論文

請願法の活用事例
〜人権侵害の税務調査に抗して〜
中国税経新人会  金巨  功  

私は、元全国協議会理事長である浦野広明先生の「税務調査とのたたかい」で紹介されている「請願法」を活用して、納税者の人権侵害と思われる税務調査に対処して対応する場合があります。そのほとんどが、「税務調査で大変なことになっている」というSOS が発信され、税務調査の立ち会いから着手したものです。もちろん、「その事実が本当にあったか」「その事実がどの程度なのか」「納税者が心底怒りを感じているか」「そのことによって精神的・経済的にも不利益を被っているか」などを聞き取り、納税者に「請願法」で税務署に対抗していこうという意思を確認してから、文書を作ります。事態を収束するにうまくいったケースがほとんどですが、空振りに終わったケースもあります。後者のケースを反省してみると、納税者と代理人との信頼関係が不足していたのも否めません。

紹介する事案は、請願書を出したことによって、税務調査そのものが中止となったケースです。余りにも人権を蔑ろにした事案で私自身も驚きました。税理士が非関与のところや人権意識の少ない税理士の下では、少なからず散見しているのではないかと推察されます。その生々しい内容をご紹介します。

請  願  書
○○税務署長殿

下記の事実により日本国憲法第16条および請願法に基づく請願をする。また、請願法5条による誠意ある対応を求める。

1.事実経過

平成○○年○月○日(火)午前8時30分頃、○○税務署個人課税第2部門、統括国税調査官、○○○○氏(以下、統括官という)他1名の税務署員が来訪した。

玄関に対応に出た妻に対し税務署員である旨を告げ、2人は身分証明書を提示した。妻は2人に対し「主人は毎日明け方まで仕事をしていて、まだ2時間程しか寝てないので困る」と言ったが、統括官は「ご主人の名前で申告しているので、起こしてもらいませんか」と言った。

私は、たった今寝ついたばかりなのに何が起きたのであろうかとやっとの思い出で起き上がり、パジャマ姿のまま玄関に出て「まだ寝たばかりなので今日は止めてもらえませんか」と言うと、統括官は「ちょっと現状を見るだけなので見せてもらえませんか」答えた。私が「何で昨日事前に電話をくれないんですか?そうすればもう少し早く寝るのに、このまま起きて夜中の3時まで16時間働かなくてはいけないのだから、そんな事をしたら、体を壊すから今日は止めてもらえませんか」と言うと、統括官は再び「いや、ちょっと現状を見るだけですから」と現状を見たらすぐ帰る様な事を言うので、私は「じゃあ、店の方へどうぞ」と1階の店の方へ行ってもらった。

そこで、また私が「何で事前に電話をしてから来ないの」と言うと、統括官は「すぐに帰りますから、ちょっとつり銭だけ見せてもらえませんか」と、つり銭を見せれば帰る様な事を言いながら、その後は次々と「引出しの中を見せてもらえないか」「帳簿を今つけている所を見せてもらえませんか」などと要求。私が「家の中はちらかっているのでだめです」と言っても「ちょっと見るだけですから」とうまい事を言って家の中に入り込み、妻のハンドバックを半ば強制的に見たり、その間私が10回以上大声で「今日は帰って、少しでも寝かせてよ」「30分でも1時間でも横にならないと体を壊すから」と何回も何回も必死で訴えても無視して調査を約2時間余り続行した。

私はこのままではいつまでも帰りそうもないので「上司の方にお願いするから上司に電話してほしい」と言っても無視してさらに調査を続行した。若い方の署員は、私が何回も「何をやっているんだ。早く家から出ろ」と大声で言ってもまったく出る様子もなく、銀行通帳等を写しているので、私が「とにかく上司に直接お願いするから、これから一緒に税務署の方へ行きましょう」と言っても行く様子はなく、私が3回4回と「上司に直接お願いする」からと繰返すとしぶしぶ税務署に行く事になり、統括官は「上司に連絡しますので」と言い3分位電話で打ち合わせをした後、「上司の○○に連絡しましたのでどうぞ署に来てください」と言った。

税務署で午前10時50分頃上司の○○氏に面会。私は「何でこんな人権を無視したことをするのか」と、激しく抗議した。○○氏は私から事情を聞き「確かにやりすぎた様だ」と認めた。また、統括官も「引きずってしまった」とやりすぎを認めた。さらに○○氏は「私は、ここまでひどいやり方をせよとは指示をしてない」とも言及した。私は「こんなやり方は間違っていると思うので中止するか、延期してほしい」とお願いしたが「それは出来ない」と断られた。その間約30分程、私は「こんなやり方は、人権を無視しただけでなく、すぐ帰る様なことを言って人をだまして、サラ金の取立てよりひどいじゃあないですか」と抗議し、開店時間も過ぎていたので帰宅した。

その日は、肉体的にも精神的にもほとほと疲れたので店を休めば良かったのかもしれないが、せっかく当店で食事をするのを楽しみに来店してくれるお客様のことを考えるとそれもできず、そのまま仕事を続けた。しかし、夜になると立っていることもできなくなり、店をやむなく早仕舞いしてしまった。翌日も体調が極めて悪く店も早仕舞いを余儀なくされた。翌々日は体調が更に悪くなり三日も続けて早仕舞いせざるを得なくなった。

税務署員はこんな人権を無視したやり方をしても良いのか。そのために、体調を崩してとうとう店休日に医者に行く羽目にもなった。その病状を証するために医師の診断書を添付する。また、私が体調を崩したことにより、この3日間店の売上げも減少した。この経済的損害をどのように考えているのだろうか。

2.請願事項

国税庁の「税務運営方針」では「調査方法等の改善」として次のように述べている。
「税務調査は、その公益的必要性と納税者の私的利益の保護との衡量において社会通念上相当と認められる範囲内で、納税者の理解と協力を得て行うものであることに照らし、一般の調査においては、事前通知の励行に努め、また現況調査は必要最小限にとどめ、反面調査は、客観的にみてやむを得ないと認められる場合に限って行うこととする。なお、納税者との接触に当たっては、納税者に当局の考え方を的確に伝達し、無用の心理的負担を掛けないようにするために、納税者に送付する文書の形式、文書等をできるだけ平易、親切なものとする。」とある。

しかし、今回の税務調査は、納税者が再三再四にわたり、体調不良を訴え「調査の延期を求めた」にもかかわらず、長時間に及ぶ調査を続行したためについには体調を崩し医者への通院を余儀なくされ、しかもそのことにより店の売上げが減少していることは紛れもない事実である。
このことは、国税庁の「税務運営方針」からも大きく逸脱していると思慮される。

なぜ、事前通知がなかったのか、なぜ、「税務運営方針」から大きく逸脱するような、また日本国憲法第11条に定められた「基本的人権」を蔑ろにしたような調査が強行されたのか、その理由について速やかで、かつ誠意ある文書での回答を請願する。
  平成○○年○月○日
請願人 ○○市○○町○丁目○番○号
    ○○○○
代理人 山口市小郡高砂町8番11-201号
    税理士 金巨 功

この調査の顛末

私に相談があったのは調査着手後3日後、話を進めていく中で調査が余りにもひどいので納税者にその日の状況を手記風に書いてもらうと同時に、医師の診断書をとってもらうように依頼、さらに3日後この請願書を出ました。驚いた税務署は、当初の私と統括官とのアポを1週間延長し、上司ともども会うことになりました。私の抗議に、最初は「納税者との信頼関係が第一だが、今回の事案は配慮不足。あらためて納税者にもお詫びをしたい。ただ、税務署としては本人の体調の回復するまで、当分の間中断する。請願書には文章での回答はできないが、誠意をもって対処する」としていましたが、確定申告も近づいてきたこともあって、税務署の若干の疑問点を私が答えることで、修正申告もなく無事調査終了となりました。

(かねこ・いさお)
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