論文

税務調査の現状と調査事例
ー 権利擁護の観点からの対応 ー
東京会  本川  國雄  

I 税務調査の現状

1 はじめに
国税庁は、従来国税庁の使命である「指導・相談・調査・広報」の四つの柱を平成15年から「調査・徴収」に変更してきました。その背景には経済社会の高度化・国際化・IT化等による複雑化や、相次ぐ庶民大増税による納税者数の増大、小さな政府論による税務職員の不足等の複合的要因により、接触割合(調査件数)が大幅に減少したことにあります。当局はこのままでは課税の公平、コンプライアンスが維持できないとして、調査事務の確保を至上命題にした事務運営を行っています。

そのため国税庁は、平成15年以降、内部事務の一元化や調査体制の変更等の様々な試行と事務のアウトソーシング化を推し進め、平成21年に機構改革を行い、平成22年度から実施するとしています。
2 平成20年度の事務運営の特徴
(1) メリハリのある事務運営として、1内部事務の一元化、2相談事務の廃止、3事務系統の横断的広域的事務の遂行を挙げています。特に内部一元化では平成21年7月から全国一斉に実施され、平成20年10月24日から署・局の相談室は廃止、同年11月4日から署における税務相談は電話相談集中センターに回され、個別相談は実名・予約制になり、税理士の相談は原則受付けないことになりました。このように、内部事務や相談事務等の納税者へのサービス業務を切り捨て、調査事務日数の確保が最重点に打ち出されています。
(2) 税務調査の重点として、1納税者のコンプライアンスの向上、2署の調査部門の活性化、3調査力のある職員の育成、4局の課税総括課、署の一般調査部門の強化を挙げています。特に当局は調査能力の低下やベテラン職員のモチベーションの低下と若手職員の調査への淡白さを危惧しており、その改善が急務になっているようです。また、本年度から資料調査課の「署への指導事案」は廃止になり、今後は料調が単独で調査をすることになります。
3 平成20年度の調査事務の特徴
(1) 平成19年度の調査実績(東京国税局)
  1 個人課税では実地調査件数が平成17年度41,998件に対し、19年度は30,493件に留まり27.4%減少しています。一方実地調査のうち着眼調査は平成17年度7,609件に対し19年度は8,362件で10%増加しています。即ち調査総数は減少していますが、小規模の消費税事業者や中低階級の者を中心にした調査に力点を集中していることが特徴です。
  1 法人課税では実地調査件数が平成17年度43,566件に対し、19年度は45,019件で3.3%の増加に留まってしています。しかし、実地調査のうち重点項目調査は平成17年度11,217件に対し、19年度は16,898件で50.6%増加しています。これは、従来(平成18年度まで)実地調査のうち同時調査と重点項目調査の割合を7:3としていましたが平成19年度から5;5に変更し、個人課税同様に小規模で調査しやすい法人調査を増やし、接触率を高めようとしているのが特徴です。
(2) 平成20年度の調査の重点
  1 個人課税では、「高額・悪質」重点と簡易な接触の二極化を図り、簡易な接触については従来の申告審理後の事後処理、着眼調査、無申告者や中低階級者に対する接触を強めるとしています。
重点調査業種に医業の全診療科目とはり師・きゅう師、柔道整復師、あんま・マッサージ・指圧師(いずれも平成15 年から同様)が指定されています。注目業種には、資源再生業種、廃棄物処理、人材派遣、犬猫医、その他獣医が指定されています。
  1 法人課税では、同時調査と重点項目調査の割合を5:5にし(本格的には平成20年度から)、一法人に対する調査日数を減らし20%調査件数を増加させたいとしています。その結果調査官一人当たり5〜6件の増加が見込まれています。
重点調査業種には、不動産業、パチンコ、パチンコ関連業種が指定され、注目業種には、情報サービス、建物サービス・警備・人材派遣・職業紹介、医療保険、医療関連サービス、ラブホテル・モーテル、電子取引、ペット産業・健康関連業、対アジア取引、シルバーサービス、鉄鋼・非鉄金属関連が指定されています。
(3) 平成20年度の「特留事項」に見みる調査対応の変化
  平成19年度から初めて個人課税部門、法人課税部門の「特留事項」に調査における手続きについて、「納税者の理解と協力を得て行う必要があることを十分認識し、適正かつ適法に調査を実施する」と明文化され、全管統括官会議において注意を促がしています。
(4) 新人事制度の導入
  国家公務員法の改正により、平成19年7月6日から2年以内に現行の勤務評定に代わり新たな人事評価(成績主義の人事考課制度)実施されます。国税庁は平成20年9月16日から3ヶ月間「リハーサル試行」を実施しました。評価内容は「能力評価」と「業績評価」で構成され、職員は業務目標を設定し、業務を遂行し、自己申告をします。それをもとに上司は5段階評定(S.A.B.C.D)し、評価の悪いC,Dについては、期末に面談により評価結果が通知されます。その結果評価が悪いというだけで、昇給停止・降格・賃金カットされることになります。現時点では数値目標は出さないとしていますが、人事評価を梃子にノルマ主義や増差・件数による「税とり競争」が更に激化し、当然、強権的で不当な調査が横行することが予想されます。

II 最近の調査実例にみる諸問題

国税局や税務署の職員が行う税務調査は、令状に基づく査察部の調査以外は全て任意調査(応じない場合に罰則規定があるので間接強制といわれている)です。任意調査である以上税務運営方針(昭和51年、調査方法の改善の項)に示すとおり「納税者の理解と協力を得て行うものである」ことは当然のことであり、質問検査権の行使にあったては一定の限界があることは明白です。しかしながら、各税法に規定する質問検査に関する条文は

「調査について必要があるとき、・・・質問し、又はその帳簿書類その他の物件を検査することが出来る」としか記されていません。そのため国税当局は、具体的な手続規定がないことをいいことに「必要があるとき」の判断は課税庁の裁量に委ねられているとしています。昭和49年に国税庁が発遣した「税務調査の法律的知識」と30年以上経った近年各国税局や各課税部門が発行した若手職員向けの研修教材においてはそのスタンスは何ら変わっておらず、一口に言うと税務職員はなんでも出来るとし、納税者の権利擁護の視点は全く考慮されていないのが実態です。

そのため税務調査を廻ってのトラブルは後を絶ちません。最近におけるトラブルの事例を検証してみると、圧倒的に課税庁の強権的で納税者の権利を無視した調査手法に係る事例が多いのですが、一方では納税者や税務代理人の対応に基因する事例も少なくありません。以下主な問題点を列挙してみます。
1 課税庁の調査手法に係る諸問題
(1) 税理士法改正に伴う税理士への事前通知の不徹底
(2) 臨場調査日数や調査場所の強要
(3) 恣意的な基準による無予告現況確認調査
(4) 調査選定理由が不明確な調査の増加
(5) 本人調査前での反面調査や記帳簿書等の持ち帰り
(6) 納税者の無知に付け込んだ調査展開と過年分遡及や課税処分
(7) 客観的な基準なき役員報酬・専従者給与や接待交際費等の否認の強要
(8) 青色申告取消・重加算税賦課をチラつかせた修正申告の強要
(9) おとり調査的な手法や「申述書」等の提出強要による重加算税の賦課
(10) 税務運営方針等を無視した違法性のある反面調査の強行
(11) 推計課税の要件を満たしていない推計課税と過年分遡及
(12) 調査結果についての説明責任を果たしていない修正申告の慫慂
(13) 指導にすべき小額事案の修正申告の慫慂
(14) 消費税仕入控除の否認の増加
2 納税者や税務代理人の対応に係る諸問題
(1) 実地調査前におけるチェックやクライアントとの意思統一の不足
(2) 代理人としてクライアント擁護の自覚の不足
(3) 課税庁に対し主張や抗議することが不利益になると勘違い
(4) 法定届出の失念(専従者給与・消費税関係の各種届出等)
(5) 改正税法や選択(消費税の簡易課税等)事項の未対応
(6) 業種に特有な点検の不足
(7) 推計課税・青色取消・重加算税賦課などの要件についての認識の不足
(8) 従業員任せの決算処理
(9) クライアントの税法の無知にたった安易な決算処理
(10) クライアントに対する説明不足
(注) 1および2の解説は紙面の都合上省略します。
3 税務調査の実例と対応
事例1  関信局  A署  個人課税特官事案 【測量士】
納税者本人に対し、特官付上席調査官から事前通知あったが、顧問税理士に何ら連絡が無いので、税理士法第34 条違反ではないかと抗議。調査官は「いままでも税理士に連絡したことは無い。税理士に連絡をしなければならないという研修を受けたことは無い」と回答。

(解説)
税理士法34条は「当該職員は・・・当該租税に関して第30条の規定による書面を提出している税理士があるときは、合わせて当該税理士に対しその調査の日時場所を通知しなければならない。」としており上記の事例は明らかに税理士法に違反しています。

また、「税務調査の法律的知識」(平成17年6月東京国税局法人課税課発行、以下「新法律的知識」という)の解説では「調査法人に対して税理士にも連絡するよう伝えることは、税理士に対して事前通知をしたことにはならないと考えられるため、税理士に対して別途行う必要がある」としています。税務当局は申告書に税理士が記名・押印していても「代理権限証書」が添付されていなければ、代理権限があるとは解釈していません。
事例2  東京局  B署  法人課税特別調査部門 【パチンコ店】
無予告により社長自宅、事業所、取引銀行に総勢12名がいっせいに調査に着手。当日顧問税理士は群馬県に出張だったため、対応できたのは30分以上経過してからではあったが、無予告現況調査に抗議するとともに、顧問税理士が代理権限を行使できない客観的条件があるので即時調査を中止するよう要請し、後日改めて調査を受けることした。しかし、それまでの間に事業概況と役員の業務内容について聴取されていた。また、翌日社長はじめ関係者から現況調査の実態について事情聴取したところ、112人のうち身分証明書を提示したのは3名のみ、2社長や他の役員のいないところで従業員数名に質問をしていること、3まだ廃棄処分をしていない前日のホールの全てのゴミ箱の中身を、役員や従業員の了解を得ることなく持ち帰ったことが判明した。

後日の実地調査において、上記3項目について事実確認を行いその事実を認めさせた上で、「明示の承諾」を得ていない違法な調査であり、「窃盗罪」にも該当するため、署長の謝罪と調査中止を求めた。その後3度の折衝の結果帳簿調査等は一切行わず、役員の病気期間中の報酬の一部否認で調査は終結した。

(解説1)
この事例は1無予告現況調査を行う基準が不明確、2税務代理権の侵害、3身分証明書の不提示、4質問検査の対象者の範囲の逸脱、4「明示の承諾」違反、5窃盗罪等の諸問題が内在しています。
当局の見解(新法律的知識)は、「質問検査を行う場合、時、場所、方法について、税法上特にそれを制約する規定が設けられていないことから、その方法等が明らかに不当とならない限り、税務当局の裁量に任されているものであり、特段の制約はない」としています。

しかし、事務運営指針(H13.3.27)には「税務調査に際しては、原則として、納税者に対して調査日時をあらかじめ通知する」としており、事前通知を行うことが適当でない場合について、イありのままの事業実態等を確認が必要な場合、ロ調査忌避・妨害、あるいは、帳簿書類等の破棄隠蔽が予想される場合と列挙しています。しかし、ありのままの事業実態が確認できない事業・業種とは具体的にどのようなものかは明らかにされていないし、調査忌避等を行う事業者であるか否かの判断基準も明らかにされていません。大多数の税務調査が事前通知を受けているのに対し、一部の納税者が、明確な基準が無いにもかかわらず、無予告調査を受けている事実は、納税者間の公平を欠いており、憲法14条の定め「法の下の平等の原則」反するというべきです。また、申告内容に疑義があり、調査忌避や妨害等が予想されることが明らかなのであれば、任意調査ではなく、令状に基づく強制調査によるべきであると考えます。

(解説2)
この事例は1無予告現況調査を行う基準が不明確、2税務代理権の侵害、3身分証明書の不提示、4質問検査の対象者の範囲の逸脱、4「明示の承諾」違反、5窃盗罪等の諸問題が内在しています。
当局の見解(新法律的知識)は、「質問検査を行う場合、時、場所、方法について、税法上特にそれを制約する規定が設けられていないことから、その方法等が明らかに不当とならない限り、税務当局の裁量に任されているものであり、特段の制約はない」としています。

しかし、事務運営指針(H13.3.27)には「税務調査に際しては、原則として、納税者に対して調査日時をあらかじめ通知する」としており、事前通知を行うことが適当でない場合について、イありのままの事業実態等を確認が必要な場合、ロ調査忌避・妨害、あるいは、帳簿書類等の破棄隠蔽が予想される場合と列挙しています。しかし、ありのままの事業実態が確認できない事業・業種とは具体的にどのようなものかは明らかにされていないし、調査忌避等を行う事業者であるか否かの判断基準も明らかにされていません。大多数の税務調査が事前通知を受けているのに対し、一部の納税者が、明確な基準が無いにもかかわらず、無予告調査を受けている事実は、納税者間の公平を欠いており、憲法14条の定め「法の下の平等の原則」反するというべきです。また、申告内容に疑義があり、調査忌避や妨害等が予想されることが明らかなのであれば、任意調査ではなく、令状に基づく強制調査によるべきであると考えます。

(解説3)
質問検査の対象者についての当局の見解(新法律的知識)は「法人税法の法人に質問という規定は、原則的には法人の代表者に対して質問すべきものと考えるが、法人の業務の執行は、担当部課等を定めて分掌させたり、特別な事項について代理人を定めて代理させることが通常であることから、代表者のほかに、代理人、使用人その他の従業者が質問の対象と成りえる」としています。しかし、一方で「従業員等へ質問する場合は、調査を円滑に進めるため、あらかじめ代表者の了解を得た上、代表者から協力するよう指示してもらう」としています。

(解説4)
現況確認調査に対する調査対象者の承諾は北村判決(京都地裁平成12年2月25日)が示すとおり、いわゆる「明示の承諾」が必要です。北村事件の敗訴を受けて国税庁は「現況調査における留意事項について」(指示)を発遣しています。「新法律的知識」のコラム欄で、「明確に拒否しなかったので承諾したものと同じ」という考え方は誤りであるとしています。
事例3  東京局  S税務署  特別調査官事案 【整形外科医】
事前通知により開業4年で初めて調査をうけた。3回の実地調査には顧問税理士は一度も立ち会わず資格の無い事務員だけであった。初回の実地調査では納税者本人、及び経理担当者に対しほとんど質問も、帳簿等の検査を行わず4 年分の帳簿を持ち帰った。その後納税者の承諾を得ることなく一方的にカード決済されたデパート・旅行代理店等の反面調査が行われ、さらに事業に関係のない妻名義のカード決済分についても反面調査が行われた。

以後の実地調査においては、収入金額についての検査質問は一切なく、特別調査官は反面調査の実施を伏せたまま、「旅行は誰と行ったか」と質問、本人は「従業員と慰安旅行」と回答したところ、「嘘を言って隠そうとした」のは仮装隠蔽に該当し、重加算税対象であるとし、青色申告の取消をチラつかせ「申述書」の提出を強要された。さらに上記を口実に経費の各科目について自己否認を強要され、自己否認分の大部分を重加対象とされた。また、何ら根拠を示さず接待交際費のうち自己否認した以外の1/2相当分と車両に係る減価償却費、駐車場代を否認。専従者給与についても妻の業務内容について一切の質問もなく、従業員の最も高い給与(25万円)を超える月額25万円は過大報酬であるとして否認してきた。その結果4年分で3,000円万円超(税額で1,800万円)の修正申告を慫慂され、応じなければ更正すると脅かされた。

一方、顧問税理士からは4年間一度も必要経費について適正な指導を受けたことも無く、税務調査の立会いにあったては帳簿等の持ち帰りや反面調査に抗議することもなく、専従者給与について届出は月額50万円になっているにもかかわらず他の医療機関でも25万円が平均であると主張、更に「申述書」の案文を作るなど当局サイドに立った態度に終始し、二度にわたって「早く修正申告に応じないと更正される」と圧力をかけてきた(そのうち一度は解任されてから)。

納税者は、納得がいかず税理士を解任し、新しい税理士の下で調査手続き、重加・青取、専給・交際費の否認基準等について抗議と釈明を求めた。その結果特別調査官は調査手続きに行きすぎあったことを認め、調査額についても自己否認した金額以外は否認する根拠が無いことを認め、納税者に謝罪した。

(解説)
この事例はII - 1の調査の手続きに係る諸問題(5)、(6)、(7)、(8)、(9)、(10)、(11)、(12)に該当し、II - 2の代理人の対応にかかる諸問題の(2)、(3)、(7)、(8)、(9)、(10)に該当する事例であり、部下を指導すべき立場にある特別調査官事案であることは、おおいに問題があります。紙面の都合上「反面調査」についてのみ掲載します。

当局の見解(新法律的知識)においては「反面調査は適正・公平な課税を実現するために必要な情報を収集することを目的として、権限がある税務職員が調査のために必要と認めた場合に、質問検査権に基づいて行うものであり、納税者本人の了解を必要とするものではない。」としています。

しかし、税務運営方針(昭和51年4月)は「反面調査は客観的に見てやむを得ないと認められる場合に限って行うこととする」とその基本方針を述べ、さらに具体的事務運営指針(平成12年7月個人課税事務提要、13年7月法人課税事務提要)では

「取引先等の反面調査を実施しなければ適正な課税標準を把握することができない場合」とその要件を定めています。更に、調査事務の概要(東京局平成18年7月)では、「反面調査は、調査対象者に対する調査だけでは課税標準の的確な補足が十分出来ない場合、又は課税標準の補充に関して疑問点や不合理点があってそれが明らかに出来ないと認められる場合に、その実態を確認するために行う裏づけ調査を言うのであるから、調査対象者の申告所得金額の真実性を疑うに足りる合理的根拠もないまま、只単に取引があるという理由のみで実施するようなことがあってはならない」

と明確に記しています。従って反面調査は課税庁の裁量でいつでも出来るものではなく、明らかにやむを得ない事情がある場合に限って出来るのです。「やむを得ない場合」とは、明確な規定はありませんが、納税者本人が調査を忌避している場合や帳簿書類等が無いか、提示を拒否している場合がこれに当たります。反面調査を行う場合「やむを得ない事情」を納税者に説明し了解を得ることは当然であり、この事例は「税務運営方針」を著しく逸脱した不当で違法な調査といわざるを得ません。

(この文書は平成20年11月19日城北ブロック例会報告の一部を掲載したものです)

(もとかわ・くにお)

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