論文

なぜ大企業の法人税は中小企業よりも軽いのか
法人税の逆進性の解明
埼玉会 菅 隆
はじめに

消費税増税、庶民増税の一方で、なぜ法人税減税なのか、素朴な疑問が国民の間に拡がっています。「財政再建の必要性は多くの国民が認めている。だが、なぜ低所得者や中間層に厳しく、富裕層に優しい消費税増税で行わなければならないのか、なぜ累進税率の見直しによる所得の再分配など、税制全般の見直しを先に主張しないのか」(朝日新聞読者欄)という声です。富岡幸雄中央大学名誉教授は、日本の法人実効税率は40.69%で、韓国の24.2%などと比べると高いように見える。しかし税額は、「課税ベース×税率」で算出される。現実は課税ベースである課税所得は、タックス・イロージョン(課税の侵食化)やタックス・シェルター(課税の隠れ場)によって縮小されて、実際の納税額は軽減されている。巨大企業の税負担は極端に軽い。

と述べて、国税庁の2008年度資料から、法人税の基本税率30%に対して、資本金100億円以上の巨大企業では、真実実効税率はわずか15 16%の低水準である。日本の法人税をほぼ法定税率どおりに払っているのは、黒字を出した中小企業で、日本の法人税の現状は「巨大企業が極小の税負担」で「中小企業が極大の税負担」となり、企業規模別の視点では「逆累進構造」となっていると明らかにしています。(「文芸春秋」2012年5月号「税金を払っていない大企業リスト 隠された大企業優遇税制のカラクリ」)比例税率である法人税が実際には大企業優遇の逆進性のあることを解明しているのです。

2012年5月22日、衆議院社会保障と税の一体改革に関する特別委員会で、日本共産党の佐々木憲昭議員は次のように述べて、この逆進性を追求しました。(消費税で)赤字の家計を直撃する大負担を負わせておきながら、大企業に対しては法人税率を引き下げる。2015年には消費税は10%に大増税、一方で大企業向けの法人税は減税、これはあまりに不公平じゃありませんか。2010年のパネルを出します。中小企業の税負担は25%前後です。ところが資本金100億円以上の大企業になりますと20%程度の負担、連結法人にいたっては10%以下です。

資本金1億円から5億円で負担率がピークになって、それを過ぎて企業規模が大きくなればなるほど負担率が低くなっているんですよ。これは国税庁の「会社標本調査」から作成したものです。(中略)一部軽減税率が適用されている中小企業よりも(大企業は)さらに低いということ、しかも、この10年間、法定税率が横ばいなのに、次々と優遇措置がとられてきたために、大企業の実質負担率は下がり続けている。(中略)こんなに大企業の税負担率が低いのに、法人税をさらに引き下げる、そんな必要があるのでしょうか。
(1)大企業の法人税負担の実態

ここで佐々木議員のパネルを見てみましょう。(図 )国税庁の「会社標本調査」では、法人を資本金階級別に13段階に区分しています。法人税の基本税率は30%ですが、資本金1億円以下の中小法人は年所得800万円以下は税率18%となっています。このため資本金1億円未満の中小企業は税負担25%前後になっています。資本金1億円以上5億円未満の中堅企業で税負担は27.7%のピークになった後、資本金が増えるにつれて税負担率が低下しています。資本金100億円以上では21.2%となり、中小企業以下の負担率となり、連結法人は9.3%まで低下しています。なんと基本税率の3分の1以下です。
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この区分をさらに大ぐくりにして、大企業(資本金10億円以上と連結法人)、中堅企業(資本金1億円以上で10億円未満)、中小企業(資本金1億円未満)としたものが(表1)です。中小企業には一部軽減税率が適用されているにもかかわらず、大企業は様々な大企業優遇税制(後述)によって、中小企業の25.5%よりもはるかに低い19.6%の税負担率となっています。富岡教授が指摘している資本金100億円以上(連結法人を含む)で計算してみると、2008年で17.0%、2010年で17.5%となります。
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(2)大企業の実質税負担率低下の要因

ではなぜ大企業はこれほどまでに税負担率を低下させているのでしょうか。(表2)でその要因を解明しました。
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連結納税による所得金額減少

連結納税制度は2002年度に創設されました。親会社が子会社の株式を100%保有している場合、すべての100%保有子会社の所得を親会社の所得と合算して法人税を計算する仕組みです。親会社も子会社もすべて黒字なら、個別に納税した場合と大きな違いはありません。ところが連結納税グループ企業の中に赤字法人がある場合は、所得を合算することによって、各企業の黒字と赤字が相殺されるため、個別に納税するよりも税額が低くなってしまいます。連結納税法人の個別所得金額と申告所得金額を、国税庁「法人税等の申告(課税)事績の概要」から、垣内亮氏が計算したものが(表4)です。個別所得金額から申告所得金額を差し引いた所得金額が、課税所得金額の減少、つまり課税ベースの圧縮になります。それに税率30%をかけたものが、連結納税による減税額になります。最近では毎年5000億円前後もの減税になっています。この減税によって連結法人は基本税率30%のうち、10.3%を一気に引き下げているのです。
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企業会計レベルでは、結合企業全体の財政状態および経営成績を総合的に表示するため、連結財務諸表の導入は必要性があります。しかし、「課税単位」ごとの応能負担を前提とする法人企業税制においては、連結納税制度は、税法学的には、憲法の意図する担税力に応じた応能負担原則を著しくゆがめるものであり、形を変えた大企業優遇税制となっています。

それではどんな会社が連結納税制度を適用しているのでしょうか。国税庁は企業のリストは公表していません。しかし、各企業の有価証券報告書の財務諸表の注記には、連結納税を採用しているかどうかが記載されています。(表5)は垣内亮氏が調査し、公表しているものです。これによれば、トヨタ自動車をはじめ、NTT,ホンダ、日産、日立、三井物産、ソニー、東芝など、日本のトップ企業が軒並み名を連ねています。適用企業は2002年の239社から2010年度には904社までなっています。こうした状況から見て、連結納税による減税のほとんどは、大企業が享受していると見て間違いありません。
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受取配当益金不算入

企業が国内の他の企業から受け取った株式配当は、企業の決算上では、収益に計上されます。しかし、法人税の計算上は、一部を除いては「益金」とはみなされず、その分だけ企業の利益(申告所得)が減少することになります。法人は個人株主の集合体(法人擬制説)と言う大企業の実態とは違った前提で減税になっている、大企業優遇税制です。2004年までは2兆円台だった受取配当益金不算入額は、全法人で2005年4兆3400億円→2006年6兆6200億円→ 2007年8兆3000億円と激増。その分大企業において、実質税負担率を大幅に引き下げています。

個別大企業の減税額を各社の有価証券報告書から計算してみると、トヨタ自動車は5年間で1152億円(年平均230億円)、三菱商事は5年間で3179億円(年平均636億円)もの多額な減税となっています。(菅隆徳「一体改革と大企業の負担」「税経新報」2012年3,4月号54頁)

外国子会社配当益金不算入

この制度は多国籍企業の海外での投資収益を国内に還流させるためとして、2009年度から創設されました。(国税庁は2009年度のデータは公表していません)これは外国企業であっても一定の要件を満たす子会社であれば、その配当の95%までは益金に算入しなくてよいという制度です。従来の制度では、外国で納めた税額は控除し、日本の税率で計算した税額との差額は納税していました。この制度の導入で差額すら納税しなくてすむことになりました。この制度を受けて、2010年度には海外子会社の利益3.27兆円のうち3.12兆円が配当として国内に還流されており、国内還流の比率は、2008年度までは5060%程度だったものが、2009年度に72%、2010年度には95%まで上昇しています。(日本経済新聞2011年7月19日)。海外に留保されている利益の残高は2006年度で17兆円に達しているといわれています。多国籍企業の大企業優遇税制です。

税額控除

大企業の場合、課税所得に税率をかけて算出した法人税額と実際に納付する税額に大きな差額があります。理由は各種税額控除があるからです。

「所得税額控除」は法人企業が受取った配当などの収入について、所得税が課税されていた場合に、その額を法人税額から控除できる仕組みです。

「外国税額控除」は、その企業が外国で法人税に相当する税金を納めた場合に、その額を法人税額から控除できる仕組みです。配当などの収入が多い企業や海外活動の盛んな企業ほど税額控除が大きいので、結果的に大企業の適用が多くなります。

「試験研究費の税額控除」は、創設されたときは「研究費を増やした企業」が「増やした額に比例して」税額控除が受けられる仕組みでした。ところが、2003年に抜本的に改定され、研究費の増額に関係なく「研究費の総額の810%」の税額控除が受けられる仕組みになりました。このため2003年に1046億円だった税額控除金額が2004年4236億円→2005年5663億円→2006年5846億円→2007年6269億円と激増しました。90%は大企業の税額控除となっています。

個別大企業の「試験研究費の税額控除」を見ると、キャノンは5年間で1068億円(年平均214億円)、トヨタ自動車は5年間で3003億円(年平均600億円)と莫大な金額の控除を受けています。(菅隆徳、前掲書54頁)
(3)大企業の法人税負担率の推移

ここまで大企業の法人税負担の実態(2010年度)、大企業の実質税負担率低下の要因(2010年度)を見てきました。佐々木議員は「この10年間法定税率が横ばいなのに、次々と優遇措置がとられてきたために、大企業の実質負担率は下がり続けている」と言っています。それを示しているのが(表3)です。

(表3)では法人税負担率を次のように計算しています。資本金10億円以上と連結法人を大企業としています。「会社標本調査」のデータから、利益計上法人の 法人税額、 申告所得金額、 受取配当益金不算入額、 外国子会社配当益金不算入額、 特別償却損金算入額を計算します。(表4)から連結法人の連結納税所得減額をつかみます。大企業優遇税制の金額を 申告所得金額に加えて、 本来の所得金額を算出します。そして 法人税額を 本来の所得金額で除して、 法人税負担率を計算します。

基本税率は1999年が34.5%で、2000年から2010年は30%のままです。法人税負担率は2000年が26.2%、その後低下を続け、2006年には20%を割り、2010年まで10%台となっています。同時期の中小企業は25%で横ばいです。応能負担原則に反する、大企業優遇税制の推進が、税負担の逆累進構造、法人税の逆進性をつくりだしてきたのです。
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まとめ

富岡教授は消費税を導入した1989年から2011年度までに法人税の減収は153兆円、所得税の減収額のうち、年所得2000万円超の高所得者への減税による減収額が46兆円、合計すると199兆円になるとして、導入後23年間の消費税収(国税分)191兆円とほぼイコールだと述べています。法人税の減収の最大の要因は、言うまでもなく長期にわたる不況の影響による企業収益の低落によるものである。だが、1998年度から2年続いた法人税率の大幅な引下げと、2003年度の研究・投資減税など大企業向けの減税措置が重ねて行われたことも、税収減の大きな要因になっている。ゆがんだ法人税制をただすことは、消費税増税論議を新たなステージに導くと指摘します。ゆがんだ不公平な税制をただし、応能負担原則に基づいて、やるべきことをやれば、消費税の増税は必要ありません。まず消費税ありきではなく、消費税とは別の道があるのです。「日本の法人税は高すぎる」と言って、法人税減税を強行した、財界や政府のごまかしは明らかです。

おわりに、 2012年度からの新たな法人税減税を中止すること  研究開発減税、連結納税制度など大企業向けの優遇税制を見直すこととあわせて  法人税にも超過累進税率を適用すること  大企業の内部留保課税の実施を強く求めるものです。(内部留保課税については、菅隆徳 前掲書48頁 57頁参照)

(すが・たかのり)

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