論文

社会保険労務関係の法改正
名古屋会 鷹巣 辰也
橋本龍太郎内閣が社会保障構造改革を打ち出してから第一次安倍晋三内閣までは、ほぼ一貫して社会保障が削減されてきたのに対し、自公政権末期の福田康夫内閣から民主党政権にかけて社会保障の部分的な改正が行われており(民主党政権下での社会保障の改正のほとんどが最初の数か月間に集中しており、2010年の参議院選挙での民主党の敗北以後は実質的な改正は停滞してしまいましたが)、自公政権の復活後も社会保障の改悪と改正が混在しています。とくに妊産婦に関する制度については、ここ十数年間、政権の交代・再交代にかかわらずほぼ毎年のように改善がされています。
実務家であるわれわれとしては、批判すべきは批判すると同時に、改正面をきちんと把握して利用すべきであると考えてこの記事を執筆しました。
I 2015年10月以降の法改正

年金法改正(2015年10月施行)

(すべて夫が主たる稼ぎ手である家庭をモデルにして説明しています。)
2015年10月に国家公務員、地方公務員、私学教職員の共済年金と厚生年金が『一元化』されました。ただし、一元化前に受給権が生じた共済年金については旧共済法に基づいて支給されます。一元化前の共済組合期間については職域加算(注)、一元化後の共済組合期間については退職年金が加算されます。

(注) 共済組合期間20年以上の場合は厚生年金の20%、共済組合期間20年未満の場合は10%の加算
年金の年額は100円単位での四捨五入(50円以上切上、50円未満切り捨て)から1円単位の四捨五入になりました。

一元化前の厚生年金では入社した月の月末前に退職した者は1か月だけ厚生年金加入者となりました(同月得喪)が、一元化後は共済組合と同様に、原則として厚生年金加入者にならないこととなりました(ただし例外として、20歳未満、60歳以上の者の場合は1か月だけ厚生年金加入者となります)。

共済組合・厚生年金の両方の加入期間のある者は手続きの多くがワンストップですむようになります(年金事務所、共済組合のどちらかで手続きができます)。
書類も厚生年金、共済組合の多くの書類が統一の書式になります。
また厚生年金の加給年金、振替加算の判定期間が下記のように厚生年金期間と共済年金期間の合計に変わりました。

【20年以上の厚生年金加入期間がある老齢厚生年金の受給者である夫】に妻= 65歳未満で年収850万円以下=がいる場合、加給年金(配偶者手当のような性格の年金)が支給されますが(妻自身に20年以上の厚生年金受給権があるとき=夫婦ともに会社員期間が長い=を除く)、厚生年金加入期間18年、共済年金加入期間17年でも受給できることとなりました。

【一元化前】17< 20、18< 20 ∴加給年金の対象外
【一元化後】17+ 18>= 20  ∴加給年金の対象 

ただし、2015年10月前に受給権を獲得した年金についての変更はありません。
上記の例では、妻(生年月日が1926年4月2日〜 1966年4月1日の妻に限る)が65歳になったら今度は妻自身の老齢基礎年金に振替加算がされますが、振替加算の判定も上記と同じになります。

【子(注)のある妻】には遺族基礎年金と遺族厚生年金が支給されます。子のない妻には遺族厚生年金だけしか支給されないため、【40歳以上65歳未満の子のない妻】については年金の不足を補うために、亡き夫に20年以上の厚生年金加入期間があるときに限り、遺族厚生年金に【中高年の寡婦加算】がされます。この20年の判定も同様になります。

(注) 子= 18歳に達した後最初の3月31日まで(一般には高校卒業まで)の子、または20歳未満の障害のある子)

【60歳以上になって厚生年金被保険者として働き、しかも老齢厚生年金を受給している者】については、厚生年金と現在の報酬の合計が一定の水準(65歳未満 28万円、65歳以上 47万円)以上であれば、厚生年金の一部または全部を支給停止するという制度(低在老、高在老)があります。これは厚生年金被保険者のみに適用される制度ですから、【厚生年金に加入していない労働者や自営業者】には適用されません。また、国民年金、遺族厚生年金、障害厚生年金には適用はなく、あくまで老齢厚生年金の年金月額(加給年金、経過的加算、繰り下げ加算を除いた報酬比例部分)について適用されます。

民間労働者の低在老、高在老は一元化前も一元化後も次のとおりです。

(低在老) 65歳未満の老齢厚生年金受給者の【年金月額と総報酬月額相当額(標準報酬月額に過去1年間の賞与の1/12を加算した額)の合計】が28万円を超えるときは、超えた額の1/2(この額が基本月額以上である時は基本月額)が支給停止になります(総報酬月額相当額が47万以上の場合は、総報酬月額相当額の47万円以上の部分の全額を支給停止とし、その後47万円の部分と年金月額についてこの計算を行います。)

(高在老) 65歳以上の老齢厚生年金受給者の【年金月額と総報酬月額相当額(標準報酬月額に過去1年間の賞与の1/12を加算した額)の合計】が47万円を超えるときは、超えた額の1/2(この額が基本月額以上である時は基本月額)が支給停止になります。

厚生年金受給者が60歳以降も国家公務員、地方公務員として働いている場合、一元化前は厚生年金と現在の公務員給与について低在老、高在老の判定は行われませんでしたが、一元化後は厚生年金と現在の公務員給与について低在老、高在老の適用が行われます。

65歳未満か以上かにかかわりなく、国・地方の共済年金受給者が公務員として働いている時には民間労働者の低在老と同じ計算、国・地方の共済年金受給者が民間労働者・私学共済組合員として働いているときには民間労働者の高在老と同じ計算が行われていました。

一元化後は老齢厚生年金と同じように65歳未満は低在老、65歳以上は高在老の計算になります。ただし、年金の激減を防ぐ経過措置があります。

夫がずっと公務員、妻がずっと民間の夫婦が離婚した場合、夫の共済年金のみを分割し、妻は自分の民間の厚生年金全額+夫の共済年金の半額の受給権を取得するということも可能でした(もちろん法的には妻の厚生年金のみを分割し、夫が自分の共済年金全額+妻の厚生年金半額という分割も可能でした。)。一元化後は離婚分割をした場合、夫婦ともに共済年金半額+厚生年金半額になります。

通常65歳から受給する年金を、一元化前は、例えば厚生年金は67歳から、共済年金は68歳から、国民年金は70歳からとばらばらに繰り下げ受給することができましたが、一元化後は共済年金と厚生年金は同時に繰り下げることになりました。一元化後も例えば共済年金と厚生年金は67歳から、国民年金は70歳から受給することは可能です。

なお、通常65歳から受給する年金を64歳以前から繰り上げ受給する場合は一元化前も一元化後も厚生年金・共済年金・国民年金をすべて同時に繰り上げしなければなりません。

共済組合のみにあった遺族年金の転給が廃止されました。
今年の全国研究集会は、6分科会が13時より開催されました。
転給とは、亡き夫の遺族年金を受給していた妻が死亡すると、遺族年金が消滅することなく、亡き夫の父母が遺族年金を受給できるなど、先順位の遺族の遺族年金の受給権が、受給者の死亡により後順位の遺族に転ずる制度です。

参考文献 ビジネスガイド別冊2016年1月号別冊 (日本法令)

雇用関係助成金の改正(2016年2月施行)

これは詳細にわたるので、厚生労働省の『平成28年度版 雇用関係助成金のご案内』(ハローワークで配布している)をご覧ください。

健康保険関係 (2016年4月施行)

従来は傷病手当金、出産手当金の計算方法は、標準報酬月額の67%でしたが、2016年4月からは過去12か月間の標準報酬月額の平均の67%と計算方法を変更します。
健康保険及び船員保険の標準報酬月額の上限を、47等級(121万円) から50等級(139万円)に引き上げました。

健康保険の標準賞与額の年間上限を540万円から573万円に引き上げました。
小規模企業共済法改正(2016年4月施行)

以下の事由が準共済事由からA共済事由に見直しされました。
  • 個人事業主の「個人事業主が配偶者又は子への事業の譲渡」
  • 共同経営者の「個人事業主の配偶者又は子への事業の全部譲渡に伴い、配偶者又は子への事業(共同経営者の地位)を全部譲渡」
以下の事由が準共済事由からB共済事由に見直しされました。
  • 会社等役員の「会社等役員の退任(疾病・負傷・死亡・解散を除く)」のうち、会社等役員の退任日において65歳以上の場合
共済金を受給できる遺族に『共済契約者と生計維持関係がなかった「ひ孫」と「甥・姪」』が追加されました。
共済金の分割支給(分割共済金)が年4回から年6回(毎年1月、3月、5月、7月、9月、11月)になりました。
「共済契約の申込み」と「増額の申込み」のお手続きの際に、申込金を添える必要がなくなります(現金による納付が必要でなくなります。)。
掛金月額の減少を行う際の要件(減額要件)が廃止され、「委託機関による減額理由の確認」が不要となりました。

共同経営者がいったんその地位を退いた場合でも、一定の条件に該当する場合は、1年以内に新たに経営者となり本共済の加入要件を満たすときは、掛金納付月数の通算ができるようになりました。
災害など契約者の責任ではない理由(やむを得ない理由)により生じた掛金の滞納については、共済契約を継続できることとなりました。
契約者貸付けのうち、事業の運転資金や設備資金など幅広い用途に利用できる「一般貸付け」の貸付限度額が、これまでの1,000万円から2,000万円に引き上げられました。複数の種類をあわせて借りる場合の貸付限度額も、上限が1,500万円から2,000万円に引き上げられました。

中小企業退職共済法改正(2016年4月施行)

特定退職金共済事業を廃止する団体から、事業主単位で中退共制度へ資産移換することを可能としました。
中退共制度に加入している共済契約者が中小企業者でなくなった場合、事業主単位で中退共制度から確定拠出年金制度(企業型)へ資産移換することを可能としました。

中退共制度と特定業種退職金共済制度間(建設、清酒等の業種ごとの独自の退職金制度)の資産移換を行う場合、退職金額の全額を移換できるようにしました。
中退共制度に加入している従業員が転職等により中退共制度間等を移動した場合の通算の申出期間を、現行の2年以内から3年以内へ延長しました。

建設業退職金共済制度における退職金が支給されない掛金納付期間を、現行の24月未満から12月未満へ短縮しました。
勤労者退職金共済機構が住基ネットを活用して退職金未請求者の住所把握を行うことを可能としました。

労働保険料徴収法改正(2016年4月施行)

一般事業の場合(注)従来は雇用保険料率が1.35%(会社負担0.85%。本人負担0.5%)から1.1%(会社負担0.7%、本人負担0.4%)になりました。なお、安倍内閣はさらに保険料率を引き下げる方針を打ち出しているので2017年度にはさらに下がることが期待されます

(注)農林水産業(園芸畜産など季節に左右されない業務を除く)・清酒製造業の場合、従来は雇用保険料率が1.55%(会社負担0.95%。本人負担0.6%)から1.3%(会社負担0.8%、本人負担0.5%)になりました。
建設業の場合、従来は雇用保険料率が1.65%(会社負担1.05%。本人負担0.6%)から1.4%(会社負担0.9%、本人負担0.5%)になりました。

福祉医療機構退職手当共済法改正(2016年4月施行)

福祉医療機構退職手当金は、社会福祉法人が職員の退職手当のために外部積立をする制度です。かつては社会福祉法人の老人福祉施設、障害者支援施設、保育園等は強制加入でした。また、社会福祉法人、国、都道府県が掛金の3分の1ずつ(各年44,700円)を負担していました。

前回2006年の法改正で老人福祉施設については国・都道府県の3分の1ずつの補助がなくなり、また強制加入ではなくなりました。今回の法改正では障害者支援施設でも3分の1ずつの補助がなくなり、また、強制加入ではなくなりました。

また、特別養護老人ホーム、障害者支援施設、保育園等すべてについて、2016年4月以降の入職者について退職手当金の額が減額されました(ただし、勤務期間が16年〜 24年の場合は増額となります)。また業務上の負傷による退職も通常の退職と同額になりました。経過措置として2016年3月以前の入職者は改正前と改正後のいずれか多い金額の退職金が支払われます。なお、政府は保育士についても同様の改正をねらっています。

雇用保険法改正(2016年8月施行)

介護休業給付金(注)については、当分の間、介護休業開始時賃金日額の40%を67%とします。

(注)介護休業給付金とは雇用保険の一般被保険者(2017年1月から高年齢被保険者も対象になりますが)が対象家族(父母、子、配偶者、配偶者の父母)を介護するために休業した場合に雇用保険から労働者個人に支払われる給付金です。

国民年金納付猶予(2016年7月施行)br>
従来から低所得の30歳未満の1号被保険者は国民年金保険料納付を猶予される制度がありましたが、低所得の30歳以上50歳未満の1号被保険者にも同様の制度ができました。

(注)この猶予期間は、後で追納しない限り、保険料免除とは異なり保険料そのものには反映されず、国民年金の受給権の有無を判定する25年(10年に改正予定)に含まれるのみです。
II 2016年秋以降の改正

厚生年金保険料率の改訂(2016年9月施行)

2016年8月まで17.828%だった厚生年金保険料が、2016年9月から18.182%、2017年9月から18.3%となります。実際の給与控除は10月から変更になる企業が多いと思われます。なお、法改正がなければ厚生年金保険料率は2017年9月以降18.3% で固定されます。

社会保険加入義務の拡大(2016年10月1日施行)

下記のすべての要件を満たす労働者を社会保険に加入させる義務が生じます。2019年に見直しとなっているので、2019年からさらに対象者が拡大となる可能性が大きいと思います。

i )厚生年金保険被保険者が常時(1年のうち6か月以上)500人を超える事業所で
ii)週20時間以上の短時間労働者
iii)月額賃金8.8万円以上
iv)勤続1年以上

雇用保険法改正(2017年1月施行)

「高年齢継続被保険者」の名称を「高年齢被保険者」に改めます。
「被保険者であって、同一の事業主の適用事業に65歳に達した日の前日から引き続いて65歳に達した日以後の日において雇用されているもの」を「65歳以上の被保険者」にします。

つまり、従来は65歳以降も引き続き同一の事業者で雇用されている労働者のみが雇用保険の対象でしたが、法改正後は65歳以上で新たに雇用された者も雇用保険の高年齢被保険者になります。なお、2020年3月までは64歳以前から雇用されていた労働者も65歳以上で新たに雇われた労働者も雇用保険料が免除されますが、2020年4月からは64歳以前から雇用されていた労働者も65歳以後に新たに雇用された労働者もいずれも雇用保険料徴収の対象になります。

確定拠出年金法改正(2017年1月、2018年1月施行分)

2017年1月から、従来は確定拠出年金に加入できなかった3号被保険者(月23,000円)企業確定拠出年金加入者(月20,000円)、確定給付年金加入者・共済年金加入者(月12,000円)も加入できることになります。

また、2018年1月からは、個人型確定拠出年金は2号被保険者(企業確定拠出年金加入者, 確定給付年金、共済年金に加入していない場合に限る)は月23,000円、1号被保険者は月68,000円(付加年金、国民年金基金加入者はその掛け金を68,000円から控除する、1000円未満切り捨て)という上限があったのを2号被保険者(企業年金、確定給付年金、共済に加入していない場合)年276,000円、1号被保険者年816,000円というように年額で上限を定めることになりました。これにより、年の中途から確定拠出年金に加入した場合やたまたまある月に資金繰りがつかなかった場合でも満額拠出することができるようになります。

国民年金法等改正案(2017年8月,2019年1月施行予定)

2017年8月から国民年金保険料納付期間(+免除期間)10年以上で国民年金・厚生年金が受給できることになりそうです。また2019年1月から産前産後期間は1号被保険者も保険料納付を免除されることになりそうです。

このほかにここ1年の法改正で重要なものに派遣労働法改正(改悪)、若年雇用促進法施行、障害者雇用促進法改正、労働安全衛生法改正、育児介護休業法改正などがありますが、税理士業務と直接の関連は弱いので割愛しました。

(たかす・たつや)

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