リンクバナー
時潮

TPPについての一考察
税理士法特別委員会・委員長 大塚 洋美
 3月15日、安倍総理はTPP(環太平洋パートナーシップ協定)交渉への参加を正式に表明した。同時に公表したTPP参加による経済効果についての政府統一試算では、日本全体のGDPを3.2兆円押し上げるものの、農林水産業の生産に限って言えば3兆円程度のマイナスと見積った。今回の政府試算は「全ての関税を即時ゼロにし、かつそれに対して何も追加的な対策をとらない」という前提ではじき出された数字である。

自民党は、先の総選挙で「聖域なき関税撤廃が前提のTPP交渉には反対する」旨を公約しているし、2月に行われた日米首脳会議でも、共同声明として「全ての関税撤廃を前提としない」ということを対外的に表明した。

このように政府はTPP交渉参加を決断したが、何かを決めるということは何かを捨てるという側面を持つ。今回の決定で自民党が捨てることになるかもしれない最も大きなものは、農業セクターとの蜜月関係かもしれない。実際、自民党や農協の内部から安倍内閣批判が上がっており、自民党は結党当初から農村に支持基盤を置いてきたが、TPP参加方針によってこの関係にひびが入りつつあるという報道もある。

もっとも、国勢調査のデータをみると、日本全国で農業に従事する人数は減っており、就労者に占める農業就業者割合は3.6%、第一次産業合計でも4%にすぎない。こうしたデータをみると、どうして自民党政権は農家の声を聞いてきたのか、その理由はいくつかあるが、その一つは農業就業者割合は大きく減っているが、農村人口自体は緩やかにしか減っていないことが指摘できる。現在の農家は兼業が主体である。これらの世帯では、構成員の多くが建設業や公務員等として外に働きに出ている。そしてこうした兼業も農業に依存している。例えば農道や砂防ダム、土地改良事業などの公共事業が仕事となり、地域の経済が回る。農業の背後にも、それで利益を得る他の産業も存在している。

また、選挙という要素も重要である。週5 6日、朝から夕方の夜までスケジュール通り働くことが求められるサラリーマンより、農業や自営業のような職種は政治家の運動組織の母体となりやすい。何より政治に依存しているぶん、その意思がある。結果、政治家が日ごろ出会う人のなかで農業関係者の占める割合は高くなる。

また、野党の分立もあって、日本の選挙競争は都市部で激しく農村で緩い。こうして農村は強い影響力を持ち、農協を通じて政治への要求を強く行い、農業セクターはさまざまな利益を勝ち取ってきたわけである。かつて米価は高めに設定され、その他の農作物や食品の輸入は強く規制されてきた。関連公共事業なども含め、そうした利益は票とカネのかたちで政治家にもキックバックされた。農村と自民党政治は持ちつ持たれつの相互依存関係にあった。

しかし、利益を得るセクターがあるなら、他方では不利益を被る人びともいる。TPP参加で何兆円の損失といった試算を農水省などが訴えているが、これは現在それらを消費者が負担しているということである。国際価格の数倍の値段で農作物を買わされてきた消費者は、自民党政治の被害者ともいうことができる。かつてであれば、この都市部消費者の損失を自民党は無視すればよかったが、しかし現在は都市部投票者の増加により農村部の票だけでは勝ちにくくなっている。

いずれにしろ、安倍内閣の決定は旧来の自民党政治から離れる決断をしたと捉えることもできる。むろん交渉事である以上、どのようなかたちで着地するかはまだわからない。圧倒的な影響力を背景とした農業セクターの巻き返しや「補償」交渉も激しさを増すであろう。決断の覚悟が本物かどうかは、これから徐々に明らかになっていくだろう。

(おおつか・ひろみ:神戸会)

▲上に戻る