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時潮

税理士制度と法人事業概況書
立正大学法学部客員教授 浦野 広明
国税庁や税務署は納税者に向けた文書で、「法人税確定申告書を提出する際には、『法人事業概況説明書』を添付してください」と述べている。本稿は法人税の申告書に法人事業概況書(法人の事業等の概況に関する書類)の添付は不要であることを述べるものである。

1 法人事業概況書関連の法令
法人事業概況書に関連する法規は次の規定である。

(1)憲法が求める法律による納税・課税の原則
30条(法律による納税の原則)国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。br> 84条(法律による課税の原則)あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。

(2)法人税法74条(確定申告)1項柱書
内国法人は、各事業年度終了の日の翌日から二月以内に、税務署長に対し、確定した決算に基づき次に掲げる事項(所得の金額や法人税額等々→筆者註)を記載した申告書を提出しなければならない。

(3)法人税法74条3項
第一項の規定による申告書には、当該事業年度の貸借対照表、損益計算書その他の財務省令で定める書類を添付しなければならない。

(4)法人税法施行規則35条(確定申告書の添付書類)
法第七十四条第三項(確定申告)に規定する財務省令で定める書類は、次の各号に掲げるもの(中略)とする。
一 当該事業年度の貸借対照表及び損益計算書
二 当該事業年度の株主資本等変動計算書若しくは社員資本等変動計算書又は損益金の処分表(中略)
三 第一号に掲げるものに係る勘定科目内訳明細書
四 当該内国法人の事業等の概況に関する書類(以下略)

(5)税理士法1条(税理士の使命)
税理士は、税務に関する専門家として、独立した公正な立場において、申告納税制度の理念にそって、納税義務者の信頼にこたえ、租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図ることを使命とする。
2 法人事業概況書の記載内容
次は法人事業概況書が記載を求める内容である。

(1)事業内容 (2)支店・海外取引状況 (3)従業員等の状況 (4)電子計算機の利用状況  (5)経理の状況 (6)株主 (7)主要科目 (8)インターネットバンキング (9)役員・役員報酬 (10)代表者報酬 (11)事業形態 (12)主な設備 (13)作成帳簿 (14)税理士の関与状況 (15)加入組合等 (16)月別売上等 (17)営業成績概要
3 法人事業概況書には提出義務がない理由
法人事業概況書は次の理由により提出義務はない。

(1)法人事業概況書は一般的な委任命令であり無効
法律による納税・課税の原則(一般的に「租税法律主義」という)は、国民を代表する国会が制定した法律にもとづいて租税の賦課徴収を行うとする憲法上の原則である。租税法律主義のもとでは、憲法以外では法律が租税のありかたを具体的に規定する。税法(法律)は、課税団体、納税義務者、課税物件、課税標準、税率、帰属等の課税要件を具体的・客観的に規定しなければならない。課税要件は実体法的事項のみならず、租税の賦課徴収・納税等の手続法的事項も法律において具体的・客観的に定めることを求める。

命令(政令や省令)は国会がつくる法律ではなく、国会以外の機関がつくる法規である。したがって、命令(たとえば、法人税法における法人税法施行令〈政令=内閣が制定する命令〉、法人税法施行規則〈省令=財務大臣が行う命令〉)が法律の役目を任されるのは、法律が政令や省令に任せる場合に限られる(委任命令)。委任命令は委任した法律の定める範囲を超えてはならない。また法律は自ら定めるべき基本的事項までも包括的に委任することは許されない。

法人税法施行規則35条は確定申告書の添付書類についての規定である。同条4号は「当該内国法人の事業等の概況に関する書類 」を掲げている。ところが、法律である法人税法74条は、ただ単に「財務省令で定める書類」と抽象的一般的に述べているだけで、個別的、具体的な委任を省令にしていない。つまり、法人税法施行規則35条は、法人税法74条が委任していないのにもかかわらず、「当該内国法人の事業等の概況に関する書類 」を法人税の確定申告書の添付書類と述べており、租税法律主義に反し無効である。

すなわち法律が命令へ抽象的、一般的、包括的に委任することは租税法律主義に反し無効となる。租税法律主義について、適切に述べている判例がある(注)。

(注)「我が国の憲法も、かかる見地の下に、国民がその総意を反映する租税立法に基づいて納税の義務を負うことを定め(三〇条)、新たに租税を課し又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要としている(八四条)。それゆえ、課税要 件及び租税の賦課徴収の手続は、法律で明確に定めることが必要である」(最高裁大法廷判決「所得税決定処分取消事件、昭和55〈行ツ〉15」昭和60年3月27日)

(2)法人事業概況書は貸借対照表、損益計算書に準ずる財務諸表ではない
法人税法74条3項は、「当該事業年度の貸借対照表、損益計算書その他の財務省令で定める書類」と規定している。規定されている文言は、「その他の書類」であり「その他書類」ではない。したがって、通常の意味や文法に基づく条文の解釈(文理解釈)をしても省令(法人税法施行規則35条)の規定する書類は、「貸借対照表、損益計算書に準ずる書類」に限定される。この省令で規定することができる書類は、株主資本等変動計算書や個別注記表などに限られる。

法人事業概況書が求める記載事項を見れば、法人事業概況書が、貸借対照表、損益計算書に準ずる財務諸表ではないことは、明らかである。

(3)国税庁も「お願い」と認める
量的に膨大な、質的に専門技術的な立法が現れてくるのに対応し、議会は一般的枠組みを決定するだけで、その具体的細目はこぞって行政府の決定に委ねるという傾向がみられる(委任立法の増大)。税法においては典型的にこの傾向がみられる。委任立法はその委任が包括的抽象的であればあるほど、行政庁の自由な裁量で具体的立法行為がなされる。

法人事業概況書の作成は実質的に税務署が納税者の私的秩序に介入する役目を果たす。作成税理士は税務署の介入を手助けすることになる。公的存在ではない中小事業者などの納税者は、あくまで自律的秩序(国家からの自由)によって運営されるべきものである。

全国中小企業団体連絡会は、2006年10月25日、国税庁と交渉をしている。国税庁側は、長官官房調整室の原英一課長補佐と田所寛連絡調整係長が応対し、「2006年度税制『改正』で盛り込まれた法人事業概況書の添付を定めた施行規則について『罰則はあるか』と質問すると、原課長補佐は『罰則はない。出して下さいとお願いするだけ』」と回答している(注) 。
(注)「全国商工新聞」2006年11月6日

(4)法人事業概況書の不提出と罰則
法人税法160条は、「正当な理由がなくて第74条第1項(確定申告)の規定による申告書をその提出期限までに提出しなかつた場合、法人の代表者、代理人、使用人その他の従業者でその違反行為をした者は、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。ただし、情状により、その刑を免除することができる」としている。

先述したように、法人事業概況書は、具体的な省令委任が存在しない文書、言うなれば、課税庁の単なる「お願い」であって納税者を拘束するものではない。憲法は、「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない」(31条)と罪刑法定主義(注1)を保障している。租税法律に根拠を持たない課税庁の「お願い」(注2)を出さないからといって、刑罰は科されない。

(注1)罪刑法定主義は、どのような行為が犯罪であるか、その犯罪にどのような刑罰を加えるかは、あらかじめ法律によって定めなければならないとする原則である。罪刑法定主義は「法律なければ犯罪無く、法律なければ刑罰なし」と言い表される。

(注2)国税庁は、「法人課税関係の申請、届出等の様式の制定について」という「法令解釈通達、2001〈平成13〉年7月5日付」を示している。つまり、法人事業概況書の根拠は税務通達(課税庁内部に通用する規則)にすぎない。
4 法人事業概況書と税理士の役割

税理士法1条(税理士の使命)は、「税理士は、税務に関する専門家として、独立した公正な立場において、申告納税制度の理念にそって、納税義務者の信頼にこたえ、租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図ることを使命とする」と規定している。税理士法1条が規定する「独立した公正の立場」は、課税庁から距離を置いたものとしてとらえなければならない。

重要なことは税理士と税務職員とは立場が異なるということである。税法の解釈問題であろうと租税要件事実の認定問題であっても、簡単な問題であれば課税庁の判断と税理士の判断が同じ結論になることもあろう。税理士が必要とされるのは問題が簡単でなく見解が分かれる場合である。

租税関係の一方の当事者である課税庁は、ぼう大な権力と情報を持っている。他方の当事者(納税者)は何の権力も専門的知識も有していない。税理士はこの関係において弱者である納税者を援助し、憲法および税法によって認められた納税者の権利を擁護する使命がある(もちろん脱税などの税法違反行為を示唆することは許されない)。

問題が簡単でなく見解が分かれるときにおいて、税理士は納税者の代理人として納税者の立場をとることが求められる。税理士にとって法的に重要なことは、税理士は依頼人である納税者の権利を擁護しなければならないという点である。

税理士は納税者の代理人であり監査人ではない。税理士が課税行政権と納税者との対抗関係を否定するような考えになると、結果的に納税者の法的権利をまもる自己の役割を否定することになる。

法人事業概況書は税理士を代理人の立場から、税務署に先立って事実上の税務調査を行うことになり(税務監査)、民間税務署的立場(税務署の下請)に追いやる危険な制度である。税理士に問われるのは、法人事業概況書の定着化に力を貸すのではなく、法人事業概況書の形骸化に力を尽くすことである。


(うらの・ひろあき:東京会)

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