論文

ー 特集地方税財政改革・三位一体改革 ー
三位一体改革の内容と問題点
〜所得税から個人住民税への税源移譲〜
経済評論家熊澤通夫

1. はじめに

いわゆる三位一体改革による個人所得課税の「改正」は、地方制度改革と不可分の関係にあるが、抜本税制改革の重要な一部でもある。

昨年11月末、政府は国庫支出金(以下、補助金という)を総額で約4.7兆円削減し、他方、06年度の税制改革で国(所得税)から地方(個人住民税)へ3兆90億円(06年度は、暫定措置として所得譲与税による税源移譲。06年度分1兆8,930億円と05年度分1兆1,160億円の合計額3兆90億円)の税源移譲を決めた。

こうして小泉政権の下で進められてきた三位一体改革は第一幕を閉じた。本稿は税源移譲による個人所得課税の変化に焦点をあてた総括を行い、残された課題を示そうとするものである。

具体的にはまず、地方分権の経緯と税源移譲との関係を簡単に整理して三位一体改革の位置づけを行い、つぎに08年度税制改革で行われようとしている所得税、個人住民税改革の内容を紹介して問題点と残された課題を述べることとする。

2. 二つの地方分権論

70年代に入り石油危機による高成長経済の終焉、経済のグローバル化の進展などの新しい条件の下で、非効率で画一的な中央集権的社会システムの見直しが求められ、また住民の多様なニーズにこたえることの出来るシステムを構築するために地方分権を拡充する動きが国際的に高まった。

その動きを代表するものにヨーロッパスタンダードとよばれる「ヨーロッパ地方自治憲章」(ヨーロッパ評議会が1985年制定)があり、そこでは加盟国が基礎的自治体で出来ることはその事務事業とし、国はその財源を保障すべきである旨を定めた 注1)。しかし新自由主義の台頭があり、各国で実施した分権改革の内容は様々である。

かりに「ヨーロッパ地方自治憲章」の示した分権のあり方を「分権型社会をつくる分権改革」とすれば、対極にはサッチャー政権がおこなった地方制度改革がある。それは「受益者負担」を強調して「選挙権のある者には等しく負担を求める」人頭税(コミュニティチャージ)に自治体の主たる財源を求め、負担を通じて自治体と住民の間に緊張関係をつくり、中央政府とともに「小さな自治体」に誘導する新自由主義的「分権改革」というべきものである。

わが国でも同時期以後、「地方分権」論が高まったが、この問題に深くかかわった西尾教授によるとこの声は「混声合唱」であり、いわば「同床異夢」の関係 注2)にあったと整理されている。

その内容を筆者なりにわが国における「分権型社会をつくる分権改革」と「新自由主義型分権改革」との対立で大別し、主として税・財政改革について整理すると、次のようになる。

前者の場合、基本的考え方として地方にできることは地方の事務事業として国から地方へ権限を移譲する。具体的には機関委任事務を廃止する。あわせて国が地方を支配し、かつ、無用の事務をつくっている補助事業を大胆に廃止・縮小する。税収の配分は国6、地方4にもかかわらず、歳出(仕事量)では国4、地方6となっている逆転現象を改める。このために国から地方へ税源を移譲し、税収の割合を国5、地方5とする。移譲は普遍的で安定的税収が確保できる税(所得税と消費税)による。課税自主権を拡充する。地方交付税交付金は、ナショナルミニマムを保証する制度として、財源保障機能、財政調整機能のいずれも必要とするというものである。

後者の場合、言葉では「地方にできることは地方」というが、自治体のサービス提供能力を効率的にすすめる理由から、市町村合併の推進と業務の民営委託、民営化により「小さな自治体」への改革を中心課題とした。このために地方自治体が必要とする財源は地方税で賄いうる制度とし、このために課税自主権の部分的拡大と補助事業の見直しを行うとしたが、同時に地方交付税の縮小をめざした。

この二つの流れがせめぎあいで焦点となったのが税源移譲である。政治経済状況が激変する中で1995年に地方分権推進法が、1999年には地方分権一括法が成立し、国と自治体は対等の統治機関と位置づけられ、機関委任事務が廃止された。

しかし税制では法定外普通税の許可制が廃止になり、法定外目的税の創設が認められて、許可制から総務大臣との協議・同意事項に変わり、また、個人住民税の制限税率が廃止された。しかし税源移譲は、財政危機を理由とした財務省の反撃で見送りになり、小泉政権へ引継がれた経緯がある。

3. 税源移譲の内容

小泉政権下では、「分権型分権」が後退して新自由主義型地方分権の急速な展開となった。とくに地方制度改革では市町村合併促進が特徴的である。平成の大合併と呼ばれたこの改革は都市の標準的規模を30万人とし、人口1万人未満の町村からは自治体固有の権限剥奪まで視野に入れ、国と一体となって「小さな政府」をつくるために「規模の利益」による「効率的」自治体を目指した。

三位一体改革は、この改革とあわせて進められたもので、2001年度予算に芽だしをし、「骨太方針2003」で定式化された。その内容を要約すると次のようになる。

(1)国から地方への補助金を約4兆円縮減する
(2)国から地方へ約3兆円の税源を移譲する。移譲する税源は基幹税とする
(3)地方交付税交付金の財源保障機能を見直し、交付金の規模を縮小する
(4)自治体財源は各自治体固有の財源である地方税によることを目指し、不交付団体を増加する
(5)2006年度を目標にこれらの改革を一体と して進める

その後、2004年11月の与党合意で、ここでいう基幹税は所得税とし個人住民税へ移譲すること、個人住民税の税率はフラット化することとされ、さらにこの税源移譲とあわせて個人所得課税の「抜本改革」を行うことが確認された。

平成18年度税制改革で行われる税源移譲による所得税と個人住民税改革はこのような経緯の結果であり、主な内容は以下のとおりである。

所得税から個人住民税へ移譲される金額は、さきに記したとおり3兆90億円で、この結果、所得税税収と個人住民税税収はほぼ1:1となる。

移譲は所得税の減収額と個人住民税の増収額がほぼ等しくなり、かつ、個々の納税者の所得税、個人住民税合計負担額が増えることのないように「配慮する」税収中立で行う。

移譲の方法は税率の修正によるものとし、所得税で5%、23%の税率を新設し、30%を33%に、最高税率を37%から40%に引き上げる。

個人住民税では5%、10%、13%の税率を一律10%に改める。内訳は道府県民税が4%、市町村民税が6%である。

なお、このため住宅ローンの控除額が少なくなる分は住民税で減額措置をとり、国費で負担する。

この税源移譲はそれのみを他の問題と切り離して評価すれば、基幹税である所得税の移譲であって、地方自治体のかねてからの悲願実現であり、機関委任事務廃止と並び、自主財源の拡充として、わが国の地方税制史上、特筆されるものであろう。

現行税率と改革案税率の対照表
改正案 改正案
課税所得(万円) 税率% 課税所得(万円) 税率% 課税所得(万円) 税率% 税率%
0〜330以下 10 0〜195以下 5 0〜200以下 5 一律10%
  10 195超〜330以下 10 200超〜700以下 10
330超〜900以下 20 330超〜695以下 20 700超〜000以下 13
  20 695超〜900以下 23    
900超〜1800以下 30 900超〜1800以下 33    
1800超〜0000以下 37 1800超〜0000以下 40    

4. 問題点と課題

しかし、三位一体改革の中に位置づけられて進められ、かつ、三位一体改革・抜本的税制改革としての改革であったために、危惧すべきいくつかの問題がある。
すなわち地方自治体と住民の間に緊張関係をつくり、国・地方一体で「小さな政府」を目ざす新自由主義型分権論による税制改革であり、さらに財政危機と市町村合併から道州制までをのぞむ地方制度改革というわが国の特殊な条件が加わって展開したものなので、税源移譲とそのことによる改革はこの視点から評価しなければならない。
(1)
具体的に記すと、第一は補助金の整理である。まず、国から地方への補助金削減額は約4.7兆円で税源移譲額を約1兆7000億円上回った。つぎに削減した補助金のうち2兆45億円が補助率の引き下げによるもので、自治体の権限強化につながっていない。さらに地方六団体がまとめた補助金整理案3兆2,284億円のうち実現したものは3,893億円、12%強にとどまり、くわえて補助金整理の中心であるべき公共事業費は、財源が公債であるという理由から、ほとんど手付かずとなった。

第二に地方交付税交付金の改革である。いうまでもなく地方交付税交付金は、財源調整と財源保障の機能を持ち、ナショナルミニマムを保障する制度であって、多くの自治体の命綱である。この交付金の機能のうち財源保障機能を廃止する構想が三位一体改革を進める中で台頭し、自治体の交付税依存体質を改め、リストラを促し、市町村合併を促進する理由などから、04年以後06年度の3年間で約5.1兆円減少し、交付税の財源保障機能を弱めた。

三位一体改革、3年間の歩み
【補助金削減4.7兆円、税源移譲3兆円、交付税削減5.1兆円】
年度 補助金削減 税源移譲 交付税削減
04
05・06
06
1兆円
2.8兆円*1
0.9兆円*2
0.7兆円
1.7兆円*1
0.6兆円*2
2.9兆円
0.9兆円*1
1.3兆円*2
*1は04年11月の、*2は05年11月の与党合意。朝日新聞2005.12.30より作成

この結果について47知事のアンケートに対する回答は「『評価できる』は3人、北海道、東京、三重、島根などの14人は『評価できない』。『地方への負担転嫁がほとんど』などを理由にあげた。3人は『どちらとも言えない』だった。地域の実情に合わせた施策が展開できるようになったかの質問では、自治体の裁量が『広がった』との回答はゼロ。『ある程度広がった』も新潟、京都、和歌山、徳島の4人にとどまった。一方、宮城、千葉、長野、岡山、広島、佐賀、大分、鹿児島など10人は『広がらなかった』。『あまり広がらなかった』の30人を加えると全体の85%に達した」 注3)
(注1) 第9条
(注2) 西尾勝「未完の分権改革」岩波書店2頁〜9頁参照。
(注3) 朝日新聞2005.11.7
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