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時潮

憲法を死文化させる実質改憲の策動を許すな
副理事長 戸谷 隆夫
参議院選挙で大勝した安倍内閣の壊憲の暴走が止まらない。
麻生副総理は7月29日、東京都内でのシンポジウムで「憲法は、ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかね」と問題発言をした。その手口とは・・・。

大統領選挙でヒンデンブルクに敗れたヒトラーは、政情の不安定に付け込み、連立内閣の首相の座を獲得した。直後に解散し選挙中に国会議事堂放火事件を起こし、共産党の弾圧を行ったが過半数を得ず再び連立内閣を構成。共産党議員や社会民主党の一部の議員の逮捕拘禁を行い、ナチ突撃隊、親衛隊が会場を取り囲む中で「全権委任法」を採択し、政府が立法権を手中にし、憲法違反や新憲法制定を含む無制限の権限を獲得し、ワイマール憲法を死文化させたのである。

今、その手口が進行しようとしている。昨年7月6日自民党総務会が了承した「国家安全保障基本法案」が政権交代を受けて政府提案で国会に提出されようとしている。法案の第10条では「集団的自衛権の行使」、第11条では「国連PKOへの参加」を謳い第8条では「陸上・海上・航空自衛隊を保有する」と軍備の保有を宣言し「国際の法規及び確立した国際慣習に則り」と交戦権の行使まで規定する。

さらに、米国の国家安全保障会議のカウンターパートナーとして「安全保障会議設置法」を改悪して内閣総理大臣のもとにおき自衛隊制服組をスタッフとして入り込ませようとしている。そして、米国の機密保全を担保するものが「秘密保全法」である。国の安全、外交、公共の安全・秩序の維持の3分野にわたり政府が「特別機密」と指定すれば民間人にまでも罰則を科し、報道すら制限されてしまうものである。これは国民の「知る権利」を奪い、外交の機密指定は、国民・国会無視の外交を可能にする恐れもある。三点セットは、憲法をないがしろにしアメリカとともに戦争のできる国にする、まさに立法による憲法の死文化=実質改憲である。

講和条約後、明文改憲の企みは何度もあった。岸信介政権は安保条約の改定と行使可能な軍事力の保持を目指して憲法調査会を設置し改憲に熱意を示した。しかし、安保条約改定に反対する国民運動や米大統領の訪日も阻止され内閣総辞職して改憲の企ては頓挫した。
「(第九条は現在(筆者注:昭和26年2月)占領下の暫定的な規定ですか、何れ独立の暁には当然憲法の再改定をすることになる訳ですか)一時的なものではなく、長い間僕(筆者注:幣原喜重郎)が考えた末の最終的な結論というようなものだ」「(憲法は先生(筆者注:幣原喜重郎)の独自の判断で出来たものですか。一般に信じられているところは、マッカーサー元帥の命令の結果ということになっています)そのことは此処だけの話にして置いて貰わねばならないが、<中略>

憲法は押しつけられたという形をとった訳であるが、当時の実情としてそういう形でなかったら実際に出来ることではなかった。そこで僕はマッカーサーに進言し、命令として出して貰うように決心した」「しかし、第九条の永久的な規定ということには彼(筆者注:マッカーサー)も驚いていたようであった」(「幣原先生から聴取した戦争放棄条項等の生まれた事情について」西沢哲四郎旧蔵、国立国会図書館憲政資料室蔵)
この文書は、幣原喜重郎の秘書でもあり衆議院議員を務めた平野三郎が、幣原が亡くなる10日ほど前に聞き取りをし、後にまとめ1964年に憲法調査会に提出されたものである。ここには、憲法が押しつけられたものではなく、戦争の放棄・戦力の不保持・交戦権の否認という平和憲法の精神は「(侵略された場合でも)この精神を貫くべきだと僕は信じている。そうでなければ今までの戦争の歴史を繰り返すだけである。然も次の戦争は今までとは訳が違う。僕は第九条を堅持することが日本の安全のためにも必要だと思う」(同文書)と述べる。

この報告を受けた憲法調査会は改憲の結論を得ず、その後の自民党政権は憲法の解釈で再軍備に舵を切った吉田政権以来の伝統的な解釈改憲の路線を踏襲した。
解釈改憲の役割を担ってきたのは内閣法制局である。その憲法解釈は、これまでの自民党政権の基本政策にそった形で行われ、自衛隊を合憲とする論理も、イラクやアフガニスタンへの自衛隊派遣を合憲とする解釈も内閣法制局の解釈がお墨付きとなった。解釈改憲も立憲主義の立場からは容認できないものである。反面、内閣法制局の解釈が権威を持つためには時の政権によってご都合主義で変更することは許されず解釈の整合性を担保する限りにおいては解釈改憲の自主規制の部分も有してきた。

イラクに自衛隊の本格派遣が始まった2004年に、当時の安倍晋三自民党幹事長は「国際法上で権利(集団的自衛権)を有しているのであれば、わが国は国際法上それを行使することができるのか」と質問。当時の秋山法制局長官は「集団的自衛権は憲法上行使できず、その意味において、保有していないと言っても結論的には同じである」と答弁した。

8月8日、集団的自衛権の行使を謳う「国家安全保障基本法」を国会に提出するためには積み重ねられた憲法解釈が不都合とする安倍首相は、自らの意向に沿う人物に内閣法制局長官の首をすげ替えるという荒業で、ヒトラーの手口を突き進み始めた。

司法が違憲立法審査権に消極的な我が国において、改憲の企てを阻止してきた力は、平和憲法を守れという国民の声と闘いの結果である。とりわけ、「憲法第九条を守れ」の声は国民の過半数を超えている。日本弁護士連合会は3月14日に「集団的自衛権行使の容認及び国家安全保障基本法案の国会提出に反対する意見書」を提出、5月15日には自由法曹団が「集団的自衛権行使容認、国家安全保障基本法制定に反対する意見書」を提出した。古賀氏や野中氏のように戦争を体験した保守派の長老の批判や各地の九条の会が声を出し始めている。

憲法を死文化させる策動。それは、改憲クーデターである。改憲にTPP、そして消費税の増税。この秋は、正念場の秋である。

(とたに・たかお:名古屋会)

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