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時潮

農業復興で日本を再建しよう
税経新人会全国協議会  制度部長  吉元  伸  

アメリカに端を発した金融恐慌が世界を震撼させている。しかも、この金融恐慌は実体経済へと波及し、世界中が世界恐慌に襲われた悲劇に苦悩している。そしてその揺れ幅に翻弄されている。利益を上げることを最大目標とする現代資本主義のもとで格差はより一層拡大し、地球規模で環境破壊は進行している。また健全な社会秩序も崩壊しつつある。これらの現象は、高度資本主義の瓦解前の悲鳴なのか。もし、社会の仕組みが変わるとすると、私たちはこの先どのような未来を創造できるのだろうか。

100年以上前に書かれたウイリアム・モリスの「ユートピアだより」はこれからの社会の在り方を考える上で多くのヒントを与えてくれる。この本は主人公が未来の世界に迷い込む、ある種のファンタジー小説の形式をとっているが人間性の重視という観点から社会主義を展望している。産業革命に成功した当時のイギリスは、機械化が進み人々を営利の追求に走らせた。結果として、富と権力の集中を生み、貧富の差を拡大させ、それまでに培ってきた感性や価値観が全て否定される時代となった。現在の世界と酷似する当時の社会をモリスは批判し、イギリスが捨て去ろうとしていた物を作り上げる喜びが人間社会にとっていかに貴重なことであるかを教えてくれる。

今の日本はサービス・ソフト業が年々その比率を増し、製造業は衰退の一途をたどっている。特に農業・水産業の落ち込みはひどく、農業に至ってはすでに自給率では40%台に達している。また農業労働者の7割は65歳以上が占めるという絶望的な状況に至っている。私たちの知らないところで日本の地域がどんどん疲弊している。これ以上人口が減少すると地域自治が維持できなくなるという限界集落は増加の一途をたどり、静岡県の奥地では新聞も郵便も配達されず、ボランティアの人が週に一度まとめて送り届けるという報道もされていた。長い間日本の基幹産業であった農業が維持されることによって地方は隅々まで維持されてきたのである。

地域の活性化というと大型開発や観光事業に目が向きがちになるが、本来は人間社会が営々と継続してきた平凡な暮らしこそ大事にされなくてはいけない。自然にはそれぞれの地域ごとに特色がある。人間と自然との関係を最も効率的にするということは、それぞれの地域ごとに特色のある自然の恵みを最も効率的に引き出すことにほかならないのである。農業の使命はそれぞれの地域において、人間と自然との最適な物質代謝の関係を築くことである。こうした農業の築く、自然と人間の関係が、地域における人間の生活様式、そして文化を生み出す。そうした文化は人間の思考にも浸透し、感受性や価値観をも規定して、人間の社会と生命を持続させていくことになるのである。

また天候や地域の特性によって収穫物の量や質は左右されやすく、農業を工業などと同一視する新自由主義的発想から守られなければならない。しかし、現実には農業の規格化はすすみ、規格外の買いたたき・期日違反の集荷にはペナルティーが課せられている。分業化・専門化が進む現代において農業の特性を理解しない私たちにも問題があるのかもしれない。今問題となっている食物の大量生産そして大量廃棄はいつまでも続くはずはない。農業の復興は国民的事業として急がねばならない課題となっている。モリスが提唱する、必要なものを必要なだけ作ることの大事さをかみしめ、成長だけを求めるのではなく愚鈍に継続していくことにも大きな価値があることを認識したい。

(よしもと・しん:千葉会)


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