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時潮

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「新三本の矢」批判

税制問題検討委員会委員長 米澤 達治
政府は、今年の6月2日に「ニッポン一億総活躍プラン」を閣議決定した。この中で、政府は、アベノミクスの成果として「国民総所得は40兆円近く増加し、国の税収は15兆円増えた。日本企業の収益は、史上最高の水準に達している。その企業収益は、着実に雇用や賃金に回っている。就業者数は100万人以上増え、政権交代前は、ほとんど行われなかったベースアップが、3年連続、多くの企業で実現する見込みとなっている。失業者は60万人減り、失業率は3.2%と18年ぶりの低水準で推移し、有効求人倍率は24年ぶりの高水準である。」と自画自賛している。本当にそんなに成果が出ているのだろうか。安倍首相は、就任時に、10年後に国民総所得を国民一人当たり150万円増やすと言っている。そして、40兆円増加したことでそれが着実に実現しつつあると言いたいのだろう。

しかし、国民総所得は、雇用者報酬、財産所得、企業所得の3要素から構成され、安倍内閣が発足した2012年と2014年を比較すると国民総所得に占める雇用者報酬は2012年が70%、2014年が69.3%となっており、国民総所得が増えたからといって同じように国民一人一人の収入が増えるわけではないのである。また、税収にしても、2014年4月に消費税が増税となった結果で15兆円(財務省の資料によると13.7兆円)のうち8兆円は消費税なのである。

また、就業者数にしても、厚生労働省の資料によれば2012年に1813万人の非正規雇用が、2015年には1980万人に増え、就業者全体の37.5%を占め、正規雇用は、3340万人が3304万人に減少している。さらに、賃金に至っては2010年を100とした場合の現金給与総額は、12年が98.9、16年4月は86.8と減っていることがわかる。このようにアベノミクスの「成果」は、全体としての金額などを持ち出すことによって糊塗しているが、まったくないか、あるいは、悪くなっていると見るのが正しいのではないか。それは、プランの2ページで「日本経済はデフレ脱却が見えてきており、実質賃金は昨年下半期からプラスに転じたが、個人消費や設備投資といった民需に力強さに欠いた状況となっている。」と自らその失敗を告白しているのである。

そこで、今回のプランである。新三本の矢は「希望を生み出す強い経済」「夢をつむぐ子育て支援」「安心につながる社会保障」の三つだ。しかし、それぞれについて各論を見てみると何ら斬新なものはなく、従来言ってきて、結果として実現できなかったことを述べているに過ぎない。

第一の矢である「希望を生み出す強い経済」では、「戦後最大の名目GDP600兆円」に向けた取り組みとして、 第4次産業革命  世界最先端の健康立国へ  環境エネルギー制約の克服と投資拡大  スポーツの成長産業化  2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向けた見える化プロジェクト  既存住宅流通・リフォーム市場の活性化  サービス産業の生産性向上  中堅・中小企業・小規模事業者の革新  攻めの農林水産業の展開と輸出力の強化  観光先進国の実現 11 地方創生 12 国土強靱化、ストック効果の高い社会資本整備 13 消費・投資喚起策 14 生産性革命を実現する規制・制度改革 15 イノベーション創出・チャレンジ精神に溢れる人材の創出 16 海外の成長市場の取り込み の16項目をあげているが、これらは真新しいものはなく従来から言われていることの焼き直しに過ぎないし、全体としては大企業を応援してきたこれまでの政策と変わらない。

第二の矢である「夢をつむぐ子育て支援」では、「希望出生率1.8」に向けた取組の方向として  子育て・介護の環境整備  すべての子供が希望する教育を受けられる環境の整備  女性活躍  結婚支援の充実  若者・子育て世帯への支援  子育てを家族で支える三世代同居・近居しやすい環境づくり  社会生活を円滑に営む上での困難を有する子供・若者等の活躍支援 の7項目をあげている。その中では、保育所の増設や保育士の処遇改善、無利子奨学金を含めた奨学金制度の改善、マザーズハローワーク事業の拠点の拡充その他が述べられている。これらが実際に実現すればいいことだと思うが、34歳以下の非正規雇用労働者が521万人(2015年)いる現状や学費が高い問題などを考えると果たしてプランに書かれていることが実現するかはあやしいものである。

第三の矢である「安心につながる社会保障」では、「介護離職ゼロ」に向けた取組の方向として、 介護の環境整備  健康寿命の延伸と介護負担の軽減  障害者、難病患者、がん患者等の活躍支援  地域共生社会の実現 の4項目をあげている。そこでは、介護の受け皿の拡大、介護人材の処遇の改善、介護における外国人材の受け入れなどが書かれている。しかし、介護保険制度の中でサービスが次々に低下している現状では、そちらの問題を解決することが先なのではないか。

現在、厚生労働省では、「一億総活躍社会実現本部」や「正社員転換・待遇改善実現本部」「長時間労働削減推進本部」を立ち上げ経営者団体や労働団体に申し入れなどを行っている。しかし、税制や経済政策で大企業、金持優遇の政策をとっている一方で賃金アップや長時間労働規制などを言ってもあまり真実味がない。本当に国民が安心して生きていける社会を目指すのであれば、大企業、金持優遇ではなく、国民生活本位の政策に転換すべきである。

(よねざわ・たつじ)

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