「刑事訴追のおそれがあるので、証言を控えさせていただきます。」
今年の流行語大賞候補のフレーズは、佐川前国税庁長官から印象深く全国に中継された。その後も様々なメディアで紹介されている。
議院証言法第4 条は「刑事訴追を受け、又は有罪判決を受けるおそれ」があるときは証言を拒むことができると定めている。民事訴訟法、刑事訴訟法にも同様の規定があり、特別な規定ではない。証言拒絶権は憲法38 条「何人も、自己に不利益な供述を強要されない。」が由来する。証言だけで不利な処遇は受けない定めだ。
佐川氏は「刑事訴追のおそれがある行為」=「犯罪」を知っていたし、自らも行っていたと言うのだから驚きだ。公務員は刑事訴訟法第239 条第2 項で「その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならない」と定めている。これを怠ることは国家公務員法82 条第1 項第2 号「職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合」にあたる。
佐川氏の非行行為を承知している財務省の公務員も責任を問わなければならない。「納税者の自発的な納税義務の履行を適正かつ円滑に実現することを使命」とする国税庁の責任者の行いとはとても思えない。
非行の疑いがある職員が退職届を出した場合、当然のことながら任命権者は退職とすべきか、免職とすべきか判断して処遇する。処遇が明らかとなるまで公務員である。それを財務大臣が早々と「すでに民間人です」と言い切るのも驚きだ。下々には理解できない感覚でもある。
財務省の姿は詭弁を弄して慇懃無礼に相手を見下す、ずるい思考を感じる。そこには潔白さも正義も見られない。彼らが私たち税理士を監督する立場だと思うと情けないものだ。
ところで、税務調査で「刑事訴追のおそれがあるから」と答弁を拒否することができるのだろうか。「国税の調査」や「滞納処分のための調査」の場合、質問検査に答弁を拒否すれば、不答弁罪により罰則が適用される場合がある。これが間接強制といわれる所以である。川崎民商事件はこの理解のもとで判示されている。
一方、新国税通則法に盛り込まれた「犯則事件の調査」には不答弁に対する罰則はない。証言拒絶権が働くのだ。その見極めは職員の質問検査証を確認しなければならない。
質問応答記録書は自白の強要である。国税通則法には質問検査権は存在しても書類に署名を求める権限はない。いわば自白を記録する書類の質問応答記録書は税務裁判の際に、課税当局側の証拠として作成されている。税務訴訟を見越したものだ。刑事訴追が目的ではないが、人権に与える影響は大きい。
課税処分は異議申立ができても滞納処分はとまらない。人権無視の滞納処分が社会問題となっている中、最終的に課税判断で勝訴しても、裁判中に滞納処分は行われるため財産権への侵害は止まらない。生存権さえ脅かされる。
さらに税務裁判では、国は国民に有利な証拠を持っていても、納税者や弁護士、税理士の求めに開示しない。開示しても墨塗りで肝心なところは隠ぺいする。保身の姿勢を感じても、真摯に適正公平な課税をめざす姿を見い出すことはできない。
このように、質問応答記録書は人権侵害のおそれがあるため、署名押印に応じない。 税務行政に対する信頼が揺らぐ中で、日税連は財務省・国税庁に苦言を呈し、ともに国民の信頼を得るような税務行政を築くための議論をすべきである。私たちは、そのためであれば協力を惜しむものではない。 |