論文

【特集】消費税・税制改正検証
解決の道を消費税増税に求めるのは最悪の選択である
− 財政赤字の現状と対策 −
暮しと経済研究室山家悠紀夫

2.財政赤字の弊害を巡って

財政赤字の問題を考えるに当たっては、日本の政府部門の負債が巨額であるという、政府(財務省)が宣伝これ努めている事実によってだけではなく、ここに挙げた3つの事実、すなわち、1 純負債残高でみると政府の宣伝ほどには負債は巨額ではない、2 政府は、なお正味資産を保有していて、そのバランスシートはなお健全とみていい、3 日本経済全体でみると、資金は不足しているわけでなく相当に余剰である、という事実をも踏まえなければならない。

そして、それらの事実を踏まえるとすると、何が言えるか。

第1に言えることは、既にある負債の返済についてはさほど頭を使わなくてもよいということである。どうして返済しよう、どうすれば返済できるだろう、返済できなければどうなるのだろうなどと悩まなくてもよい、ということである。現状は、要するに、 相当の規模あった政府の正味資産をこの十年ほどの間にかなり喰い潰してしまった、というこであり、しかし、なお正味資産は残っている、ということなのだ(図表3)。いま抱えている負債については、このまま返済しないで借り続けていてもよい、ということである。
図表3
問題は、これから新たに付け加わっていく負債の方である。そのかなりの部分は正味資産を喰い潰していくものであるから、現状のペースですすめば、政府の正味資産はゼロからマイナスへと変わっていくことになる。これには歯止めをかける必要がある。

ただし、そんなに急ぐ必要はない、というのが第2に言えることである。財政赤字の弊害と言われていることが、そのいずれについても、なお数年の間はその弊害が現実のものになって現われるとは見られないからである。

弊害として言われていることの1は、国債価格の暴落である。余りに巨額の国債が発行されているので誰も国債を買わなくなる、或いは償還されないことを恐れて買わなくなる。そうした事態の発生を懸念するむきは多い。

しかし、その懸念は既に10年近くも前から言われていたことである。そしてこの10年ほどの間、全く現実化することがなかったことである。現実化しなかったのは偶然でも好運でもなく、きちんとした根拠があってのことである。日本が金余りの経済である、ということが背景にある。資金が余っている、何らかの形で運用先を求めているという経済にあっては、株式に比べて安全度が高く、社債に比べて信用度が高く、預金に比べて利回りのいい国債については、新規に発行されれば買い手がつく、売る人があれば買う人がある、仮に国債を売って資金を入手してもその資金にそれ以上の運用先がないからそもそも売る人は少ない。こうした経済状況が続く限り、国債価格が暴落するということは考えられないのである。
弊害として言われていることの2は、インフレの発生である。政府にとって国債の負担を最も軽くするにはインフレを発生させるのがもっとも好都合である。インフレを起こすのではないか。また、政府が国債発行で得た資金を支出する。それによってインフレになるのではないか。そうした懸念もしばしば論じられてきた。しかし、これも、ここ10年来、全く現実化しなかった懸念である。やはり、現実化しないのは現実化しないだけの根拠があってのことである。

まず、政府の手でインフレを発生させることは現状では不可能である。現に、日本銀行は、とりあえず消費者物価上昇率が安定的にゼロ%以上になるまではということで闇雲に金融緩和政策を強化しているが、それでも物価上昇率はゼロ%にもならない。圧倒的に供給力過剰(需要不足)の状態にある経済の下では、また、絶えず近隣諸国から安価な商品が流入してきうる状況にある経済の下では、インフレは起こそうとしても起きないのである。

また、政府が国債発行で得た資金を支出することによって、そうでなかった場合に比べて確かに需要は増加するが、もともと大量の需要不足の経済である。それによってインフレが起るということもありえない。

弊害として言われていることの3は、通貨価値の下落、すなわち、大幅な円安の発生である。巨額な負債を抱えている政府は信用を失う、従って、その政府が発行している通貨である円の価値が下がる、という論理だが、これも、とうてい現実化するとは思えない懸念である。

円が体現している価値は、日本政府の信用(力)ではなく、日本経済の信用(力)である。そして日本経済といえば、先に触れたように年間10兆円以上の経常収支の黒字(輸出超過)を生む経済である(2004年について見れば18兆円の黒字)。そうした国の通貨は、大勢としては強くなる(円高になる)ことはあっても弱くなる(円安になる)ことの可能性は極めて低い。

なお、弊害として言われていることの4に、財政の自由度が乏しくなる、ということがある。負債の返済や金利の支払いのために収入の多くを割かねばならず、政策的な支出ができにくくなる、というのである。これはその通りであるが、しかし、だからどうできるというのであるか?

財政支出を削減すれば、将来の自由度を確保するために現在の自由度を放棄する、ということになる。収入(税収)を増加させればいいわけだが、その方法を誤れば1997年の例(後記)に見るように、かえって財政状況を悪化させかねない。時間をかける以外に対処の方法はないのである。

3.財政赤字への対策を巡って

財政赤字への対処を急いで失敗した例が1996年から97年にかけての橋本内閣である。橋本内閣は財政赤字を削減するという見地から、1996年後半から公共投資を削減し、97年には特別減税を廃止、加えて消費税率の引き上げを行った。あわせて、1998年度以降も財政赤字の削減を実行すべく、財政構造改革法を成立させた。1997年度を「財政構造改革元年」と名づけての気負った取り組みであったが、しかし結果は惨めであった。1998年以降、財政赤字はむしろ急激に拡大していくことになったのである(図表3)

財政赤字削減を目指しての財政支出抑制策や増税政策が景気を極端に悪化させ、日本経済をその不況から脱出させるために、財政支出を拡大させ、また減税するなどの政策をとらざるをえなくさせたのである。財政赤字のもたらすであろう将来の弊害を恐れて、赤字削減のための早急な対策を講じることは、景気の悪化、企業経営の困難化や人々の生活苦という現実の害を招き寄せ、一方で財政赤字を一層厳しいものにしてしまうという、格好の事例というべきであろう。

財政赤字への対策を講じるについては、こうした貴重な歴史に学ぶべきであり、拙速に走ってはならない。先に見たように、財政赤字の弊害が現実化する懸念は当面のところ見当たらない。多少の時間はかけても、順序を踏んで賢明な対策を講じるべきであろう。

第1に実施すべき対策は、景気を良くすることである。景気が良くなり、企業収益が増益となり、個人の所得が増加すれば税収が増える。近年の一般会計の税収の推移を見ても、小泉内閣発足の前年、2000年度は51兆円であった。それが2003年度は43兆円である。主としてこの間の景気の落ち込みにより8兆円の税収減が生じたのである。米国では1990年代半ば以降に財政収支の好転があったが、その多くは景気拡大に負ったものであった(ただし、イラク戦費の膨張などにより、米国の財政赤字はこのところ急拡大している)。景気拡大の財政赤字削減効果にもっと注目すべきであろう。

そして、景気について言うならば、このところの日本景気の回復について見ると、輸出の増加等があり、主として輸出関連の、製造業・大企業の収益改善までは進むのだが、その先の展開が見られず、中小企業や家計部門に景気の良さが波及していかないという状況が見られる。大企業・製造業に独占されているかに見える景気の回復を中小企業や家計部門に波及させていく政策の展開が必要となろう。

第2に実施すべき対策は、ムダな支出の切り詰めである。国の一般会計の歳出82兆円余を見ると、最大のムダな支出は軍事費約5兆円である。日本は、近年では米国に次ぐ巨大な軍事支出国となっているのであり、なぜにこのように巨額な支出を必要とするのか、理解に苦しむところである。近隣諸国との友好な関係を結ぶことにより、本来ならば、また日本国憲法の条文からみても、ゼロにすべき支出である。

次に、公共事業関係費8兆円も、他国との比較で見て際立って多い。事業内容を精査すれば半減させることも可能ではなかろうか。その他、会計検査院の指摘だけでも毎年数百億円のムダな支出があるとされている。警視庁や道府県警、社会保険庁などのように不正に支出された経費も相当額に上るようである。

第3に、(第1、第2のみでは年々、なお相当の財政赤字が出ることになろうであろうから)増税が必要、ということになる。税・社会保険料負担の対国民所得比が、国際的に見て、日本の場合、米国と並んで際立って低いという現実(日、米ともに37%前後、大陸欧州諸国は50〜60%、北欧諸国は60〜70%)から見ても、年々の財政収支を均衡させるためには国民負担の増加は不可避と見られる。
問題はどういう形で、誰に負担を求めるかということである。負担能力に応じての負担を求めるという、税の基本原則に基づいて検討すべきであろう。

第1に検討すべきは法人税の引き上げである。法人税率は1984年の43.3%から近年の30%へと、ここ20年の間に大幅に引き下げられてきた。国際競争力の確保というのがその理由だが、既にして日本の法人税率は国際的に見て十分に低い。社会保険負担率とあわせて見ると米・英と並んで低いし、租税特別措置の存在を考慮に入れると米・英よりも低いと見てよさそうである。一方で、巨額の(世界一の、圧倒的に大きな)経常収支の黒字に見られるように、日本製品の国際競争力は抜群である。それのみで2兆円近い減税となっている租税特別措置の廃止をはじめとする増税が検討されてよい。

第2に検討すべきは累進税率の引き上げである。所得税の最高税率は、1984年以前は70%であり、最低税率の10%まで、税率には15の刻みがあった。現状では、最高税率37%、最低税率10%までの刻みは4である。最高税率は他の先進諸国に比べ最も低い率となっているが、これには何の根拠もない。財政状況の厳しい折から元の水準、すなわち70%マイナス消費税率、ということは60%以上の水準に戻しても格別の弊害が生じるとは思われない。段階的引き上げを目指すべきであろう。刻み目については、階段状にではなく、一定の方程式による斜面状(ドイツ方式)とするのも一案である。

第3に検討すべきは金融課税、そして資産課税の強化である。利子、配当、株式売買益等については、かつては勤労所得等と合算しての総合課税が原則であったが、現状では分離課税とされ、利子等は20%、株式売買益については10%の軽減税率とされている。徴税技術上の問題があるとはいえ、勤労所得との均衡を余りにも欠くと言えよう。総合課税を原則とし、分離課税を選択する場合は高税率(所得税の最高税率並みの税率)として差しつかえないのではなかろうか。

おわりに

財政赤字を削減する方策として消費税率の引き上げが検討されている。政府が、政府与党が、政府の税制調査会が、そして経団連が、明示的にしろ暗示的にしろそれを主張し、事態もその方向を歩みつつある。そして、同時に、というよりもそれに数年先立って、財政赤字の削減には消費税率の引き上げは不可避である、それ以外に方法はないとする宣伝が、政府を中心に繰り広げられてきた。これを報じるマスコミにも、消費税率の引き上げは不可避であるとする宣伝を批判する姿勢は乏しく、その見方は、次第に多くの人々に受け入れられつつあるように見受けられる。

しかし、見てきたように、増税の前にやるべきことがある。そして増税すべきとなっても、増税すべき税目は幾つかある。消費税率の引き上げしか道はないというのは全くの嘘である。そればかりではない。負担能力のない人、負担能力の乏しい人にも同率で税を課すという消費税は、税の原則にはずれた税である。

消費税増税に財政赤字削減を求めるという選択は、ものの道理にはずれた選択であるにとどまらず、最悪の選択であるという他ない。

文責・やんべゆきお
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