論文

労働者派遣法の改正案について
弁護士 八坂 玄功
政府は2014年3月11日、労働者派遣法(労働者派遣法の正式名称は、2012年3月成立、同年10月1日施行の法改正により、「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律」から「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律」と変更されています。)の改正案を閣議決定しました。

今回の労働者派遣法改正案が、日本経済に与える影響や「派遣労働者の保護」に資するものか否か等について意見を述べます。
1 派遣が臨時的・一時的なものだという大原則を変更する改正案

現行の労働者派遣法は、1985年の制定以来、規制緩和を重ねてきたとはいえ、派遣が臨時的・一時的なものだということを原則としています。

具体的には、「専門26業務」と呼ばれる一定の業務を除いて、派遣先が派遣労働者に同じ仕事を任せられるのは原則1年、最長3年としています。

今回の改正案は、無期雇用派遣(労働者と派遣会社との間の派遣労働契約が期間の定めのない契約)の場合、派遣先が派遣労働者を受け入れる期間制限が一切なくなります。また、有期雇用派遣(労働者と派遣会社との間の派遣労働契約が期間の定めのある契約)の場合であっても、派遣先が同じ派遣労働者を使えるのは原則3年とされますが、派遣先が過半数労働組合又は過半数代表者の意見聴取さえ行えば、別の派遣労働者を引き続き同じ部署で使うことができ、部署が異なれば引き続き3年間同じ派遣労働者を使えることとされています(参照:後記「派遣法改正案による派遣労働のイメージ図」日本労働弁護団作成パンフレットより引用)。

これでは、派遣先が派遣労働者を受け入れる期間制限は事実上撤廃されたのと同じです。よって、派遣先は期間制限無く派遣労働を利用することができるようになり、正社員を派遣労働者へと代替する動きがこれまで以上に大きく進むことが予想されます。
2 今回の改正案が日本経済に与える影響

今回の改正案が日本経済に与える影響について、政権の考え方は明確に示されていません。改正案の前提となった、2014年1月29日に労働政策審議会から厚生労働大臣に対して行われた建議では、改正案の「基本的考え方」として、

「1 労働者派遣制度については、平成24年改正労働者派遣法の国会審議の際の附帯決議において、その制度の在り方について検討するとともに、派遣労働者や派遣元・派遣先企業に分かりやすい制度とすることが求められている。

2 また、労働者派遣事業が労働力の需給調整において重要な役割を果たしていることを評価した上で、派遣労働者のキャリアアップや直接雇用の推進を図り、雇用の安定と処遇の改善を進めていく必要がある。

3 さらに、業界全体として、労働者派遣事業の健全な育成を図るため、悪質な事業者を退出させる仕組みを整備するとともに、優良な事業者を育成することが必要である。

4 以上のような考え方に基づき労働者派遣法を改正し、以下のような具体的措置を講じることが必要である」という考え方が示されているだけで、日本経済全体に与える影響について十分に検討された上での提案ではないように見受けられます。

労働者派遣に関わる業界団体である人材サービス産業協議会は、2013年6月30日付け日本経済新聞に、同協議会役員と経済産業省参事官との「日本経済の浮揚へ人材力の強化を」と題する鼎談を全面広告で掲載しています。そこでは、「成長分野への人材シフト」が経済成長のために重要である、「雇用の多様化それ自体は問題ではないが、正規雇用に比べて能力開発の機会に十分恵まれていない面がある。」「本人の希望や置かれた環境に応じて自由な働き方が選べる労働市場を創出していくことが一番大切だ」などの認識が示されています。

これに対して、日本労働弁護団などは、本法案は「正社員絶滅法案」であると厳しく批判しています。日本労働弁護団の声明は、「法改正がなされれば、既に日本の雇用社会において4割を占める非正規労働者をますます増大させ、正規雇用と非正規雇用の格差は拡大する。そして、低賃金で生活に困窮し派遣先による派遣労働の恣意的利用に怯える派遣労働者は声をあげることもできず、派遣労働が固定化し、その結果、労働条件が更に劣化していく「雇用のデフレスパイラル」を招くものとなる。これは賃上げによる経済の好循環を実現すると標榜する安倍政権の政策とも全く矛盾するものである」としています。

今回の改正案が日本経済に与える負の影響についての人材派遣業界の認識、負の影響を直視しない政権の姿勢はともに大きな誤りといわざるを得ません。

労働者派遣法が制定されたのは1985年ですが、当時全労働者の16.4%であった非正規労働者は、2012年には35.2%となり全労働者の3分の1を超えています。中でも、15歳 24歳の若年層では、1990年代半ばから2000年代初めにかけて非正規労働者の割合が大きく上昇し、新卒でも正社員の就職先がないことが普通になってしまい、大きな社会問題になっています。リーマンショック後の大量の派遣切りで職も住むところも失った大量の失業者が問題となった2008年の年越し派遣村は記憶に新しいところです。

厚生労働省の下記ウェブサイトより
http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/part_haken/genjou/

非正規雇用の多くが、正規雇用と比べて極めて低い賃金水準に置かれていることは各種の統計資料等から明らかです。例えば、日本共産党のしんぶん赤旗が厚生労働省が2014年2月に発表した2013年の「賃金構造基本統計調査」から試算したところによると、非正規雇用で働き続けた場合の生涯賃金は、正規雇用に比べて1億円以上少なくなるとされています。

しんぶん赤旗の下記ウェブサイトより
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik14/2014-04-21/2014042101_01_1.html
3 労働契約申込みみなし規定について

前述したリーマンショック後の派遣切りの社会問題化のもとで、当時の民主党政権のもとで、従前規制緩和一辺倒であった労働者派遣法について、不十分ながらも、派遣労働者の保護を図るために資する面のある法改正が2012年3月に行われました。

現行労働者派遣法40条の6は、次のように規定しています。

「労働者派遣の役務の提供を受ける者が次の各号のいずれかに該当する行為を行った場合には、その時点において、当該労働者派遣の役務の提供を受ける者から当該労働者派遣に係る派遣労働者に対し、その時点における当該派遣労働者に係る労働条件と同一の労働条件を内容とする労働契約の申込みをしたものとみなす。ただし、労働者派遣の役務の提供を受ける者が、その行った行為が次の各号のいずれかの行為に該当することを知らず、かつ、知らなかったことにつき過失がなかったときは、この限りでない。
  1. 第4条第3項の規定に違反して派遣労働者を同条第1項各号のいずれかに該当する業務に従事させること
  2. 第24条の2の規定に違反して労働者派遣の役務の提供を受けること
  3. 第40条の2第1項の規定に違反して労働者派遣の役務の提供を受けること
  4. この法律又は次節の規定により適用される法律の規定の適用を免れる目的で、請負その他労働者派遣以外の名目で契約を締結し、第26条第1項各号に掲げる事項を定めずに労働者派遣の役務の提供を受けること」
この規定は、「労働契約申込みみなし制度」と呼ばれ、派遣先が違法派遣と知りながら派遣労働者を受け入れている場合、違法状態が発生した時点において、派遣先が派遣労働者に対して労働契約の申し込み(直接雇用の申し込み)をしたものとみなす制度です。派遣労働者の直接雇用に資する規定ですが、この規定は、平成27年10月1日から施行されることとされており、現時点では未施行です。

上記「労働契約申込みみなし制度」の対象となる違法派遣には、労働者派遣法40条の2第1項の規定に違反して労働者派遣の役務の提供を受けることが含まれています。

労働者派遣法40条の2第1項は、現行労働者派遣法では「派遣先は、当該派遣先の事業所その他派遣就業の場所ごとの同一の業務について、派遣元事業主から派遣可能期間を超える期間継続して労働者派遣の役務の提供を受けてはならない」とされており、臨時的・一時的であることが原則である労働者派遣について、派遣先における常用雇用労働者の派遣労働者による代替の防止の確保を図る規定です。

ところが、今回の労働者派遣法改正案は、前述のとおり、派遣先が派遣労働者を受け入れる期間制限を事実上撤廃する方向です。その内容が労働者派遣法改正案の第40条の2で定められています。

これでは、せっかく不十分ながらも実現された派遣労働者の直接雇用に資する「労働契約申込みみなし制度」の規定が、その施行前に、骨抜きになってしまい、役に立たないものになってしまいます。
4 労働者派遣法の歴史など

そもそも雇用は直接雇用が原則であるべきだと私は考えます。
敗戦後の1947年、職業安定法が制定され、戦前広く行われていた「労働ボス」とか「口入屋」と呼ばれる者らによる土建、荷役、鉱山関係などで多く見られた労働者の供給と中間搾取(ピンハネ)は、同法44条によって禁止され、労働の民主化が図られました。

しかし、その後、いろいろな理由から、業務請負など、労働者を他の事業者のもとで働かせることによって利益を得るという業態が少しずつ日本の社会に入り込むようになりました。

これを1985年制定された労働者派遣法は、専門業務に限って、臨時的・一時的な必要に応じて労働者派遣を認めるという形で認めました。

労働者供給とは、「供給契約に基づいて労働者を他人の指揮命令を受けて労働に従事させることをいい」「労働者派遣に該当するものを含まないもの」をいう(職業安定法第4条第6項)とされており、労働者供給を業として行うことは同法44条によって禁止されています。したがって、労働者派遣法に基づく適法な労働者派遣に当たらない場合は、違法な労働者供給にあたる可能性があります。

その後、規制緩和論の流れの中で、1990年、1994年、1996年、1999年、2003年に労働者派遣法が改正され、徐々に労働者派遣法の適用範囲が広がっていきました。しかし2012年の改正では、初めて、不十分ながら、「派遣労働者の保護」を法律の目的に書き加えるなどの従前の規制緩和論とは逆方向の改正が行われました。

今回政府が提案している改正案は、派遣が臨時的・一時的なものだという大原則を投げ捨ててしまうものです。無期雇用の派遣であればいつまでも、有期雇用の派遣であっても3年ごとに人を入れ替えれば、いつまでも派遣労働を使えることになります。

派遣労働者は今でも、正社員に比べてずっと安い給料で使われています。そして、派遣先の会社は、正社員よりずっと簡単に派遣社員のクビを切ることができます。

安くて必要なときだけ使えるということになれば、会社はもっと派遣労働者を使いたいと思うでしょう。派遣労働者を正社員にすることなどせず、いつまでも派遣のままで使いたいと思うでしょう。現時点で正社員を雇っていても、次に雇うときは派遣労働者にしたいと思うでしょう。

派遣労働者はいつまでも雇用が不安定で低賃金のままで働かされます。将来に不安を感じている派遣労働者や非正規労働者ばかりの社会では、10年後、20年後の日本社会が崩壊してしまう心配があります。
5 補足1

この法案については、与党側は今国会の成立強行は見送る見通しであると報じられています(2014年4月末現在)。しかしながら、与党が法案を撤回したわけではありません。
6 補足2

私は、労働者派遣法に直接に又は間接的に関係する労働事件を2件担当したことがあります。
1件は、大手のある派遣会社からある自動車業界の財界団体に派遣されていた派遣労働者が、派遣元を通じて派遣先に苦情を述べたところ派遣切りにあい、労働者派遣法に基づく直接雇用申し込みをした上で地位確認等を請求したという裁判です。金銭和解で終わりました。

他の1件は、ある学校法人に当初派遣労働者として3年働いた後、直接雇用されて1年、有期の契約で3年(あわせて6年)働いた労働者が、雇い止めを受けたという事件です。雇い止めが無効という判決を得ることができました。

派遣労働者や偽装請負の労働者について労働局からの是正勧告に基づいて直接雇用した企業が、有期雇用の期間の満了を理由に雇い止めするという事件は、最高裁までいった松下プラズマディスプレイ事件(慰謝料のみ認容)、現在進行中のダイキン工業事件(20年以上も偽装請負のもとで働き続けてきた労働者を労働局の是正勧告に基づいて直接雇用したが期間満了を理由に雇い止めした。大阪高裁で敗訴し上告中。)などたくさんあります。

労働者派遣法を改正するのであれば、こうしたケースで労働者側が雇用の安定を保障されるような改正、労働者派遣を真に専門業務について臨時的・一時的な必要に応じてのみに限定して認める方向での改正こそが必要であると考えます。

イメージ図

(やさか・もとのり:東京会)

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