論文

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消費税にゼロ税率導入の必要性
- 真の意味での“完全非課税”を実現するために -
神奈川会益子良一  

1.はじめに

政府は、「経済財政運営と構造改革に関する基本方針(骨太の方針)」(以下「骨太方針」という)を閣議決定(2006年7月7日)し、新聞報道では、この「骨太方針」について、「少子高齢化で増え続ける社会保障費の財源を確保するため、『消費税の社会保障財源化』の検討の必要性を強調した。ただ、消費税率の引き上げ幅や実施時期などは明示していない」*1と報じている。

自民党の中川秀直政調会長は、(2006年)6月30日に、現行5%の消費税率を「09年までに引き上げなければいけない可能性が高い」との見通しを明らかにし*2、自民党総裁選に出馬表明した谷垣財務相は、「2010年代半ばまでに消費税10%を実現することが必要」と述べている。

このように、消費税税率引き上げによる消費税増税の風潮が高まる中で、今後、逆進性を緩和するために、非課税範囲の拡大、あるいは軽減税率を採用させる運動が巻き起こる可能性があるし、また、巻き起こさなければならないといえよう。

しかし本稿では、消費税*3において非課税範囲の拡大は、必ずしも逆進性を緩和することにはならず、真の意味で逆進性を緩和するためには、究極の軽減税率であるゼロ税率を導入し、“完全非課税”を実現する必要性があることについて論述する。

2.消費税法における非課税規定の持つ意義

消費税法では、税負担を緩和する等の政策的見地から、「国内において行われる資産の譲渡等のうち、別表第1に掲げるものには、消費税を課さない」(消費税法6条)と、非課税規定を設けている。

消費税の非課税規定として、別表1に掲げるものに該当すれば消費税は課されないので、税負担を緩和する措置がとられているといえよう。

例えば医療を例にとると、医療は、国民の生命や健康維持に直接関係するので、患者負担を増やさない政策的配慮から、別表第1の中で、“保険診療を含めた一定の医療費”について、「消費税を課さない」と非課税にしている。

しかし消費税は、生産から流通に至る各段階で課税が行われるが、「別表第1に掲げるものには、消費税を課さない」とする非課税の条文構成では、(最終)消費者に提供した役務提供に対してのみ消費税を課さないということとなる。

すなわち、消費税と保険診療の関係でいうと、非課税規定では、保険診療を仮に1000円とすると、その1000円について、患者(消費者)から消費税50円をとれないこととなる。

そうなると、医療機関が医薬品等を問屋から仕入れるとき等に負担した消費税は、誰が負担することになるかであるが、非課税規定の仕組みでは、仕入れ等で負担した消費税部分は、医療機関が“最終消費者”として負担することとなる。

非課税規定では、保険診療を受けた患者(消費者)は、“消費税が課されない”が、医療機関が保険診療を行うに当たり負担した消費税はすべて医療機関が負担することとなり、その結果、医療機関は最終消費者として“損税が生じる”こととなることから、医療機関の犠牲のもとに逆進性を緩和していることとなる*4

仮に、消費税率が二桁台になって、食料品など生活必需品を非課税にすると、消費税の逆進性を緩和するのに、医療機関のように、流通過程のどこか(通常は零細な小売業者)の犠牲のもとでの緩和措置となり、租税制度として好ましい方法ではないといえよう。

ところで、非課税規定でも、本体価格が1000円とし、仕入れに係った消費税が40円であるとすると、売値を1040円にすれば、差し引き損得なしになるという考え方がある。

消費税導入時、当時の厚生省は、「医療保険に関する消費税は診療報酬に上乗せした」としていた*5

しかし、仮に診療報酬で補填したとしても、消費税の課税仕入れは、医薬品だけでなく、医療材料、医療器具、水道光熱費などの諸経費、あるいは診療所建物の取得など多岐に渡り、医療機関の個別事情、あるいは診療科目によって消費税の負担が異なることとなり、消費税の負担について差し引き損得なしというのは、理論的にも実務的にも不可能である。

さらに言えば、診療報酬で消費税部分を補填したとなると、消費税を患者に転嫁したこととなり、厳密な意味では、“医療は非課税”と言えなくなる。

このように、非課税のまま消費税の税率が上がると、医療機関は最終消費者として、消費税負担が今まで以上に過重となる結果が生じるであろうし、非課税範囲の拡大により新たに非課税となった業種でも同様な事態が起きることが予想される。

それは、“消費税は生命(いのち)に係わることに課してならない”、“消費税は生活必需品に課してはならない”という視点とは相容れないことである。

3.ゼロ税率の必要性

消費税を生命(いのち)に係わること、あるいは、生活必需品に課すことを回避し、“完全非課税”を実現するためには、消費税の仕組みからして、ゼロ税率を導入するしか方法はない*6

ゼロ税率とは、課税資産の譲渡等の対価ではあるが非課税としないで、標準税率に対する究極の軽減税率として、税率をゼロパ−セントにすることである。

ゼロ税率を採用すると、消費税は課税されるが、消費税の税率がゼロパ−セントなので、課税標準額に対する消費税(0%)から、当該課税期間中に国内において行った課税仕入れに係る消費税額を控除することができる。

先ほどの医療機関と患者(消費者)の関係で考えてみよう。
医療機関の課税標準は保険診療1000円で、患者の消費税負担額は0円(保険診療1000円×0%)となる。
患者に消費税の負担が生じないのは、現行の非課税と同じである。

しかしゼロ税率では、その後の処理として、医療機関は、消費税の申告をすれば、製薬会社から問屋へと、生産から流通過程の各段階で課された課税仕入れに係る消費税の累積額を控除することができ、その結果、医療機関に最終消費者としての消費税負担は生じないこととなる。

このように、ゼロ税率と非課税制度では、患者(消費者)に消費税が課税されない点は同じであるが、非課税部分に係る生産から流通の各段階で課された消費税を控除できるか否かという点で大きな違いがある。

ところで、消費税法で、真の意味で消費税が非課税となる“完全非課税”規定はないだろうか。

“課税期間中に国内において行った課税仕入れに係る消費税額”を負担しない仕組みとして、消費税法第7条(輸出免税等)「事業者(略)が国内において行う課税資産の譲渡等のうち、次に掲げるものに該当するものについては、消費税を免除する。(以下略)」がある。この条文の持つ意味は、消費税は課税されるが、“消費税を免除する=免税にする”ということなので、国内において行った課税仕入れに係る消費税額について、課税標準額に対する消費税額から控除することができることを意味している。

消費税法では、輸出について消費税を負担させない仕組み、真の意味での非課税、“完全非課税”を実現するために、ゼロ税率と同じ効果をもたらす免税制度を採用していることから、ゼロ税率=免税制度と同義であると言ってもよいだろう。

4.消費税は費用の一部か

消費者が事業者に対して支払う消費税部分は、商品や役務の提供に対する対価の一部としての性格、すなわちコスト=費用の一部として捉える考え方がある*7。もし事業者に対して支払う消費税が費用の一部であるならば、ゼロ税率=免税制度を適用することにより、消費税という仕入に係っている費用を返してもらえるのかという疑問が生ずる。  “消費税は費用なのか”について考える上で、消費税は、所得税や法人税と同じ性質を持つ直接税なのだろうか。

消費税が直接税だとすれば、非課税規定により仕入れ等に係る消費税が控除されないとしても、仕入れ等に係る消費税は費用の一部であるから、医療機関が仕入れ等に係る消費税を負担する結果となっても、“損税が生じる”という概念は出てこないとも考えられる。

直接税とは、「税金を納付する者と、その税金を実質的に負担する者とが同一人である(実質的には法人税など直接税も経済的には転嫁される。)ことを予定し立法された租税」*8をいう。

消費税法5条では、「事業者は、国内において行った課税資産の譲渡等につき、この法律により、消費税を納める義務がある」と規定し、事業者が消費税を納付すれば、課税関係は終了することになることから、この規定からは消費税を消費者に転嫁することは読み取れず、直接税と捉えることも可能である。

また、消費税法28条でも、消費税の課税標準は、“課税資産の譲渡等の対価の額”としていることから、課税資産の譲渡等にあたり消費税を徴収するか否かは事業者の任意である。すなわち、課税資産の譲渡等に当たり、仮に消費税を徴収しなかったとしても、消費税を徴収したとみなして消費税を納付する必要がある。

例えば、本体価額が1000円の商品であれば、消費税は50円で、税込価額は1050円となるが、取引先等との力関係から消費税を上乗せできないで1000円で販売した場合、消費税法上は952円(1000円÷1.05)が課税標準となり消費税は47円(952円×5%)となる。

そこで、消費税を転嫁できない事業者にとっては、“税金を納付する者=その税金を実質的に負担する者”となるので、経済的効果という観点からは、直接税と同じと言うことができよう。

しかし消費税法は30条に、「仕入れに係る消費税額の控除」規定を置き、同条では、「課税標準額に対する消費税額から、当該課税期間中に国内において行った課税仕入れに係る消費税額を控除する」としている。

間接税は、「一般に、税の負担が、納税義務者である課税物件の製造者等から、その物品の販売価格を通して順次消費者へ転嫁することが、立法者により予定されている税」*9とされていることから、消費税法の一部分だけを捉えれば、直接税と考えられなくもないが、消費税法の立法趣旨及び全体の条文構成から考えると、消費税は間接税と分類することが妥当と考える。

消費税を間接税と捉えれば、消費者が事業者に支払う消費税の負担は、費用の一部を負担したのではなく“転嫁される租税を負担している”と認識できる。

消費税法7条で、「輸出免税等」により消費税の還付をしているのは、消費税法上、“対価の一部としての性格”ではなく間接税と認識しているからであろう。

5.ゼロ税率法制化への提言

政府税制調査会答申「あるべき税制の構築に向けた基本方針」(2002年6月14日)では、「非課税範囲拡大やゼロ税率の採用は、消費一般に対して広く公平に負担を求めるという消費税の特徴を大きく損なうなどの問題があることから適当でない」としている。

しかし、消費税が根源的にもつ逆進性を緩和するためには、医療や生活必需品に対して、非課税範囲拡大やゼロ税率の採用は必要である。とくに、流通過程の犠牲による逆進性の緩和ではない“消費税完全非課税”を実現するためには、究極の軽減税率であるゼロ税率の採用が絶対に必要であると考える。

ところで、ゼロ税率を法律として条文化するとすれば、次のような規定が考えられる。
(ゼロ税率)
事業者(小規模事業者に係る納税義務の免除の規定により消費税を納める義務が免除される事業者を除く)が国内において行う課税資産の譲渡等のうち、別表第○に掲げるもの*10については、消費税の税率をゼロパ−セントとする。
また、現行消費税法の“輸出免税等”の規定を参考にすれば、次のように条文化することも可能である。
(免税規定)
事業者(小規模事業者に係る納税義務の免除の規定により消費税を納める義務が免除される事業者を除く)が国内において行う課税資産の譲渡等のうち、別表第○に掲げるものについては、消費税を免除する。

6.おわりに

消費税を国の基幹税としようとする動きの中で、逆進性を緩和するためには、消費税にゼロ税率の導入が必要である。

ゼロ税率の要求は、国民生活を行う上での切実な要求であると考える。

なぜならば、ゼロ税率の導入が、医療のみならず食料品を始めとする生活必需品全般に広がれば、消費税の持つ致命的欠陥である“所得の少ない人ほど税が重くなる”という逆進性を少しでも緩和することが可能となるからであり、諸外国でも、ゼロ税率を採用している国々はある*11

イギリスでは、2004年1月現在、「食料品、水道水、新聞、雑誌書籍、国内旅客輸送、医薬品、居住用建物の建築等」についてゼロ税率を採用している*12

消費税税率引き上げによる増税路線の動きが着々と進む中で、消費税廃止の運動だけではなく、中小零細企業の犠牲によらず逆進性を緩和する運動を展開する必要性もある。

その運動の一つとして、究極の軽減税率であるゼロ税率の導入は、消費税導入とともに廃止された物品税と同じような個別消費税化に繋がり、消費税を廃止するに等しい経済的効果をもたらすといえよう。 

消費税増税が言われている今こそ、医療を含めた生活必需品について、「完全非課税」を実現できるゼロ税率=免税制度の要求運動にも取り組む必要があると考える。
1 2006年7月8日読売新聞
2 2006年7月1日朝日新聞
3 本稿では、“消費税”というが、地方消費税も含めたところでの論述である。
4 日本歯科医師会税務委員会は、平成14年(2002年)10月2日「税務委員会答申書」で、中医協医療経済実態調査・平成11年6月分よりデ−タを引用して、個人歯科診療所消費税補填の過不足額の計算を行っている。その後、平成13(2001)年と平成15(2003)年の中医協デ−タをもとに3期連続で検証し、平成15(2003)年度の損税額は、全体で年間123億円になるとしている。
5 消費税導入時は、診療報酬改定で、消費税部分として、薬価を医療費ベ−スで0.65%(薬価ベ−スで2.43%)、診療報酬を0.11%の計0.76%の引き上げがされ、1997年の税率引き上げ時は0.77%の改定がされているが、その後の診療報酬改定で消費税部分が織り込まれているという保障はなく、またどれだけ補填されているか不明である。
6 月刊保団連2005年7月号から10月号に、「医療の『完全非課税』はゼロ税率の適用で」と4回連載で、拙稿が掲載されているので参考とされたい。
7 消費税制度の合理性に関して争われた東京地裁 平成2年3月26日判決。
8 「全訂版・税法用語辞典」大蔵財務協会
9 前掲注8「全訂版・税法用語辞典」
10 現行の消費税非課税規定では、非課税とするものを別表に委ねている。その条文構成を参考に、「別表第○表に掲げるもの」として、食料品など生活必需品、または保険診療や一定の医療費など “ゼロ税率”又は“免税”にするものを、別表に記載する方法が考えられる。
11 全国保険医団体連合会「消費税増税の中止と“ゼロ税率”の適用を求めます」パンフレットより
 
諸外国のゼロ税率
適用項目 ゼロ税率適用国
基礎的食料品 ●イギリス●アイルランド
その他の食料品 ●イギリス(一部標準税率)
薬品・医療費など ●イギリス(一部免除)
●アイルランド(一部標準税率)
書籍・新聞など ●イギリス●アイルランド
●フィンランド
●ベルギー(一部標準税率)
●デンマーク(一部標準税率)
●ノルウェー(全額ゼロ税率)
12 「付加価値税における非課税、税率構造の国際 比較(未定稿)」、財務省ホ−ムペ−ジ・国際比較 に関する資料(2004“平成16”年4月現在)

(ますこ・りょういち)

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