論文

税理士業務の「無償独占」について考える
― 税理士に与えられた特典ではない ―
千葉会伊藤

「無償独占」をテコに促される税務行政への協力

さる8月25日に行なわれた日本税理士会連合会と国税庁幹部との懇談会の席上で、大武国税庁長官が挨拶された要旨が、次のように日税連広報紙『税理士界』1200号(2004.9.15)に報告されています。

「(前略)最近の講演の際に、税理士の皆様にお願いしている項目が5点ほどございます。この5点とは、


1 消費税の免税点の引下げへの対応
2 税理士法第33条の2の書面添付の活用
3 電子申告への積極的な対応
4 NPO法人の経理アドバイザーとしての役割
5 関与先企業に勤める従業員の方々の納税相談

であります。
税理士の皆様にはこれらの課題に是非とも積極的に取り組んでいただきたいと思います。

1点目は消費税の免税点の引下げへの対応です。来年の1月から個人につき消費税の免税点が3千万円から1千万円に引き下げられることにより、新たに個人の課税事業者が約150万人増加するという推計もあります。税務書類の作成ができるのは本人又は税理士に限られております。言い換えれば、他人の税務書類の作成は税理士の無償独占業務であります。そのことを十分御認識いただき、税務援助などによる課税事業者の増加への対応について、税理士の責務として、全面的なバックアップをお願いします。

2点目は書面添付の活用です。(中略)税理士法第1条の精神にのっとって添付された法第33条の2の書面については、税務行政側としてはこれを尊重していくことになります。他方税理士の皆様にも、税理士業務は無償独占であるということを十分御認識いただくとともに、法第1条に明記された公共的使命・責務を重く受け止められ、これまで以上にきちっとした法第33条の2の書面及び申告書の作成をお願いしたいと思います。(後略)」(下線は筆者)

この長官あいさつの中で、税理士に対し税務援助や書面添付への協力を求めるに当って、税理士業務の「無償独占」に対する税理士の認識を強く促す言葉が繰返されています。その言葉のウラに、税理士に対しては「無償独占」という特典が与えられているのであるから、とうぜん税務行政に協力すべきである、という含みのあることが強く感じとれます。

この小稿は、その税理士業務の「無償独占」について、私の考えているところを述べて、皆さんのご参考に供するものです。

他人に事務処理を委任する自由に対する制限

国民は、他人の権利を害さない限り、自己の自由な意思に従って、自由に生き自由に行動することができます。これは、私的自治の原則といわれているところでしょうか。

また、自分ひとりでは、自由にできる時間や行動範囲は限られていますし、能力にも限界がありますから、他人の手をかりて(雇用、請負、委任、その他の契約によって)、自己の私的自治の範囲を広げることも自由です。とうぜん信頼できる他人に自分の代理をしてもらうことも、それに含まれます。

また、逆に、他人のために働くことも、他人から頼まれてその代理をすることも、自由にすることができます。

こうした自由は、国民が、個人として、人間として、本来的にもっている基本的な自由権があるからだと考えることができますが、あえてわが国の成文憲法にその根拠を求めるとすれば、13条にうたわれている個人の自由、幸福追求権の尊重規定に包含されている権利だと思います。

しかし、わが国では、他人に自由に仕事や代理を頼むことができるその自由が制限されている仕事、特定の人以外には委嘱することのできない仕事がいくつか決められています。例えば訴訟代理などの法律事務は、弁護士以外の者には頼めません。そのほか登記等に関する事務とか、税務に関する事務といったように、自由に誰にでも頼むというわけにいかない仕事がいくつかあります。

また逆にいえば、そうした仕事は、個人が、自由に、他人の依頼に応じて行なうことを職業とすることのできない仕事だということにもなります。

こうした自由の制限は、これらの事務が、なんらか国家の統治作用に関係した公的な事務であるため、国家としては、それらの事務がスムーズにかつ適法に行われなければならないとする要請があると同時に、被統治者である国民がそれらの事務を他人に委任する場合に過大な費用負担を要したり、また被害を蒙るおそれのあるものであってはならないと考えるところから生まれたものと思われます。

国民の要求から現れた事務処理の専門業種

これらの事務は、例えば訴訟関係の事務にしても、登記や税務の事務にしても、一般の国民が日常的に行っている仕事ではありませんから、国民にとっては不慣れな事務であり、また専門的な知識を必要とする事務であることもしばしばです。

そのため国民の側からは、専門的な知識・経験をもった信頼できる人にその事務を委嘱したいという要求が生まれてきても不思議ではありません。そうした国民の求めに応えて、他人から委嘱を受け、本人に代わってそれらの事務を処理することを業とする者が現れるのも当然です。

一方国家としては、そうした事務に知識・経験のある専門家が、不慣れな一般国民に代わって事務を処理することは、それらの事務がスムーズに行われ、国家の事務コストの節約につながりますので、もろ手をあげて歓迎すべきことではありますが、しかし、それらの事務が必ずしも適法・適正に行われるという保証はありません。

例えば、日税連の税理士制度沿革史編纂委員会の編集にかかる『税理士制度沿革史[増補改訂版]』に、税務に係る事務に関して次のような記述があります。

明治37年の日露戦争の際、その戦費調達のための大増税が行なわれたことに伴って、「税務の代理を専門家に依頼する納税者の数も増し、また、この時代から税務の代理業務を専門的に行なう職業群が発生した。しかし、この職業群の発生は、納税者にとって有利な面もあったが、他面納税者の税務知識に乏しいのを奇貨として、故なく審査請求その他不正不当の要求を納税者にすすめ、いたずらに税務官庁に対する紛争を惹起せしめて、これの解決の報酬として、不当な金額を要求したり、また事情によっては、その報酬の訴訟を提起して納税者を困惑させるなど、その弊害は決して少なくなかった。」と。

「業務独占権」は取締りの必要から生まれた

こうした弊害を防止するため、国家は、国民から委嘱を受けた業者の事務処理が適法・適正に行われるための保証措置として、国家により認定した資格制度を設け、国家がその人物の試験・審査をし、その試験・審査にパスした者を国家の名簿に登録させ、その登録した有資格者を国家が監督することとしたのです。

有資格者が少人数ならそれでよいとしても、実際には大人数になりますから、さらにその監督を効率化するために、それらの資格者に自ら団体を作らせ、その団体に資格者をすべて強制的に加入させ、団体が自主的に業者を規律することとし、国家はその団体の活動を規制し監督することとしてきました。

そうしておいて、他方で、登録し団体に加入している有資格者以外の者が他人の委嘱を受け職業としてその事務を行なうことを厳しく禁じ、違反者には刑事罰を科することとしたのです。特に税務代理については、例え無償であっても行なってならないこととしました。いわゆる「無償独占」です。

このように、登録し団体に加入した資格者でなければ、他人の委嘱を受けてその事務を行うことができないということは、憲法22条に定める職業選択の自由に反することになるのではないか、また団体を強制的に作らせ、これに強制加入させ、団体の活動を規制監督することは、同じく憲法21条の結社の自由に反するのではないか、という疑問がないわけではありません。

また国民の側からいえば、自分の信頼する人にそれらの事務処理を委嘱する自由が制約されることになりますが、これも最初に述べた憲法13条に規定された自由権に反するのではないかという疑念をもたざるを得ないことにもなります。

しかし、これらの自由の制限が許されるのは、事務処理に未熟な又は不心得な無資格者が国家の監督の及ばないアウトサイダーとして、国家の統治作用に関係する事務処理を行なえば、国家の統治事務に支障を与え、事務を委嘱した国民に損害を与えるようなことになりかねません。それを防止するという「公共の福祉」のためには、制限も止むを得ないと考えられるわけです。

いずれにしても、このように有資格者の「業務独占権」は、もともとその業務の監督取締りの必要から生まれたものです。

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