論文

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これでいいのか?政府税調答申
〜応能負担を無視し、庶民増税を推進するとは〜
東京会久保田幸夫

4、政府宣伝の“露払い”

私は政府税調の答申は多くの国民が期待しているような答申にはなっていないということを述べたかった。加藤寛氏が会長をし、その置き土産として答申した「わが国税制の現状と課題」という税制調査会中期答申(平成12年7月)以来、答申の主軸は庶民増税以外何物でもない。ここ数年間の答申は政府宣伝の“露払い”の意味はあっても論理的で説得力のあるものとは到底いえないものである。

税制が本来持つべき所得の再分配機能を放棄し、いたずらに政府の構造改革、規制改革を持ち上げ、「応能負担の原則」を無視して、庶民増税を強要したものだからである。では政府税調のどこに問題があるのか。問題は種々あるが、私は二つの面から考えてみたいと思う。そのひとつは税調を構成するメンバ−のことであり、もうひとつは所得税の給与所得控除を取り上げたい。

5、学者とマスコミと財界の代表

まず政府税調のメンバ−は国民のための「税制」を考えるときに本当にふさわしいかということだ。言うまでもないことだが、税制は、経済、財政と国民生活に直接大きく影響する。なればこそ影響を受けるそれぞれの職業、階層、立場の代表と、理論に精通した人で調査会は構成されなければならない。特に所得税については圧倒的な多数を占める給与所得者の意見を代弁できる人(ちなみに平成17年予算で見れば納税者の85.6%が給与所得者である。また税収でみると源泉所得税は全税収の25%を占める。表2を参照)、

(表2)
(備考) 1 給与所得者・・・「民間給与の実態」(国税庁)及び源泉所得税の課税実績から推計しました。
2 申告所得者・・・「申告所得税の実態」(国税庁)等によっています。
平成17年改正税法より

専業主婦の代表、これからますます多くなる年金生活者の気持ちが汲み取れる代表がいなければならないと思うが、そうした人選は現在のところなされていない。サラリ−マンやOLのことがよくわかっている人が代表になっていれば、後で述べる給与所得控除についても別な見解が出るものと信じたい。

同様に収入こそないが専業主婦の意見も大事だし、お年寄りの年金暮らしと税金負担のあり方の発言も忘れてはいけない。私は学識経験者と言われる人たちをそんなに信用してはいない。 それに財務省が求めに応じて提出するいわゆる資料についても、批判的に検討できる人がぜひ必要だ。現在の人選は政治家と官僚が勝手に選び、国会の承認事項にもなっていない、あきらかに片よった人選だ。

「平成18年度の税制改正に関する答申」をした政府委員は次のとおりだ。

秋山咲恵(ササキコーポレ―ション代表取締役社長)、石弘光(一橋大学名誉教授、中央大学特任教授)−会長−、井戸敬三(兵庫県知事)、井上裕之(愛知産業(株)代表取締役社長)、猪瀬直樹(作家)、大宅映子(ジャ−ナリスト)、岡田ヒロミ(消費生活専門相談員)、翁百合((株)日本総合研究所主席研究員)、奥野正寛(東京大学教授)、菊池哲郎(毎日新聞論説委員長)、神津十月(作家)、上月英子(税理士)、佐竹敏久(秋田市長)、神野直彦(東京大学)、高木剛(日本労働組合総連合会会長)、田近栄治(一橋大学教授)、田中直樹(経済評論家)、丹羽宇一郎(伊藤忠商事(株)取締役会長)、水野忠恒(一橋大学教授)、村上政敏(時事通信社顧問)、以上20名。ほかに特別委員16名、専門委員4名。

内訳は学者が5名、マスコミ関係者2名、財界4名、官僚2名、その他7名で構成されているが、この構成では財界の意向、マスコミ対策、高額所得者の気持ちは理解しえても、まじめに働く「庶民」の切実な願いを代弁してくれることを望むのは無理な注文というべきだろう。

また前に紹介した平成12年7月の「わが国税制の現状と課題」−21世紀に向けた国民の参加と選択−答申時(加藤税調)の委員等の名簿は次のとおり。

榎本庸夫、大澤雄三、太田弘子、加藤寛、栗田幸雄、神津十月、子長啓一、今野由梨、笹森清、島田春雄、竹内佐和子、田中直樹、津田正、中西真彦、塙義一、平田公敏、本間正明、松浦幸雄、松尾好治、松本和夫、松本作衛、水野忠恒、水野勝、宮島洋、森下洋一、森田明彦、諸井虔、吉永みち子、和田正江。

ほかに特別委員12名(この特別委員の中に後の税調会長になる石弘光氏がいた)、専門委員16名で組織されていた。すべての委員の人の肩書きを知っているわけではないけれど、学者、マスコミ、財界中心のメンバ−であることには変わりなく、庶民に理解あると思われる人は極めて少ない。

6、躍起になっている給与所得控除縮小論

給与所得控除の歴史はきわめて古い。もともと所得税法は明治20年に出来た法律だが、大正の初めに大きく変わり、給与所得は第3種所得となり、あわせて勤労控除が新設された(賞与以外の収入の10%相当額)。この勤労控除が給与所得控除の前身だ。そのサラリ−マンやOLの給料の必要経費、給与所得控除額が実際額より多いから、縮小、圧縮しようと政府税調は躍起だ。平成17年6月に出した個人所得税に関する論点整理では給与所得についておよそ次のように述べている。

「近年における雇用形態、就業構造の変化は重要であり、正規雇用者の割合は大幅に低下し、パ−ト、派遣労働者、業務請負等の非正規雇用者が急上昇しており、雇用形態は多様化している。給与所得も事業所得も、勤労を通じた経常的所得であるとの点では差異はなく、給与所得者と個人事業者を比較し、そのおかれた立場の強弱を一律に論ずることは難しくなりつつある。給与所得者であることを理由として、所得の計算にあたって特別の斟酌を行う必要性は乏しくなってきたといえよう(以下略)。」

それゆえ事業所得にかかわる必要経費の取り扱いに見られるように、給与所得者の控除や申告のあり方についても経費が適切に反映しえるように、柔軟な仕組みを構築すべき、というのだ。簡単にいえば給与所得控除額は多すぎるから、見直して課税所得額を多くすることで税負担額を引き上げようというのだ。

確かにパ−ト、アルバイト、派遣労働者は激増している。しかしこうした人たちは本当に望んで、就労しているわけではない。もちろん働くことより、自由とか勉学とかほかに優先すべきことを持っているため、勤務する時間が少ないパート等を希望している人もいるだろうが、非正規雇用者が全体として増加したのは不景気と、まさにル−ルなき日本の資本主義に最大の原因がある。ある年齢に達しながら少ない収入に、希望をなくしかけている若者が多いのを、税調委員は何かを感じることがないのであろうか。

税法がいう給与所得者が多様になっていることは事実だが、正規雇用者が極端に少なくなったわけでは無論ない。給与所得(退職所得も含む)は他の事業所得や不動産所得のように自らの責任で所得を生み出すわけにはいかない。一定の契約にしたがい、雇用されているわけで所得が多くなるのも、少なくなるのも、雇っている側の事情しだいだ。

ここに最大の特徴があり、時代が変わろうとこの本質は変わるわけでは決してない。給与収入でその費用をまかない、合わせて自らと扶養する家族を養っていかなければならないのだ。そうしたことから「勤務費用の概算控除」のほか給与所得者特有の事情に配慮した「他の所得との負担調整のための特別控除」が認められていたのである。これはほかならぬ政府税調自身がかつて言っていたことで、たとえば昭和30年12月の答申では、「税負担は依然として過重である。戦前と比べて著しく重くなっている。給与所得者は事業所得者と比べて、重く、その負担は不均衡である」と述べている。

だから給与所得控除を見直すことを答申したのである。給与所得控除額はたびたび額が改正されてきたが、現在の額に定着したのは平成元年のときであって、最近の日本型雇用関係の揺らぎがあったとしても、この本質が変化したわけではない。先人たちが苦労して築き上げた理論をあっさりと投げ出すのは、委員が変り、時代が異なるとしても慎重であってもらいたい。私にはひたすら庶民増税の理屈づけに狂奔しているとしか思えない。

私はサラリ−マンやOLの必要経費は今のままで決して多いということにはならないと思っている(高額な給与収入に対する控除額にも上限を設けるべきだが)。

7、もっと本質論の追及を

今回の政府税調の答申に対して、「盛り込まれていない主な意見」が公表されている。

定率減税については、セットで措置された個人所得課税の最高税率の引き下げと法人税率の引き下げも見直すべきとの意見や、廃止すべきではないとの意見も表明されていた。法人課税については同族会社の留保金課税を廃止してほしい、またその反対の意見や、法人全体の税負担の水準を検討すべきとの意見もあった。国際競争力の観点から税制の後押しが必要との意見も出ていた(酒税や環境税や公示制度にも意見があったが、本論とは直接関係ないので割愛した)。

政府税調が公開されている点では評価したいと思うが、私の印象ではかなり物足りない。答申には消費税はまったく入っていないが、税率アップはすでに既成事実化しているのだろうか。税調委員の間ではすでに当たり前のことなのであろうか。応能負担原則(累進税率)は所得税税率の刻みを4段階と極端に少なくし、相続税の刻みも少なくした(所得税は昭和44年の答申時には10%から75%まで19段階もあった)。

今回住民税に至ってはフラット化するという。これらはいずれも高額所得者、資産家を優遇するものであり、逆に消費税の税率アップは、消費者はもとより零細な業者にとっては大打撃だ。消費税は逆累進性であって、低所得者にとっては耐えがたいし、同様に零細な事業者にも大きな負担を強いる。この税制を所得税に換わる「基幹税」にしようとしていることにはとても納得できない。

なぜ応能負担原則が崩れていくのか、国際競争力に打ち勝つために税制はどこまで協力しなければならないのか。法人税には何で累進性ができないのか。所得税の基礎控除(38万円)は果たして妥当な数字といえるか、住民税の税率はなぜフラット化しなければならないのか、どうして応益負担にしなければならないのか。そのほか政府税調に要望、要求したいのはたくさんあるが、こうした税制の本質に真正面から取り組み、国民に納得できる回答を導き出すことが最大の仕事だと私は考える。今回のような答申を繰り返す限り、政府税調が国民から信頼されることはない。

8、最後に突然浮上した役員報酬の主な制限措置

政府税調が今度の答申の法人課税の項で、新しい会社法制定に対応する整備の必要性を説き、さらに、法人の設立が容易になる中で、個人形態と法人形態との税負担の差に由来する不公平は是正すべきと答申した。これが自民税調で「役員報酬の損金参入制度の制限措置」として、改正案に盛り込まれるとはまったく想像できないことであった。中小企業の役員は個人的な経費まで会社の経費にしている、この主張は財務省あたりから言われており、給与所得控除とダブって経費になっている、とされてきた。

しかし中小企業の相談相手になっている多くの税理士は、一部にそのようなことがあっても、全体としてそんなふうだとは思ってはいないだろう。中小企業の役員はごまかしている、と自民党から烙印を押されたようなもので、まったく信用されていないことになる。大体給与所得控除は所得税の範疇なのに、法人税の別表でこれを処理するのはきわめて乱暴なことだ。個人的に費消した事項だとはっきり確認できれば、否認規定を使えばいいことだし、認定賞与ということも考えられると思う。中小企業の一部の役員の給与所得控除をこのよう処理することはかえって税法に無用の混乱を招きかねない。ぜひ再考してもらいたい、と私は主張したい。

現在の国会の力関係では予算とともに、税法関係は年度内に通過してしまうと思われるが、しっかり審議して処理してもらいたい、と痛切に感じている。
参考文献
税制調査会中期答申−わが国税制の現状と課題(税務経理協会)
政府税調の本音とウソ鈴木章(東銀座出版社)
税制調査会答申集
戦後税制調査会小史木下和夫(税務経理協会)ほか

(文責・くぼたゆきお)

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