論文

【特集】消費税・税制改正検証

解決の道を消費税増税に
求めるのは最悪の選択である

− 財政赤字の現状と対策 −

暮しと経済研究室山家悠紀夫
1940年 愛媛県生まれ
1964年 神戸大学経済学部卒業、第一銀行入行。
1991年 第一勧業銀行調査部長。第一勧銀総合研究所発足と同時に、常務理事調査本部長を兼務。
1994年 第一勧銀総合研究所専務理事。
01年4月〜
04年3月
神戸大学大学院経済学研究科教授

現在− 暮しと経済研究室主宰
著書− 『偽りの危機本物の危機』
『日本経済気掛かりな未来』
(以上、東洋経済新報社)
『「構造改革」という幻想』(岩波書店)など

はじめに

財政危機が叫ばれ始めて久しい。
政府が「財政危機宣言」を発したのは1995年11月のことであった。その時の大蔵大臣は武村正義であったが、翌年6月の「中央公論」に「このままでは国が滅ぶ−私の財政再建論」を発表し、日本の財政状況は先進国中最悪と論じた。当時の国債残高はおよそ240兆円、その他の国の負債、そして地方自治体の負債をも合算した政府負債の残高はおよそ500兆円であった。

それからおよそ10年。2005年度末の国債残高は538兆円に達する見込みという。政府負債の残高も800兆円を優に超そう。先進国中最悪のままでおよそ10年、それでも国が滅びなかったのは奇跡であるのか?
事態を正確に認識するところから論を始めよう。
1.財政赤字の現状を巡って

「我が国の財政事情について」と題された財務省主計局の作成した資料(2004年12月)を見ると、2005年度末の国債残高は538兆円となる見込みである、これは一般会計税収の約12年分に相当し、国民1人当たりにすると約422万円である、4人家族だと1世帯当たり1,687万円である、と書かれている。また、OECDの統計「エコノミックアウトルック」を引いて、政府部門(国と地方を合算)の負債残高は2005年で対GDP比170%であり、米国の65%、ドイツの69%、フランスの76%、イタリアの120%などをはるかに抜いて先進国中最大である、との表とグラフが示されている。

もとより、これらの数字に偽りはない。日本政府の負債がきわめて巨額に達していること、そのことは紛れもない事実である。

事実ではあるがしかし、その事実にたじろぐ前に、いま少し視野を広げてみる必要がある。その事実だけではない別の事実、かつての大蔵省なり今の財務省なりがほとんど触れない事実もあるからである。

その1つは、日本政府が結構な金融資産をも保有している、という事実である。統計数字は、残念ながら現在のところ2002年末までのものしか発表されていないが、それによると、日本政府の保有する金融資産残高は433兆円とある(図表1)。その時の負債残高は789兆円とあるから純負債残高は356兆円、2002年のGDP(498兆円)の71%、ということになる。先の財務省資料の170%とは相当に印象の異なる数字である。ちなみに、この数字をOECDの「エコノミックアウトルック」により国際比較してみると、ベルギーの98%、イタリアの98%などが日本より数字が大であり、日本の財政赤字の対GDP比は先進国中最大ではなくなる。米国の41%、ドイツの49%、フランスの42%にも日本の数字は大分近づくというものである。

OECDの「エコノミックアウトルック」を開くと、財務省資料に引かれている「政府の総負債残高の対GDP比」の表(第32表)にすぐ続いて、「政府の純負債残高の対GDP比」の表(第33表)が記載されている。財務省は、日本政府の負債の大きさを示す表のみを引用して、それほどではないことを示す表の方は無視しているのである。
事実のその2は、日本の政府部門は負債のみを抱えているわけではなく、資産も保有しており、対比して見ると資産超過(正味資産を保有している)状況にある、ということである(図表1)。

先の金融資産に加えて、土地はもとより建物、道路、港湾、ダム、上下水道その他の固定資産を政府は保有している。それらの価値の合計(土地は取得価格、金融資産は時価、固定資産等は減価償却してあるからこれも時価とみなして良いだろう)、2002年末時点で895兆円とある。負債789兆円を差し引くと106兆円、これだけの正味資産を保有しているということになる。

先の財務省資料にある、国民1人当たりにして422万円の借金云々は、そのこと自体は正しいとしても、そのことだけを言うのは不十分、ということである。同時に国民1人当たりにして資産およそ700万円、正味資産がおよそ80万円、ということにも触れるべきであろう。
図表1
いま1つ、少し視点は異なるが第3の事実にも触れておこう。総負債、純負債いずれをとるにしろ日本の政府部門が金融面では負債超過(資金不足)であるのだが、日本経済全体では資産超過(資金余剰)の状態にある、ということである。

日本はこのところ毎年のように10兆円を超す経常収支の黒字(輸出超過)を続けている。そうして蓄えられた資金の総額が2003年末でおよそ170兆円、それだけの資金が海外に貸付けられている(運用されている)ということである。これだけの資金を有している国はほかになく、日本は群を抜いて世界1の大資金余剰国(大貸金国)なのである(図表2)。

図表2
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