はじめに
給料・年金などは、国税徴収法(以下「徴収法」 という)によって、一定部分について差押え が禁止されています。例えば、給料の場合は、徴収法76条1項各号の金額の合計額が「最低生活維持費」と位置付けられ、差押が禁止 されているのです。ところが、最近、各地の地方自治体の滞納処分が著しく強化される中で、指定口座に振り込まれた給料を、「預金の差押」という形式を装って、その「全額」について差押えをなし、取り立ててしまう滞納処分が後を絶たちません。このように「脱法的」な差押処分が違法であることは、平成25年11月27日広島高裁松江支部判決(鳥取県 児童手当差押え事件)はじめ、最近においては、平成30年1月31日及び同年2月28日前橋 地裁の連続判決などで納税者が勝訴していることからも、繰り返し証明されているところです。
にもかかわらず、こうした違法な差押処分 が後を絶たないのは、租税における行政事件の不服審査(注1)において、「差押債権の取立が完了していれば、たとえ、極度に違法な債権差押処分であったとしても、滞納者の不 服申立て(審査請求、再調査の請求)が必ず却下(門前払い)される」という裁決若しく は決定が、ある種の「コンクリート化された 法解釈」によって行われてきたことに起因し ます。しかも、こうした裁決・決定は、今日に至るまで、歴史的に累々と繰り返されてきているのですから驚きです。「コンクリート化された法解釈」とは、不服申立ての適、不適を左右する「請求(訴え)の利益」をめぐる問題です。
この裁決・決定に至る「請求の利益」をめぐる「コンクリート化された法解釈」は、後に述べるように、あまりにも理不尽、かつ、非常識といえます。しかし、市役所などの処 分行政庁は、「必ず、処分庁側に有利な裁決・ 決定が行われる」という確信のもと、これま での法解釈に便乗し、「多少、差押処分に違法 があったとしても、取立ててしまえば、こち らの勝ち」と、冒頭のような差押処分を行っていると考えられます。滞納者といえども、納税者であり、市民です。ここには、納税者・市民としての権利を擁護する視点が全く欠落しています。
こうしたことが不服審査段階において、歴史的に繰り返されてきていること(注2)に、筆者は「そんな馬鹿なことがあってたまるか」という「はがゆさ」を覚え「、何とかしなければ」 という強い思いがありました。そこで、この裁決・決定に至る「請求(訴え)の利益」をめぐる理不尽、かつ、非常識な法律解釈の不当性を明らかにし、納税者の権利を前進させる一助にしたい、これが、本稿を起こした問題意識です。
注1 租税における行政処分(差押、更正・決定、加算税の賦課決定などの処分)に対する不服申立ては、行政不服審査法の改正に伴い、国税通則法(以下「通則法」という)も改正され、平成28年4月適用開始 された。その結果、国税における不服申立て期間は「処 分を知ったときの翌日から起算して3か月を経過したとき」(改正前は「2か月」)とされ、地方税も国税と 同じ扱いとなった(改正前は「60日」)。また、国税 の不服申立て先は、原処分庁(税務署長、国税局長) に対して「再調査の請求」を行うか、又は国税不服審 判所長に対する「審査請求」を行うかの、いずれかを 選択することが可能となった。地方税は、審査庁(市町村等)に対して審査請求を行うこととされた。審査庁は所属職員(当該処分に関与しない職員)に命じて審理させ、裁決を行うが、裁決の段階で行政不服審査 会という名の第三者機関に諮問することとされており、一応、裁決に「中立性」「公正性」を持たせる形式をとっている。
注2 「請求(訴え)の利益」をめぐる「コンクリート化された法解釈」は、行政不服審査の段階に限らず、 行政事件訴訟においても全く同様である。ただし、行政事件訴訟の場合には、処分の取消訴訟とセットにして差押処分の違法確認、不当利得の返還請求(民703)、国賠法などによる賠償請求を争うことになるので、処分取消の訴えが斥けられても、その余の部分において実質的な勝訴判決を得る場合が多い。しかし、 経済面等の理由で提訴できない納税者は、行政不服審査の段階で棄却(門前払い)された場合、違法な差押えに「泣き寝入り」せざるを得なくなる。 |
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1 先ず、具体例から
冒頭で紹介した事例を再現します。Y市の 滞納者Aは、Y市担当官との分納の約束が継 続しているにもかかわらず、給料が指定口座に振り込まれた直後、振り込まれたその月の給料全額(250,000円)を含む預金残高を差押えられ、差押えられた債権全額を直ちに取り立てられました。差押えられる前の預金残高は1,000円だったので、差押えられ、取立てられた金額は、合計251,000円になります。
これに対して、滞納者Aは、「この差押及 び取立ては、『預金の差押』という形式を装っているが、実質的には給料に対する処分であり、給料の差押禁止部分を含めて全額差押えて、取立てたのは、徴収法76条に違反する違法な処分である」、「しかも、分納の約束を 誠実に履行してきたにもかかわらず、突然、こうした処分に踏み切るのは信義則違反、職権の濫用である」と、「差押処分の取消し」を求めてY市長あて所定の期間内(処分を知った日から、3か月以内)に審査請求を行いました。
審査請求書を受理したY市長(審査庁)は、審理手続を審理員(当該処分に関与しないY市の職員)に命じて行わせた上で、裁決の段階においてY市長の附属機関である「Y市行政不服審査会(注3)へ諮問に付します。こ れを受けて行政不服審査会で審議を行い、そ の意見を付して審査長に戻すことになります。そして、審査庁(Y市)が裁決を行うことになりますが、この設例のケースでは、必ず、「請求(訴え)の利益」をめぐるコンクリート化 された法解釈の壁にぶつかり、「門前払い」(却下)となってしまうのです。
注3 地方税の処分行政庁が行った処分に対する審査 請求について、審査庁(市町村など)の指示を受けた 審理員(当該処分に関与しない市の職員)が調査・審理し、裁決を行う前の段階で、中立性・公正性を高めるため、審査庁の委嘱を受けて調査・審議を行う第三者機関。通常、数名の学者・弁護士等によって構成される(神奈川県藤沢市の場合は、学者1名、弁護士2名の計3名、市長が任命)。 |
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2 不動産と債権との扱いの違い
本稿で問題にするのは、預金などの差押債権をめぐる不服申立制度の取扱いに関することです。同じ差押財産であっても、債権と不動産等とはその扱いを異にしているからです。
不動産や動産などの財産は、差押えた後、公売実施の適否検討や差押財産の評価事務などの作業が伴うことから、差押から公売まで に一定の期間(最短でも2〜3か月以上)を 要します。また、不動産等の差押に違法性が あれば、「差押処分の取消し」を求めて不服申立て(再調査請求、審査請求)ができます。それに加え、不服申立て中にもかかわらず、原処分庁がその財産を強引に公売にかけようとしたとき、通則法105条1項「ただし書き」(注4)を使って公売処分の続行を一時的に停
止させることができます。
したがって、不服申立ての対象となってい る差押財産が、公売されずに存在しており、「請求(訴え)の利益」が明確であるため、「差押処分の取消し」を求める審査請求等は、通常、「申立人は適格者」と判断されます。すなわち、審査請求等が門前払いされることなく、実質的な審理が行われることになる、ということです。
これに対し、預金など債権に属する差押財 産も、不動産などと同じ差押財産であることから、行政不服審査においても基本的には、 不動産等と同様に扱われるべきです。しかし、預金等の差押処分が違法であることを理由に、「差押処分の取消し」を求めて不服申立てを 行ったとしても、通則法105条1項「ただし書き」(前掲)は、実務上「債権の差押は対象外」 として扱われているのです。そのため、処分 行政庁は平然として、早期に、取立・配当処 分を完了させてしまいます。従って、不服申立ての対象となっている預金等の差押財産が、取立・配当処分によって滞納税金に充当されてしまうため、消滅し、「不存在」になってしまうのです。
なお、前述のような事態が起こり得る債権差押処分の対象となる財産は、設例で掲げた預金のほか、取引代金(売掛金)、貸付金など 多様な債権に及びます。
注4 通則法105条1項:国税に関する法律に基づく処分に対する不服申立ては、その目的となった処分 の効力、処分の執行又は手続きの続行を妨げない。ただし、その国税の徴収のため差し押さえた財産の滞納 処分による換価は、その財産の価額が著しく減少する恐れがあるとき、又は不服申立人から別段の申し出が あるときを除き、その不服申立てについての決定又は 裁決があるまで、することができない。 |
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3 「審査請求の利益」とは
不服申立ての対象となる財産が、「存在しない」と、どうなるのか。
ここで、先に示した設例のとおり、Y市長 に対する審査請求人A(滞納者)は、「お金のかかる裁判に持ち込む前に、行政不服審査の段階で、何とか、処分の取消しを勝ち取りたいと、すがる思いで審査請求をたたかおうとするでしよう。しかし、そのAの前に立ちはだかる「請求(訴え)の利益」の壁とは、また、そもそも「請求の利益」とは何なのか。
結論から言いますと、「請求(訴え)の利益」 があるか、無いかということは、Y市長に対して、差押処分の取消しを求めて滞納者Aが 行なった審査請求が、「請求人として適格であ るかどうか」ということです。すなわち、Aの審査請求が適格であるためには、「Aが、当該差押処分によって侵害された自己の権利・利益を、当該審査請求を利用することによって、その救済が図られる者」(不服審査基本通達75-2)でなければならないということです。これは、裁判でいう、「原告適格」と同じことです。
ここまで書いても、一般の常識人は、この設例に関しては、「Aは、侵害された自己の利益を、審査請求をよって救済が図られる者」 であることは間違いない、すなわち、審査請 求人として適格者である、と誰しも思うかも知れません。なぜなら、原処分である「差押」 が違法であることが明確だからです。
ところが累々と受け継がれてきた処分行政 庁側の法律解釈は、「さにあらず」です。そし て、国税不服審判所、裁判所も含め、行政庁 側の法解釈に「右へ倣え」なのです。
処分行政庁の考え方を、審査請求人Aに当てはめると、 審査請求の対象となっている Aの差押財産(形式的には預金:251,000 円) は、すでに全額の取立てが完了し、Aの滞納 税金に充当・配当されたことにより、Aには 審査請求によって回復すべき自己の利益は消 滅している(不存在)、従って、審査請求の対象となる差押財産(預金)は存在しておらず、請求に人には、審査請求によって回復すべき利益は存在しない、よって、審査請求人としての適格性を欠くので、本請求は却下(門前払い)する、ということになってしまうのです。まさに、手品師のように、法解釈のロジックを使って導き出した結論です。 |
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4 「請求の利益」についての双方の主張と判決の要旨
それでは、「請求(訴え)の利益」をめぐって、原処分庁及び審査請求人双方、そして裁決・判決は、どのような主張・論理を実際、展開しているのか。裁判事例(審査請求では、適当な裁決事例が見当たらなかったため、裁判事例を参考にします。論理展開は裁決も判決
も全く同じです。)を見ることとします。
〔原処分庁の主張パターン〕
差押えた財産は、すでに配当を実施し、滞納税金に充当したことにより、請求の対象となる財産はすでに消滅している。したがって、 本件差押処分に対する取消し判決がなされたとしても、本件預金債権が回復する可能性はない。よって、訴えを認めることにより、個人の権利利益が回復されるわけではないので、 請求人には「請求(訴え)の利益」がない。
〔請求人(原告)の主張パターン〕
差押処分後に行われる配当等の一連の手続・処分は、差押処分が有効であることを前提とするものであり、これが違法とされ、取消さ れることとなれば、その後の一連の手続・処 分の法的効力に影響を与え、滞納処分という 一連の行政過程における請求人の法的地位が 左右されることは明らか。したがって、差押処分に基づき預金債権が取立てられ、配当が 行われてしまったとしても、依然として原告には差押処分の取消しを求める法律上の利益はある
※ 鳥取県児童手当て差押事件での原告の主張(地裁段階)
違法な差押えがあった場合、その後、取立・配当等の後続処分があったからと言って、その差押処分の取消しを求める訴えの利益を否定することは、滞納処分において差押だけが被処分者に対してなされる処分であること、差押えの直後に取立がなされるため、被処分者が差押えの違法を争う道を閉ざすことになりかねないこと、違法な滞納処分を助長(実際は、「野放し」)すること になることといった点に照らし、不当である。
また、処分庁は、本件差押処分に対する 取消判決がなされたとしても、本件預金債 権が回復する可能性がない旨主張するが、差押処分が取り消された場合、被差押債権 者は処分庁に対する不当利得返還請求がで きるはずであるし、取消し判決の拘束力によって後続処分も取り消される結果、処分庁には被差押債権たる預金債権を返還する義務が生じるから、預金払い戻し請求権が 回復する可能性がないとは言えない。よって、本件差押処分の取消しを求める訴えの 利益は、その後、取立・配当等の後続処分があっても、なお、肯定されなければならない。
〔裁決・判決のパターン〕(2018年1月31日前橋地裁判決:確定)
債権の差押えの場合、第三債務者に対する 債権差押通知書の送達によって差押えの効力 が生じ、差押えられた債権の取り立てとして 金銭を取り立てた時は、その限度において、 滞納者から滞納税金を徴収したものとみなさ れるものとされている。そうすると、債権差 押分は、徴収吏員が差押えた債権の取り立て を行ったときには、その目的を達してその法的効果は消滅するものと解され(注5)、ほかに債権差押処分を理由に滞納者を法律上不利益に扱う法令の規定も存しないから、被差押債権の取り立てにより債権差押処分の効果が 消滅した後において、なお、当該債権差押処分の取消しによって回復すべき法律上の利益はないというべきである。
......このように解しても、原告は、本件各 差押処分の違法を主張して被告に対し不当利 得の返還を請求することができるのであるから、法的に見て、原告の救済手段を欠くことにはならない(注6)。よって、原告の本件各 差押処分の取消し請求に係る訴えは、その余の点について判断するまでもなく、いずれも 不適当であるから、いずれも却下する。
注5 判決では、「その目的を達してその法的効果 は消滅するものと解され」、と述べているが、それは、差押処分に違法がない場合に言えることである。差押処分に違法があれば、後続の処分である取立・配当処分の違法性が問われるのは当然の解釈と考えられる。
注6 判決文の中で「このように解しても、原告は、 本件各差押処分の違法を主張して被告に対し不当利得の返還を請求することができるのであるから、法的に 見て、原告の救済手段を欠くことにはならない」との箇所があるが、これは、裁判だから言えることで、行政不服審査の段階においては、あり得ないことである。 また、仮に、別の救済手段があったとしても、「訴えの利益」とはまったく別個の問題である。裁判官の非 常識さが露呈されたと言ってよい。 |
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5 こんな理不尽が、行政不服審査手続の中に、あってはならない
以上のような原処分庁の主張パターン及び不服審理庁又は裁判所の決定・裁決及び判決のパターンは、既に見たように、すべて原処分庁の主張を支持し、「処分の取消し」を求め る請求をすべて却下(門前払い)しているといっても過言でありません。
まさに、コンクリート化された決定・裁決 及び判決パターンの先に見えるのは、極論すれば、どんなに違法な給料等の差押処分が、 幾度となく繰り返されたとしても、取立てを完了してしまえば、全ての処分に対して不服を申立てたとしても、「請求の対象である財産がすでに消滅しており、請求人には請求(訴え)の利益はない」と、100パーセントが「門前払い」されることになる。泣きを見るのは、すべて納税者側である。処分行政庁側にしてみれば「やった方が勝ち」である。こんな理不尽は、絶対あってはなりません。
これに対して、たとえ法律の知識に造詣がなくとも、一般常識人は次のように法解釈するでしょう。 |