論文
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預金口座に振り込まれた児童手当(差押禁止財産)の差押「権限濫用の違法な処分」と断罪
神奈川会 角谷 啓一
1 事件の発端・経過

2013年3月29日、鳥取地方裁判所は、児童手当(差押禁止財産)が振り込まれた預金口座に対し、被告・鳥取県(以下「県又は県側」といいます)が滞納処分として行なった差押処分を違法と断じ、原告・瀧川卓也さんが勝利しました(以下「3.29鳥取判決」といいます)。この判決は、徴収行政の民主化にとって画期的な判決であり、判決の「確定」が期待されていました。

多くの納税者の願いを無視し、控訴
しかし、こうした納税者の願いを無視して県側は控訴したため、再び高裁を舞台に争われることになりました。このことを前提にしながら、高裁での勝訴を勝ち取るためにも、3.29鳥取判決の特徴と意義について考えてみたいと思います。
判決の内容等を述べる前に、先ず、この事件の発端・経緯を全国商工新聞(2013.4.15)から紹介します。
「原告の瀧川卓也さん(鳥取民商:不動産)は、病弱な奥さんと子供5人の7人家族で、長引く不況で本業の収入が減り、個人事業税など約29万円を滞納せざるを得ない状況になっていました。
しかし、鳥取県は2008年6月11日、それまで2ヶ月半にわたり残高が73円になっていた銀行口座に児童手当13万円が振り込まれた9分後、預金を差し押さえ、同日中に滞納税金に充当する配当処分を行いました。
児童手当は子供の教育費や給食費に充てる予定でした。その後、子供一人が高校中退を余儀なくされました。児童手当は児童手当法で差押が禁止されています。」

瀧川さんは、「差し押さえられたのは預金に入金された児童手当であり、差押禁止財産である児童手当の差し押さえは違法であるから取消せ」と県側に不服の申立て(審査請求)を行いました。県がこれを却下したので、鳥取地裁に訴訟提起したものです。

被告・県側は、「差押禁止財産であっても、いったん預金口座に振込まれれば差し押さえは原則可能」とする1998年2月の最高裁判決を持ち出し、これを論拠としています(この最高裁判決については後述)。
2 1998年2月10日最高裁判決とは

1998年の最高裁判決にかかる事件の経緯をみると、債権者である金融機関が、国民年金・労災保険金(差押禁止財産)が振り込まれる債務者の預金口座から、債権回収のため相殺したことについて、債務者は「相殺した預金債権は差押禁止債権にかかるものであるから、この相殺は許されない」と主張し、最高裁まで争われた事件です。

最高裁は「国民年金及び労災保険金が預金口座に振込まれて、一般預金債権に転化し、債務者の一般財産になり、差押禁止債権としての属性を承継しているものではないから、相殺が禁止されるものではない」と、金融機関が行った相殺(=差押と考えてよい)を有効としました。この事件は滞納処分に関するものではありませんが、判決は滞納処分にも大きな影響を及ぼし、「たとえ差押禁止債権であったとしても、いったん預金口座に振り込まれたらその属性が承継されないのだから、滞納処分による差し押さえが可能」と短絡的な解釈が罷り通ってきました。とりわけ、地方税徴収行政などにおいて、児童手当等の差押禁止債権の口座振り込みを狙い撃ちにし、待ち構えて差し押さえるといった、権限を濫用した悪質で違法な滞納処分が多発しました。本件「鳥取児童手当差押事件」も、そうした中の一つです。

ところが、前記の最高裁で争われた債務者の預金口座をよく見ると、国民年金・労災保険金(差押禁止財産)の振り込みのほかにもいろいろな入出金が繰り返されており、預金が相殺(=差押)された時点において、その中に差押禁止財産と一般財産が混在しており、差押禁止財産を識別・特定することが難しい事例でした。最高裁は、この事実経緯を踏まえた上で「相殺は有効」であるとしたのです。大事なのは、「相殺(=差押)は有効」であるという結論は、あくまでも最高裁判決と同じ事件又は類似の事件にしかいえないということです。最高裁が、「預金口座に振り込まれた差押禁止財産の識別・特定が明白なケース」についてあえて言及しなかったのは、当該事件は、「(差押禁止財産を)識別・特定することが難しい」事例であったことから、その余のことについては、あえて判断をする必要性がなかったものと思われます。したがって、最高裁判決の結論だけを金科玉条のごとく持ち出し、どのような事例についても「差押が可能」と短絡的に解釈するのは、まったく道理を得ません。

この点について、最高裁判決を紹介した「金融法務事情」は、「もっとも、具体的事情いかんによっては・・・相殺が相殺権の濫用或いは信義則違反として許されないとするケースもあり得ないわけではないであろうが、本件の経緯や本件預金口座の利用状況等からしても、本件相殺が許されないものとまでいえないであろう」と述べています。これが最高裁判決の「妥当な読み方」といえるでしよう。
3 1998年の最高裁判決と3.29鳥取判決の特徴点

口座入金された児童手当(差押禁止財産)が、入金後も差押禁止としての性質(属性)を引き継ぐかどうかについて、3.29鳥取判決は「児童手当が預金口座に振り込まれた場合、法形式上は、児童手当受給権は消滅し・・・預金債権という別個の債権になることに加え、一般に児童手当が預金口座に振込まれると受給者の一般財産に混入し、児童手当としては識別できなくなる可能性があり・・・原則として、その全額の差押えが許されると解するのが相当」と述べ、1998年の最高裁判例を基本的に踏まえた内容となっています。

この原則論に従えば、瀧川さんは敗訴だったかもしれません。しかし、瀧川さんのケースは、「73円の預金残が2ケ月以上もそのままの状態であり、そこへ13万円の児童手当が預金口座へ振り込まれた」のですから、瀧川さんの差押時(2008年6月11日)の預金残(130,073円)の中に、13万円の児童手当がそっくり含まれていたことは明々白々だったのです。にもかかわらず、県の担当官が6月11日の早朝、差押禁止財産である児童手当が振り込まれるのを待ち構えて、銀行の開店時間直後の9時9分に差し押さえを行ったのです。

3.29鳥取判決は、このような、瀧川さんに対する鳥取県の悪質な滞納処分のやり方をとらえて、最高裁判決の原則論だけでは裁ききれないと判断したわけです。すなわち、一応、最高裁判決の原則論を踏まえながらも、後に述べるような一定の基準に該当する場合には、その例外として、「(差押処分を)違法なものと解するのが相当である」とし、具体的に5項目の判断基準を示したのです。以上のように3.29鳥取判決は、1998年の最高裁判決と関連付けながら、新たな判断基準を示したものです。これが3.29鳥取判決の特徴点ということができると思います。
差押適否の新たな判断基準示す
4 2013年3月29日鳥取地裁判決について
(1)口座入金された差押禁止財産の差押適否の判断基準とは


もう一度整理しますと、児童手当(差押禁止財産)が振り込まれた預金口座については、原則として「差押えは可能」というのが1998年の最高裁の判例です。これに対して、3.29鳥取判決は、この最高裁が示した原則論の「例外」として、5項目の判断基準を示し、これに該当する場合には差し押さえを「違法」としたわけです。

3.29鳥取判決が示した「違法の判断基準」とは何か。3.29鳥取判決が「児童手当法15条の趣旨に鑑みれば・・・」を枕詞(まくらことば)にしながら示した「5項目」とは、次のとおりです。。

 処分行政庁が・・・預金口座に児童手当が入金されることを予期した上で、
 実質的に児童手当を原資として租税を徴収することを意図した場合において、
 実際の差押処分の時点において、客観的にみても児童手当以外に預金口座への入金がない状況にあり、
 処分行政庁がそのことを知り又は知り得べき状態にあったのに、
 なお、差押処分を断行した場合。 従来の判決では、このように踏み込んだ判断は示されませんでした。「新たな判断基準」を示したという意味で、3.29鳥取判決は画期的といえるものです。ただ、の「客観的にみても児童手当以外に預金口座への入金がない状況にあり」ということに見られるように、納税者にとって、かなり厳しい基準が含まれていることも念頭に置く必要があります。

(2)3.29鳥取判決の結論部分

3.29鳥取判決は、前述した5項目の「違法の判断基準」を踏まえながら、かつ、原告・瀧川さん側が陳述した事実経過をほぼ全面的に認定した上で、次のような結論を下しました。

被告・県側の「預金口座に振込まれることを容易に認識できない」「差押日時は本件児童手当を狙い撃ちにするために意図的に選択されたものではない」などの主張に対して、3.29鳥取判決は、「(被告が)本件預金口座に児童手当が振り込まれる可能性が高いことは十分認識できたはずであるし、差押え日時の決定過程については・・・(被告側の)各証言によっても具体的に明らかになっておらず・・・被告の主張を裏付ける的確な証拠もない」とし、「直ちに採用することができない」と斥けました。

さらに、差押処分時(2008年6月11日)の状況について、被告・県側に対して「本件預金口座の残高が、3月27日から73円となっていたものの、同年6月11日に児童手当の振り込みがあって130,073円であること、すなわち、差し押さえにかかる預金債権の原資のほとんどが児童手当によるものであったことを確実かつ容易に認識できたことが認められる」と断定しました。

その上で、「本件児童手当を原資として、租税の徴収をすることを意図し、その意図を実現したものと評価せざるを得ない・・・県税局職員の主観面に着目すれば、実質的には、差押禁止債権である児童手当受給権の差押えがあったものと同様の効果が生ずるものと評価するのが相当である。そうすると、本件においては、本件差押処分を取り消さなければ、児童を養育する家庭の安定、児童の健全育成及び資質の向上に資することを目的とする児童手当の趣旨(児童手当法1条)に反する事態を解消できず、正義に反するといわざるを得ないから、本件差押処分は権限を濫用した違法なものと評価せざるを得ない」と結論を下しました。
5 3.29鳥取判決の意義

ちょっと考えると、「差押禁止財産である児童手当が振り込まれた預金口座の中で、その児童手当が○○万円含まれていることが明々白々に証明できれば、その部分については差し押さえができない」と考えるのは、万人が納得する常識です。3.29鳥取判決の「判断基準」は、その常識を法律的に整理したものに過ぎないといってよいでしょう。

逆にいうと、鳥取県が行なってきた滞納処分は、あまりにも常識を逸脱したものであったということでしょう。問題は、困窮する納税者の実情等を何ら配慮せず、児童手当等が差押禁止債権であることを熟知しながら、その口座入金を待ち構えて差し押さえるという、悪質で違法な行政手法が、鳥取県だけでなく、残念ながら、国も地方も全国津々浦々で行われてきたということです。その結果、多くの納税者が泣かされ、心も財産も傷つけられてきたということです。

3.29鳥取判決は、鳥取県はじめ国税、地方税及び社会保険料の徴収行政に対し、「常識を大きく逸脱するような滞納処分はやめなさい」と「手かせ」「足かせ」をはめた、或いは「警鐘を乱打した」、これが、この判決の意義といえます。

ですから、万一、上級審で敗訴するようなことがあったら大変です。悪質・違法、非常識な徴収行政に法的な承認を与えることになりかねません。何としても勝利判決を勝ち取るために、力を尽くすことが求められています。

(かどや・けいいち:2013.5.15記)

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