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時潮

「必然的」な公約違反の消費税と新人会の歴史
副理事長 松田 周平

1987年4月23日、5カ月前に姿を現した炎は列島騒然と言われた国民の怒りにより風前のともし火と化していた。ところが原衆議院議長のあっせん案により、かろうじて火種が残った。この火種が今日多くの国民の生活を圧迫しようとは。完全に消し去っていれば、いや歴史に「たられば」はない。

前年の7月衆参同日選挙で中曽根首相は「この顔が嘘をつく顔に見えますか」と大型間接税を否定し、自民党は大勝。同年暮れ売上税(3%)導入・マル優(原則利子非課税)廃止・大企業高額所得者減税を柱とする「税制改革案」を閣議決定した。これに対し税経新人会は各地で反対運動を展開。東京では任意4団体が集会を開催し、服部税理士会会長も飛び入りで反対表明、税理士会は日税連に意見書を提出。千葉会は県下の税理士に一口1万円の意見広告へ参加を呼び掛け、北陸会は地元の新聞社後援の講演会を開催、神戸会は朝日・毎日等の新聞社が案内記事を掲載した250名参加の集会(青税と共催)を開催した(朝日が報道)。

その他各地域で反対の共闘組織に加入、また1月から4月の繁忙期に56回もの講演を行った会員もいた。全国協議会も書籍「許すな売上税」(民主法律家協会発行)を発売した。私が勤務していた事務所の前のスーパーでは屋上からの「売上税反対」の大垂れ幕が人目を引いた。こうしてマスコミの世論調査では売上税導入反対82%賛成7%(3月14日朝日)となり、直後の一斉地方選挙では「総理が来ると票が減る」と自党候補者から応援を拒否される異常事態となり、自民党は大敗し、国民の力で売上税を葬り去った。

不可解なことはそれから2年後(89年4月)に実施された消費税導入まで、一度も国政選挙が行われていないことだ。いや正確にいえば行えなかったのだ。この時も新人会は各地で旺盛な活動を展開した。北海道では道内全税理士へ「訴えとアンケート」を郵送し60%が反対と回答、この数字を記者会見し、NHK含め各新聞社が報道。千葉では税理士500名のカンパで横14.4縦3.6mの立て看板を、JRの列車から良く見える場所に設置した(なお、消費税導入から遡ること10年、諸々の団体が大同団結した「一般消費税反対のための中央連絡会」の結成に新人会は参加、学習会への講師派遣、資料作りに加わった。全国3,366自治体のうち1,580の自治体が反対決議をした。79年12月21日には衆参両院で「財政再建のためには一般消費税を導入しない」という特別決議をしている)。

あれから23年、野田首相は消費税の税率アップを表明した。言うまでもなく公約違反である。94年税率5%へアップ(97年実施)した社会党の村山内閣も含め、歴史上国民は消費税の導入・税率アップを認めていない。消費税に「手を付けた」政権は次の選挙で敗北を繰り返してきている。選挙での投票率の低下が懸念されて久しいが、大型間接税が果たした罪は重い。現在世論調査では「社会保障財源のため」というまやかしの前提が付いて、税率アップ賛否はやっと拮抗している。社会保障財源でないことを明らかに出来るなら、時代の違いこそあれ反対82%も夢ではない。*字数の関係で会の取り組みを全て紹介しきれていません。紹介できなかった会には失礼します。神戸会が近いうちに税経新報縮刷版のCDを発売します。皆さん詳細はそちらで参照してください。

(まつだ・しゅうへい:東京会)


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