論文

民主党の税制改革案を、みる
東京会  飯島  健夫  

8月の総選挙の結果、民主党が絶対安定多数の議席を獲得して第一党になり、自民・公明の長きにわたる政権が終わり、民主党中心の鳩山内閣が発足した。自民党も民主党も政策の基本では大差がないという懸念がある。消費税増税の志向、憲法9条の改定、衆院比例定数の削減などがそれである。これらの課題がいきなり政治日程にのぼるかどうか不明であるが、まず、民主党がこれまでに発表してきた税制政策をみることにする。

民主党は2007年12月26日に「納税者の立場に立った税制のあり方を根本的に変える税制抜本改革」を行うという税制改革大綱を発表した。この大綱にもとづいて2008年12月24日「税制改革アクションプログラム」(以下、「プログラム」という)を作成した。このプログラムを中心にして、その後発表されたマニフェスト等(以下「プログラム等」という)からも税制政策をみることにしたい。

真に納税者の立場に立った政策など、これまで我々が主張してきた政策と類似しているものは実現に向けて積極的に働きかけるなどの運動が求められているといえよう。

1. 税制改革のプロセス

民主党は税制抜本改革のビジョンとして、「税の根本に立ち戻り、納税者の立場で現在の税制を根本から作り直す」として、「新しい時代と社会に適合した税制の仕組みを築く」ために「税と社会保障の一体化」を強調している。また、これまでの税制改正のプロセスには問題があるとして、次の改革案を提起している。
(1) 与党税制調査会の廃止
(2) 政府税制調査会の廃止
(3) 財務大臣の下に新たな政治家をメンバーとする政府税制調査会を設置
(4) 各省庁に税制担当政務官を設置、各省庁の税制改正の意見を集約、地方税については地方六団体を核とし地方自治体の主体的判断にゆだねる仕組みとする。
(5) 新しい政府税制調査会の下に専門家委員会を置き、中長期的税制のあり方を助言させる。
(6) 「租税特別措置透明化法」で政府部内の意見を集約する。
プログラムは、自公政権時代の与党税制調査会は既得権益の温床であり、また、政府税制調査会は本来の機能を発揮していないという理由でそれぞれの機関の廃止を提起しているのであるが、新たな調査会が同じような轍を踏まないとも限らない。しかし、議論の公開が原則であると明言しているので、国民参加の下での公開を制度として確立するよう期待する。

民主党はプログラムで衆参両院に「歳入委員会」(常任委員会)を設置、社会保険料を含めた歳入全般の議論をしたいと提起している。この「歳入委員会」が現在の予算委員会とどのような違いがあるのか説明がないが、税制問題だけでなく、歳入全般を議論することには異論はないが、先に述べられている「税と社会保障の一体化」論のなかで、社会保障財源に消費税を結び付けてくるような議論が出るとすれば警戒しなければならないだろう。

次にプログラム等でいう各税の政策をみることにする。

2. 所得税

(1)現行の所得控除を税額控除に
(2)所得税の最高税率引き上げは実効性に乏しい
(3)「番号制度」導入を前提に「給付付き税額控除」の導入
(4)現行の基礎控除を「給付付き税額控除」に替える

プログラムでは「最高税率を引き上げることは再分配機能の回復策として実効性に乏しい」と一蹴し、その理由として最高税率を引き上げると「担税力の高い者ほど納税する場所を自ら選択できる状況」であるからといい、つまり、最高税率を引き上げると高額所得者は国外へ納税地を求めるようになるから実効性がないといっているわけである。

小泉構造改革以来拡大してきた貧困と格差の深刻化のなか、所得税においては応能負担の原則のもと高度累進課税による所得再分配機能の回復が必要であるといわなければならない。プログラムの論理は「実効性に乏しい」最高税率の引き上げよりも、「給付付き税額控除」を導入したほうが所得再分配機能の回復になるといっている。その論理をプログラムでは「所得再分配機能を高めていくためには所得控除を税額控除に替えるだけでなく、「給付付き税額控除」の導入を進める。これは「税額控除を基本として、控除額が所得税額を上回る場合には、控除しきれない額を現金で給付する制皮である」と述べ、これには「所得把握のための番号制度等を前提」であるといい、生活保護者や低所得者に対する生活支援として有効であるといっている。低所得者支援という名の下に、所得税が持つ本来の機能である高度累進課税、応能負担の原則がすり替えられかねないかということが懸念される。負担は能力に応じて、給付は平等にという理念が単なるバラマキになりはしないか。

なお、所得税制の基本的命題である総合課税についてプログラムでは全く言及されていない。

* 注、「給付付き税額控除」制度は中低所得層への経済支援策として欧米先進諸国で導入されている。欧米の給付付き税額控除は政策目的別に4種類ある。 勤労税額控除(一定時間就労する中低所得者世帯に対して一定額の税額控除) 児童税額控除(子供の人数に応じた税額控除で母子家庭の貧困対策や子育て支援、少子化対策に) 社会保険料負担軽減税額控除(低所得層の税負担・社会保険税負担を緩和させる。オランダや韓国で導入) 消費税逆進性対策税額控除(基礎的生活費の消費税率分を所得税から控除、還付する。カナダ、シンガポールで)。給付付き税額控除は世帯単位での正確な所得把握が必要のため、納税者番号や社会保障番号のような番号制度が必要になってくる。社会保障番号を整備しているアメリカでも不正受給が後を絶たないという調査がある。その調査によれば、米国会計検査院の報告によるとして1997年の勤労税額控除の不正受給割合は約31%にのぼるという。

プログラム等での所得税の項ではさらに次のような提起をしている。
(5)給与所得控除に一定の上限額を
(6)現行の実額控除を使いやすい制度に
(7)金融所得は、当分の間分離課税に、損益通算の範囲を拡大
(8)「配偶者控除」「扶養控除」は「子供手当」へ転換

マニフェストでは「次代の社会を担う子ども一人ひとりを」「社会全体で応援する」という考えを示しているが、増税になる子供のいない家庭や片働きの世帯はどうなるのであろうか。子育て支援政策全般の政策を知りたい。
(9)「公的年金控除」の65歳以上は最低保障額を120万円から140万円に
(10)「老年者控除」を復活

3. 相続税

相続税についてプログラムは次のように述べている。
「現行の「法定相続分課税方式よる遺産取得課税方式」から「遺産取得課税方式」へ変更しようとする与党案(注、当時の自公政権)に対して、相続財産の一部を社会に還元させるために遺産の分け方によって税額が違ってくることがない遺産そのものに課税する「遺産課税方式」に転換し、課税べ一スや税率は中資産家層の育成に配慮」。

ここでは富の一部を社会に還元させる考え方に立ち、「遺産課税方式」への転換と中産階級の育成が検討されている。

4. 法人税

民主党が法人税率引き上げについてどのように考えているか注目される。プログラムでは次のように述べている。「租税特別措置の抜本的な見直しを行うこととしているが、これを進めて課税ベースが拡大した際には、法人税率を見直していくこととする」。

ここでは租税特別措置法の見直しにともない法人税率を引き下げることを示唆している。課税ベースの拡大にともない法人税率の見直しをするという方向性は、自民党の「中期プログラム」も同様であり、日本経団連が2008年10月2日に出した提言も同様である。民主党はプログラムで租税特別措置法を「隠れ補助金」と定義し、抜本的な見直しをするとしているが、法人税の項ではもっぱら、この「租税特別措置法の見直し」が終始して記述され、法人税全般の改革案は示されていない。法人税の改革は租税特別措置法の改革をすれば足りるとも受け取れる。

「租税特別措置透明化法案」(正式名称、「租税特別措置の整理及び合理化を推進するための適用実態調査及び正当性の検証等に関する法律案」)を次期通常国会に提出して、整理・合理化を図ることを明言している。その「整理・合理化」にともなう法人税率の引き下げが危惧されるが、「隠れ補助金」という考え方は従来からわれわれが主張していることであり歓迎したい。しかし、研究開発減税などを「真に必要な措置」であるとして、恒久措置へ転換するとしている。つまり、研究開発減税は法人税法本法に組み入れるというものである。

前述のように、プログラムは法人税に関連させ、「租税特別措置法の抜本的な見直し」の項目を特別に立て、租税特別措置法の特徴を「特定の対象に、特定の政策を実現するため」と表現しているものの、準備金制度や税額控除、特別控除、特別償却、割増償却などには全く言及していない。「隠れ補助金」というのであれば、何をもって、「隠れた」「補助金」であるのか、説明がほしいところである。なお、大企業とか、大資産家という文言は、残念ながらプログラムのどこにもない。

プログラム等では次のような記述があり、注目したい。

(1)「中小企業の法人税率を18%から11%に」
(2)「一人オーナー会社(特殊支配同族会社)の役員給与に対する損金不算入措置を廃止します。」

5. 消費税

プログラムでは消費税を国税の基幹税と位置づけ、今なお国民に不信や不満があるので、信頼できる税にすることが重要であるとして、「インボイスの導入などにより制度の透明性を高め」たいと述べている。また、年金、医療、介護などへの使途を明確にすることが必要であるとして、そのために「社会保障以外に充てないことを法律上も会計上も明確にする」と社会保障目的税化を提起している。

社会保障目的税化については自民党の「中期プログラム」よりさらに踏み込んで、法律上に明記すると述べている。

また、逆進性緩和策としての食料品非課税など複数税率導入策に対して「実質的に消費税の物品税化につながり、公平性を大きく損なう」また「基本税率が高くなる」として、複数税率の導入には消極的である。そして、その逆進性緩和策として「給付付き消費税額控除」を導入、家計調査などの統計を採用して、年間の基礎的な消費支出にかかる消費税相当額を一律に税額控除し、控除しきれない額は現金で給付する制度を提起している。民主党の論理は、これが消費税の公平性の確保であり、最低生活者に対する実質的な消費税免除であるというものである。統計を利用するというが、国民一人一人の収入を把握するには、前述のとおり国民総背番号制が浮上してくるのではないか。所得税の項では「給付付き税額控除」の導入に際し、「所得把握のための番号制度を前提に」と明言している。番号制の導入については後述するように、「執行体制の改革指針」でも述べており、民主党の並々ならぬ意欲がうかがわれる。

消費税率の引き上げは「民主党が政権を獲得した後に税金のムダづかいを徹底的に根絶した上で、社会保障目的税化や社会保障制度の抜本的な改革案を示した上で、国民の審判を受け、具体化する」と慎重な表現であるが、民主党はもともと「年金財源のため」と3%引き上げを主張してきた経緯がある。消費税率引き上げについてはその対応が注目される。社会保障目的税化は国民にとって「福祉の切り下げか、税率の引き上げか」の二者択一を迫られる問題がある。

* 注、7月27日発表の民主党マニフェスト 年金・医療18、一元化で公平な年金制度への項に「消費税を財源とする最低保障年金の創設」

税率引き上げは「4年間は増税しない。引き上げの際には国民の審判を」と発言。

6. 執行体制の改革

(1)社会保障番号の導入
プログラムは「社会保障制度の効率化を進めつつ、真に手を差し伸べるべき人に対する社会保障をより手厚くするために、正しい所得把握体制の環境整備が不可欠」であるので、社会保障番号が必要であるといい、「社会保障給付と納税の双方に利用できる番号制度」であるという。
(2)歳入庁の創設
社会保険庁を廃止し、その機能を国税庁に統合する。税と社会保険料の賦課徴収を一元化する。国税と徴収対象や賦課基準が類似するものについて、自治体の希望により地方税等の徴収事務の受託も検討するというのがプログラムの構想である。

これは、「徴税当局が把握した所得に基づき、税・保険料を集めることになり、行政機関の整理統合と共にこれまで社会保険担当部局が個別に行っていた所得調査などの事務」をなくし、「効率的な行政の実現」のためという考えによるものである。

国税分野で把握した個々の納税者の情報を一元化して社会保険担当部局でも活用し、「効率的な行政」の実現をめざすというものであるが、「税と社会保険料の賦課徴収の一元化」の中に個人情報保護法との関係は吸収されるのであろうか、説明がほしいところである。

歳入庁の第一線機関となる税務署の機構が大変革となることが考えられる。税と社会保険料の賦課と徴収だけでなく、先の「給付付き税額控除」の受給申請(還付申告)の調査、給付の作業等、税務行政の肥大化の是非を問わなければならない。税理士業務の範囲も変化することが考えられる。
(3)「納税者権利憲章」の制定と更正期間制限の見直し
プログラムでは「国民の納税者としての意識を高める」ため、「確定申告を原則とし、給与所得者については年末調整も選択できるという制度を導入する。これを実現するにあたって納税者の権利を明確にするために「納税者権利憲章」を制定する」と述べ、また、納税者の権利を守る具体策として1年間の更正請求期間を見直すと述べている。

ここでは、サラリーマンの確定申告権を述べ、それにともない「納税者権利憲章制定」に結びつけているが、国税通則法の一部改正や税務調査における納税者の権利擁護などについては全くの言及がない。納税者の権利についての記述はあまりにも希薄であるといわなくてはならない。しかし、少なくとも「納税者権利憲章制定」という文言が民主党の政策に盛られたことを機に制定の促進とともに内容の充実を図る運動が求められているといえよう。
(4)国税不服審判所の見直し
プログラムでは、「納税者の主張を聞く「国税不服審判所」は民主主義にとって極めて重要な機関」と位置付けている。その位置づけにもとづいて「納税者の権利を十分に確保することを基本に見直す」と述べている。具体的な見直し案は述べられていないが「審判官の多くが財務省・国税庁出身者は問題」という問題意識を持っている。このような問題意識に注目したい。
(5)徴税の適正化
プログラムでは平成21年度税制改革案が示され、「政権獲得後直ちに」「以下の改正に重点的に取り組む」とし、中小法人の法人税率を11%、特定同族会社の役員給与の損金不算入制度の廃止、繰戻還付制度の凍結解除、交際費の全額損金算入など、中小企業対策を掲げているが、その平成21年度税制改革案の中で注目されるのは「徴税の適正化」項目を次のように立てていることである。

罰則の強化や重加算税割合の引き上げ
消費税の還付に係る調査機能の強化
租税条約の乱用等不適切な事案の摘発強化

新規滞納が毎年1兆円弱発生していること、法人・個人で1,000億円近くも加算税が生じていることなどを理由に徴税機関(税務行政)の強権化を図るというものである。なぜ滞納が増加しているのか、なぜ加算税の賦課が増加しているのか、その原因が究明されずに「適正化」を急ぐことに危惧をおぼえる。

以上、民主党の税制改革案をみてきたが、「みてきた」だけで研究はしていないものの、疑問をもった箇所は随所にある。鳩山首相は就任あいさつで「本当の意味での国民主権の政治を実現したい」と述べていたが、歴史的な総選挙の結果は民主主義がどれだけ確立されるのかが問われる。税制も同じである。この民主党税制政策に対し、識者諸兄姉の批判活動や提言活動が広がり、自公政権では実現しなかった民主的な税制改革案が新しい政権の下に実現することを期待したい。

(いいじま・たけお)

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