論文

法人実効税率と大企業優遇税制
埼玉会 菅 隆徳
はじめに

政府が2013年6月14日に閣議決定した「日本再興戦略」(成長戦略)を受けて、日本経団連は7月10日「日本再興戦略に基づく税制措置に関する提言」を発表した。「わが国の立地競争力を強化し、内外の企業による投資を促進するためには、法人実効税率の引下げが不可欠である」として、「法人実効税率を最終的にはアジア近隣諸国並みの約25%まで引き下げるよう、議論を早期に開始すべきである」とした。9月9日日本経団連は、「平成26年度税制改正に関する提言」を発表した。

そこで再び「法人実効税率を引下げの議論を早期に開始すべき」と要請している。2013年9月11日、安倍首相は麻生財務相と甘利経済再生担当相を官邸に呼び、法人実効税率の引き下げを要請した。麻生財務相は、財務省内で協議の後、翌12日に「税率引き下げは無理だが、復興特別法人税の1年前倒し廃止なら可能」と応じた。

2013年12月12日に発表された「平成26年度税制改正大綱」では、法人実効税率について「我が国経済の競争力向上のため法人実効税率を引き下げる環境を作り上げることも重要」とした上で、「課税ベースの拡大や他税目での増収策による財源確保を図る必要がある」と、法人税引き下げの財源のために、さらなる消費税増税を行うことを示唆している。2014年1月、経済財政諮問会議の民間議員が、法人実効税率を現行より10%低い25%程度にすべきと提言。

麻生財務相はこれを受けて、そのための財源は5兆円必要と発言した。安倍首相はスイスのダボス会議で、本年さらなる法人税改革に着手と発言、異次元の税制措置を断行すると述べた。甘利経済再生担当相は、実効税率の引下げは、6月の「骨太方針」にスケジュールを盛り込みたいと述べた。2月13日、政府税制調査会は法人実効税率引き下げについて討議を開始した。太田弘子政府税調法人課税グループ座長は「日本の法人税率が高いのは事実。今度こそ正面から議論しなければ」と述べた。

本稿では、「日本の法人税は高すぎる」という、政府や財界の主張を具体的に検証する。同時に租税特別措置などの大企業優遇税制の実態を分析し、税の公平原則(応能負担原則)に反する、税の不公平がどこにあるかを解明する。あわせて大企業優遇税制の不公平をただせば、8兆円を超える財源が生まれ、消費税増税は必要ないことを、財源面から明らかにする。
1.日本の法人税は高いのか

(1)大企業の税負担の実際

安倍政権は庶民と中小企業に消費税の大増税をかぶせようとする一方で、大企業には大減税を準備している。ここで消費税のしくみと税負担について簡単に述べておく。消費税は事業を行う法人や個人が、売上等に含まれる消費税から仕入等に含まれる消費税を差し引き、残額を税務署に納付する仕組みになっている。市場に支配力を持っている大企業は消費税分を容易に売値に上乗せできるから、消費税の納付にあたって1円も自己負担はない。

ところが中小企業は市場の競争や下請け関係などから、消費税分を売値に100%上乗せすることが難しい。税務署は「上乗せできなくても、実際の売値が100%上乗せしてあるものとみなして」課税する。だから、上乗せできない分は、結局中小企業が自腹を切って税務署に納付する。市場の力関係によって、弱いものが負担をさせられる、不公平な弱肉強食の税金である。さらに消費者は買い物をするたびに消費税を必ず買値の一部として支払っている。だから、消費税を実質負担しているのは、中小企業と庶民なのである。大企業は1円も負担していない。しかも輸出大企業は輸出戻し税(実質輸出補助金)の還付も受けている。

自民党は2013年参院選公約で「思い切った投資減税」「法人税の大胆な引下げを実行」と掲げた。選挙後安倍首相は、日本は法人税の実効税率(1) が主要国より高いため、2014年4月から消費税増税する場合に、法人税引下げ方針を併せて打ち出し、景気の腰折れ懸念を払拭する狙いだ。(2) 消費税増税3%で8兆円、景気対策に6兆円、6兆円のうち2兆円は大型公共工事、2兆円は大企業減税と言われている。

日本は世界一法人税が高いと言われてきたが、これは大きな間違いだ。確かに日本の法人税の表面的な税率は、(表)に見るようにアメリカよりは低いものの、欧州各国よりも高くなっている。しかし日本の大企業の実際の税負担は、各種の「租税特別措置」で大幅に軽減されている。実際の税負担率はずっと低いのだ。表面的な税率の比較だけでは、実際の税負担の比較はできない。

表1

具体的に見てみよう。筆者はキャノン、トヨタ、三菱商事の5年分の有価証券報告書から実際の各社の税負担率を計算してみた。すると表面的な税率40%(当時の法人税・法人住民税・法人事業税を合わせて)に対して実際の税負担は、キャノン33.6%、トヨタ29.2%、三菱商事13.3%と著しく低い税負担となっていた。税財政問題研究者の垣内亮氏が各社の有価証券報告書から、大企業上位300社の、2003年から8年間の平均実効税率を計算し、発表している。それによれば、上位50社で平均実効税率は33.0%、300社で33.8%となっている。実際の大企業の税負担は、表面税率よりも10%近く低い、これが日本の大企業の税負担の実態である。(当時の実効税率は40%)(3)(表)参照。

表2

(2)租税特別措置による減税

「租税特別措置」がどのように大企業減税をもたらしているのか、さらに具体的に個別企業で解明してみよう。まず一般的に、法人税は次のように計算される。

課税所得×税率ー税額控除=法人税額(納付税額)

仮に100億円の所得の会社があり、法人税率は30%、税額控除は0とすると、その会社の法人税額は 100億円× 30%ー0(税額控除)= 30億円 となる。

ところで、租税特別措置で課税ベース(課税所得の範囲)が縮小し、所得金額が30億円減額し、別の租税特別措置で税額控除が10億円発生したとすると、
(100ー30)× 30% ー10 = 11億円となる。

課税ベースの縮小で9億円、税額控除で10億円の減税となり、税負担は30億円から11億円に大幅に減る。中小企業では、租税特別措置により、所得金額が大幅に減ったり、多額の税額控除が発生したりということは通常おこらない。ところが大企業の場合、このような大減税が日常的に実施されている。次にこれを具体的に、トヨタ自動車と三菱商事の有価証券報告書から解明してみる。

両社の減税の実態をまとめたものが(表)である。まず、両社とも「受取配当益金不算入」という租税特別措置によって、決算では収益に上がっていた受取配当金が課税所得から除かれている。これによってトヨタは4,987億円、三菱商事は3,490億円課税ベースが縮小し、トヨタは1,755億円の減税、三菱商事は1,228億円の減税となっている。次に税額控除であるが、トヨタは試験研究費の税額控除で283億円減税になっている。(いずれも両社の有価証券報告書から筆者が計算)その結果、この年度の納税額は、トヨタは税引前当期利益8562億円で690億円、三菱商事は税引前当期利益3285億円で215億円にすぎなかった。

このように税率とは直接関係のない、課税ベースの縮小、税額控除の発生で莫大な大企業減税が発生し、実質税負担率を引き下げているのである。表面税率の比較ではわからない、すさまじい大企業減税が行われている。課税ベースの広さや税額控除の大小は、各国の税制によっても違っている。だから単純な表面税率の比較だけでは、各国の法人税負担の比較はできないのだ。(4) 表面税率だけを取り上げて、日本は法人税が高い、だから大企業の負担も重いという宣伝は、このような大企業減税の実態を隠している。また一方で、実態を隠しながら、優遇されている大企業にさらに税率を引き下げる口実となっている。

表3

(3)経団連幹部の証言

大企業の実際の税負担が高くないことは、日本経団連の幹部も認めている。税制改正で財務省との折衝で中心的役割を果たしている阿部泰久氏(日本経団連経済第二本部長、当時)は次のように述べている。

「実は日本で本当に国際的に活躍している大企業の実際の税負担率は、実効税率=表面税率ほど高くはありません。それには2つの要因があって、一つ目は政策減税の効果がかなり効いており、研究開発減税だけでも相当な影響があります。その他もろもろの租税特別措置を合わせると、例えば製造業の場合、実際の税負担率は、おそらく30%台前半になります。もう一つは、国際展開している企業は、税金の低い国でかなり事業活動を行っていますから、全世界所得に対する実効税率はそれほど高くない。今ただちに法人実効税率を下げなければならないという理屈はあまりないわけです。」(「国際税制研究」NO.18 2007年 清文社 座談会「抜本的税制改革の諸課題」)

この発言は、多国籍化した大企業の税負担の実情を正確に伝えている。尚、ここで言っている「税金の低い国で事業活動」というのは、すでに多国籍化している日本の大企業の海外子会社による海外生産のことである。海外子会社は、アジアなどの低税率国で生産、販売、納税し、それで蓄積した利益を親会社(日本の大企業)へ配当している。後述するように自動車産業では生産の60%以上が海外生産である。その受取配当については、95%非課税として、大企業に莫大な減税をもたらしている。(2011年度の外国子会社配当益金不算入の減税額は、1兆1,337億円に達している。図表 参照)

すでに多国籍化している日本の大企業は、海外ではアジアなどの低税率を享受して利益を上げ、国内ではアジア並みへの法人実効税率引き下げで、莫大な利益を上げようとしているのである。(5) 大企業はすでに多国籍化して、それによって充分な国際競争力をもって利益を上げている。一方で、「日本は法人税が高いから大企業が海外へ逃げていく」と国民に脅しをかけ、法人税減税の財源を消費税増税でまかない、中小企業と庶民に負担を押し付けようとしている。

表5

(4)グローバル企業の利益と国民経済の利益との深刻な対立

グローバル企業の海外展開と国民経済の収縮
日本企業の多国籍化、すなわち生産拠点を海外に求める現地生産化は、1980年代の初め、日米貿易摩擦の焦点だった自動車産業で、摩擦解消のため、トヨタ、ホンダ、日産の大手メーカーがアメリカでの現地生産を始めたことから始まった。現地生産が本格化したのは1990年代の後半以降である。世界を相手に「洪水的」輸出で成長してきた日本の製造大企業は、いまや中国を中心とした東アジアの生産・輸出拠点から、家電や自動車などを日本に逆輸出するようになっている。2000年代に入ってからは輸出関連の製造業ばかりでなく、内需関連業とみなされてきた業界の企業が、急成長を遂げている新興国に次々と進出している。衣料販売・生産、スーパー・コンビニ、外食、化粧品・美容、介護・医療、包装・印刷、教育、各種の文化産業、最近では駐車場運営会社までが海外進出を遂げている。

経済のグローバル化の基本的内容は、製造業に即してみればこれまで自国で生産した商品を外国に輸出してきた大企業が、生産拠点そのものを外国に移す(多国籍企業化)、それと並行してこれまで自国内で築いてきた部品供給システムを国際的な下請け生産体制に転換させた(国際的なサプライチェーン)ことに帰着する。(図表 )のように、典型的な輸出産業であった自動車産業の場合、2002年に国内生産1,026万台(うち輸出470万台)、海外生産765万台であった内外生産比率は2007年に逆転し、2011年には海外生産1,338万台、国内生産840万台(うち輸出446万台)へと変化した。年収10万元(120万円)を超えた世帯が自動車を購入し始めた中国で確固とした生産拠点を確保することは、グローバル競争戦をたたかっている日本の自動車会社にとって生命線なのだ。(6)

図表1

日本企業のグローバル化の進展を総括的に示したものが(図表)だ。日本の海外現地法人の売上高は、2003年度からほぼ倍化して2010年度には9,299億ドル(1ドル=100円とすれば、GDPの約2割前後の水準)に、そして従業者数は234万人から358万人へと1.5倍化した。

この間、日本のGDP(国内総生産)は、名目でも、実質でも2007年をピークにマイナスを記録している。製造業の国内雇用者数は、ピーク時の1992年から500万人減少している。生産面でも、雇用面でも、日本のグローバル企業の成長は、国民経済の発展につながっていない。

1970年代初頭までの高度経済成長の時代には、国内市場の拡大を基礎に大企業の成長が国民経済の拡大を主導した。この関係は、輸出大国化、バブル経済の1980年代を経て1990年代半ばまでは、円高不況によるリストラの横行を伴いながらもかろうじて継続されてきた。しかし、巨額の貿易黒字を生み出してきた一握りの輸出関連の大企業が、1990年代半ば以降本格的にグローバル企業化することによって、この基本線が崩れだした。グローバル企業の成長は産業の空洞化、国内での雇用破壊、賃金切り下げを通じて国民経済の発展の阻害要因に転化してきた。
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日本経済の「失われた20年」は、以上のように根本的には、洪水的な輸出で成長を遂げてきた輸出関連の大企業が、グローバル企業化に大きく舵を切ることによってもたらされたものだ。(7)

安倍首相は2014年2月12日の衆議院予算委員会で、法人税減税が必要ではないかと問われて、次のように答えた。「グローバル経済の中で経済成長するには企業の競争力を確保しないといけない。法人税減税もその観点から進める。」ここで安倍首相が言っている「競争力」は、単純な日本の輸出企業の競争力ではなくて、以下に述べるグローバル企業の競争力のことである。

安倍政権が目指す21世紀の経済構造とは、国内生産基盤の拡充による内需・輸出拡大を可能にするナショナル循環(国民経済内での生産・流通関連の質的高度化)の強化ではなく、グローバル戦略下でのアジア地域に重点を置いた企業内国際分業構造(グローバル循環)の構築である。例えばトヨタ自動車の場合、ピックアップトラックの生産拠点はエンジンがインドネシア、トランスミッションがフィリピン、電子部品がマレーシアにあり、最終組み立てはタイとインドネシアで行われている。日本の大企業は21世紀に入ってからFTA(8) を活用して、輸出拠点を日本から海外に展開してきた。

例えばトヨタは米韓FTAの締結を契機に、アメリカ工場から韓国への輸出に踏み切り、東芝はインドの火力発電用タービン工場の生産能力を2015年度までに倍増し、東南アジアや中近東へ輸出する。こうした海外工場の第三国向け輸出は、2010年度で約15兆8,000億円と10年間で3倍強に拡大した。すなわち大企業はFTAの拡大に対応し、輸出拠点の比重を国内から海外に移し、最適生産地からの輸出に切り替えて国際競争力を強めつつある。(9)

グローバル企業の日本の賃金水準の切り下げ

グローバル企業は国際競争力を維持することが自己目的となるので、生産コストを下げることが必要になる。生産コストを下げるためには、人件費コストを下げるとともに、生産性を向上させる必要がある。非正規労働者など低賃金労働者を利用したり、正規労働者の賃金を抑制したりする。こうした手段を講じて企業収益を確保しても、企業の成長のために海外で設備投資を行ったり、M&Aのための資金として内部留保するため、企業の利益を生み出した労働者への還元は少なくなる。グローバリゼーションの下では、グローバル企業の成長と国民の生活向上とは矛盾するようになった。(10)

現在では非正規労働者は雇用者全体の3分の1を大きく超え、19から24歳の若年労働者の場合ほぼ2名に1名が非正規を強制されている。そして、非正規の若年労働者の9割は、たとえ正規労働者と同じように週40時間働いたとしても、月収で最大10数万円、年収で200万円未満という非人間的な生活を余儀なくされている。

海外での収益は国民生活にまわらず

他方で海外での収益は、国内の賃金や家計には還元されていない。(図表 )を見ればわかるように、2004年ころから日本の所得収支(直接投資や証券投資の収益)は急速に拡大していく。しかし賃金は1996年水準に達せず、ほとんどマイナスになっている。財産所得も少し上向くが、1996年水準には遠く及ばない。このようにグローバル化が進んだ結果、グローバル企業は所得収支が増大したが、それは労働者の賃金や家計には波及しない。グローバル化は国民生活を豊かにはしないのである。(11)

図表3

(5)企業負担は社会保険料負担も併せて考える

企業の税負担の国際比較を行なう場合には、一種の目的税と考えられる社会保険料の企業負担も併せて考えるべきだ。かつて、政府税制調査会も同じ考えから、社会保険料負担も加えた税負担の国際比較について、KPMG 税理士法人に委託研究を行った。日本企業の売上上位4から5社の2005年度財務諸表をベースとして、各国の税制(国税、地方税)、社会保障制度を一定の前提のもとで適用し、各国における企業の負担額を計算した。(「法人所得課税及び社会保険料の法人負担の国際比較に関する調査」2006年3月)その結果、自動車製造業では負担率は、日本30.4%、アメリカ26.9%、イギリス20.7%、ドイツ36.9%、フランス41.6%となった。エレクトロニクス製造業では、日本33.3%、アメリカ28.3%、イギリス23.4%、ドイツ38.1%、フランス49.2%となった。(出所 政府税調基礎問題検討小委員会 2010年4月5日資料)

日本はアメリカやイギリスよりは負担率が高いが、ドイツ、フランスよりはかなり低いことがわかった。「日本は世界一法人税が高い」というのは、結局、財界が大企業の税負担を引き下げる、その分(財源)を、庶民増税の消費税増税へ押し付けるための、ごまかしの口実だったのである。

税財政問題研究者の垣内亮氏が社会保障財源の国際比較を発表している。(各国の社会保障財源を、事業主保険料、本人保険料、付加価値税・消費税、その他の税、その他に分けて計算している)それによれば、事業主保険料の割合は、日本(25.1%)、イギリス(30.9%)、ドイツ(33.5%)、フランス(43.0%)、イタリア(38.1%)、スウエーデン(35.6%)となっており、日本の事業主負担割合は一番低い。また付加価値税が社会保障財源にどのくらい使われているかを見ると、日本(8.7%)、イギリス(12.2%)、ドイツ(11.3%)、フランス(5.5%)、イタリア(6.6%)、スウエーデン(14.5%)となっており、日本が特段低いわけではなく、消費税率が10%になった場合には、日本が世界一になってしまう。日本はヨーロッパと比べて、消費税率が低いから、社会保障予算が少ないというのは誤りだということがわかる。(12)
2.グローバル企業はきちんと税金を払うべきだ

(1)明らかになった大企業優遇税制の実態

ここで大企業優遇税制の実態を解明しよう。もとより税金の負担は公平でなければならない。公平というのは税制では応能負担、負担能力に応じて公平に負担するという意味である。(応能負担原則) 税金は負担能力の低い人は少なく、負担能力の高い人は多く負担する、最低生活費には課税しないというのが原則である。

ところで法人税では、この応能負担原則に反して、もっぱら産業経済政策的観点から、特定の納税者の税負担を、傾斜的に軽減する「租税特別措置」が存在する。租税特別措置は、租税特別措置法に規定する各種の準備金、特別償却、圧縮記帳、試験研究費の税額控除などがある。あわせて、法人税法に規定する引当金、受取配当益金不算入、株式発行差金の非課税、連結納税制度なども租税特別措置に該当すると考えられる。租税特別措置は、経済政策社会政策その他の政策的理由に基づき、税負担の公平という税制の基本理念の例外措置として設けられている。したがって租税特別措置は、担税力のある者から徴収すべき租税を徴収しないというものであって、「隠れた補助金」「隠れた歳出」の性格を持つものであるといわれてきた。(13)

このような不公平な税制に対する批判が強まる中で、民主党政権下の平成22年度税制改正で、「租特透明化法」(租税特別措置の適用状況の透明化等に関する法律)が制定された。この法律により法人税の納税者は法人税の申告時に、その決算で租税特別措置法の適用を受けた場合、「適用額明細書」にその内容を記入して税務署に提出する。財務省は毎年これを集計して、翌年の通常国会に提出することになった。その第1回集計結果(平成23年度分)が、2013年3月に公表された。第2回集計結果(平成24年度分)が、2014年2月に公表された。これにより法人税のすべての租税特別措置法の特例の実際の適用件数や、減税額(資本金規模別、所得金額規模別、業種別)などが初めて明らかになった。

適用額明細書の集計結果
公表された適用額に基づいて筆者が平成24年度分の減税額を計算したものが(図表)である。(財務省の「適用実態調査の結果」には適用額は表示されているが、減税額は表示されていない。)さらに、1社平均の減税額、減税額のうち大企業(この調査の分類では資本金10億円超)が適用を受けた減税額の割合を算出した。次のようなことが明らかになった。

図表4

1)減税額の最大は「試験研究費の特別控除」3,952億円。大企業利用割合は87%で、この特別控除はほとんどが大企業の減税であることがわかる。1社平均減税額は3,456万円となっている。減税額上位10社の減税額は明らかになっているが、企業名は明らかにされていない。しかし大企業製造業の上位各社の1社当たりの減税額は莫大なものになっていると思われる。筆者が各社の有価証券報告書を基に計算すると、トヨタ自動車は512億円(平成17年3月期から平成21年3月期の平均減税額)、本田技研工業は217億円(平成20年3月期)、武田薬品工業は244億円(平成24年3月期)、キャノンは136億円(平成23年12月期)、アステラス製薬は88億円(平成24年3月期)となっている。

2)(一般減税)では大企業利用割合が85%以上となっている項目が、上位10項目中5項目ある。一般減税全体の76%が大企業減税である。大企業は「新幹線鉄道大規模改修準備金」の1社で85億円、「使用済燃料再処理準備金」の1社平均37億円をはじめ、少ない適用件数で、1社当たりの減税額は億単位の多額な減税を受けている。

3)原子力発電関係にも、使用済燃料再処理準備金、9社で340億円、原子力発電施設解体準備金、9社で45億円と多額な減税が行われている。東京電力の有価証券報告書によれば、使用済燃料再処理引当金の残高は、1兆1,627億円(平成24年3月期)となっており、約3,500億円の累計減税額が推定される。

4)投資法人に係る課税の特例(41社で500億円)、特定目的会社に係る課税の特例(371社で678億円)、保険会社等の異常危険準備金(53社で295億円)など、一般になじみの薄い知られていない特例がある。この機会にその特例の根拠を広く明らかにさせ、適正な見直しをさせることが必要ではないか。「補助金であれば常にチェックされる」事項が、「隠れた補助金」であるがゆえに、租税特別措置が一度税制改正で入ると、議会の統制を受けず既得権化して、税制改正によって廃止されるまでは見直しがされづらいのである。

5)買換え等の課税の繰延べ措置においても、大企業利用割合は全体で62%になっており、大半は大企業減税に使われている。以上の1)から5)までの大企業減税額を合計すると、平成24年度分は、7,184億円になる。(法人税率25.5%で計算)

(2)租税特別措置法以外の租税特別措置

大企業優遇の「租税特別措置」は、「報告書」で判明した租税特別措置法によるものだけではない。さきに租税特別措置の説明で述べたように、法人税法に定められた「租税特別措置」があり、減税金額の大きいものは「受取配当益金不算入」「外国子会社配当益金不算入」「連結納税による減税」「株式発行差金の非課税」などである。ここではそれぞれの措置の詳細にはふれない。いずれも税の公平原則の例外となる不公平な制度であり、中小企業ではほとんど使われていない。これらの概要と大企業減税の金額は(図表)のとおりである。租税特別措置法と措置法以外の租税特別措置をあわせると、大企業優遇減税の金額は、2012年度は総額4兆6,863億円と莫大な金額になる。さらに、消費税導入後、何度も大幅な法人税率の引下げが行われてきたが、その法人税率の引下げによる減税額は4兆7,188億円に達する。大企業の法人税減税の総額は2011年度、2012年度とも8兆円を超えるのである。

「租税特別措置」の結果、大企業の実際の法人税負担率は驚くほど軽くなっていることは、先の個別企業の実態を通じて述べたとおりである。(図表)は国税庁の「会社標本調査結果2010年度分統計表」などにより作成したものだが、大企業の法人税負担率は、中小企業よりも軽いことを明らかにしている。横軸に資本金の規模別の区分、縦軸に法人税負担率をとっている。資本金の規模が増えるにつれて、次第に法人税負担率は上がって行くが、資本金1億円以上を超えると、逆に次第に低下する。資本金100億円以上では21.2%となり、資本金1億円未満のどの中小企業よりも低くなってしまう。各種の租税特別措置(「隠れた補助金」)が、大企業に年間5兆円も適用されている結果である。

図表6
3.応能負担原則を貫けば、10兆円の財源

(1)消費税導入で法人税収激減

1989年に消費税が導入されるのと同時に法人税率の引下げが始まった。消費税導入前は42%だった法人税率は、40%(89年)→ 37.5%(90年)→ 34.5%(98年)→ 30%(99年)→ 25.5%(2012年)となり、89年に19兆円あった法人税収は11年には8.8兆円にまで落ち込んだ。この間の経済の低迷と、「租税特別措置」・法人税率の引下げが、法人税収の激減を招き、財政危機の大きな原因となっているのだ。従業員1人当たりの賃金がピークだった1997年と2012年を比べると、賃金は604万円から556万円(48万円減少)。大企業の内部留保は142兆円から272兆円へ130兆円も増えている。大企業は賃金を抑え、本来、税金として支払うべき資金を、減税で社外流失を逃れ、内部留保を272兆円にも増やしているのである。法人実効税率の引下げ論議に当たり、安倍首相のいう「大企業がもうかれば、それが中小企業や庶民にも及ぶ」というのは、これらの事実を見るときに、歴史的事実に反するのではないかと思われる。

(2)大資産家にも適正な課税を

大企業優遇の減税をやめれば、消費税を増税しなくても財源はある。(図表 )のとおり、租税特別措置と法人税率引き下げの是正によって、合計8兆円を超える財源が生まれる。さらに、大資産家を優遇する所得税(株の売却益や配当に対する低率課税や税率改定)の是正によって約2兆円の財源が生まれるという財源試算がある。(不公平な税制をただす会「福祉とぜいきん」2013年第25号)合わせると10兆円を超える財源が生まれる。

2014年4月から、消費税増税が国民多数の反対を押し切って実施された。租税特別措置による多額の減税、財政の減収は、結局、一般大衆、庶民への所得税、住民税等の重課、消費税増税の大衆課税をもたらす。税の負担は応能負担原則で、負担能力のある大企業、大資産家は相応な税負担をすべきだ。不公平な税制をただせば、財源はある。イギリスの国民がスターバックスが税金を払わないことが、財政危機の原因だと気が付いたように、日本の国民がグローバル企業の減税が、財政危機の原因、消費税増税、国民貧困化の原因と気が付く日も近いのである。

日本の経済は、グローバル企業の成長と国民経済の発展、国民生活の向上が真っ向から対立する段階に入ったのである。「グローバル企業栄えて、国民経済滅ぶ」では国民は困るのである。消費不況の根本的な原因は、働く人の賃金が下がっていることにある。過去10数年来の日本経済を振り返ってみると、国内需要は、1997年をピークに、それ以降その水準を下回り続けている。家計収入の大宗を占める雇用者報酬が、これも1997年をピークに減少しているからである。家計の収入が減っているから消費を中心に国内需要が増えない、だから景気が良くならない、だからデフレにもなっているのである。

景気を良くするために必要なことは雇用者報酬を増やすこと、すなわち働く人の賃金を上げることであり、それ以外にはない。そのために政府ができることは、たとえば最低賃金を引き上げることであり、企業に働きかけて非正規雇用を正規雇用に切り替えさせること、大企業の内部留保の一部を賃上げに回させることなどである。まずは「企業の収益を増やす」ことではなく、まずは「雇用と賃金を拡大させる」ことこそが、日本経済の「再生」のために必要な政策なのである。

(1)法人税の実効税率というのは、地方税分も含めた法人所得課税の税率を計算したもの。法人所得課税には国税である「法人税」と、地方税である「法人住民税」「法人事業税と地方法人特別税」がある。このうち、法人事業税と地方法人特別税は、法人の所得を計算するときに「費用」として損金に算入できるが、法人税と法人住民税はできない。この損金算入の影響を調整して計算したのが「実効税率」だ。従来は39.54%(約40%)、2012年4月以降は35.64%となっている。各種の租税特別措置を反映した「実質負担率」は、これよりさらに低くなる場合がある。「実質負担率」は決算書から、法人税等(実際の納税額)÷ 税引前当期利益で計算する。
(2)日本経済新聞2013年8月13日
(3)実際の大企業の税負担率が、表面税率よりもずっと低い点について、垣内亮氏が計算し発表している。垣内氏の計算によれば、実際の税負担率は、大企業上位50社で33.0%、上位100社で33.4%、上位200社で33.6%、上位300社で33.8%となっている。(法人実効税率が40%だった、2003から2010年度の8年間の実績の平均)(垣内亮「消費税が日本をダメにする」2012年、新日本出版社)
(4)単純な表面税率の比較だけで国際比較はできないという点について、「税研」172号(2013年11月)では、次のようなレポートがある。アメリカの法人実効税率は40%前後であるものの、様々な優遇税制の活用により、多くのアメリカ多国籍企業の実効税率は、20%台に留まっている。ドイツでは、2008年法人税率、営業税の基本税率の大幅引き下げ(引き下げ後の実効税率は約30%)があったが、それに伴って課税ベースの拡大も行われている。営業税の損金算入が認められなくなった。支払利息の損金算入制限が設けられた。また、イギリスやドイツは実効税率の引下げに合わせて、減価償却制度を縮小した。ドイツは2008年に定率法を廃止した。実効税率を30%へ9%引下げて316億ユーロ(4兆4000億円)減税する一方、定率法廃止などで266億ユーロ(3兆7000億円)の増収とした。(日本経済新聞2014年4月8日付)
(5)日産自動車の志賀俊之COO は、朝日新聞(2013年7月1日付)のインタビューで次のように述べている。「日産も売上の半分、営業利益も6割を海外で稼いでいるが、海外子会社からの配当などの形で国内に利益を戻し、納税もしている」外国子会社からの配当が95%非課税で、大減税になっていることには何も触れていない。
(6)米田貢「日本経済の現局面と国民生活向上のための基本戦略政治」「学習の友」2013春闘別冊号。2013年1月。学習の友社。
(7)米田貢 前掲書
(8)FTAは自由貿易協定のこと。物品の関税、その他の制限的な通商規則、サービス貿易等の障壁など、通商上の障壁を取り除く自由貿易地域の結成を目的とした、2国間以上の国際協定。
(9)吉田敬一「持続可能な経済構造と中小企業」「中小企業問題」2014年1月発行、NO.141.公益財団法人政治経済研究所。
(10)藤田実「経済グローバル化の進行と日本の労働者」「学習の友」2012年12月号。学習の友社。
(11)藤田実 前掲書
(12)垣内亮「消費税によらなくても社会保障の財源はある」「学習の友」2014年3月号。学習の友社。
(13)北野弘久「税法学原論」(第6版)2007年。青林書院。

(すが・たかのり)

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