|
|
|
事例研究 |
相続分の譲渡
〜有効活用できるかの検討〜 |
東京会 佐伯 和雅 |
|
平成27年1月1日以後に発生した相続より、相続税の基礎控除が大幅に縮小した。この影響で相続税の申告件数は、平成26年の約5万6千人(被相続人約127万人:課税割合4.4%)から平成27年には約10万3千人(被相続人約129万人:課税割合8.0%)と大幅に増加した。そもそも相続税の申告は一筋縄ではいかないものが多かったのだが、相続税申告件数の増加に伴い、いわゆる従前では「レアケース」であった申告を取り扱うことも多くなってきているのではないだろうか。そこで本稿では、私が初めて直面した「相続分の譲渡」という方法について簡単ではあるが紹介し、検討する。 |
|
(1) 相続分の譲渡(民法の準用)
相続税法でいう「相続」とは民法上の相続を指しているというのが通説である。したがって相続税法を扱うには、民法に規定される「相続」をある程度理解していなければならない。本稿で取り扱う「相続分の譲渡」については民法905条に間接的に規定されている。
民法905条〔相続の取戻権〕は共同相続人の一人が遺産の分割前にその相続分を第三者に譲り渡したときは、他の共同相続人が、第三者が支払った対価及び費用を譲受人に償還することによって相続分を譲り受けることができと定めている。これは、相続財産をめぐる法律関係に第三者が入り込むことによって生じるトラブルを防ぐために認められたものであると解されている (1)。
上記規定からは、次の3点が導かれる。第1は、取戻権が規定されているということは、取戻しの対象となる相続権の譲渡が認められるということ、第2に、共同相続人の1 人が他の共同相続人の相続権を譲り受けた場合には、相続財産をめぐる法律関係に第三者が介入するわけではないので、相続分の取戻しという概念は一応妥当しない (2)こと (3)、及び第三者に対しても相続分の譲渡ができ、かつ他の共同相続人の同意は不要である、ということである。
法定相続人
ここでまず気になるのが、相続分の譲渡を行った場合に法定相続人の数がどうなるか、といったことであろう。民法は887条以下で法定相続人について規定している。相続税法でいう法定相続人も原則としてこの考え方に従うことになる (4)。
対抗要件
相続分の譲渡については民法で特に規定が置かれていないため、当事者間の合意だけで譲渡が成立することになる。これを譲渡人以外の共同相続人に通知する必要があるかどうかであるが、現在は対抗要件を不要とする考えが主流であり(東京高決昭和28・9・4など)、取戻権を確保するために共同相続人に対して通知を行うべきという主張もあるが、「上記の裁判例の理由付けには無理がなく、近時は裁判例と同じく対抗要件を不要とする説が増えてきている (5)」としている。 |
相続放棄・相続分の放棄との差異
相続税法における基礎控除額については、相続放棄あるいは相続分の放棄を行った場合には、その放棄をした相続人が放棄をしていなかったものとして、計算をすることになる。この点については相続分の譲渡をした場合であっても法定相続人の数は変わらないことについて、放棄との差異はない。
上記の相違点は、法定相続割合が異なること及び、求償権のようなものが認められるか否かである。相続分の譲渡については有償での譲渡が認められており、一定の求償権が認められている。この場合には相続税の負担が生じることとなるが、後段で詳しく述べる。
これらの法定相続割合については、次の表を参照されたい。
相続の放棄をした場合には、その法定相続人はいなかったものとして法定相続割合を計算するのに対して、相続分の放棄は当初の法定相続割合に応じて放棄した者の法定相続割合を配分することになる。相続分の譲渡は相手方を指定できるため、放棄者の相続分を相手方に全て譲渡するということになる。 |
|
|
(2) 相続分に係る裁判例
相続分の譲渡の代表的な裁判例 (7)は、共同相続人間で相続分の譲渡がされた場合には、その譲渡の結果定まる相続分も全体の相続分に含まれる。したがって、相続分の譲受人については相続税法900条から904条によって定まった相続分に譲り受けた相続分を含めたものが「相続分」となる旨を示した。 |
|
(3) 実務での取扱い
遺産分割協議からの離脱
相続分の譲渡は、例えば自分以外の共同相続人の間で遺産分配に争いがあった場合に、他の共同相続人に相続分を譲渡することにより、遺産分割協議から離脱できるといったことがある。この場合、積極財産と消極財産を含む遺産全体に対する割合的持分権の譲渡となる (8)。
但し、相続分の譲渡は、相続開始後から遺産分割協議前(財産が未分割(共有)にある状態)にしか行うことができない。
相続分の譲渡を行うケースとしては、自分自身の取り分に不服はないが、その他の相続人間で争いがある場合であろう。財産を取得する場合には有償での譲渡を行い、特定の相続人に自らの法定相続分を譲る場合には無償での譲渡を行うことになる。
共同相続人に有償で相続分の譲渡をした場合
共同相続人に有償で相続分の譲渡を行った場合には、相続人間で相続分を譲渡したと考え、代償金を支払った場合と同様の取り扱いを行うことになる。例えば次郎が一郎に1千万で相続分の譲渡をしたとして、相続税の申告に当たり一郎が取得した財産のうち50%が次郎から「相続分の譲渡」で得たとした場合には、一郎に生じた相続税額の50%は次郎に帰属することになる (9)。
また、共同相続人間での相続分の譲渡は相続税申告での代償金と同様の取扱いであるから、相続税申告内で問題は解決することになり、譲渡所得や贈与の問題が生じるということはない。
共同相続人に無償で相続分の譲渡(全部譲渡)をした場合
無償で相続分の譲渡を行った者は、遺産分割において遺産を取得しなかったことと同様となる。これは相続税法が相続税の納税義務者を「相続又は遺贈により財産を取得した個人(相続税法第1条の3)」としていることからも、譲渡人は納税義務者とはならない。この場合、相続の権利を無償で譲渡したと勘違いするケースが見受けられるようであるが、あくまで「相続人の地位」を譲り渡すことであるから、贈与したということにはならないとする考えが通説であったが、後段で述べる最高裁判決により、今後は実務上での取扱いが変更されそうな状況にある。
第三者に有償で相続分の譲渡をした場合
相続人が第三者に相続分の譲渡をしたとしても、民法上、相続人は相続放棄以外では相続人の地位から離脱することはできないため、相続税の納税義務者に留まることになる。また譲り渡し人については、その相続分を譲渡したものとして、譲渡所得の申告を行うことになる。他方で相続分を譲り受けた第三者が、納税義務は負わないが遺産分割協議に参加することとなるため、遺産協議が荒れることも想定される。
第三者に無償で相続分の譲渡をした場合
相続分の譲渡を第三者に対して無償で行った場合には、相続人の譲渡所得の申告ではなく、譲受人が贈与税の申告を行うこととなる。
税務署への添付書類
相続分の譲渡があった場合、税務署に対して相続税申告に際し添付する書類は、相続分譲渡証書及び譲渡者の印鑑証明書となる。相続分を譲渡した者は遺産分割協議から離脱するため、これを証明するために添付が必要となる。したがって、相続分譲渡証書への押印は「実印」となる。相続分譲渡証書には、譲渡人が誰にどの程度の相続分を幾らで譲渡したか(あるいは無償か)を記載することも必要となる。 |
|
(4) 最新の判決
最高裁は2018年10月19日に、「相続分の無償譲渡は贈与に当たる」との初判断を示した。相続分の無償譲渡については、地裁や高裁で判断の分かれていたところであるが、統一的な見解が示された。具体的には、無償の譲渡について「経済的な利益を合意によって移転もたらすもの」と定義づけをした。例えば一次相続時に(財産6,000万円、法定相続人:配偶者、子A・Bとする)、配偶者が子Aに相続分の無償譲渡(3,000 万円分)を行った際には、配偶者から子Aへの生前贈与があったものとし、配偶者に相続が発生した場合には(配偶者の相続財産0 とする)、子Bは遺留分として750 万円(6,000万円× 1/4 ×1/2)を一次相続で得た相続財産の他に、子Aに主張できるようになった (10) (11)。
ポイントは、二次相続発生時において一次相続の遺留分に係る減殺請求ができるようになったことである。相続税法や実務上でどのように取り扱うこととなるのかについて、注視していく必要がある。 |
|
(5) その他
これ以外にも法人に対して相続分の譲渡をすることについても検討できるし、相続分の譲渡割合についても部分譲渡が可能であること、相続分の譲渡が再譲渡の可能性があるなどの論点もある。また、第三者に相続分の譲渡がされた場合に買い戻し請求が行えることは重要な論点であるが、本稿が概略の検討を目的としていることから割愛した。本音を言えば、思いのほか理論が難解で、まだまだ理解が追い付いていないというのが現状であるため、文中の誤りについてはご指摘いただければ幸いである。
現在の家族構成の変化を考えれば、今後、法定相続人に甥や姪が増えてくることなど、普段づきあいが薄い法定相続人間において、遺産分割協議が行われることが増えることが想像できる。馴染みが薄く、理論的にも難解ではある「相続分の譲渡」という手法があることを頭の片隅に置いておけば、有効に使える場面も一度くらいはあるかもしれない。会員の皆さまで、経験事例等があれば、ご教示いただければ嬉しく思います。 |
(さえき・かずまさ) |
|
(1) |
前田陽一・本山敦『民法Y親族・相続 第4版』(有斐閣,2017年3月)321頁. |
(2) |
潮見佳男『相続法 第5版』(弘文堂,2014年3月)154頁 |
(3) |
但し、共同相続人による相続分取戻の可能性全てが排除されるわけではないというのが通説である。実際には共同相続人間での持分割合の異動であるから、税理士業務の射程外であるから参考程度に知っておけばよい。 |
(4) |
平成25年12月5日,民法の一部を改正する法律が成立し,嫡出でない子の相続分が嫡出子の相続分と同等となった。 |
(5) |
前掲書(1)322頁 |
(6) |
当初法定相続分は妻1/2、一郎及びA子は各1/8であるから、放棄された相続割合(2/8)は、妻0.5(4):一郎0.125(1):A子0.125(1)となる。従って妻の法定割合は1/2 に2/8(放棄された相続割合)× 4/6(妻の取り分)を加えた4/6 となる。 |
(7) |
東京高裁平成元・8・30 |
(8) |
添田八郎「相続分の譲渡を巡る課税上の諸問題」『彦根論叢 400』70頁. |
(9) |
次郎は一郎より1,000万円を取得しているのだから、一郎に課された相続税額について、課税財産1,000万円相当部分に係る相続税額について負担することになる。 |
(10) |
このケースでいえば、一次相続に係るAの取得財産は3,750万円(1,500万+ 3,000万-750万)で、Bの取得財産は2,250万円となる。 |
(11) |
毎日新聞2018年10月20日参照 |
|
|