論文

行政事件訴訟法改正
と税務訴訟への影響
プロフィール
静岡県生まれ。慶応義塾大学法学部法律学科卒業後、監査法人朝日新和会計社(現・あずさ監査法人)勤務、その後静岡大学大学院法学部研究科を修了し、静岡産業大学経営学部講師を経て、現在、立命館大学法学部助教授(税法)。
立命館大学法学部助教授
ちか
望月

1. はじめに

2004年6月9日、司法制度改革の一環として、行政事件訴訟法の改正法(法律第84号)が成立し、本年の4月1日から施行された。 注1

行政事件訴訟法については、1962年の制定以来さまざまな問題点が指摘され、長年にわたって改正が議論されてきた。しかし、結局42年間一度も実質的な改正は行われなかった。また、処分性や原告適格など行政訴訟の訴訟要件は厳しく、要件審理の段階で却下判決が下され、原告が門前払いされるケースも少なくなかった。訴訟件数も年間約1,800件前後とドイツやフランスなどの諸外国に比べて格段に少なく、さらに、原告の勝訴率も10%程度と大変低い現状にある。

行政訴訟の形式をとる税務訴訟についても、近年納税者勝訴の事案が増えてきたものの、全般的には納税者の主張が認められるケースは非常に少ない。出訴する場合も、原告納税者は当初から敗訴を覚悟したうえで手続を進めざるをえない。 注2

このような現状に対し、行政に対する司法のチェック機能を充実・強化し、国民の権利・自由をより実効的に保障する観点から、今回の行政事件訴訟法の改正が行われた。改正は税務訴訟の改革を意図したものではないが、税務訴訟に対する影響も大きく、税理士業務や納税者の権利擁護のうえでも重要な改正といえる。そこで、本稿では、今回の行政事件訴訟法改正の概要を紹介し、税務訴訟への影響や今後の課題について検討したいと思う。 注3

2.改正法の概要

(1)国民の権利利益の救済範囲の拡大
取消訴訟の原告適格の拡大
取消訴訟の原告適格について、旧法は9条で「当該処分又は裁決につき法律上の利益を有する者」と限定的に規定していた。従前の通説及び判例も、この「法律上の利益」を根拠法令の明文の根拠に基づくものとして厳格に解釈する「法律上保護された利益説」を支持してきた。  これに対して改正法は、新たに9条2項を設け、「法律上の利益」の有無を判断するにあたっては、処分又は裁決の根拠法令の文言にのみよることなく、法令の趣旨及び目的や、処分において考慮されるべき利益の内容・性質などを考慮すべき旨を規定して、原告適格の要件を拡大した。 注4
義務付け訴訟の法定
行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟である抗告訴訟に、新たな訴訟類型として義務付け訴訟が法定された。義務付け訴訟とは、行政庁が一定の処分又は裁決をすべきにもかかわらず、それをしないときに、一定の処分又は裁決をするように命ずることを求める訴訟である。(3条6項)

従来、義務付け訴訟は、いわゆる法定外(無名)抗告訴訟として学説上認められる余地があるとされてきたものの、判例ではきわめて消極的に解されてきた。しかし、今回法定されたことによって、法律上提起できることになった。

義務付け訴訟について改正法は、申請を前提とせず行政庁に一定の処分をすべき旨を命じる「非申請型」(6項1号)と、申請に基づいて行政庁に一定の処分又は裁決をすべき旨を命じる「申請型」(6項2号)の2つの類型を規定している。

非申請型については、一定の処分がされないことにより重大な損害が生じるおそれがあり、かつ、その損害を避けるため他に適当な方法がないという厳格な要件が求められる。申請型については、不作為の違法確認訴訟又は取消訴訟、無効等確認訴訟を併合して提起しなければならない。

義務付け訴訟において、行政庁が当該処分等をすべきであることが処分の根拠となる法令の規定から明らかであると認められるとき、又は、行政庁がその処分等をしないことが裁量権の逸脱や濫用と認められるとき、裁判所によって処分等を行うように命じる判決が下される。(37条の2第5項、37条の3第5項) 注5
差止訴訟の法定
これまで、義務付け訴訟と同様に、法定外抗告訴訟とされてきた差止め訴訟が法定された。差止訴訟とは、行政庁が一定の処分又は裁決をすべきでないにもかかわらず、これがされようとしている場合において、行政庁が当該処分又は裁決をしてはならない旨を命ずることを求める訴訟である。(3条7項)
差止訴訟において、行政庁が当該処分をすべきでないことが法令の規定から明らかなとき、又は、処分等をすることが行政庁の裁量権の逸脱や濫用に当たるとき、裁判所によって差止請求が認められる。(37条の4第5項) 注6
確認訴訟の明示
改正法4条は、実質的(公法上の)当事者訴訟の一つの類型として、「公法上の法律関係に関する確認の訴え」を明示した。これによって、確認訴訟のより積極的な活用可能性が広がったといえる。
たとえば、行政立法や行政指導、行政計画など処分性がなく抗告訴訟の対象とならない行政作用についても、その法律関係や権利義務関係の確認を求めて争うことができる。 注7
(2)審理の充実・促進
裁判所が、釈明処分により、行政庁に対して、処分又は審査請求の記録や処分・裁決の理由などを明らかにする資料の提出を求めることができる仕組みが法定された。(23条の2)これは民事訴訟法151条の定める釈明処分の特則を定めたものであり、行政訴訟の審理の充実・促進という観点から導入された。
なお、裁判所は被告行政主体に属する行政庁以外の行政庁に対しても、送付の嘱託を行うことができる。 注8
(3)より利用しやすく、分かりやすくする ための仕組み
抗告訴訟の被告適格の明確化
被告となる行政庁を特定する原告の負担を軽減するため、被告適格を行政庁から国や公共団体といった行政主体に変更した。つまり、処分行政庁を特定して被告としなくても、その所属する国または公共団体といった行政主体を被告とすればよいことになった。(11条)

従前から原告が故意又は重過失なく被告を誤った場合には、原告の申立により裁判所の決定によって被告を変更できるという救済規定があった。(15条)しかし、複雑な行政組織において具体的な行政庁の特定は難しく、実際誤った場合も重過失がないとして救済されるケースは稀であった。今回の改正で行政主体を被告としたことにより、そもそも被告の誤り自体がなくなるものと思われる。

なお、改正法11条4項は、国又は公共団体を被告とする場合、原告が訴状に処分行政庁や裁決庁を記載することを求めている。しかし、これは原告側に処分行政庁や裁決庁を特定する負担を負わせるものではない。むしろ、同条5項は、被告である国や公共団体に、裁判所に対して遅滞なく処分行政庁や裁決庁を特定することを求めている。その点を考慮すれば、訴状への処分行政庁や裁決庁の記載漏れや誤りがあったとしても、原告が不利益を受けることはないものと解される。 注9
抗告訴訟の管轄裁判所の拡大
国や独立行政法人等を被告とする抗告訴訟では、被告の普通裁判籍の所在地を管轄する裁判所や処分行政庁又は裁決庁の所在地を管轄する裁判所に加え、原告の普通裁判籍の所在地を管轄する高等裁判所所在地(東京、大阪、名古屋、福岡、仙台、札幌、高松)の地方裁判所(特定管轄裁判所)にも訴えを提起できることになった。(12条4項) 注10
出訴期間の延長
従来、処分があったことを知った日(初日不算入の適用)から3ヵ月であった取消訴訟の出訴期間が6ヵ月に延長された。(14条1項)また、旧法では出訴期間は不変期間とされてきたが、改正により「正当な理由」があれば延長が可能ということになった。「正当な理由」の有無については、裁判所が個別事案ごとの事情を勘案して判断する。

旧法14条4項の審査請求をした場合の出訴期間には、期間計算上例外的に初日不算入の原則が適用されないと解されてきた。しかし、今回の改正によりこの例外は廃止され、出訴期間の計算については初日不算入の原則の適用で統一された。 注11
教示制度の新設
行政庁は、処分又は裁決に際し、相手方に対して、取消訴訟の被告とすべき者、出訴期間、不服申立前置等の情報を、事前に教示しなければならなくなった。(46条1項)ただし、当該処分を口頭により行う場合には、教示義務は生じない。また、教示はあくまで処分又は裁決の相手方に対し行えばよく、それ以外の第三者に対する教示義務はない。 注12
(4)仮の救済制度の整備
執行停止の要件の緩和
行政処分については、執行不停止が原則であり、訴えの提起によってもその処分の効力や執行、手続の続行は妨げられない。(25条1項)しかし、一度処分が執行されてしまうと、原告に事後的救済の実益が失われるほどの損害が生じるおそれがある。そこで、裁判所に対し、当事者の申立に基づき一定の厳格な要件のもと、処分の執行停止を決定する権限が与えられている。(同条2項)

今回の改正では、厳格すぎると指摘されてきた執行停止の要件が緩和され、要件の文言が「回復困難な損害」から「重大な損害」に改められた。また、「重大な損害」の解釈の指針が示され、処分が執行された場合の損害の性質のみならず、損害の程度や処分の内容、性質も適切に勘案すべきことが定められた。(同条3項) 注13
仮の義務付け・差止め制度の新設
義務付け訴訟と差止訴訟が法定されたことに伴い、裁判所が行政庁に対し、処分すべきことを事前に仮に義務付け、又は処分することを仮に差止める制度が新設された。(37条の5)

まず、義務付け訴訟が提起された場合において、当該処分又は裁決がされないことにより生ずる償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があり、かつ、本案の訴えについて理由があるとみえるとき、裁判所は申立により決定をもって、仮に行政庁が当該処分又は裁決をすべき旨を命じることができる。(同条1項)

次に、差止訴訟が提起された場合においても、当該処分又は裁決がされることにより生ずる償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があり、かつ、本案の訴えについて理由があるとみえるとき、裁判所は申立により決定をもって、仮に行政庁が当該処分又は裁決をしてはならない旨を命じることができる。(同条2項)

ただし、仮の義務付けや差止は、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるときは、することができないとされている。(同条3項)なお、仮の義務付けや差止の手続については、25条の執行停止の規定が準用される。 注14
(5)経過措置及び見直し規定
附則2条によれば、改正法の規定は特別の定めがある被告適格、出訴期間、教示(附則3条、4条、5条)を除き、原則として施行前に生じた事項にも適用される。また、附則50条は、改正法の5年後の再検討と必要に応じた見直しを規定している。
次ページへ
注1 改正法の経緯については、小林久起「行政事件訴訟法の改正について」民事法情報214号8頁、同「改正法成立に至るまでの経緯及び改正法の概要」ジュリスト1277号4頁ほか参照。改正法の解説書としては、宇賀克也『改正・行政事件訴訟法―改正法の要点と逐条解説』(青林書院、2004年)、橋本博之『解説・改正行政事件訴訟法』(弘文堂、2004年)、松永邦男・小林久起編『Q&A改正行政事件訴訟法』(ぎょうせい、2005年)などがある。
注2 マーク・ラムザイヤー=エリック・ラスムセン「どうして日本の納税者は勝てないのか?」金子古稀下巻147頁、 関根稔「税務訴訟の納税者側勝訴率が低い理由についての原因分析」税法学546号149頁参照。
注3 行政訴訟改革と税務訴訟については、阿部泰隆「税務訴訟活性化の視点からみた行政訴訟改革のあり方」税理46巻13号2頁、田中治「司法制度改革と租税訴訟の今後」税務弘報51巻12号6頁、山田二郎「司法制度改革と租税訴訟の活性化に向けてー納税者のための弁護士と税理士の協働」税経通信57巻12号24頁。今回の改正の税務訴訟への影響については、村井正「行政事件訴訟法の改正と税務訴訟」税59巻9号4頁、鶴見祐策「行政訴訟改革と税務訴訟」行財政研究53号21頁参照。

今回の改正にあたっては、司法制度改革推進本部に行政訴訟検討会が設置された。税法関係では、水野武夫弁護士・龍谷大学法学部教授が委員として参加された。本稿は、水野教授の日本税法学会第94回大会のシンポジウム及び租税訴訟学会近畿支部設立総会における講演によるところが大きい。詳細は、水野武夫「行政訴訟改革と税務訴訟」税法学551号113頁を参照のこと。
注4 橋本前掲注1『解説』30〜54頁。
注5 橋本前掲注1『解説』55〜75頁。
注6 橋本前掲注1『解説』76〜83頁。
注7 橋本前掲注1『解説』84〜96頁。
注8 橋本前掲注1『解説』97〜104頁。
注9 橋本前掲注1『解説』105〜111頁。
注10 橋本前掲注1『解説』112〜115頁。
注11 橋本前掲注1『解説』116〜119頁。
注12 橋本前掲注1『解説』120〜123頁。
注13 橋本前掲注1『解説』124〜131頁。
注14 橋本前掲注1『解説』132〜136頁。

▲上に戻る