論文

ー 特集税制改正・政府税調・税理士の建議権について ー > これでいいのか?政府税調答申
税理士会の建議権を考える
東京会宮川雅夫

1. はじめに

日本国憲法は、租税法律主義を宣言しており、第30条「国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。」及び第84条「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。」との規定を置いている。

租税制度は、国家が国民の私有財産の一部を強制的に提供させるための仕組みであることから、我が国が国民主権原則に基づく租税観を基本としていることは当然のことである。

確かに、税制改正は法律の施行により行われるのであり、毎年国会に提出される税制改正法案は、国民の代表者による審議を経て可決成立しない限り施行されることはない。

しかし実際には、税制改正法案が大幅に修正され或いは否決されることはなく、財務省等が立案した政府原案がそのまま法律として成立する。

すなわち、税制改正は、国会審議ではなく、閣議決定に至る一連の作業課程において決するという実態があるのである。

したがって、税理士は、国民の最大関心事であるはずの租税制度について、専門家として意見を述べ、税制改正法案が妥当なものとなるように努力する責務があると考えなければならない。

一昨年の、土地等の譲渡損益の損益通算を認めないとする法改正に続き、本年は、特殊支配同族会社の役員報酬の一部を損金不算入とする改正法案が国会に上程された。

いずれも税理士の常識からみて納得できない法改正であるが、憲法の定める手続きに従い、粛々と法律が出来上がっていくのである。

このような現実に対して、我々は、今まで以上に高い関心を持ち、今まで以上に戦略的な運動をしなければならないのではないか。

日税連は、毎年、「税制改正に関する建議書」を機関決定し、財務省及び総務省等の関係省庁に提出しているが、この意見がどの程度税制改正に反映しているのであるかについては、甚だ疑問があるといわなければならない。

そこで、本稿では、あらためて税理士会の建議権について考えてみたい。

2. 建議の意義

広辞苑によると、「建議」とは、「意見を申し立てること。また、その意見。」とある。

このやや古めかしい言葉は、明治憲法にその語源があるらしく、大日本帝国憲法第40条に「両議院ハ法律又ハ其ノ他ノ事件ニ付各々其ノ意見ヲ政府ニ建議スルコトヲ得」と記載されていた。

すなわち、明治憲法下で、議院がその意思又は希望を政府に申し述べることを建議といったのである。

一方、日本国憲法第16条は、「何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。」と規定しており、国民が等しく国や地方公共団体等に対して請願する権利を持っていることを明確にしている。

これとは別に、税理士、弁護士、公認会計士及び弁理士等の職業専門家には、それぞれの分野について専門的知見を有していることから、これらの職業法において建議に関する規定が置かれている。

税理士法第49条の11
(建議等)税理士会は、税務行政その他租税又は税理士に関する制度について、権限のある官公署に建議し、又はその諮問に答申することができる。
同法第49条の15
(税理士会に関する規定の準用)第49条の2第1項、第49条の4、第49条の5、第49条の7から第49条の9まで及び第49条の11の規定は、日本税理士会連合会について準用する。

弁護士法第42条
(答申及び建議)弁護士会は、日本弁護士連合会から諮問又は協議を受けた事項につき答申をしなければならない。
弁護士会は、弁護士及び弁護士法人の事務その他司法事務に関して官公署に建議し、又はその諮問に答申することができる。

公認会計士法第46条の9
(建議及び答申)協会は、公認会計士に係る業務又は制度について、官公署に建議し、又はその諮問に答申することができる。

弁理士法第68条
(建議及び答申)弁理士会は、弁理士に係る業務又は制度について、経済産業大臣又は特許庁長官に建議し、又はその諮問に答申することができる。

これらはいずれも、職業専門家の団体には、その専門分野における専門家としての意見を官公署に対して建議し、又は官公署からの諮問に答申することができる権利があるという規定である。

すなわち、職業専門家団体がその専門分野に関する法案の立案課程において専門家としての意見を述べ、その所管官庁がこれら意見を尊重することにより国民の附託に応えていくことが期待されているのである。

税理士会及び日税連には、とりわけ租税制度に関する専門的意見を集約し、これを毎年行われる税制改正案の立案作業に反映させていく責務があるといえる。

3. 税制改正の流れ

周知のとおり、我が国には税制改正に影響力を持つ二つの税制調査会がある。

一つは内閣総理大臣の諮問機関として設置されている「税制調査会」(以下「政府税調」という)であり、もう一つは自由民主党の政務調査会長のもとに設けられている「税制調査会」(以下「自民党税調」という)である。

現在の政府税調会長は、石弘光会長(一橋大学名誉教授)以下20名の委員及び16名の特別委員で構成され、総会及び各小委員会等の会議が恒常的に開催されている。

政府税調の最大の仕事は、内閣総理大臣に対して税制改正に関する答申を行うことである。

この答申は、毎年秋頃に翌年分の税制改正の方向性を示す形でとりまとめられるのだが、「平成18年度税制改正に関する答申」は昨年11月25日に提出された。

この答申の他、概ね6月頃に中長期的な観点から意見をまとめた報告書を公表することが通例となっており、平成16年6月15日付の「金融所得課税の一体化についての基本的考え方」や、昨年6月21日付の「個人所得課税に関する論点整理」等が大きな反響を呼んだことは記憶に新しいところだ。

政府税調の委員は、大学教授・経済界・マスコミ・労働界・地方自治体の首長・税理士界等から幅広く登用されており、議事録も公開され、比較的自由な議論が行われているように見える。

しかし、政府税調の事務局を財務省主税局(地方税については総務省自治税務局)の官僚が務めていることから推察される通り、一連の意見書に財政当局の意向が色濃く反映していることは否めない。

一方の自民党税調(柳沢拍夫会長)は、自民党の税制政策立案を担う組織であるが、各省庁及び各業界団体等から寄せられる膨大な税制改正要望の取捨選択等の作業や、自民党各部会との折衝を通じて、政権与党としての政策決定に大きな影響を与えている。

昨年の場合、11月25日に政府税調の答申が行われた直後から、自民党税調における活発な議論が行われ、12月15日に「平成18年度税制改正大綱」が機関決定されるまでの数日間、水面下で様々な調整が行われたようである。

議院内閣制のもとでは政権与党の政策決定はそのまま政府の方針となるのであり、税制改正についても、与党税制改正大綱がそのまま税制改正大綱として閣議決定される。

本年の場合、1月17日に「平成18年度税制改正大綱」が閣議決定され、これを受けて、2月3日に財務省が「所得税法等の一部を改正する法律案」を、また2月7日に総務省が「地方税法等の一部を改正する法律案」を国会に提出した。

本原稿執筆時点では、これらの法案は国会審議中であるが、前述したとおり、政府が提出した税制改正案が大幅に修正されることも、また法案が否決されることも殆どないのが現状である。

4. 税理士はどうすれば良いのか?

「税理士は、税務に関する専門家として、独立した公正な立場において、申告納税制度の理念にそって、納税義務者の信頼にこたえ、租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図ることを使命とする」(税理士法第1条)

この使命規定は、税理士は、既に施行されている租税法令を遵守して納税義務の適正な実現を援助する職業であると読むことが出来るし、現に、個々の税理士は現行の租税法令に従って業務を遂行している。

しかし、一方で、税理士法第49条の11が税理士会及び日税連の建議権を定めていることを忘れてはならない。

税制改正案は、租税理論の適用だけではなく、あらゆる政策が複雑に絡んだ結果として決定されるのであるが、その立案過程が財務省や総務省の官僚の思惑によってのみコントロールされるようなことがあってはならない。

多くの政治家が税制の専門家ではないという現実を踏まえ、税理士は、税務専門家としての意見を反映させる努力をしなければならない。

とりわけ、ロビイ活動の有効な手段を持っていない中小企業や低所得者等の声を反映するための理論構築を進めることは重要である。

また、我が国における税制改正の流れを見極めたうえで、戦略的かつ有効な運動を行う方法についても検討しなければならない。

そのためには、ややマンネリ化している各税理士会の税制改正要望や日税連の税制改正建議の意見形成課程を抜本的に見直すとともに、日本税理士政治連盟を始めとする各地域の税理士政治連盟の活動を今まで以上に活性化していくことが必要である。

いずれにしても、我々税理士一人一人が、今まで以上に税制改正に関心を持つことが何よりも重要であると思うのである。
(みやがわまさお)

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