求められていた改正は何か
国税犯則に関する調査と処分について、国税犯則取締法を廃止し国税通則法に編入のうえ再構築する改正が成立し、平成30年4月1日から施行されます。
国税犯則取締法は明治時代の手続をそのまま引き継いできた法律であり、現行憲法のもとでは不備だらけの法律ですから、早い段階から改正の必要性がいわれていました。
昭和30年4月27日の最高裁大法廷判決と補足意見は、国税犯則取締法が内包する憲法問題を扱っていますので、機会があれば是非一読してほしいものです。
この判決と補足意見を端的に評価すれば、国税犯則取締法の諸規定は新憲法において一応合憲だが、基本的人権の思想が盛り込まれていない明治憲法下に作られた法律をそのまま引き継いでおり、基本的人権に対する重大な制限を含むものであるから、立法政策上において可及的に刑事手続に準じた厳重な規定が設けられるべきであるということを滲ませている判決といえます。
査察部署では国犯法の解釈と適用で法務、検察当局と協議しており、その一端を担っていた法務省大臣官房秘書課長津田實氏(役職は当時)は、憲法第13条に則りできる限り刑事手続に関する憲法第35条の規定に準じて立法するのが妥当であると表明されたと伝えられています。最高裁判決を受けた昭和30年当時の話です。
改正に関するもっとも肝要な事項といってよいでしょう。
ところが、今回の改正ではこの点が見事に無視されています。
無視どころか、捜査権力側に都合の良い流れに符合するかのような意図的改悪が行われています。憲法で規定する基本的人権に則る改正をするどころか、巧妙に侵害する改正ですから、国民を愚弄するものといわざるを得ません。
国税通則法に編入することによる問題もあります。
国犯法はスタート時から司法法なのか行政法なのかを巡って混迷し続けてきました。
この整理なしには新憲法に則った改正はできないところですが、純然たる行政法である国税通則法に編入したことで、国税通則法自体の法的性格付けに混迷を持ち込むことになったといえます。これを意図して行ったとすれば悪質であり、意図していなかったとすれば問題意識を欠いた低俗な改正といえます。
以上を踏まえ、今回の改正で何が問題なのかをポイントを絞って提示することとします。読者諸氏が関心を寄せられ、議論が起き、再改正への動きの一助になれば幸いです。
脱税に対する刑罰の性格
国税犯則の取締りが行政手続なのか、刑事手続なのかという混迷が整理される必要があります。その場合、対象罰則がいかなる性格を持っているのかを押さえる必要があります。
法人税法などの各税法は、脱税犯罪に対して刑事制裁を科すこととしています。
法人税法第159条は「偽りその他不正の行為により、法人税を免れ、又は法人税の還付を受けた場合には、法人の代表者、代理人、使用人その他の従業者でその違反行為をした者は、十年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。」と懲役刑を規定しています。
脱税犯罪に対する懲役刑は、昭和19年、戦費調達のため酒税法・物品税法に初めて導入されたのを契機として、昭和21年財産税法、昭和22年に所得税法、法人税法に導入されました。
それまでは逋脱額の何倍という定額的な財産刑でしたから、国庫の金銭上の損失を賠償させる性格の刑罰でした。これに対し、懲役刑の導入は逋脱の反社会性、反道徳性に着目して、近代刑法の基本原則である責任主義に立脚することに本旨があるとされています。
戦中から戦後直後に措置された懲役刑が、行政罰ではなく、一般刑罰であることに異論はないと思います。
脱税犯罪の特殊性と国犯法
前節で確認したように、脱税犯罪は一般刑事罰ですから、その犯罪に対する刑事制裁は、特別の定めがない限り司法警察や検察官による捜査摘発が刑事訴訟法に従って行われます。脱税犯罪もその点では例外ではありません。
しかし、脱税犯罪は特殊性があるということで、特別の定めである国犯法で収税官吏に特別の調査権限を与えてきました。
その特殊性について、司法研修所編「税法違法事件の処理に関する実務上の諸問題」では裁判官からの視点として次のように述べています。
「裁判所の取り扱う刑事事件の中において、税法違反事件は特殊な事件であり、その処理にあたっては一般刑事事件の処理上必要でない専門的技術的知識が要求され、また事件の性質に応じた審理の方法が要請される。・・・・・・法人税の逋脱犯の構成要件は、納税義務者が偽りその他不正の行為により、一事業年度分の法人税の額につき法人税を免れたことであり、事実認定上しばしば争点となるのは、『逋脱の故意』『不正行為』及び『逋脱の結果』であるが、『逋脱の故意』及び『不正行為』の認定に関しては、一般刑事事件における事実認定とさほど異質性がないのに対し、『逋脱の結果』の認定は、膨大な会計的証拠により簿記・会計・税務の法則に従いながら多数の会計的事実を積み上げて特定の金額を算定するという点において、一般刑事事件における事実認定とは性質を異にする」
少々長い引用となりましたが、特殊性がよくわかります。いうまでもないことですが、冒頭で「刑事事件の中において」と記しているように、税法違反事件は刑事事件として判決が下されるのです。
この関連を整理すると、一般刑事事件であるが会計処理上の特殊性があるため、税務で知識と経験を有する収税官吏に捜査告発の権限を与えるのがよいので、特別法をもってこれにあたらせる体系にするということです。
特別法としての国犯法は司法法であり、刑事手続と無縁だということはできません。
犯則調査手続の性質
国犯法において憲法が無視されてきた背景に、調査手続の性質付けがあります。
昭和44年12月3日の最高裁決定は「現行法制の解釈としては、国税犯則事件の調査手続は、直接国税の犯則事件であると間接国税のそれであるとを問わず、行政調査の手続とみるほかないと考えられる。」としました。
昭和30年の判決からすると違和感を覚える内容です。
しかし、昭和59年3月27日判決では「国税犯則取締法上の質問調査の手続は、犯則嫌疑者については、自己の刑事上の責任を問われるおそれのある事項についても供述を求めることになるもので、・・・・・・憲法38条1項の規定により供述拒否権の保障を及ぶものと解するのが相当である。」としました。ただ、告知は規定されていないので告知しなかったことは違法ではないとしました。最高裁の混迷が伺えます。
こうした流れを受けて、「実質的には刑事手続に準ずる手続であると考えてよい」(金子宏「租税法」)と、なんとも歯切れの悪い判決、学説が示されていますが、少なくとも行政調査であるから憲法が保障する刑事手続における適正手続が適用されないという域は脱したといえます。
司法法への切替の必要性
刑罰の性格と脱税犯罪の特殊性、特殊性ゆえの特別法規による調査手続に関する性質付けを見てきました。
改めて整理すると、「間接国税犯則者処分法」を引きずるがゆえに、犯則調査手続は行政手続だと解釈してきたところですが、どう見ても刑事事件に対する調査であり、その調査手続は特別法規に委ねたといえども刑事手続と同じであるから、行政手続という大枠を外さず、実質的に刑事手続に準ずるという解釈に留めておこうという状態といえます。
こうした解釈の下でこの法律体系を継続させることは、憲法に準ずる立法を排除することに繋がります。国民にとっては許しがたい法的侵害といえるでしょう。
順次見たことからいえることは、 脱税犯罪は刑事責任を問う刑罰が措置されており、 特殊性から特別法により収税官吏に調査権限を与えているにすぎず、 それをもってその者の調査が刑事手続から解放される根拠はなく、 処分を受ける犯則嫌疑者には憲法が保障する基本的人権と刑事罰に関する適正手続が措置される必要があるということになります。
国税犯則に関する調査の実態は、刑事調査そのものです。改正にあたっては、司法法としての性質付けを明確にして、少なくとも刑事訴訟法と同等の独立した法律として措置すべきなのです。
供述拒否権の告知
冒頭で、改正は憲法問題をまったく無視するどころか改悪に走ったと述べました。
それは、国犯法の第1条であり、その条文が偏入のうえ改正された国税通則法第131条において、ひとつの典型例として取り上げることができます。
通則法第131条は任意における質問・検査・領置を規定しています。
今回の改正で、犯則嫌疑者・参考人に対して「出頭を求め」質問することができると規定されました。この質問に対しては通則法第152条で調書が作成されます。この対になっている2条は、犯則嫌疑者の供述と証拠に関する重要な規定といえます。
任意で出頭させられそこで取られた「供述調書」は、犯則嫌疑者が被告人となった場合、その「供述調書」は刑訴法322条の適用があり、参考人の「供述調書」については刑訴法321条2項の適用があります。つまり、「逋脱の故意」や「不正行為」、「逋脱の結果」を立証する検察側の証拠となりますから、刑事罰を受ける重要な証拠となるものです。
改正は、犯則嫌疑者に対する質問について刑訴法をつまみ食いして条文化し、証拠収集しやすい環境を整えたといえます。
刑訴法198条を読めば分かるように、刑事事件については憲法38条を踏まえて、出頭拒否と自由退出を規定し、供述拒否権を保障しています。また、供述拒否権の告知を義務付けています。
ところが、新法の対になっている2条について、出頭拒否や退出の文言、質問に対して回答しないことができる文言がありません。供述拒否権の告知も規定されていません。
納税者(犯則嫌疑者)が条文に接しても憲法が保障する適正手続としての刑事手続を読み取ることはできません。むしろ、捜査側に出頭の法的根拠があるので拒否できないと誤認させることになります。
早くから立法化が求められていた重要点が、見事に捻じ曲げられました。
ここに今回の改正の悪質さが見て取れます。
なお、誤解しないで頂きたいのですが、旧法においても、改正法においても、犯則嫌疑者は「黙秘権」も「出頭拒否権」も行使することができます。
これに対する処分規定はありません。犯則調査における質問・出頭拒否に通則法第129条(いわゆる間接強制)の罰則は適用されません。公務執行妨害等として処分することも不能であるとされています。
通則法第131条は任意に犯則嫌疑者が質問に応ずる場合のみの調査方法を規定したものですから、犯則嫌疑者が黙秘する場合には質問による調査はなしえないのです。
犯則事件の裁判では直接・間接証拠が重視されますから、供述だけで課税されることはありませんが、その虞は内包されており、調査する側に都合の良い刑事訴訟法のつまみ食い的規定は極めて問題です。
したがって、この問題は憲法第38条を抜きに規定してはならず、その具体化として刑事訴訟法第198条に沿った国民の権利と手続を明文化すべきものなのです。 |