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時潮

破壊される地方自治
副理事長 戸谷 隆夫

今、名古屋の町を新自由主義の "妖怪"(小林武愛知大学教授の命名)が徘徊している。この妖怪は、民主主義の装いと構造改革を標榜するだけになかなか厄介である。

妖怪の萌芽は2009年の市長選挙で「減税10%日本一税金の安い街ナゴヤ」をスローガンに「税金を払う方は地獄。税金で食っている方は極楽」と公務員や議員を攻撃し、官僚批判の風潮と政治不信を背景に登場した。市長選挙の勝利は民意とばかりに、後房雄名古屋大学大学院教授(就任後1月で辞任)などを市経営アドバイザーに任命し、議会の議決に拒否権を発動するなど強引な手法で市政の運営を開始。「抵抗する議会は民主主義の敵」「庶民革命」と支援者の組織化をはかり(河村サポーターズ)"妖怪" に育ちあがった。

「減税」「庶民革命」の響きは心地よいが、中味はどの様なものであろうか?「河村ビジョン・市民革命」(08年8月)では「減税を起点にした社会の転換。 歳入減に合わせて行政をスリム化、厖大な無駄をカット。 公共サービスへの地域力活用」すなわち、公共サービスの民間委託・民営化(地域力活用)で小さな政府に転換するテコとして歳入減(減税)を行うというものである。

「赤ちゃんからお年寄りまで平均1万円の減税を実現」(10月3日自衛隊まつりでのあいさつ)と宣伝しているが、「庶民減税」に反し減税0円の個人が52%、法人の58%が5,000円、最高減税額は個人で2,000万円、法人で2億4,240万円。減税の財源は市債の発行220億円、東海大地震のために積み立ててきた「災害用積立金」88億円のうち36億円(議会の反対で12億に減額)の取り崩し。そして、市営病院6ヶ所のうち2ヶ所の民営化、二段階保育料の導入・値上げなど福祉切捨ての提案であった。

今年の2月議会で「今年限り」に修正されたことに対抗し、市長は6月議会に「恒久減税に戻す減税条例案」を提出。「議会は民意を無視している」「議員はボランティア」と主張し議会のリコールを視野に「議員報酬800万円・議員半減」を提案。議会の反対と市長の再議提案、議会の再議決を経て8月17日にリコールを請求し政局と化した。

わが国の地方自治は「地方公共団体の長」と「議会の議員」については、住民が直接これを選挙する二元代表制を採っている。二元代表制のもとでは、予算提案権や人事権を有する執行機関(首長)と議会は独立・対等の関係に立ち、議会の役割は多様な住民の意見を反映させ合議により団体意思を決定する機能と執行機関を監視・評価する機能が期待されている。

リコールを主張する者達は「市長のマニフェストの実現に抵抗する議会は民主主義を理解していない」と主張する。これは、二元代表制を否定し、抵抗しない議会を描き出し市長独裁を企図するものであり民主主義と相容れないものである。また、「民主主義=多数決」「得票率こそ正当性のバロメータ」という誤った理解に基づく主張である。

西村肇東大名誉教授は「民主主義と問われたら、私なら『それは日本国憲法なかんづくそこに規定されている基本的人権を実現するための(立憲)民主主義である』と答えます。したがって『多数決が民主主義』とは答えません。そういう考えは憲法の中にはないからです」と述べている(08年10月1日付Jim Nishimura Web)。憲法の規定する住民自治の意思決定は二元代表制であり、合意形成型民主主義である。

政府は「地域住民が自らの判断と責任において地域の諸課題に取り組むことができるようにする改革(地方主権戦略)」と称して、第一に国の「義務づけ・枠づけ」の廃止と条例制定権の拡大、第二に国庫負担・補助金の一括交付金化、第三に地方自治体への責任転嫁によるナショナルミニマムの圧縮を図ろうとしている。

そして、「新しい公共」の名のもとに「公共は官と企業と住民の協働=社会サービスの市場化・ボランティア化」を推し進めようとしている。そして、「議員定数の自由化、教育委員会など行政機関の共同設置、一元代表制や住民投票の成立要件の緩和」(地方行財政検討会議の議論)を視野に入れている。なごやの“ 妖怪” とベクトルが一致していることは看過できない。

(とたに・たかお:名古屋会)


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