を負う。
(iii) 被告は、原告に経理担当者がおらず日常の取引内容等を記載した補助元帳等も作成されていなかったことなどから、過失がない、またはあるとしても過失相殺されるべきであると主張するが、過失の具体的内容からすれば、被告は注意義務違反により損害賠償の責を負う、と被告の主張を退けた。

争点(損害の範囲ないし因果関係の有無)
(i) 原告は、留保金課税不適用により平成11年3月期258,600円、12年3月期4,171,800円、13年3月期2,825,600円の納税した。
(ii) 弁護士費用700,000円は相当因果関係のある損害と認められる。審査請求にかかる税理士費用については、審査請求に理由があったと認められないから、これを損害と認めるのは相当でない、として不服申立に関する税務代理報酬を否認した。

 4、主張が認められなかった点

 I、(平成10年6月期及び11年6月期の調査がされたことに関する不法行為の成否)
(i) 原告は、被告が平成12年6月期ないし14年6月期の総勘定元帳を作成していなかったため、本件税務調査において、これらの各年度の総勘定元帳を提示できなかったことについて不法行為が成立すると主張した。しかし証拠(TKC関西総合情報センターに対する調査嘱託の結果)によれば、11年1月分から13年12月分までの月々の会計記録に関する財務三表を遅くとも1、2ヵ月後には作成し、原告の決算報告書を作成したことが認められる。また、この総勘定元帳が原告に交付されていなかったと認めることのできる証拠はない、と裁判所はしている。つまり税務調査時には、総勘定元帳が存在していたことになる。原告は、税務署長の異議決定書に記載されていた『…3事業年度の決算関係書類及び総勘定元帳が不明であったこと、(略)…三週間後の10月1日に提出されたこと…』を証拠書類として提出したが、これを無視し、被告の主張を採用した。裁判所が十分な審理を尽くしたとは思えない判示である。
(ii) 判決は、原告と被告の反訳書によれば、総勘定元帳が会社にないので3年分を作ってほしいと依頼し、被告は時間がかかってもできないわけがない旨答えている。これは被告が当時総勘定元帳は作成されていないことを認めていた発言のように思われる。しかし裁判所が調査嘱託の結果によれば、再作成し再交付を受けたことが認められ、反訳書の意味は、再作成再交付を意味するものと理解するとしている。
(iii) 判決は、国税通則法70条5項の解釈と適用誤りを、している。質問検査権に基づく税務調査に関して、調査担当者がどの事業年度調査をするか等は、税務職員の合理的な判断にゆだねられている、とし裁判所は課税庁の肩をもっている。さらに、本件調査において、直近3年間の総勘定元帳等が存在しないことを理由に、10年度分11年度分の調査を開始したことは、合理的な判断と評価できる、と更正決定の期間制限の規定(国税通則法70条1項1号単純過少)を無視していることである。
(iv) さらに判決は、『…仮に被告や使用人が総勘定元帳の控えを提出して、まず過去3年分の税務調査から行うように求めるなどしても、10年6月期11年6月期の調査を阻止できたものとはいい難い。さらに、10年度分11年度分の総勘定元帳等を提示したのは原告会社の従業員が調査担当者の求めに応じたと窺われ、被告や使用人の対応をもって違法ということはできない』とし、裁判所は税務行政に余り明るくなさそうである。
 II、(原告 I・K代表取締役の慰謝料請求権の成否)
(i) 原告は、税務調査において執拗な追及を受けたことにより、精神的苦痛を受けたことから、不法行為が成立すると主張するが、本人の陳述書のみで、ほかにそれを裏づける証拠がないのでと退けた。
(ii) I・Kは原告会社の代表であり、税務調査においては最終的には調査の対象として追及を受けることになってもやむをえないことといえる。不法行為は成立せず、原告の請求に理由がない、と強権的な税務調査を容認する態度だ。
 III、(過失相殺)
(i) 原告は納税の主体であり、仕入先との取引金額に明白な誤りがあり、所得金額が明らかに過少であることからすれば、不法行為と過失相殺するのが相当である。
(ii) 原告は、平成9年頃から事業の拡大を図り、売上規模も大きくなってきたが、補助簿が作成されていなかった。被告の使用人が(株) IとS(株)の二社を担当し、月一回の僅か数時間に限られている状況の中で、通常の月次巡回監査の量を超えて記帳代行もしていた。月々の請求書の原本とファックスで送信した分と別個に仕入と計上したことによるものである。原告の対応にも不法行為の一因があったというべきである。
(iii) 総合的に、過失相殺は原告二、被告八とするのが相当。
なお、原告は判決を不服とし、大阪高裁へ控訴した。

本件に関して、03年11月号No.505号、04年10月号No.515号、05年7,8月合併  号No.524号に関連記事を掲載している。
本誌連続小説《歪んだ税務調査》は今津事  件をモデルにはしているが、内容はフィクションであり、全くの創作である。
(にしだ・とみかず)

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