平成16年(2004)9月14日に東京地裁から判決(以下「判決」という)の言い渡しのあった平成14年(ワ)第20155号事件について、先に提出した乙28号証(鑑定所見書)を補充するところの税法学上の所見を申し述べる。被控訴人竹中平蔵(以下「竹中」という)が行なった本件住民票抹消行為が住民税脱税行為に該当し、判決が法および「税法的事実」(tax legal facts)の理解において初歩的な、重大かつ明白な誤りをおかしていることを明らかにする。
本鑑定所見書は同時に、竹中の本件住民票抹消行為が住民税脱税犯(地方税法324条1項)における偽計行為に該当することを税法学的に証明するものである。もし、このことに竹中が疑問に思われるのであれば、私の証人調べにおいて私の証言自体を反対尋問にさらしていただきたい。
本件名誉毀損事件の「核」は、竹中の本件住民票抹消行為が住民税脱税犯における偽計行為に該当するという事実を証明することにある。鑑定人は、税法学者として誠実に貴裁判所で、同事件を証言したい。もし、この事実が証明されれば、他の問題を論ずる必要がなくなり、本件は自動的に決着することになる。
第1審は、このもっとも重要な問題について証人調べ等の審理を全く行なわないまま、的はずれの周辺問題にとらわれて誤った判決を下した。貴裁判所が憲法32条の趣旨に基づき公正な審理をつくされることを心からお願いするものである。
|
1. |
法律的にも実務的にも住民税は所得税を前提にしており、住民税は実質的には「所得税付加税」である。判決が係争期間中の竹中に関する所得税の課税関係を全く検討・考慮しなかったことは税法学的に誤りである。
|
判決は、竹中の一方的・皮相な主張にひきずられて、係争期間中、竹中はアメリカに住宅を有していたこと、妻および子供はそこに居住しており、子供はアメリカの現地の学校に通っていたこと、竹中自身は住民税の賦課期日(毎年1月1日)現在、アメリカの大学の客員研究員として勤務し、竹中はアメリカで「生活」していたことを重視して、竹中にはアメリカに生活の本拠地(住所)があったと認定した。それゆえ、竹中には住民税脱税の疑惑があるとする本件報道(本件フライデー・甲2号証)は竹中への名誉を毀損すると判示した。
判決は、係争期間中の竹中に関する所得税の課税関係を全く検討・考慮しないで、竹中には住民税についてアメリカに住所が存在したとする「税法的事実」を認定したわけである。これは、素人でもわかる重大・明白な誤りである。
竹中は、甲2号証(本件フライデー)で、「それは独自の意見です。もし法解釈上そういう見解が成り立つなら条文の根拠を示すべきです」と述べている。右の「それは」とは、「所得税は日本で納めていたというが、住民税は所得税に基づいて課税されるのだから、所得税を居住者(日本に住所のある者)として日本で納めるなら、住民税も当然、日本の住所で納めるべきである」(甲2号証)という鑑定人の竹中への疑問である。
甲2号証が刊行される前に公表されていた乙4号証(週刊ポスト)によれば、竹中は、地方税はアメリカで納税していた、という。しかし、所得税については日本で確定申告を行ない、「全額納付」していたという。のちに述べる慶応大学での勤務状況などに照らして、慶応大学は、源泉徴収義務者として法に従って竹中を居住者(日本に住所を有する者)として税務上処遇し、そして竹中は、乙4号証における回答の文脈等からみても日本の所得税については居住者として確定申告をし、全額、日本で納付していたと一般に受けとられるような趣旨の報道になっている。 |
|
すなわち、乙4号証によれば、つぎのように報道されている。
そもそも奇妙なのは、米国で生活する場合にも、基本的には住民票を移動する必要は考えにくいという点である。……であれば、竹中氏は何のために住民票をわざわざ「1月1日」をはさんで米国に移したのか。竹中氏にぶつけた。「ご指摘の期間、春学期(4月〜7月)を慶應義塾大学で教え、それ以外はコロンビア大学で研究しておりました。ニューヨーク郊外に住宅を所有し、家族とともに生活の拠点はアメリカにありました(子供は現地で学校に通っておりました)。そこで、地方税は米国にて納めておりました。しかし、この間、私は一定期間日本に戻り、所得を得ておりました。そして、所得税については確定申告により日本に全額納付していました。」
日米の税制実務に詳しい税理士が竹中氏の説明に次のような疑問を呈する。
「日米両国で収入を得ている場合、住民票とは別に、税法上どちらの居住者になるかを選択できる。竹中氏は所得税を日本で支払っていると説明しているから、米国では非居住者扱いとなっていると思える。その場合、米国で支払う住民税(州税や市税)は所得全体ではなく、米国で得た収入だけに課税される。」
北野弘久・日本大学名誉教授(税法学)はさらに厳しく、税法上の違法行為にあたらないかどうかを税務当局はチェックすべきだという。
「日本で生活し、所得を得ている者に課税しないのはおかしい。『1月1日』の前後を通じてトータルにみて、日本に生活の本拠地があるにもかかわらず、形式的に住民票を米国に移して、税務当局の追及を免れている疑いもあり、道義的にはもとより、法的にも租税ほ脱の疑いが認定されうるかどうか税務調査をすべきだろう。」
……結論は出た。当局は即、竹中氏を税務調査せよ。小泉首相は大臣の納税証明の開示を実行すべきだ。立派な日本国公民たる大臣が改革の舵取りをしてこそ国民は信頼する。
日本の所得税の確定申告書は竹中の日本の住所地(納税地)の税務署長へ提出しなければならない(所得税法15条1項、120条1項)。日本の住民税は、のちに詳論するように、法律的にも実務的にもこの所得税の「税法的事実」を前提にしている。竹中は、この点についての、フライデー側の「求釈明」(平成15年7月18日被告第3準備書面)には全く答えないで(平成15年10月7日原告準備書面5)、係争期間中、もっぱらアメリカには住居があった、子供がアメリカの学校に通うなど家族もアメリカで生活していた、などという点に問題をすり替えた。また、アメリカで、地方税を納付していたという自己の発言にもまともに答えない。アメリカで地方税を納税したという当該納税証明書の提出も拒否している。
これは、「公知の事実」(この事実を判決は全く無視した)であるが、念のために所得税と住民税との関係を以下に明らかにすることとしたい。 |
|
(1) |
住民税は、所得税と同様に租税論的にはインカム・タックスである。日本における住民税の実態は、法律的にも実務的にも、実質的には「所得税付加税」である。竹中は、所得税は確定申告をして全額、日本で納付していた、と明言している。
この明言は、のちに詳細に紹介するように、竹中の慶応大学での勤務状況、係争期間中の竹中の日本での生活状態(1年分の講義を「前期」に集中講義の形で果たしていたこと、会議等のために日本に戻っていたこと、原稿料等を日本の出版社等から得ていたこと、年間を通して日本でマンションを賃借していたことなど)に鑑みれば、税法学上は、所得税を居住者(日本に住所を有する者)として確定申告をし、全額、日本で納付していたという趣旨であると推認される。
税法学の論理からいえば、勤務先の慶応大学では竹中は居住者(日本に住所を有する者)として所得税の年末調整を受け、おそらく配偶者控除、扶養控除の適用を受けていたものと推認される(所得税法190条、194条参照)。非居住者であれば、配偶者控除、扶養控除の適用を受けることができずまた年末調整を受けない(所得税法165条)。竹中には、慶応大学以外からの他の所得(原稿料等)もあったので、竹中は、居住者として竹中の日本の住所地の税務署長に所得税の確定申告をしたものと税法学上、推認される(所得税法120条、15条)。
竹中の、「所得税は全額、日本で納付していた」という明言は、税法学的には以上の「税法的事実」を意味する。 |
|
(2) |
上記の「税法的事実」に関連して、竹中の、係争期間中の慶応大学での地位について注意を払うべきである。
判決は、1月1日現在、竹中はアメリカの大学で勤務していたという点を重視している。
竹中は、係争期間中は、各1年間を通じて慶応大学専任助教授であり、1年分の給与等を慶応大学から収受するという職業についていた。判決のいうように、春学期(4月〜7月)だけの勤務という建て前になっていない。乙16号証(衆院予算委員会平成16年2月18日)によれば、竹中は国会で次のように答弁している。これは民主党の五十嵐文彦議員に「竹中さんの住民税、これは節税疑惑と言われておりますけれども、確かめておきたいと思います」との質問を受けてのものであり、平成16年2月という最近においても厳しい追及を受けていることに注目すべきであろう。
「92年から96年までは春学期、4月から7月の中ごろまで3ヵ月半ぐらいを東京で1年分の集中講義をしまして、夏から翌年ぐるっと4月の最初ぐらいまではアメリカで、コロンビア大学で客員研究員をしておりました。」
つまり、慶応大学では各1年間、当該年間を通じて専任助教授として竹中に講義義務を課すという建て前がとられており、竹中の専攻科目の事情に配慮して、1年分の講義義務を春学期で集中講義の形で果たすことを条件にして、例外的に各年、数ヶ月間だけのアメリカ出張を許容したというのが真相である。しかもアメリカでの処遇は、無給の客員研究員(交換訪問者)であり、ビザもJビザであって、アメリカでは非居住者として扱われるものであった。
慶応大学での出張辞令は、各年、数ヵ月だけのものであったはずである。また、竹中自身、日本で居住のためにマンションを1年を通じて賃借していた。これは、所得税法上は「その者が国内において、継続して1年以上居住することを通常必要とする職業を有すること」(所得税法施行令14条1項1号)に該当し、この点からも竹中は日本に住所を有する者ということになる。だからこそ、税法学の論理上、慶応大学は居住者として竹中について所得税の源泉徴収を行ない、また年末調整を行ない、また竹中自身が居住者として日本で所得税の確定申告をしたと推認されるわけである。
この点、判決は「……原告の妻及び長女がアメリカに住み続けていたのは、原告と無関係な独自の理由によるものではなく、原告がコロンビア大学で研究するためであったと認めるのが相当である。また、原告は、平成5年から平成8年の間、妻とともにアメリカ合衆国に住宅を所有しており、実際、アメリカ合衆国にいる間は、そこに住んでいたものと認められる。したがって、原告は、その間、アメリカ合衆国に生活の本拠地があったというべきである」と判示する。この判示は、竹中自身の日本での生活実態を無視したものであって、税法学的には重大な誤りである。 |
|
(3) |
住民税においては、賦課期日(毎年1月1日)現在、市町村内に住所を有する者に均等割・所得割が課税される(地方税法294条1項1号、318条)。どこに住所を有するかについては住民票のある市町村とされている(地方税法294条1項1号、318条)。ただ、これはいわゆる台帳課税主義を意味するものではなく、事実上の課税便宜措置と解すべきである。住民票がなくても現に当該市町村内に住所を有するとみられる者を「みなし住民」(住所を有する者)として当該市町村長は同人に住民税を課税しなければならないことになっているからである(地方税法294条3項参照)。
住民税の所得割の課税標準は、所得税の課税標準である「所得税法上の前年の総所得金額等」である(地方税法313条1項、2項など)。毎年1月1日現在において給与の支払いをする者は、当該給与支払いを受ける者の1月1日現在における住所所在地の市町村別に作成された給与支払報告書を各市町村長に提出しなければならないことになっている(地方税法317条の6、7)。これに基づいて、各市町村長は、サラリーマンの住民税の課税を行なうことになるわけである。住民税の課税資料として、住民税の納税義務者は、原則的には住民税の申告書を3月15日までに1月1日現在の住所地の市町村長に提出しなければならないことになっている(地方税法317条の2、4、5)。
ただし、前記給与支払報告書に記載された者のうち一定のものは住民税の申告書の提出を必要としない。また、所得税の確定申告書提出者は、住民税の申告書の提出があった者とみなされることになっている(地方税法317条の3)。現実の住民税の課税は、この所得税確定申告書などに基づいて行なわれることとなるわけである。
このことに関連して、昭和41年11月28日に国税庁長官と自治事務次官(当時)との間に「所得税の確定申告書を提出した者について個人事業税および個人住民税の申告を要しないこととされたことに伴う国と地方公共団体との税務行政運営上の協力についての了解事項」が締結されており、自治省(当時)は、「所得税の確定申告書を提出した者について個人事業税および個人住民税の申告書を提出したものとみなすこととされたことに伴う国と地方公共団体との税務行政運営上の協力について」(昭和41自治市71)(昭和42自治市25改正)という通達を出している。
具体的に各市町村は税務署で所得税確定申告書を閲覧する。つまり、所得税の課税に基づいて住民税の課税が現実に行なわれるわけである。また、地方税通達自身が住所に関する住民税の取扱いを所得税の取扱いと一致させることを指示している(たとえば、「外国人等に対する個人の住民税の取扱いについて」[昭和41自治府54][昭和50自治府39、昭和51自治府45、昭和52自治府42改正]7、12など)。
以上によっても知られるように、所得税と住民税とは法律的にも、実務的にも一体である。 |
|
(4) |
竹中は、係争期間中は、所得税については確定申告書を提出し、全額を日本で納付していたと明言している。これは、先にも指摘したように、竹中の日本における生活実態に鑑み、竹中は、居住者として竹中の日本の住所地の所轄税務署長へ所得税の確定申告書を提出し、所得税を全額、日本で納付していたと、税法学の論理上、推認される。所得税と住民税との間の、法律的・実務的関係に鑑み、税法学の論理からいえば、竹中についての住民税に関する地方税法上の位置づけは、日本に住所を有する者として、日本の住民税を納付しなければならないこととなる。このことは、住民税の「税法的事実」としては自明である。
|