1.密室協議で成立させた改悪国税通則法
2 税務調査権に対する基本的な解釈基準
3.基本的人権に対する課税庁の基本的思想
4.憲法35条の規定は、帳簿書類等の提出要求に適用されるか
(以上前号)
5.改正されたいくつかの条項とその解釈
6.事前通知法定の意義
7.無予告調査への対応
8.調査終了の手続
9.更正請求を抑制しようとする新たな罰則
10. 国税徴収法における質問検査権、捜索、差押
11.人格のない社団等について |
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5.改正されたいくつかの条項とその解釈
1)更正の請求期間の延長(法23条)
従来、課税標準等又は税額等を減額し、または欠損金の額を増加させる等の更正を請求する権利は、原則として法定申告期限から1年以内に限り行使することができることとなっていましたが、これが法定申告期限から5年以内に延長されることになりました(1)。これと抱き合わせで、課税庁が行う増額更正についても、従来の3年から5年に延長されました(2)。これは更正の請求期間との均衡をはかったものと説明されていますが、何故これを同一にしなければならなかったのかについては合理的な説明はされていません。
職権による減額更正は従来から法定申告期限から5年間することができると規定されていました。これは、「することができる」という規定の仕方だけをみると裁量が認められるかのように解されるかも知れませんが、減額更正をすべき事実がある場合は、税務署長の義務として減額更正をしなければならないと解するのが通説になっています。
嘆願書というような、法的拘束力のない形式によって課税庁に「お願い」して減額更正をしてもらうという筋合いの問題ではありません。減額更正が可能な期間内であれば、減額更正をすべき事実が存在することを証明する証拠を添付して申し立てをすれば期限経過後の更正請求であれ、請願書であれ、税務署長は減額更正をするべき事実のあることを知るわけですから、放置することは許されません。したがって、23条の改正は、法的にはあまり実質的な意味のある改正にあたると評価することはできませんが、ないよりは権利として請求できるという意味で多少の改善かもしれませんが、むしろこれに便乗して増額更正を5年に延長することに財務官僚の狙いがあったのでしょう。 |
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2)白色申告書についての理由付記
今回の「改正」で、所得税においては、事業所得、不動産所得および山林所得を有する者は、所得金額の多寡にかかわらず業務に係る帳簿を作成すべきことが義務づけられました。従来は、これらの所得が前年分で300万円を超える者だけが帳簿の作成を義務づけられていたわけですが(所得税法231条の2カッコ書きによって)、この300万円以下の枠が取り払われて、すべての事業者(事業所得、不動産所得、山林所得を有する者)が記帳義務を負うことになります(3)。
この記帳義務の拡大は、白色申告者に対する更正処分に対しても更正の理由を付記することとしたことに由来するものとされていますが、理由付記は、事業所得、不動産所得、山林所得についてだけではなく、譲渡所得や雑所得など記帳義務のない他の種類の所得や相続税など申告納税方式をとっているすべての税目について適用されるわけですから理由付記と記帳義務強化の間にはほとんど関連性はありません。
青色申告以外の更正処分については法律に理由付記が義務づけられていないという理由で理由を付記してこなかったこれまでの慣行がそもそも違法なのであって、各税法は理由付記を禁止していたわけではありません。国民に対して不利益処分をするのに、理由を付記しないというこれまでの税務行政上の「慣行」が、そもそも適正手続を保障している憲法に違反したものであったわけです。
更正、決定など、課税処分を受けた納税者は、その処分に不服があれば異議申立て、審査請求などの不服審査を申立てることができるだけでなく、処分取消しの訴えを提起することもできます。その手続の中でおそくとも異議決定において原処分を維持する場合は、それを正当とする理由を記載しなければならないこととなっているわけですから、出し惜しみをするのではなく、当初処分からその理由を明記しておくべきだったのです。そうでなければ、これまでの更正や決定は理由が明確でないまま大まかな処分をしておいて、不服申立てのあったものについてだけ調査をし直して後から理由を補充していたとしか考えられません。 |
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(注)
- 国税通則法23条12項、2011年12月2日以後に法定申告期限の到来する国税について適用されることになっています(付則36条)。法人でいうと2011年10月決算法人の確定申告以降、所得税でいえば2011年(平成23年)分の確定申告から適用されます。法律上は、それ以前のものについては従来のままですが、それより前のもので、これまで「嘆願書」などによって減額更正をさせていたものについては、嘆願書という旧来の課税庁上位の建前はやめて、改めて「更正の申出書」という書式を国税庁で作成し、ホームページ等で公開しています。その裏面の「書き方」を見ると、「国税通則法第23条第1項を適用すると更正の請求ができない場合において、増額更正ができる期間内に減額更正の申出を行うときに提出するものです(申出のとおり更正されない場合であっても、不服申立てをすることはできません。)。」と記載されています。つまり、嘆願書はあまりにもひどいので、同じ扱いを「更正の申出書」という形に訂正したものです。
新法による更正の請求と記載すべき内容はほとんど同一で、ただ更正請求で「請求額」となっているものを「申出額」と書き替えているだけです。もちろん、この様式によらなければならないということではなく、必要事項が記載されていれば、それで十分です。減額更正がされない場合には、行政事件訴訟法3条7項および37条の2の「義務付けの訴え」ないしは、「不当利得返還請求の訴え」等が考えられますが、まだ実務上の事例がないようです。
- 国税通則法70条1項「法定申告期限から3年を経過した日」を「5年を経過した日」に延長、この規定は施行日(2012年12月2日)以後に法定申告期限が到来する国税について適用されます。また、いわゆる減額更正については、旧法70条2項で、第1項の通常の「更正又は決定」と切り離して、「納付すべき税額を減少させる更正又は賦課決定」は、原則として決定申告期限から5年間することができる旨法定されていましたが、新法では70条1項で、増額更正も減額更正も一括して法定申告期限から「5年を経過した日以降においてはすることができない」と規定し、便乗的に課税処分を法定申告期限から5年間することができることとしました(「課税標準申告書の提出を要する国税」の減額更正がカッコ書きで除外されていますが、通常の申告納税に係る国税については5年が原則)。
- 所得税法231条の2、前年の不動産所得、事業所得および山林所得が300万円超の者に限定されていたものを、300万円超の条件を廃止したため、これらの所得がある者は、すべて記帳義務を負うことになりました。
ただし、この記帳義務違反についての罰則規定はありません。罰則がないかわりに、白色申告に係る更正については推計課税の規定(所得税および法人税についてのみ)があります。推計課税については、納税者には反論しようのない同業者比率などが用いられるので、たとえ理由が付記されても従来とあまり違いはないでしょう。
むしろ、推計課税規定のない消費税において、所得税や法人税の課税処分に用いた売上高等の推計値を用いて、仕入税額控除を認めない課税処分が行われていることに重大な問題があります。このような処分は、推計課税規定を欠いている消費税法にも違反した租税法律主義違反(憲法違反)の処分といえます。 |
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6.事前通知法定の意義
1)通則法74条の9の「納税義務者に対する調査の事前通知等」では、質問検査権の行使として「実地の調査」を行おうとする場合は、あらかじめ納税義務者等に対して「次の事項を通知するものとする」(74条1項本文)と規定しています(カッコ書きを省略)。
質問検査等を行う実地の調査を開始する日時、 調査を行う場所、 調査の目的、 調査の対象となる税目、 調査の対象となる期間、 調査の対象となる帳簿書類そ の他の物件、 その他調査の適正かつ円滑な実施に必要なものとして政令で定める事項
この の政令で定める事項としては、国税通則法施行令30条の4で次のとおり定められました。
調査の相手方である「納税義務者の氏名及び住所又は居所、 調査を行う「当該職員の氏名及び所属官署」(複数であるときは代表する者の氏名及び所属官署)、 調査開始の日時、場所の変更に関する事項、 法74条の9第4項の規定(74条の9第4項は、第1項の通知に規定されている「納税 義務者」、「調書等の提出義務者」、「納税義 務者の取引先等」、「税務代理人」)の趣旨。
11年1月に国会に提出された当初の法案では、事前通知は文書で行うこととなっていましたが、自民党の反対で、三党合意により文書によるべきところを、口頭による通知に変更してしまいましたが、これだけのことを誤りや脱漏なく口頭で説明することは大変なことです。文書ではなくなりましたので、予め印刷した用紙に住所、氏名等を書き入れるということもできなくなりました。それだけに事前通知を適法に行ったかどうかについての手続をきちんと文書で残しておくことは調査に当たる税務職員にとっては相当な負担になる筈です。
しかし、自分達で立法したわけですから省略したり脱漏することは許されません。
通知を受けた納税義務者としては、上記の事前通知事項を正確に聞きとって、記録しておくべきでしょう。そうするかしないかは、納税者の側では任意ですが調査を行う税務職員は法令の規定を正しく実行する義務があるわけですから、それを要求することが、質問検査権の行使が適法であるかどうかを事後的に検証するうえで重要な要素になるでしょう。
2)税務調査は、課税権行使の一環として行われるものであり、調査を受ける納税者はそれなりの負担(調査への対応で営業活動、生産活動等について一定の制約を受けるなど)を伴うものですから、調査に当たる税務職員は、相手方が最少の負担ですむよう配慮すべきはもちろんです。そのためにこそ、事前通知を法定して相手方の都合を最大限に尊重することを義務づけたと解すべきです。そうでなければ、法律にわざわざ事前通知の規定を設けた意義がありません。
課税庁としては、事前通知の規定を設けることによって、例外としての「事前通知を要しない場合」(74条の10)を規定することが目的だったのかもしれませんが、いったん法律が制定された以上、それは憲法に保障された国民の基本的人権の立場から憲法適合的に解釈されなければならないことは当然です。74条の10の無予告調査への納税者の対応については、項を改めて検討しますが、ここでは、憲法適合的な通則法74条の9の解釈の納税者国民の側からの基本的視点を提示しておくにとどめたいと思います。
通知すべき事項の として「調査の目的」と規定されていますが、これはおそらく「平成○年分の所得の調査」という程度の記載を予定しているのでしょうが、これでは調査の理由を通知したことにはなりません。調査の理由は、その質問検査権の行使が適法なものであるかどうかを納税者が判断するために不可欠のものです。もし、適法な質問検査権の行使であって、それに対する不答弁、検査拒否等の違反行為があれば「1年以下の懲役又は50万円以下の罰金」に処せられるわけですから、質問検査を受けなければならないかどうかを正しく判断するためには、質問検査権の行使が適法なものであることを調査の相手方に理解できる程度に知らせることが必要です。したがって、事前通知が適正なものであるかどうかは、調査理由を具体的に明示する程度のものでなければならないといえます。そうでなければ、適法な質問検査権の行使とはいえず、これを受忍しないことについては通則法127条2号の罰則は働かないことになると解すべきです。 |
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7.無予告調査への対応
通則法74条の10は、74条の9の事前通知の規定の例外として「前条第1項の規定にかかわらず、税務署長等が調査の相手方である納税義務者等の申告若しくは過去の調査結果の内容又は、その営む事業内容に関する情報その他国税庁等若しくは税関が保有する情報に鑑み、違法又は不当な行為を容易にし、正確な課税標準等又は税額等の把握を困難にするおそれその他国税に関する調査の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあると認める場合には、同条第1項の規定による通知を要しない」という規定を設けています。要するに、税務署長等が、「国税に関する調査の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある」と認めれば、せっかく設けた事前通知の規定を無視して、いわゆる現況調査を実施できるという趣旨の規定です。
税務職員は、おそらくこの規定を大義名分として無予告の調査を増やそうと考えているのではないかと想像されます。しかし、これは、あくまでも税務署長等の主観点な判断に基づく認識でしかなく、質問検査権は「犯罪捜査のために認められたものと解してはならない」(74条の8)わけですし、任意調査であることには変りありませんから、対象者の同意を得ないかぎり、どのような「情報」を持っていようとも調査の適正な遂行に支障があるという「認識」を持っていようと、実力をもって調査を強行することはできません。
納税者は、毎日を何の予定もなく、いつでも調査に対応できる時間的余裕をもって営業や生活をしているわけではありませんし、たとえそういう余裕があったとしても、いきなり招かれざる客に対応しなければならない理由は全くありません。税務調査は、国家権力の行使ですから、それに対応する心の準備も必要でしょう。ですから、「今日は都合が悪いので、改めて日時を打ち合わせて出直してください」といってその時はお引き取りいただけばよいことです。
それでも、いろいろ理窟を言ってねばり続けるようでしたら、警察を呼んでもかまいません。こちらが断っているのですから、玄関から立ち退かないとすれば刑法130条の住居侵入罪(3年以下の懲役又は10万円以下の罰金)に該当します。(1) 納税者としては税務署員が、わざわざ「調査の予告」に来た程度に考えて対応しておけばよいことです。納税者は、正当に納税申告をし、納税もしているわけですから(もちろん滞納の場合もあるでしょうが、それは所得等の調査とは関係ありません。)、予め納税者が納得する理由を示して調査への同意を求めるのが筋ということになります。(2) |
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(注)
- 刑法130条は「正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは船舶に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、3年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。」と規定しています。いきなり予告なしに来訪した税務職員が、質問検査権を行使しようとしたとき、それを受忍するかどうかは、納税者自身の全く自由な判断で決定できることです。他に予定があるとかないとかには全く無関係で、嫌なら断ればよいことであって、断る理由が特に必要だということではありません。これは検査拒否でも不答弁でもありません。明示的に、「私は税務調査を受けたくありません。」と検査を拒否すれば、検査拒否罪は成立するかもしれませんが、先のばしする申し出は、その質問検査権の行使がたとえ適法なものであっても検査拒否には当たりません。
- 無予告調査については、通則法74条の10の「違法又は不当な行為を容易にし、正確な課税標準等又は税額等の把握を困難にするおそれその他国税に関する調査の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあると認める場合」という要件を厳格に解釈し、無予告調査がこれらの三つの要件を満たした適法なものであることを税務職員に確認することができるものでなければならないとする見解があります(税理士岡田俊明氏、「税経新報」597号(2012年2月号)。その理由として、「今回の法律改正は」、調査手続の透明性及び納税者の予見可能性を高めるために行われたものであり、その例外規定は『悪質な納税者の課税逃れを助長することのないよう』定められたものであるから、調査担当官は説明責任を負うものと考えられる。」としておられます(同法22頁 3頁)。この見解に筆者も賛成ですが、その前に、この要件が説明されようとされまいと、無予告調査自体が課税庁の恣意的な判断で行われるものですから、それ自体を断って日を改めて行わせることで問題は解決するはずです。因みに、筆者は、これまで、一度も無予告調査に応じたことはありません。また、関与先納税者には、無予告調査はお断りするように日頃からお願いしています。料調調査も何度か経験していますが、納税者が断乎たる対応をしてくれさえすれば税理士は電話だけで対応できるものです。
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8.調査終了の手続
改定通則法74条の11は「調査終了の際の手続」を定めています。1項は、実地の調査を行った結果、更正決定等をすべき事由がない場合は、調査の対象とされた納税義務者に対して、「更正決定等をすべきと認められない旨」を書面により通知するものとされました(12項)。従来の是認通知のことです。
2項は、調査の結果、いわゆる非違事項があった場合について定めています。当初案では、その内容を文書にして交付することになっていましたが、文書の交付は削除して口頭での説明に「修正」しました。これも財務官僚OB議員などの反対によるものです。問題なのは、3項の「修正申告又は期限後申告を勧奨することができる」とする規定です。更正処分をする場合は、具体的な理由を記載しなければなりません(1)。この更正の理由は、その後の不服申立てや訴訟に進展した場合、課税庁を拘束するものですから、課税庁にとっては大きな負担が求められることになります。そこで威力を発揮するのが、「修正申告等の勧奨」です。修正申告は、納税者の意思に基づいて自発的に所得金額や税額を増額させるものですから、理由は必要ないわけです。また、条文にも書いてあるとおり、修正申告については不服申立てもできません。更正決定をちらつかせながら、「もし修正申告に応じてもらえなければ調査は終りませんよ」というような圧力が修正申告勧奨規定を挺子としてかけられる危険性があります。修正申告の勧奨についての規定はそのような不当な圧力に利用しようという狙いを持ったものであった可能性は否定できません。ですから「勧奨」は法律の条文の上だけで、実際には従来からあった「強要」になる危険があります。税務職員の修正申告の要求(勧奨)に納得できない場合は、理由を明記した更正処分を受けて、不服申立ての権利を留保しておくことが必要です(2)。
更正処分には、すべて理由を付記することが義務づけられたましたので、違法不当な課税処分を防止するとともに爾後の権利救済手続における争点を明確にさせるためにも、容易に修正申告に応じないで理由を明示した更正処分を受けた上で、堂々と争う道を選ぶべきでしょう。
調査終了の手続でもう一つ見逃せないのは、6項の修正申告や更正処分があり調査が終了した後においても「新たな情報に照らし非違があると認めるときは」課税が可能な期間内であれば何度でも調査をすることができる旨の規定です。これほどあからさまな威嚇的な規定を持つ税法は、申告納税制度を採用している先進諸国においては極めて異例です。悪質、巨額な脱税については、徹底的に追及すべきですし、そのために国税犯則取締法もあるわけですから、零細な納税者を威嚇するような規定はそもそも設けるべきではなかったのです。 |
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(注)
- 改定通則法74条の14(行政手続法の適用除外)で、これまでほとんど適用除外としていた行政手続法のうち、同法8条(理由の提示)および第14条(不利益処分の理由の提示)が適用除外部分から除くこととされ、一般の行政処分の理由付記規定が更正決定処分についても適用されることになりました。行政手続法の適用除外のうちの適用除外というややこしい規定で、結果的には理由付記の規定が行政手続法どおり適用されることになったわけです。
行政手続法の一般的な適用除外を定めている改定通則法74条の14の規定自体が不当ですが、所得税法上の記帳義務を一般化したことによる見返り措置ということになります。
- 通則法74条の11第3項の「当該納税義務者が納税申告書を提出した場合には不服申立てをすることはできないが更正の請求をすることはできる旨を説明するとともに、その旨を記載した書面を交付しなければならない」という規定について、この書面の中に同条第2項に規定されている「更正決定をすべきと認める場合には、当該職員は、当該納税義務者に対し、その調査結果の内容(更正決定等をすべきと認めた額及びその理由を含む)を説明するものとする」その内容も記載しなければならないと解することには文理解釈上無理があるように思います。
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9.更正請求を抑制しようとする新たな罰則
改定通則法127条(罰則)1号は、新たに「第23条第3項(更正の請求)に規定する更正請求書に偽りの記載をして税務署長に提出した者は、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」こととしました。
せっかく、更正請求の期間を1年から5年に伸ばして納税者に有利な規定を設けたと宣伝してみても、この威嚇的な罰則が設けられては、安心して更正の請求をすることはできません。
通則法23条4項は、「税務署長は、更正の請求があった場合には、請求に係る課税標準等又は税額等について調査し、更正をし、又は更正をすべき理由がない旨をその請求をした者に通知する。」と定めています。つまり、更正の請求は原則として調査をした上で更正するかしないかを決定することになっています。財務官僚は、更正請求があれば改めて調査をし、更正請求に虚偽記載があれば罰則の適用があることを理由に更正請求の取り下げを要求することもできるのではないかという副次的効果を狙っているのではないかという危惧も表明されていますが、その可能性は全くないとはいえないとしても、そのような運用をさせてはなりません。また、単に他に申告洩れの所得があったとしても、それは虚偽記載には当たりません。更正の請求は、特定の事実に基づいて申告や更正処分の是正を求めるものですから、それ自体に虚偽記載がないかぎりこの罪は成立しません。更正の請求があった場合は、その申請の内容(争点)にしぼって調査し、更正すべきかどうかを判断すればよいことであり、他の所得について申告洩れ等があった場合は、別個に増額更正をすればよいことです。そもそも、更正請求は、権利救済のための制度ですから、更正請求に罰則を設けるなどという発想自体は、財務、税務官僚の体質から出ているもので、厳しく批判されなければなりません。 |
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10. 国税徴収法における質問検査権、捜索、差押
国税等の滞納処分の一環として、国税徴収法は、徴収職員に強力な権限を付与しています。国税徴収法141条(質問及び検査)、142条(捜索の権限及び方法)ないし、146条(捜索調書の作成)が質問検査、捜索についての規定ですが、これらの「規定による質問検査又は捜索の権限は、犯罪捜査のために認められたものと解してはならない」(147条2項)にもかかわらず、滞納者やその家族、従業者等が立会いをしない場合でも市町村職員又は警察官等の立会いがあれば(144条)令状なしで行えるほか、滞納者等の関係者を除きその他の人の出入禁止をすることもできます(145条)。
また、財産の差押えについては47条以下に捜索と同様、令状によらないで行うことができる旨、財産の種類等に応じて詳しく規定されています。差押えた財産は取立てや公売等の手続を経て現金化し、これを滞納税金に充当させることになっています。差押禁止財産(75条ないし78条)等の規定もありますが、これは本稿の論点と直接関係がないので省略しますが、司法権が介在しない(つまり令状によらない)ところで徴収職員の判断だけでこれらの処分ができるという点について読者の注意を喚起しておきたいと思います。
「この場合の差押えは、行政上の義務の強制としての性質をもつから憲法35条の適用はない」(1) と一般には解されていますが、憲法が法律の留保さえ認めていないのですから、「行政上の義務の強制としての性質」という抽象論で片付けてしまってよいものかどうかは改めて根本から問い直さなければなりません。なぜならば、そもそも国と国民の関係は対等の権利主体である筈ですから、行政権にこのような優越的地位を認めること自体が批判されなければなりません。
行政が令状等によらないで自ら強制的に権利を実現することを自力執行力といいますが、私人間の争いにおいては確定判決や公正証書のような執行力のある「債務名義」(2) により執行吏等によってはじめて強制執行ができるわけですから、国家権力、特に行政権に優越的地位を認めるべきでないという「法の支配」ないしは「法治主義」の大原則からは自力執行力を広く認める国税徴収法の令状なしの捜索、差押えなどは制限的に解釈されなければなりません。地方税や社会保険料等の滞納処分もほとんどが国税徴収法の例によることになっています。最近、地方税や国保料(税)等の滞納の増加に伴い、国税に先立って強権的な滞納処分による取り立てが行われている事例がかなり増加しています。したがって、その根拠となっている国税徴収法の上記規定は根本的に再検討されるべきときです。問題提起として述べておきたいと思います。 |
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(注)
- 『法律学小辞典』第3版438頁。
- 同上429頁、「強制執行によって実現されるべき請求権の存在及び内容を公証する文書」
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11.人格のない社団等について
1962年に通則法が制定されたとき、税制調査会の「国税通則法の制定に関する答申」のうち、納税者や学界、労働組合などの反対によって法案から削除された5項目があったことは、既に本誌586号(2011年2月号)で紹介したところですが(1)、国会での審議が紛糾して、成立が1962年4月2日までずれこんでしまった理由は、法案から削除された5項目とは別の点にありました。この点についても、本誌588号(2011年5月号)で紹介してあります(2)。
国会審議が紛糾して、年度内に法案が成立しなかったのは、通則法3条の「法人でない社団又は財団で代表者又は管理人の定めがあるもの(以下「人格のない社団等」という。)は、法人とみなして、この法律の規定を適用する。」という規定をめぐってです。政府案では、「法人でない社団又は財団で代表者又は管理人の定めがあるもの(以下「人格のない社団等」という。)は、国税に関する法律の規定の適用については、法人とみなす。」となっており、人格のない労働組合や業者団体、民主団体等について全体的に税法の網を掛けようとしていたわけです。
この点について、改めて当時の状況を説明しておくと、次のような事情がありました。これは、大蔵財務協会から発行されている『昭和税制の回顧と展望』の中の元大蔵省幹部の発言です。その中で、当時の大蔵省主税局臨時税法整備室長(その後大蔵省大臣官房審議官)植松守雄氏は、次のように語っています。
「……われわれとしては、最後まで直さなかった規定が一つあったわけです。それは、……例の人格なき社団に対する罰則の適用の問題があって、所得税法と法人税法はすでに昭和32年(1957年)に両罰規定の中に人格のない社団を含むというのがいれてあったわけです。ところが、間接税は税法の数が多いものですから、いちいち入れきれなかったわけです。……そこで、税法改正としてはちょうど通則法が最後のチャンスで、通則法でおよそ税法の適用にかんしては人格なき社団を法人とみなすという規定をいれようとしたわけです。ところが通則法の国会審議が難航し、ほかの税法では通則法に統合した規定を削除した形ですでに成立したのに、通則法だけは4月7日(実際には4月2日…関本注)ぐらいまで残っちゃったのです。そうしたら、税法の更正決定だとか徴収に関する規定がブランクになってしまい、それで人格なき社団の規定を落すように圧力がかけられ、最後に泣く泣くその通則法の規定を議員修正の形で落としたわけです。それで、結局、今日のように税法の適用に関してではなく、ただ、通則法の適用に関しては人格なき社団を法人とみなすというあまり意味のない規定に換骨奪胎されてしまった。そういう経緯がありました。」(3) この発言では、次の二つのことがわかります。
第1は、答申から削除された5項目以外で、通則法の中に入れようとしていた最も重要な項目の一つが、人格のない社団等の規定をすべての国税に関する法律に適用させるということです。それまでに所得税法や法人税法、相続税法など主な税法については人格のない社団等を法人とみなして各税法を適用する旨の規定を設けていましたが、62年(昭和37年)の通則法制定を機にすべての国税に関する法律の適用について、人格のない社団等を法人とみなして、各個別税法の規定特に罰則の適用を立法化しようとしていたことです。今回の改定でこの目標が達成されたことになります。そういう意味で、質問検査権の統合的規定の創設や帳簿等の提出命令、留め置きの規定、罰則の強化は62年の通則法の制定に関する答申の内容を超えたものといえます。半世紀前の大蔵官僚の夢が民主党政権によってようやく「花開いた」といってもよいでしょう。
第2は、この時に、「改正税法」を各個別税法毎にバラバラの法案として国会に提出していたそれまでのやり方では、一部の「喰い逃げ」が可能になるので、すべての改定事項を「平成○○年度税制改正一括法案」として提案すれば、一部だけ「喰い逃げ」される心配はないということを政府は学んだわけです。その直後からかどうかは調べてないのでわかりませんが「一括法案」として、各個別税法の改定を一本の法案にして提案するという知恵を持つようになったと思われます。たとえば、今回の質問検査権の質的変化を含む強権化が、一括法案の17条「国税通則法の一部改正」として提案されたのもその一つです。 |
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(注)
- 本誌586号(2011年2月号)、3頁以下、拙稿「納税者権利憲章と国税通則法」
- 本誌588号(2011年5月号)39頁以下、拙稿「国税通則法制定時の大蔵官僚の本音」
- 大蔵財務協会『昭和税制の回顧と展望』下156頁 7頁。
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おわりに
以上、私が重要と考えている国税通則法の改定の中のいくつかの項目について、その解釈と運用のあり方を述べました。これまでも何度も指摘してきたように、改悪に反対する運動を展開する立場からの法案の危険性の指摘と、立法された後、これを納税者国民の権利を侵害されないためにも如何に限定的に解釈したり、少しでも使えそうな規定は最大限に活用するという立場からの解釈や運用は、同じ納税者国民の権利を守る立場からのものであってもおのずから違います。
したがって、課税権力の側の勝手な解釈や運用によって、納税者国民の権利がいささかなりとも侵害されることを許してはなりません。以上で検討した問題点以外にも、まだ未解明の部分がたくさんあると思いますし、他の会員や研究者の深い検討も期待されます。税経新報誌上での議論の展開を期待してやみません。
特に、今回の質問検査権の強化に対する手 続規定は、これまで税務行政の中で「慣行」として行われてきたことを法律上明確化したものに過ぎないと説明しているわけですから、内部的な取扱いがどうであったかなども含めて、従来と違った強権的な運用がされるようなことがあれば、それは、「立法の趣旨」に反することになるわけですから、厳しく糾弾されなければなりません。情報の開示請求なども大いに活用して、これまでの税務行政の実態の中で「慣行」として行われてきたもののうち、少しでも課税庁の手足をしばることができるものがあれば、そういうものもわれわれの道具として使うことができます。そのような細かい配慮も心掛けることが必要と思われます。
そして、何よりも重要なことは、最初に述べたように、最高法規である日本国憲法に保障されている国民の基本的人権を、憲法の規定を根拠にして正しく守り抜いていくこと、これが国民の憲法上の義務でもあるという立場を堅持することです。
一つ一つの税務調査の現場において、そのような心掛けを片時も忘れないで職責を全うすることを心から期待しています。 |
(せきもと・ひではる) |