人工知能が車の自動運転を可能にし、人間に成り代わってロボットが複雑な医療を行う社会は、もうすぐそこに来ている。私たちは現代資本主義がたどり着いた頂点の時代を今、生きているのだ。しかし、そこには穏やかで豊かな社会が待ち受けているわけではない。豊かさを十分に享受できる一握りの人々がいる反面、多くの若者が熾烈な競争の中でもがき、ろくに休みも取れず低賃金にあえいでいる。新自由主義経済とグローバル化の強烈な流れが生み出した現代社会は、すさまじい激動の中をさまよっている。
1、民主主義と資本主義の関係
フランシス・フクヤマは著作「歴史の終わり」で、民主主義と資本主義が最終的に勝利し、戦争やクーデターなどが消滅した安定した社会が続き、社会制度の発展は終了するとの仮説を立てた。しかし、現実には発展は終了するどころかおかしな方向に進んでいる。
確かに、資本主義と民主主義はその一方が栄えて、他方もそれにつられて発展するものと考えられてきた。しかし、今日、その相関関係に大きな変化が表れている。自由な市場は多くの人々に、かつてない繁栄をもたらしてはいるが、所得と富の不平等を拡大し、雇用の不安定化を生み、地球温暖化などの環境問題を悪化させている。本来、民主主義はこれらの市民生活を悪化させる諸問題に対し、規制の強化や法律の新設によって機敏に対応してきていた。しかし、民主主義にはこのように復元修正させる柔軟な歴史があったにもかかわらず、最近の政治情勢をみると市民の間でこれらの社会環境の悪化に対し、たいした反応もなく政治的無力感が拡がっている。
その元凶にあるのが国家機関だけでなく、国民の価値観を覆う「経済成長への絶対化」の思想だ。「成長がすべての問題を解決する」という経済成長時代に染み付いた発想からの多くの人々が抜け出せずにいるばかりか、成長を続ける企業は称賛され、上場企業への強いあこがれや企業が成長を求めるあまりの過重労働の強制など「勇み足」だと社会的に容認する風潮もある。私たちが成長しない社会に暗いイメージしか持てないのは、成長しなければ幸せになれないという資本主義的価値観に長い間とらわれて来たからかもしれない。
2、深化する資本主義
資本主義の世の中では、上場企業は常に最大の利益を作り出すことを求められる。ライバル企業を出し抜き、他が追随できない利益を追求しなければならない。しかしながら、現代の成熟した社会では大量生産・大量消費の時代は過ぎ去り、消費者の要求は個別化し細分化する。その中でさらなる利益を求めることは困難を極めている。そのために市場経済が企業の自由に活動できる経済を生み出してきたが、いまは企業が自由に経済活動できる社会に変質しつつある。
企業は利益追求を阻害する要因はことごとく除去していかなくてはならない。その最大の障害物は歴史的に積み上げられてきた民主主義的諸施策だ。企業の自由な経済活動を妨害するのは市民が培ってきた民主的で人間的な暮らしを求める価値観であり、それは企業利益追求の価値観と相いれないものである。働く現場では人々は労働力という商品の原価との側面として評価され、その考え方からすれば労働に対する費用は利益を減額させる要因となる。
手厚く保護されてきた基本的人権を尊重していたのでは利益の最大化は望めない。電通過労死自殺は、過去に何度も繰り返された悲劇であり、残念なことではあるがこれからもなくならないであろう。民主主義が狂暴化した資本主義によって浸食されつつあるのだ。そしてこの浸食は政治的な正規の手続きを踏むことによって合法化される。
近年、締結されている二国間貿易協定では、民間企業が主権国家を仲裁裁判所に提訴することができる。その内容は企業が相手の政府の法律や規則によって利益(または将来期待される利益)が減ったと思えば国家を相手取って訴訟を起こせるというものであり、相手国の文化や環境を保護するための法律もこの対象になる。資本主義的な経済発展こそが世界を統一する共通の価値観になろうとしている。
物質的な一定の豊かさを実現した先進諸国にとって、もはや成長を生み出すのに必要な消費を生み出すことはできない。消費者の購買意欲にのみ期待していても収入増は見込めない時代になっているのだ。いまは購買意欲のない人々にどのように物を買わせるのか、あるいは潜在的購入意欲のある人に的確に素早く情報を届けるのには、どうすべきなのかに企業の関心を買っている。
ブルース・シュタイナー著の「超監視社会」によると「あなたはインターネット上のほぼすべての場で追跡されている。多くの企業とデータブローカーがあなたの行動を監視している。一つのウエブサイトで10 社が監視を行っている例も珍しくない。」「企業がインターネット上で監視を行う主たる目的はデータを広告に利用することだ。最大の目的は効率的にあなたに商品を売りこむことで莫大な利益を挙げている」とネット利用の危険性を警告している。
ケイタイの無料アプリは無料の魅力と利便性の良さでダウンロードしている人も多いが、それと引き換えに位置情報や連絡先情報へのアクセスを許可していることはあまり知られていない。それらは重要な顧客情報データとして企業間で売買されるのである。ここでは人々は個人情報をはぎ取られ、企業に利益をもたらす消費者としての側面から、販売ターゲットとして存在する。このような世界では、個人情報は守られるどころか個人の購買動向を知る貴重な資料として収集されている。
民主主義の歴史は、市民が社会全体のパイをいかに集団的に配分できるか試行錯誤を繰り返しながら続けられてきた。しかし、今日ではこの機能が市場にまかされるようになっている。経済合理性の観点からわれわれの暮らしのルールや基本的権利までも決定することを阻止しなければならない。縮小を続け、機能不全に陥ろうとしている民主主義。そのボトムラインを守る責任は、企業にあるのではなく、今を生きている私たちとその代表にある。 |