論文

行政事件訴訟法改正と税務訴訟への影響

立命館大学法学部助教授望月

3.税務訴訟への影響

(1)原告適格の拡大
税務訴訟について、訴えを提起するのは処分を受けた納税者であるため、他の分野のように原告適格が問題となるケースはあまりない。ただし、第二次納税義務や源泉徴収のように、例外的に処分の直接の相手方以外の者の原告適格が問題となる場合もある。

昭和37年の内閣法制局の意見や判例 注15によると、源泉徴収の告知処分について、受給者はその取消を求める原告適格を有しないと解されてきた。しかし、今回の改正において原告適格が拡大され、支払者だけではなく受給者にも原告適格が認められる可能性がある。これにより、源泉徴収をめぐる法律関係や訴訟方法にも、大きな見直しが迫られることになるものと思われる。 注16
(2)義務付け訴訟・差止め訴訟の法定
これまで更正の請求に対して更正処分を行うか否かは、税務署長の裁量にゆだねられてきた。納税者が更正の請求について争うことができたのは、更正の請求への棄却処分の取消訴訟のみであった。ところが、義務付け訴訟が法定されたことにより、課税庁に対して減額更正処分を求める義務付け訴訟の提起が可能となった。これは、従来は嘆願書等を提出して職権による処分を促すしかなかった請求期間徒過後の更正についても認められるものと思われる。そして、もし税務署長が更正を行わないことについて、裁量権の逸脱や濫用が認められるときは、裁判所によって更正処分の義務付け判決が下される可能性がある。

また、差止め訴訟の法定により、一定の要件を満たせば、納税者が課税庁による更正処分や資産の差押などの滞納処分、青色申告承認取消処分などの差止めを求める訴えを提起できる。そして、もし処分等をすることが、課税庁の裁量権の逸脱や濫用に当たるときは、裁判所によって差止請求が認められることも考えられる。 注17
(3)確認訴訟の明示
取消訴訟では処分性を厳格に解釈し、原告の訴えが却下されることが少なくなかった。たとえば、国税徴収法82条による破産管財人に対する交付要求や、登録免許税法25条による登録免許税の納付の事実確認などは、処分性が否定された。あるいは、登録免許税法31条2項に基づく請求に対する登記官の「所轄税務署長に通知しない旨の通知」については、処分性の判断をめぐり裁判所の見解が分かれている。 注18

今回の改正で確認訴訟が法律に明示されことで、このような事案についても積極的に確認訴訟を提起して争う可能性が広がった。上記の破産管財人への交付要求の事案では、交付要求に係る義務不存在確認訴訟を、登録免許税に係る納付の事実の確認についても、納税義務不存在確認訴訟を提起すればよい。また、源泉徴収に係る納税告知のように、処分性が認められ取消訴訟の対象となる事案でも、納税義務の不存在確認訴訟を並行して提起できる。 注19

さらに、通達や行政指導に納税者が従う義務のないことの確認訴訟なども考えられ、納税者救済のための争訟手段の多様化を図ることが可能となった。
(4)釈明処分による資料提出請求
原告が裁判所の釈明処分を求めることにおいて、被告国又は公共団体に所属する行政庁の保有する資料などの提出を請求することができる。国税についていえば、被告は国であるから、所轄税務署が課税処分をする際に作成した一件書類はもちろんのこと、管轄にとらわれず広く関係の国の機関が保有する資料がこの対象となるものと思われる。ただし、資料提出に法的義務はなく、被告側がこれを拒んだとしても制裁が科されないという問題がある。
(5)被告適格の明確化
従来、税務訴訟では、原告側にとって被告の選定は大変難しい問題であった。たとえば、課税処分を受けた後に納税地の異動があった場合や税務署長から国税局長への徴収事務の引継ぎがあった場合など誰を被告とすべきか原告が判断を誤ることも少なくなかった。改正法により、国税に関する抗告訴訟の被告はすべて行政主体としての国となり、地方税についても地方公共団体となった。そのため、これまでのような被告選定のための無用な混乱や負担がなくなることになった。
(6)管轄裁判所の拡大
今回の改正により原告は、被告の所在地を管轄する裁判所や処分行政庁の所在地を管轄する裁判所のほかに、特定管轄裁判所にも訴えを提起できることになった。たとえば、原告納税者の所在地が京都市である場合、原告は被告国(法務大臣が代表する)の所在地を管轄する東京地裁や処分を行った税務署長の所在地である京都地裁のほかに、特定管轄裁判所である大阪地裁での審理を選ぶことができる。納税者にとっては、訴えを起せる裁判所の選択の幅が広がり、とくに専門部のある東京地裁での訴訟が増加することが予想される。
(7)出訴期間の延長
出訴期間が3ヵ月から6ヵ月に延長されて、事案の把握や法判例の調査など訴訟準備に期間を要する税務訴訟を提起しやすくなるものと思わる。また、これにより、弁護士と補佐人税理士の間の十分な連携を図る時間的余裕も生まれるはずである。ただし、税務訴訟については、不服申立前置主義が採られているため、まず原則として2ヵ月以内に異議申立てを行わなければ出訴できなくなる。その意味でいえば実質的な出訴期間は2ヵ月ともいえるが、今回の改正では不服申立前置の問題に踏み込むことができなかった。 注20
(8)執行停止の要件の緩和
従来、納税者が滞納処分などの執行及び続行の停止を求めても、厳格な要件の下これが認められるケースは稀であった。改正法が執行停止の要件を緩和したことにより、損害の性質や程度などによっては、従来に比較して処分の執行及び続行により「重大な損害」を蒙る納税者に執行停止が認められる可能性が広がった。
(9)仮の義務付け・差止め制度の新設
改正法により本案訴訟とは別に、仮の義務付けや差止めが認められたことで、事前に納税者が自らの権利利益の保全や損害の発生の防止を図ることが可能となった。もっとも、税務訴訟の場合、課税処分や滞納処分の仮の差止めを求めることも考えられるが、より要件の緩やかな執行停止の申立てをする方が現実的な方法といえる。

4.今後の課題

今回の行政事件訴訟法改正は、従来行政訴訟が国民の権利利益の救済にあまり役立っていなかった現状を改善する第一歩といえる。ただし、改正の不十分さへの批判や改正法の運用上の問題を指摘する声もあり、さらなる改正に向けての努力を進める必要がある。

たとえば、義務付け訴訟や差止訴訟が法定されたが、訴えの提起や判決の要件は厳しく、しかも義務付けや差止めの判決の効力や履行確保についての定めがない。実際、この2つ訴訟類型がどこまで利用されるかは、改正法の運用や今後の改正にかかっている。また、釈明処分について、被告側に資料提出の法的義務はなく罰則もない。もちろん、理由なく提出を拒めば、裁判官の心証形成において不利となるという歯止めはあるものの、別途文書提出命令の法定の検討なども含めて、釈明処分が有効に機能するような補完的な改正が必要である。

税務訴訟については、とくに不服申立前置の問題があり、今回の出訴期間の延長の効果が限定されてしまっている。早急に前置を廃止して、行政事件訴訟法の原則に基づき不服申立と訴訟の自由選択とすべきである。また、かねてから問題が指摘されてきた被告国側の指定代理人制度や裁判所調査官制度も、その弊害を考えれば見直さなければなるまい。

そのほか、今回の改正の議論のなかで、国の公金の支出の適法性を確保するための「納税者訴訟」の創設が提案された。国民納税者が直接国による公金の使途を監視できるのは当然の権利であり、会計検査院の機能強化とともに早期の導入が望まれる。さらに、真に税務訴訟を納税者の権利利益の救済手続として整備していくには、国税通則法や徴収法など手続法の改正はもちろん、実体法も含めた税法全般にわたる抜本的改正が求められよう。 注21
文責 ・ もちづきちか

注15 最判昭和45年12月24日。
注16 水野前掲注3論文117頁。
注17 水野前掲注3論文120頁、山本守之「最近の最高裁判決と行政事件訴訟法」税経通信2005年4月号172〜173頁。
注18 破産管財人への交付要求(最判昭和59年3月29日)、登録免許税の納付の事実確認(東京高判平成8年4月22日)、登記官の通知(大阪高判平成12年10月24日)。
注19 水野前掲注3論文119頁
注20 水野前掲注3論文124頁。
注21 水野前掲注3論文127頁。藤山雅行東京地裁判事も、今後の課題として、改正のエネルギーを持続させて実体法の改正等を実現すべきことを強調されている。藤山雅行「このエネルギーの持続を」ジュリスト1277号41頁。

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