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時潮
国税通則法への国税犯則法統合の狙い
一般調査へパソコン調査(ICT調査)の恒常化
千葉会 吉元 伸
1. はじめに

平成29年度税制改正で、国税犯則取締法(以下国犯法という)が廃止され、国税通則法(以下通則法という)に編入された。そもそも今回の通則法への編入については、立法趣旨が全く異なる国犯法をなぜ国通法に編入したのか提案段階から説明の無いまま、深い議論もされず成立、今年の4月1日からすでに施行されている。通則法は納税者の権利を含め一般の国民に向けた法律であり、税務調査についても任意調査を定めている。それに対して国犯法は、国税にかかる租税犯罪の嫌疑のある者(犯則嫌疑者)に対する調査を定めている。目的のまるで異なる二つの法律を統合させる意味がどこのあるのか、いまもって具体的理由ははっきり示されていない。通則法74条の8で「(当該職員の質問検査権等)当該職員の権限は、犯罪捜査のために認められたものと解してはならない。」と規定し、今まではその目的によって税務調査と犯則調査のための権限が峻別され、税務調査と犯則調査が制度上も分断されていた。しかし、今回の国犯法の編入によりはっきり分かったことは、犯罪調査の手続きが一般の国民に向けた納税手続きの法律に持ち込まれ、今後、国税犯則事件調査は、国通法を後ろ盾に税務行政が行なう一般税務調査の延長線上にあることが位置づけられたことだ。また、統合の直前において消滅間近であった国犯法の一部改正されている。この国犯法の編入及び直前の改正がなぜ行われたのか検討しながら、これからの税務行政及び税務調査をめぐる環境がどのように変化してくるのか推察してみたい。
2. どのような点が改正されたのか

今回の国通法改正の大きな特徴は、国犯法がそのまま編入されたのではなく、偏入直前 に捜査権限を大幅に強化し、その後に国通法に合体されたことである。

(1) その権限強化された内容とは
電磁的記録(電子データ)にかかる記録 媒体の差押え
接続サーバー 等保管の自己作成データ等 の差押え
記録命令付差押え
通信事業者等に対し書面で通信履歴の電 磁的記録の保全要請
差押えを受ける者への協力要請
その他 夜間の臨検開始(国通法148条) など。
それぞれの文言が分かりづらいので具体的に見てみると

パソコンではなく、その中、あるいは外付けサーバーのデータのみの押収。

データがインターネット経由で外部のサーバーやクラウドに保存されている場合、ネットを通じて押収。
(1) インターネットを通じて接続しているサーバー等の保管している場合そのサーバー等にあるデータをコンピューターやその他の記録媒体に複写して、その記録媒体等を差し押さえ。
(2) クラウドサービスを利用してデータを保存し、そのサーバー上にのみデータが保存している場合
コンピューターからインターネットを通じてそれらのデータにアクセスできるのが通常であるから、それらのデータはこの方法で強制的に入手し、差し押さえ。

データが外部のデータ・センターなどに保管されている場合は、そのデータ保管業者に命じて、必要なデータを別の記録媒体(USBメモリなど)に複写(または印刷)させ、その記録媒体を差し押さえ。

プロバイダーなどに対し、通信履歴の電子データのうち必要なものを特定し、消去しないように求めることができる。放置すると消去されるおそれのある通信履歴を、最長60日間消去しないように要請することができる。

臨検などを受ける者に対し、パソコンなどのコンピューターの操作その他の必要な協力を求めることができる。

さらに説明を加えると、については犯則嫌疑者等の所有するコンピューターから当人の操作によってデータが入手できる状態にあるため、その現場において差し押さえが可能であるのに対し、以降は外部関係者の所有物であるサーバー等に保持されている犯則嫌疑者等のデータについてどのように差し押さえるかについて記載されている。

まず順序として プロバイダー等の業者に対して、犯則嫌疑者等を告知し、その者の通信履歴を保存するように要請する。
次にその業者に対して、この保存されたデータから犯則嫌疑に関わるデータをピックアップさせ集積するように要請する。
その業者等が保存した犯則嫌疑者等に関するデータをUSBなどにコピーさせ、それを差し押さえることになる。

(2) 裁判所の許可状

犯則調査は、悪質な脱税者について検察官に告発し、刑事訴追を求めるために、脱税の実態(犯則事実及び犯則嫌疑者)を明らかに するとともに、十分証明できる証拠を収集することを目的とする調査である。そのため裁判官の許可状を得て行う強制調査が認められている。上記の改正点で見ると についての『データの差し押さえ』は裁判所の許可状がなければできない。しかし、 についてみると許可状は必要なく業者に協力をお願いする形で行なわれるため、強制力はない。

しかし、今回の改正よって協力要請が条文に明記されたため、法律上の義務が生じている。またこれらは、税務当局の協力要請事項ではあるが、条文に明記されたために「この要請の下で調査に協力した業者が顧客たる犯則嫌疑者等との間で民事上の争いとなった場合に、契約上の守秘義務違反などの責任を回避することができる点にある(佐藤英明慶應義塾大学教授)。」ため、業者も協力要請に対し同意しやすい環境を作り出している。

(3) 犯則嫌疑者等とは

それでは、犯則調査の対象となっている犯罪嫌疑者等とはどのような定義になっているのだろうか。犯則調査の調査対象者は犯則嫌疑者等に限定されている。今回改正されたデータの差し押さえの対象者も犯則嫌疑者等になっている。犯則嫌疑者等の等とは犯則嫌疑者と参考人となっているため、幅広い人が対象になり、かつ本人は参考人になっていることも知るすべもない。
●犯則嫌疑者
国税に関する犯則の嫌疑を受けて調査の対象となった自然人又は法人で、その犯則事件については、まだ犯則の心証を得るに至っていないもの、又は、法に規定する告発、通告処分、通知処分を受けていないものをいう。なお、この場合の「嫌疑」とは、収税官吏の私見に基づいた判断によるのではなく、一般社会通念に照らして妥当と認められる判断によらなければならない。(税務大学校平成30年度版国税通則法より)
●犯則嫌疑者等かどうかの判断
犯則嫌疑者は、「収税官吏の私見に基づいた判断によるのではなく、一般社会通念に照らして妥当と認められる判断によらなければならない。」としているが結局、犯則事案として取り扱うかどうかは税務官吏の判断によるところが大きくその対象が曖昧であり、対象者は自分が対象となっていること自体分からないままである。ましてや参考人までその範囲を広げるとすれば膨大な人数の犯則嫌疑者等が誕生することになる。

(4) 改正による懸念事項

A 強制なのか、協力なのか
2.(1)で見てきたように、プロバイダー等の外部業者のデータを差し押さえるために、2 つの協力要請事項がその前段としてある。ひとつは当該データの保存保持依頼、もうひとつは業者が自ら操作し、当該データを抽出する協力行為、これらは連動し最終的に税務当局に差し出すデータへと繋がっていく。協力あるいは要請というゆるい言葉でお願いし、最終的には押収へと続く道程はその端緒が拓かれれば後戻りはできない。別々の条文立てになっているが、これら一連の行為を協力要請と強制と織り交ぜながら構成され、実質的な強制へと外部業者を誘導していくことになる。

B 秘密裏の情報収集
上記の改正事項のうち については裁判所の許可状が必要ないため、税務当局の判断で犯則嫌疑者等の範囲を広げられ、実際にその案件と無関係の人々の個人情報まで捕捉される可能性もあるの協力事項については通則法134条3項で「必要があるときは、みだりに当該求めに関する事項を漏らさないよう求めることができる」とあり、外部業者に対し犯則嫌疑者等への『口止め』を要請することができ、長期間にわたって調査対象者に知られることなく、情報収集にあたることができるようになっている。また犯則嫌疑者等に含まれる参考人は、犯則嫌疑者の犯罪行為を具体的に立証するためには大きな網掛けをする必要があり、相当数が対象になる可能性がある。これらの行為は犯則嫌疑者等のみならず、まるっきり無関係の人たちのプライバシー権侵害に繋がりかねない。

C 資料の流用
一般の税務調査の質問検査権については、「犯罪捜査のために認められたものと解してはならない。」と規定し、今までは税務調査と犯則調査は制度的にもまったくの別物と認識されていた。一般税務調査から犯則調査への資料の流用については、実務や判例を見ると一定程度許容されてきている。一定程度というのは、悪質な逋脱犯についてきちんと摘発し、善良な納税者との課税の公平の図るために必要であるとの考え方と一方では納税者としての権利保護との均衡をどう計るかのせめぎあいの結果である。納税者の権利保護を重視する考え方からすれば、税務調査によって得られた資料を犯則手続において流用した場合、刑事裁判手続でのその証拠能力を否定されることになる。行政機関内部における情報の相互利用は、行政の効率向上には資するものの、個人のプライバシー保護の観点からは問題であり、無制限に許されるべきではない。この判断が同一の法体系に収納されたことによってどう変わってくるのか注視が必要である。

D 「横目調査」の横行
税務調査にあたり、本来目的の銀行口座以外の別の口座を調べて情報を得る『横目調査』と呼ばれる証拠資料集めの手法が裁判で問われ、以下のように疑義は残るが有効との判断が下された。
横目調査とは、国税職員が、本来の目的を逸脱して調査対象以外の情報を盗み見たり、網羅的にチェックしたりすることを指す隠語。脱税などの発覚の端緒を探す意図があっても、金融機関に虚偽の調査目的を伝えるなど不適正な手続きに基づく場合は違法とされる。国民の経済活動の監視やプライバシーの侵害につながると指摘する声もある。(2018-04-06 朝日新聞)
「所得税法違反の罪に問われた大阪府寝屋川市職員の男を巡る大阪地裁の公判で、国税局査察部(マルサ)の「横目」と呼ばれる調査手法の是非が争われている。被告側は「国税が違法に口座情報を盗み見た」として無罪を主張。地裁も国税側に調査手法の説明を求める異例の展開」(毎日新聞2018.5.6)とされた事件では、横目といわれる手法によって得られた証拠の有効性が問われた。判決では(調査手法に)違法な疑いはのこるとしながらも、量刑を左右するほどの理由にあたらないとして、その証拠は有効であり納税者に有罪判決を下した。課税庁の主張は『資料はあくまでも偶然にも目に入ってしまった』もので違法性はないと主張。また『具体的なことは秘守義務があるので証言を拒否、情報の開示を拒んだ。
本来の調査対象・調査内容を逸脱して得た情報から提出された資料の証拠としての有効性を問われたが、これが有効とされた。この結果も受けて、これからも税務当局は『横目調査』を続けていくだろうし、本来違法である『横目調査』がネットデータにまで波及するとすればさらに大きな問題になる。納税通信5月21日号によると国税OBの話として「現役時代は実際に横目で何度も情報を得ていた。公務員だからもちろん上司の指示によるもので、国税としては脱税摘発には必要不可欠であり必要悪という認識」と語っている。しかし、ネットデータにまで横目調査が拡張されると、そこで得られる情報は紙ベースの情報量と桁違いに多く、銀行預金であれば預金口座に限定されるがその範囲も際限なく拡大し、プライバシー侵害となる。

この裁判では「銀行が調査に協力している以上、違法性が重大とまでは認められない」と金融機関が犯則調査に協力的である実態も明らかにされ、また銀行の協力が違法性の判断に影響を与えているとも読み取れる。プロバイダーなどのネット業者の対応はどうなるのか、国税当局とのトラブルに巻き込まれたくないと思えば金融機関同様協力的な対応とならざるを得ない。
3. 国犯法偏入の狙いはなにか

(1)犯則調査でのICT調査
帳簿作成やその他の会計資料がパソコンで作成され、またインターネットの普及により、紙ベースの資料からデジタル化でやり取りされる時代になってはいる。しかし、このことが国犯法を改正しなければならないほど犯則調査の障害となっていたのだろうか。これまでも犯則調査においては犯則嫌疑者に対して「提出」をお願いする形で、"データ押収" は可能であった。そのような状況で取り立てて不便・不都合はなかったと思われる。私の体験した査察調査でも会計資料をUSB に写させ、犯則嫌疑者の携帯電話なども押収された。下記の財務省資料もそれを頷かせるように多数のデータが実際押収されている。

(注)ICT調査:ICTとは、Information and Communication Technology(インフォメーション・アンド・コミュニケーション・テクノロジー)の略であり、 "情報通信技術" と訳されている。ここでは情報通信技術を活用しているパソコンやスマートフォン内のデータ、インターネットを介して外部業者に管理保管されているメール・データの税務調査を行うことをICT調査と呼ぶことにする。
東京国税局査察部における記録媒体の差押え点数等(平成27年度)−国税犯則調査における電磁的記録の 証拠収集上の問題について - 平成28年10月25日(火)財務省
電磁的記録の記録媒体の差押点数 合計4,298点

(内訳) USB 949 点
C D 713 点
パソコン・HD 676 点
携帯電話 494 点
解析を行ったパソコン・HDの点数・容量
点 数 :428 点
容 量 : 181 TB
(2) 現状の税務調査でICT調査は可能か
税務調査において、調査官より「パソコンを開いてください」とか「データをUSB にコピーしてください」と依頼される場合もある。税務調査では、パソコンの中のファイルやデータは見せる必要があるのか。東京税理士会が毎年行なっている税務調査アンケートの集計結果を見てみると、〈平成27 年〉法人税の調査件数1487 件のうち175 件と1割以上の税理士がパソコンの中を見せている。パソコン自体になんら怪しいデータがなければかまわないとの判断だろうが、取引上のメールだけでなく事業所のパソコンで個人的なメールなどもそこに入っている可能性もあり、プライベートな部分まで調査官に知られる恐れがある。調査の範囲を超えた内容を自ら開示してしまう結果となりかねない。

はたして、税務調査における質問検査権には、調査官にパソコンの中を直接みせることまで要請されているのか。この点について国税庁のホームページに、下記のQ&Aが公開されている。
「税務調査手続に関するFAQ(一般納税者向け)」
問5 提示・提出を求められた帳簿書類等の物件が電磁的記録である場合には、どのような方法で提示・提出すればよいのでしょうか。

帳簿書類等の物件が電磁的記録である場合には、提示については、その内容をディスプレイの画面上で調査担当者が確認し得る状態にしてお示しいただくこととなります。一方、提出については、通常は、電磁的記録を調査担当者が確認し得る状態でプリントアウトしたものをお渡しいただくこととなります。また、電磁的記録そのものを提出いただく必要がある場合には、調査担当者が持参した電磁的記録媒体への記録の保存(コピー)をお願いする場合もありますので、ご協力をお願いします。
この場合に、提示・提出を求められているのは調査対象物件である通常帳簿等ということになる。原則は帳簿等を紙ベースで見せることになる。ここで言っているのは、帳簿書類等の物件が紙ベースの現物がなく、パソコン内にデータとして保存している場合のみ「画面に表示させてください。」といっているわけである。だからその後記載されているとおり、プリントアウトして紙ベースにし、提示すればいいことになる。電磁的記録である場合「調査担当者が持参した電磁的記録媒体への記録の保存(コピー)」については、法的に権限がないからこそ「お願い」「ご協力」と記載され

(3) 一般調査にICT調査を導入
財務省は国犯法の見直しにあたって『経済活動のICT化・多様化等の進展に伴い犯則事件を取り巻く環境も急速に変化している』と述べている。経済活動のICT化・多様化については重要な変化でありこれについては後で述べるが、経済活動のICT化・多様化は何も犯則事件だけを取り巻く環境の変化ではなく日本すべての企業にとって大きな変化である。これを前提に今回の国犯法が改正されまた国通法に合体されたのか考えてみると次のような結論に到達する。

それは、犯則調査のみならず一般税務調査においても今回改正されたようなICT調査ができるような新たな権限を持ちこみ、デジタルデータを分析し、各段に効率的な税務調査に移行すること。そのために編入直前に国犯法にICT調査を滑り込ませ、その後国通法に合体させたのではないだろうか。もちろん現状ではICT調査は、先ほど見たように一般調査では国通法を改正しない限りできない。しかし、国通法に国犯法が統合され、すべての事業者に対しICT調査ができるような改正のハードルは下がっている。

また、今回の改正で夜間も調査ができるように変更になっている。これも夜中に税務調査を行うことができるとの解説書も多いが、そんなことが常態化すれば人権侵害につながりかねない。この狙いは外部プロバイダー等の事業者に対し、24時間いつでも差し押さえが出来る体制を整えたと見るべきではないだろうか。
4. 一般調査がICT調査になると危惧する理由

(1)経済活動のICT化
第4次産業革命と称されるほどインターネットの登場が、中小企業を取り巻く商取引の世界にも大きな影響を与えている。野村総合研究所のインターネットの日本経済への貢献に関する調査研究[インターネット経済調査報告書 2014版] <抜粋> に具体的に記載されている。
● 中小企業の経営課題解決に対して、インターネットの貢献が広がっている。
インターネットを通じた人材採用や、インターネットを活用した入出金サービスの利用はすでに企業活動の中で一般化していると言える。近年では、これらの利用に加え、クラウドファンディングやクラウドソーシングといった新たなサービスが登場し、資金調達や取引先の開拓においての利用が進んでいる。特に中小企業にとって、新たな取引先(協業先)の開拓や資金調達は難易度が高い。これらのサービスはWeb を利用することで、非常に幅広く募ることを可能にしていることから、協業先の開拓や資金調達を大きく容易にしていると言える。

● 店舗における消費の約22%にインターネットが関与している
家電や趣味用品、飲食店等は、店頭での情報収集よりもインターネットによる情報収集の方がより多く行われている。店頭での購買でも、インターネットによって情報収集を行っているものの規模を試算すると、27.4兆円もの消費にインターネットが関与しているという結果が出た。これは家計支出年報の品目のうち、店舗などでの消費(インターネット以外での消費活動)の約22%に相当している。

● 各産業において、クラウドサービスの利用が一般的になっており、それにより約9兆円の生産性の向上に貢献している。
企業におけるクラウドサービスの利用の拡大は続いている。特に近年では、無料のものも含む非常に低価格なクラウドサービスが充実している。このため、起業家や個人事業主にとっても利用しやすいものとなってきた。クラウドサービスの利用は、業務の効率化などにつながると期待され、クラウドサービスを利用している企業は利用していない企業に比べて生産性が高いと考えられる。 実際にクラウドを導入している企業は、していない企業と 比較して、売上高に占める販売費及び一般管理費(販売管理費)の比率が平均1.4%程度低い。これは、日本経済全体に当てはめると約9兆円の販売管理 費圧縮につながっていると試算される。クラウドサービス利 用率が仮に100%になると仮定すると最大で約19兆円の更なる販売管理費圧縮効果への貢献が期待される。
上記のようなインターネット取引は、企業間取引だけではなく企業と消費者間の取引においても急速に普及し、市場は拡大の一途を辿っている。現在のようなインターネットの社会への浸透は一時的な現象ではなく、核家族化が進むこれからの社会にとってますますその利便性は高まり、拡大していくことは間違いない。経済社会へのインターネット取引の急速な拡大は、同時に、取引に必然的に伴う「決済」の領域に大きな変化をもたらしている。

従来の決済は、サービス利用者が銀行の窓口やATMへ行き、現金化することが必要であったが、インターネットの普及により、利用者の持つコンピューターやスマホを使って簡単に決済ができるようになった。インターネットを利用した決済システムの登場により、決済ビジネスのコストは著しく低下し、コスト削減や利便性を追求する企業に急速にその利用も広まっている。また利用する企業も決済まで決定できるため、今まで金融機関に頼りがちだった資金繰りも自ら計画することができ、その重要性はますます増してきている。

IT技術の発展に伴う売買取引と決済の結びつきや、インターネットを利用した金融取引の拡大によって、典型的な従来型の決済方法である紙ベースの小切手決済は、規模的に減少する傾向にあり、それに替わって、電子手形などの電子的な手段が用いられてきている。

金融機関が大幅なリストラを断行しているのももちろんマイナス金利の影響もあるが、金融市場自体が銀行決済から離れ, ネットを経由した新たなマーケットが広がっているため銀行決済が急激に萎んでしまった結果でもある。

その他にいろいろと話題となっている仮想通貨もICTのさらなる発展によって、社会や決済手段に大きな影響を与えそうだ。本来、仮想通貨は「通貨」であり、改正資金決済法によって決済手段として法律でも認められている。普段から利用しているお金と同じように、様々な手段で活用することを目的として作られたもので、一部商店ではすでに使われ始めている。これが本格的な決済手段として利用されてくると、国が発行する通貨以外の新たな決済手段が登場する時代が到来することになる。

(2)ICT化の中の税務調査
現金決済や金融機関を経由した決済が縮小している決済社会の中で税務調査はどのように変化するのかを考察すれば、従来の現金出納帳や当座出納帳を中心とした帳簿や通帳の検査だけでは、取引の全容がつかめない状況になってきている。言葉を換えればインターネットを介在したネットデータの中に踏み込まない限り、調査の核心部分にたどり着けない時代になってきている。 これからの税務調査は、時間的なずれはあるにせよいずれ従来のような紙ベースの調査対象物件から、必然的にデータ調査へ移行する時代になる。そのための準備を財務省もしている。
5. 煽動罪とICT調査

(1)煽動罪とは
今年の4月1日から施行された煽動罪との関係ではどうなるのであろうか。この法律は、納税者に申告をしないこと、虚偽の申告をすること、税金を納付しないことを煽動した者に罰則を設けた規定となっている。一般の業務の中で修正申告をすべき事案について、その必要がないのではとの意見が事実関係をよく理解しないままでのアドバイスなのか、本人の本来申告しようとしていた気持ちを煽動し、無申告に導いたのかは判然としない。煽動罪は納税者が虚偽の申告をした場合に、その決断するきっかけの一つとして第三者の「煽り立て」があったかどうか、という心のうちの動機を捉えることになるが、煽動されたかどうかという心の内面に踏み込んだ判断は、結局調査当局に任せられることになってくる。この内面の動機の変化は第三者には分からないので外形的な事実関係で立証するしかない。あるいは煽動された当事者の証言をもとに立証することになる。

(2)新たな冤罪へ
煽動という内面の心象を外部の行為や状況から決める決定的な証拠となるものは、納税者と「煽動者」との通話履歴やメール履歴の具体的な文言ということになる。その中に踏み込まなければ煽動罪について裁判所などの第三者が納得しうる状況証拠は集まらない。CIT調査が通常の税務調査にも適用されるようなことになれば、煽動罪での立件は増えてくるのではないかと予測される。

税理士として申告をしないことを法令解釈して、納税者にアドバイスを行った場合に、それが間違っていた場合は申告をしない煽動をしたということで、この規定が働く可能性もある。煽動したかどうかの判断は調査当局の捉え方によることになるが、調査を主導的にリードしたい当局が暴走すれば、これはまた新たな冤罪に繋がってくることになる。
参考文献
お金2.0(佐藤航陽)
決済システムの電子化と決済法理の変容 −(杉浦 宣彦)
税務調査から犯則調査への資料の流用について(漆 さき)
国税犯則取締法の犯則事件の範囲について(千地雅巳)
国税犯則調査の見直しについて  政府税制調査会議事録国民税制研究(石村耕治)
犯則調査手続の改正(平成29年3月)について(佐藤英明)
インターネットの日本経済への貢献に関する調査研究[2014版]野村総合研究所
財務省 政府税調説明資料(経済活動のICT化・働き方の多様化)平成29年9月
財務省におけるデジタル・ガバメントの取り組み 平成29年11月
内閣府 ICTの普及が経済の発展と格差に及ぼすグローバルな影響の分析 平成23年
通産省 キャッシュレスの現状と推進 平成29年8月

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