論文

> 法人事業概況書は法定外文書
- 特集これからの税務調査〜質問検査権の法理 -
納税者の権利と質問検査権の法理  
弁護士鶴見祐策  

6 質問検査に関する個別税法の規定

(1)規定の構造と法的性格
所得税法234条1項は「当該職員」は「調査に必要があるときは」「納税義務がある者」等に「質問し」または「帳簿書類その他の物件を検査する」ことができると定めています。そして2項では「犯罪捜査のために認められたものと解してはならない」と注意書をおいています。法人税、相続税、消費税、その他の個別税法も大差はありません。

そこで所得税法を中心に検討したいと思います。
個別税法に規定された質問検査権の性格は、結論的には間接強制をともなう任意調査ということができます。

まず質問検査権の相手方(被調査者)は、その具体的行使に従って税務調査に協力するかどうかはその者の任意の選択に委ねられている点をきちんとおさえておくことが必要です。その意味で任意調査の性格をもつことについては異論がありません。

判例としては納税者の承諾なく事業所に立ち入った行為を違法とした京都地裁昭和59年3月22日判決(判例時報1127号)の事件が著名です。大阪高裁昭和59年1月29日判決(訟務月報31巻7号1559頁)と最高裁昭和63年11月20日判決(訟務月報35巻6号979頁)によって確定しています。国税局の資料調査課の調査で承諾なく売上集計表をとりあげたり、2階に上がったり、タンスやベッドの引き出しを検査した行為が問題とされた北村国家賠償事件の京都地裁平成7年3月27日判決(判例時報1554号)も同様です。ただし非協力が不当な場合には罰則の発動がありえます。制裁の裏づけで協力を誘導するわけです。それでも任意調査の本質に変わりありません。
(2)任意調査と罰則の関係
そこで罰則の発動がない質問検査の存否の問題が浮上してきます。後述しますが、東京国税局の新しい「法律的知識」では「調査を受けるかどうかは任意なのではありません」と書かれています。これで若手職員の理論武装を試みている様子です。質問検査に罰則があるから任意ではないというわけですが、間違いです。最高裁の決定も「職権調査の一方法」と述べています。「税務調査」のすべてが罰則を伴う「質問検査」ではありません。
(3)質問検査の主体と相手方
主体は調査権限ある当該職員(税務署員)です。当該職員は身分証明書の携帯を義務づけられ、相手方の請求に応じて提示しなければなりません。最高裁昭和27年3月28日判決(刑集6巻3号546頁)は「相手方は質問検査を拒む正当な理由がある」としています。

相手方は「納税義務がある者」「納税義務があると認められる者」です。この意義が前述のように論議を呼んだわけです。納税義務を具体的納税義務と解すると申告以前の調査はあり得ません。申告税額を納付すれば「納税義務がある者」には当たらないことになります。

あとは「納税義務があると認められる者」しかないから、相手方に納税義務がまだ残っていると認めるに足りる何らかの根拠が把握されなければなりません。これを暦年終了で成立する抽象的納税義務と解すると「納税義務があると認められる者」との区別がなくなってしまうのです。

そこで税額を納付しても除斥期間が経過するまで「更正されないことを条件」としているという課税庁サイドの理屈が唱えられたこともありましたが、かなり無理なのです。

下級審の判決はマチマチでしたが、先の最高裁決定は「『納税義務がある者』とは、既に法定の課税要件が充たされて客観的に所得税の納税義務が成立し、いまだ最終的に適正な税額の納付を終了していない者のほか、当該課税年が開始して課税の基礎となるべき収入の発生があり、これによって将来終局的に納税義務を負担するにいるべき者をいい、『納税義務があると認められる者』とは、権限ある税務職員の判断によって、右の意味での納税義務がある者に該当すると合理的に推認される者をいうと解すべきである」としました。

これは税務当局の要望を迎えて事前調査の適法性を捻出する論理にほかなりません。その論拠として法令上の職権調査事項には申告期間、暦年終了以前に調査すべきものが含まれている(予定納税額減額申請、青色承認申請の承認、却下の場合など)と言っていますが、やはり違うでしょう。これらは納税者が利益を求めて行った申請に理由があるかどうかを検討するため、その必要の範囲内の調査ですから罰則を適用する必然性は全くありません。本人が必要な協力をしなければ却下されるだけです。

また決定は所得税法5条を挙げますが、居住者には所得税を納める義務があると宣言しているだけであって特定の課税要件の充足による納税義務を規定したものではありません。この程度の根拠では「納税義務がある者」と「あると認められる者」あるいは「損失申告者」などを区別して条文に掲げる意味はありません。そもそも「課税の基礎となるべき収入の発生」とは何を想定しているのか理解し難いものがあります。課税標準は総所得額であって総所得額は暦年終了の時点で収入と経費をトータルしなければわからないわけです。

それ以前は納税義務を負担するであろうと「合理的に推認される」だけのことであり、中身は「あると認められる者」の説明と変わらないわけです。論旨破綻と言うほかありません。やはりもっと素直に「納税義務がある者」とは確定申告によって具体的納税義務が確定して未だ納付していない者、「あると認められる者」とは確定申告をしていない者か、あるいは確定申告以外に納税義務があると合理的に推認される者をいうと解すべきでしょう。

本人以外の家族、従業員は対象とはなりません。受忍義務がありませんから間接強制も働きません。その意味では質問不答弁、検査拒否は身分犯ということができます。ただし「検査妨げ犯」は身分犯ではないというのが最高裁昭和45年12月8日判決(刑集24巻13号)です。法人の場合は、必ずしも代表者には限定されませんが、少なくとも当該法人の立場で的確に答弁し検査要求に応えられる地位と権限を持つものであることが必要です。
(4)調査および質問検査の必要性
調査の「必要性」
所得税法234条1項は「調査について必要があるときは」と定めています。最高裁決定も「諸般の具体的事情にかんがみ、客観的な必要性があると判断される場合」と述べています。調査の「客観的必要性」の具備が不可欠です。通常人を基準に誰の目にも「合理的理由」が認められる程度のものであることを要します。無差別抽出で当たったとか、前の調査からしばらく経つからなどでは「理由」になりません。

確定申告がないか、あっても確定申告に誤りがあって申告以外に納税義務があることが相当程度の蓋然性をもって客観的に推認できる場合に限り、その限度で調査の「必要性」が認められるべきものと思います。この意味でも事前調査は通常あり得ません。

課税庁側は「申告が正しいかどうかを確認する必要がある場合等広くその行使を認められる」としています(「法律的知識」)。このような「調査理由」の一般化抽象化が許されるならば、およそ事業主や法人の全てが調査対象とされ、権力による随意の「監査」と変わらないものとなってしまいます。最高裁決定も「具体的事情にかんがみ」と述べています。具体的な「必要性」が求められているのです。
質問検査の「必要性」
調査の必要性に加えて罰則の裏付けがある質問検査の必要性についても検討しなければなりません。最高裁決定は「職権調査の一方法として」と述べています。調査の「必要」は、質問検査の「必要」とイコールではありません。条文は「調査について必要あるときは、‥‥質問し、‥‥検査することができる」と定めています。

この文理からすれば、税務調査の必要があって、その調査目的を遂行するうえで必要があると認められる場合に限り、その必要の範囲内において具体的な質問検査権の行使が許されるという趣旨に理解すべきだと思います。ここで言う「必要」とは、様々な調査方法があり得る中でも、罰則の裏付けのある質問検査の方法でなければ、調査目的を達成し得ないという程度に高い度合いの、かつ限定された「必要性」が要求されていると解すべきです。

だからこそ、その「必要」な質問検査は、解明すべき要点をついた的確なものでなければなりません。その対象や範囲も自ずから限定されるべきであり、具体性を欠き焦点の定まらないまま包括的に検査要求をしたり、漠然とした質問を発するようなことは許されないわけです。少なくとも罰則を伴う質問検査としては不適法です(かつての物品税法や印紙税法では「必要な範囲内で」と表現されていました)。漠然と「帳簿書類を全部だせ」「得意先を全部教えろ」では、間接強制を伴う質問検査とは認められません。
(5)「理由開示」の必要性
「調査の必要性」と「質問検査の必要性」を「調査理由」としますが、質問検査にあたり当該職員が被調査者に調査理由を開示(告知)する必要の有無は、裁判で最も鋭く争われてきた問題でした。これを認めた下級審判例としては千葉地裁昭和46年1月27日判決(判例時報618号)や静岡地裁昭和47年2月9日判決(判例時報659号)などがあります。

最高裁の決定は「調査理由および必要性の個別的・具体的告知のごときも、質問検査を行ううえの法律上一律の要件とされているものではない」としています。調査の相手方が要求しないのに理由開示をしなかったから違法だとは言えないでしょうが、「理由」が明らかにされないと相手方が適切に対応できない場合も少なくないと思います。

質問検査権規定と罰則の関係をどう捉えるかという問題とからんでくるのですが、少なくとも当該質問検査が罰則による間接強制を伴うものとして行使される場合には「調査理由の開示」も欠くことのできない前提要件と言わねばなりません。

憲法31条の適正手続の観点をふまえ納税者の人権と適正な課税の要請との調和を見いだそうとすれば、「調査理由の開示」は、適正な権限行使に不可欠の手続きと言ってよいでしょう。質問検査が「任意調査」であることも重要です。最高裁決定も「相手方においてあえて質問検査を受忍しない場合にはそれ以上直接的物理的に右義務の履行を強制しえない」と認めています。

被調査者の自由な選択に委ねられている以上、本人が的確に判断できるよう「調査の合理的な理由と質問検査の必要性」が職員の側から外部的に開示されねばなりません。 その履践によって最高裁決定がいう「必要」の「客観性」を担保できるのです。

加えて「必要性」は罰則の関係では犯罪構成要件の要素ですから、これが当該職員の内面だけにとどまってよいはずはありません。そうでなければ、犯罪構成要件が白地のままになってしまいます。憲法31条は白地刑法を禁じています。この白地を補うためにも「必要性」を相手方に明確に了知させなければなりません。その程度も、相手方に受忍義務があること、拒めば刑事制裁の対象になりうることを認識させるに十分なものであることが必要です。
(6)取引先調査の補充性
取引先に対する反面調査では、その「必要性」は、本人調査よりも厳格に解されなければなりません。それは納税者本人の信用に関わるだけでなく、取引先にとっても、たまたま本人と取引関係にあったというだけで、受忍義務を負わされるのですから、それだけ高度の「必要性」が要求されるわけです。本人調査を尽くしても解明できない点について、その必要の限度で許されるにすぎません。これを反面調査の補充性と言います。前記静岡地裁判決がこれを明言しています。前述のとおり「税務運営方針」もこのことを認めています。

銀行の預金や出入金等の調査がよく行われますが、預金につき昭和26年10月16日付国税庁長官通達(直所1―116)があり、「所得税又は法人税の課税標準の調査に当り、所得金額の計算につき必要な帳簿書類がないか、若しくは不備な場合又は帳簿書類がある場合においてもその真実性を疑うに足りる相当の事由がある場合において、その者の業種、事業規模等から見て通常銀行取引があると認められ又は銀行取引のあることを推定するに足りる相当の事由があり、且つ、その銀行取引を調査しなければ取引の事情が明らかとならない場合」「所得税法等の規定により金融機関が徴収すべき所得又は提出すべき支払調書等につき監査上特に必要があるとき」とされています。銀行調査の補充性をふまえた通達です。今では銀行側が全面屈服らしく殆ど機能していません。
(7)質問検査の方法、対象、範囲
最高裁の決定は質問検査の「客観的必要性」の度合いと相手方の私的利益と比較衡量して、社会通念上の相当性を超えない態様と範囲内の限度において質問検査が許されることを明らかにしています。これを逸脱した質問検査は違法です。質問検査の「客観的必要性」と相手方の「私的利益」を比較してバランスのとれた常識的な方法で行われなければなりません。「日時場所の選定」「理由開示」「事前通知」「調査の順序や手法」も適切妥当が要求されます。広島高裁松江支部平成5年12月22日判決は、納税者の事業形態の配慮を欠いた調査を「不適切」として課税処分を取り消しています。
(8)事前通知の必要性
本人の協力を得るには事前の同意が望ましいことは言うまでもありません。これを最高裁決定は「一律の要件ではない」としますが、突然の調査が本人の営業に支障をもたらし、私生活の平穏を損なうことは明らかですから、これを拒否しても正当な理由があり、延期の申し出とみなされています。税理士法34条では、納税者に事前通知する場合に関与税理士にも事前通知することになっています。これを無視すれば違法との評価を免れません。
(9)第三者の立会その他の問題
納税者が第三者の立会いを求めることが少なくありません。課税庁側は主に税務職員の守秘義務を根拠に拒否しています。立会要求を違法不当ではないとする東京地裁昭和43年1月31日判決(判例時報507号)や前記静岡地裁の判決などがありますが、さりとて納税者の権利と積極的に認めた判例はありません。近時では原判決の事実認定の下では立会要求を拒否した点に違法はないとした最高裁平成5年3月11日判決(訟務月報40巻2号305頁)があります。

そもそも「守秘義務」の根拠としては国家公務員法(100条)や所得税法(243条・法人税法163条)があります。前者の法益は官庁が保有する秘密とすべき情報であり、問題になるとすれば後者ですが、調査の過程で税務職員が知りえた調査対象者の個人的情報(プライバシー)がその中身ということになります。しかし、これは本人が立会いを求めているかぎり守秘義務の問題とはなりません。代わりに取引先の秘密が持ち出されるのですが、それが絶対に守られなければならないとすれば、納税者本人にも知らされないわけで調査自体を断念すべきでしょう。

この問題は質問検査が任意調査であること、最高裁の決定が示す必要性、比較衡量、相当性の枠組み(質問検査権行使の法的限界)から税務調査の必要と被調査者の立場との調整の視点から考える必要があります。本人は調査の公開によって強権的な調査を防ぎたいと思っているのです。どうしても秘密保持上不都合ならば、その場面に限って立会を遠ざけるなど調整は十分可能でしょう。

論文は多くありませんが、北野弘久教授が「帳簿不提示と青色申告の承認取消し」(「税経通信」97年2月臨時増刊号)で「権利として第三者の立会いを許容すべきである」とされています。ほかに首藤重幸教授の「税務調査における第三者の立会い」(税理91年8月号)が「対立する利害をより詳細に把握・衡量したうえでの判断が必要」と説かれています。
(10)非協力に対する罰則発動の要件
適法な質問検査に対して被調査者が質問に答弁せず、あるいは偽りの答弁をし、または検査を拒み、妨げ、あるいは忌避した行為については刑罰が法定されています。これを一体不可分と考えて調査非協力が直ちに犯罪成立と解すると罪刑の著しい不均衡がうまれ憲法31条違反の問題を避けられません。前述の東京地裁昭和44年6月25日判決が「処罰されるためには厳格な要件を必要とする」としたことが注目されます。

「なぜなら職員が必要と認めるかぎり、これに応じなければ、どのような場合にも」処罰されるとすれば、「所得税調査という広範な国民が対象となる一般的な事項であり、公共の安全に関わる問題でないだけに刑罰法規としてあまりにも不合理であり、憲法31条のもとに有効に存立し得ない」と述べています。そこで罰則の適用がない質問検査権という論点が提起されてきます。「純粋の任意調査」につながる問題です。

7 「純粋の任意調査」に関する問題

税務調査とは広い概念です。個別税法が定める質問検査だけが税務調査の方法なのではありません。およそ行政処分としては、その前提として事実認定が必要な場合があることは否定できません。ちなみに質問検査の要件に言及した前述の最高裁決定も「その認定判断に必要な範囲内で職権による調査が行われることは法の当然に許容するところ」と述べています。このこと自体は是認できるわけです。行政庁が行政目的を遂行するため一定の事実の認定と判断が必要となり、その必要な範囲で調査を行うべきは当然ですが、そのため細部にわたり特段の権限規定が無ければ合法的になしえないものではありません。

調査は机上の資料もあるし、文書による「おたずね」も実際に行われており、団体等に対する「問い合わせ(諮問)」(法人税法235条)もあるわけです。場合によっては、事実を知ると思われる者に問いかけたり、所持品の披見を求めたりすることもあるでしょう。前記千葉地裁判決は、臨場場所にあった葉書を写しとった行為を「純粋な任意調査のもとでのみ許される」としています。もちろん強制の要素は全くありません。相手方の同意が必要であり、それを認めるかどうかは自由です。いわば気分しだいです。

だから相手方の同意と協力を得るには、それ相当の礼儀と工夫が必要でしょう。それも調査の方法です。むしろ税務調査は、このレベルが通常ではないでしょうか。北野弘久教授が「行政指導」と位置づけられた「純粋の任意調査」がこれでしょう。

勿論これで済まないときがあります。特定の納税者の申告が不適正の疑いがあり、種々工夫して調べてみたが、やはり当該本人あるいは関係者に面接して必要な情報を得なければ調査が完結できない場合があり得ます。このようなときに罰則の裏づけを伴う質問検査権の必要性が顕在化するのです。質問検査の「客観的必要性」とはこれを指してしています。「税務調査」すなわち「質問検査」ではない。この基本認識が重要と思います。

最高裁決定は「純粋な任意調査」を明言していませんが、「その認定判断に必要な範囲内で職権による調査が行われることは法の当然に許容するところ」とし、職権調査として課税処分に限らず、予定納税減額申請、青色申告承認申請、純損失の繰戻による還付、延納申請の許否の場合などを摘示しています。前述のとおりこれらが罰則付きの質問検査に適合しないことは明らかです。要するに罰則に直結せず、強制の契機を少しも含まない「調査」も職権調査と認めているのです。課税処分の調査も例外ではありません。

当局は「純粋の任意調査」を認めたがりません。しかし「調査」が全て間接強制とするのは実態とも符合しません。個人情報保護法の扱いに関する東京国税局の文書のなかに間接強制によらない調査があることを示唆する記載も現れ始めています。税務当局の指導のなかに資料収集を目的とする照会について、これを質問検査権が及ばない単なる協力要請(行政指導)であるとしている部分も見られます。これと「取引状況の照会」はどう違うのか。それも協力要請でしょう。このように見てくると逆に間接強制を伴う質問検査権とは、それによらざるを得ない必要性の極めて高いものに限られることが浮き彫りにされてくるように思います。

8 違法な税務調査が課税処分に及ぼす影響

国税通則法24条にいう「調査」が適法な調査を意味することは言うまでもありません。違法な税務調査に基づく課税処分も違法です。「調査」の違法を処分の取消事由と解していると見られる判例も少なくありません。京都地裁昭和47年4月28日判決(行集23巻4号)、東京地裁昭和48年3月22日判決(シュトイエル138号)、東京地裁昭和48年8月8日判決(判例時報720号)、名古屋地裁昭和51年1月26日判決(シュトイエル168号)、名古屋地裁昭和53年1月23日判決(シュトイエル192号)などです。

学説では違法になるとする説も有力です(例えば北野弘久「現代税法の構造」、岩橋憲治「租税調査権をめぐる諸問題」税理12巻12号)。このほか質問検査が著しい違法の場合に処分が違法になるとする説(金子「租税法」弘文堂)や違法収集による資料は証拠能力がないから、これに基づく推計を違法とする説(南博方「所得税法の諸問題」有斐閣)があり、質問検査が違法の場合は推計の必要性を欠くとした判例としては前述の千葉地裁判決があります。

近いところでは、前記広島高裁松江支部判決が同趣旨と見られます。調査方法が明らかに不当と思われる場合、推計の合理性を疑わせる高度の事由になるとする名古屋地裁昭和40年12月28日判決(税務資料41号)もあります。しかし税務調査の違法を理由に課税処分を取消した実例は希有としか言いようがありません。

9 その他の問題

(1)青色申告承認取消
税務調査に際して納税者の権利を主張する青色申告者に対して所得税法150条1項は所定の帳簿書類の備付け、記録、保存が行われていないと看做(拡張解釈)して青色申告の承認を取消して推計課税の報復が広く行われました。それに歯止めをかけたのが東京地裁平成3年1月31日判決(判例時報1376号)です。

納税義務者の帳簿書類の提示拒否の事実の有無は、一定の時点においてのみ判断されるべきものではなく、税務当局の行う調査の全過程を通じて、税務当局側が帳簿の備付け状況等を確認するために社会通念上当然に要求される程度の努力を行ったにもかかわらず、その確認を行うことが客観的にみてできなかったと考えられる場合に、右のような取消事由の存在が肯定されるものと考えるのが相当である」との見解を明らかにしました。荒川民商春日裁判です。以後、各地で同様の判例が相次ぎました。いずれも税務調査のあり方が問題とされています。
(2)消費税の仕入税額否認
消費税法30条7項の仕入税額控除の否認事件でも「保存」の有無に関して同様の拡張解釈がまかり通っています。税制改革法10条の明文にも違反します。最高裁平成16年12月16日第1小法廷と同月20日第2小法廷が納税者側の上告を棄却しましたが、これに付された反対意見(滝井繁男裁判官)が注目に値します。仕入れ税額控除は「制度の根幹をなすもの」とされ、帳簿等の不提示を保存がないと同視する解釈は「申告納税制度の趣旨及び仕組み並びに法30条7項の趣旨をどのように強調しても採りえない」と断じています。

日本弁護士連合会も、同月17日付意見書で法30条7項が付加価値税の本質に反するとして改正を求め、このままでは零細業者に過酷な結果を招くと警告しています。最高裁の判例も違法でない調査を前提にしていることを留意すべきです。

いずれにせよ、質問検査を行う税務職員には「社会的な相当性」につき従来にまさる慎重さとそのための努力が求められていると言えるでしょう。

(つるみ・ゆうさく東京会)


▲上に戻る