論文

アウトソーシング・公募契約の持つ問題点
ー東京地方税理士会は、正副会長会で確定申告期における
「無料申告相談」の公募に申し込まないことを決定!ー
  神奈川会  益子  良一  

1. はじめに

東京地方税理士会では、(2008年)8月28日に急遽臨時正副会長会を行い、確定申告期における「無料申告相談」の公募に申し込まないことを決定した。

というのも、確定申告期における「無料申告相談」の公募についての説明会が8月19日に行われ、公募に伴う契約内容と仕様書の内容が明らかになり、その契約内容と仕様書に基づく申し込みが9月1日だったからである。正副会長会で検討した結果、9月1日の公募には申し込まないことが決定された。

なぜならば、確定申告期における「無料申告相談」の公募の契約内容と仕様書の内容、とくに契約書の内容が、税理士会にとって、とても容認できるような内容ではない。

この確定申告期における「無料申告相談」の公募の問題については、第44回札幌全国研究集会・全体会で、フロアー発言として報告させてもらった。しかし、この税理士制度を崩壊させるような重大な問題が、全体会の時間がほとんどない中での報告(6分間)であったため、報告しきれていない。
そこで、改めて、確定申告期における「無料申告相談」の公募の契約書のもつ問題点を明らかにしたい。

2. 公募「契約書」のもつ問題点

仕様書も含め契約書に諸々の問題があるが、契約書の内容等の問題点を整理すると次のようになる。

(1)契約書が「委任契約」でなく、「・・下記条項により請負契約を締結する」と、「請負契約」になっている。
請負契約となると、成果物という概念がでてきて、従来から税理士会で行ってきた確定申告期における「無料申告相談」になじまない。とくに仕様書に基づく委託業務の概要でも、「申告相談に対して申告書作成指導等を実施」と、あくまでも「指導等」なので、「委任契約」にする必要がある。
(2)税理士会に過重な損害賠償責任を求めている。
請負契約のため、損害賠償請求の理由として、委任契約の「善管注意義務」ではなく、「瑕疵担保責任」が求められている。

契約書22条(損害賠償)
1 乙(税理士会)は、債務不履行その他原因のいかんにかかわらず、甲等(税務署等)に損害を与えた場合は、甲等に対し、一切の損害を賠償するものとする。

2 前項の損害には、甲等が乙に対し履行を求める一切の費用、甲等の提供する行政サービスの受領者(以下「納税者等」という。)からクレーム、訴訟手続、その他の不服申立て等(以下「不服申立て等」という。)が提起された場合において、甲等が納税者等に支払いを命ぜられた金額及び不服申立て等を防御するために要した一切の費用及び訴訟等裁判手続に関する費用を含むものとする。
契約書13条(業務の履行及び納期遅延)
1 乙(税理士会)は、別に定める仕様書に定める期日(以下「納期」という)までに、本業務を誠実に履行し、その旨を甲(税務署)に報告するものとする。

2 乙は、納期までに本業務の履行をできないと認めたときは、直ちにその理由及び履行予定日等を甲に申し出て、甲の承認を得なければならない。

3 乙の責に帰すべき事由による納期遅延のあった場合には、乙は、違約罰として、甲に対し、遅延日に応じ、第4条に定める契約単価に予定数量(請求時に数量が確定しているときは確定数量)を乗じて算出した金額に対して年3.7%の遅延損害金を納付するものとする。

4 前項の場合、乙は、甲等が実際に被った損害について、第22条の損害賠償責任を免れないものとする。
契約書22条で、確定申告期における「無料申告相談」を税理士会が受託すれば、すべての責任が税理士会にきて、2項では裁判費用、賠償金の支払いまで求めている。

また、契約書13条3項では「違約罰」まで科され、4項では、契約書22条の損害賠償責任まで課している。

仮に、国税局から口頭で「署の指導の基に実施するものであり責任は問わない」と、なんらかの回答を得たとしても、口頭の場合、なにか損害賠償に該当する事案が生じた場合は、「言った、言わない」の世界になる。

その場合、課税庁は損害賠償を請求しなければ、世論もあり、また会計検査院の監査対象にもなるので、当然、受託団体に損害賠償を求めてくるはずである。当然、税理士会としては、それを行った会員に損害賠償を求める必要も出てくる。

強制加入団体である税理士会として、会員のためにそのような損害賠償の危険はおかせないし、税務支援で動員された会員にそこまでの責任追及をすることは酷である。
(3)独占禁止法との関係で公正取引委員会が動く可能性がある。
公募の形態を見てみると、東京国税局管内の税務署ごとに行う無料相談を、各税理士会(東京会、東京地方税理士会及び千葉県会)が一括して受託することを想定している。

しかし、仕様書等を綿密に見てみると、公募の単位は、実施税務署ごと、すなわち、各税務署単位である。

そうなると、例えば東京地方税理士会の場合、山梨県の鰍沢税務署は、予定延べ人員6人、施策予定金額108,000円、1日当たり最大予定従事人員5人であり、ちょっとした税理士法人でも公募に参加することが可能である。

しかし強制加入団体である税理士会が公募に参加し、「税務支援」ということで、税理士に従事義務を課した場合、独占禁止法に抵触する可能性がでてくるのではなかろうか。

なぜならば、税理士会は強制加入団体で、「税務支援」となると、税理士は従事する義務が生じ、確定申告期における「無料申告相談」という公募に参加しようとする税理士法人等の参加を阻害する可能性が生じるからである。私は、そのようなことを懸念するが、それ以外にも、独占禁止法に抵触する部分はないのか、税法という法律を扱う専門家集団である税理士会としては、契約書等を事前に弁護士に渡し独占禁止法に抵触しないか検討する、あるいは公正取引委員会に事前に確認しておく必要があるのではないかと考える。
(4)受託した税理士会を、税務署の下請けとするような契約内容で、会員に「税務支援」として強制することは難しい。

契約書14条1項及び2項は、完全に税務職員の指示に従うことを求めており、少なくとも、従来から税理士会と税務署の共同事業として行っていたとする確定申告期の無料相談とは、ほど遠いものとなっている。

契約書14条(監督等)
1 甲(税務署)は、本契約の履行に関し、甲の指定する監督職員(以下「監督職員」という=税務署職員・筆者注)に乙(税理士会)の本業務の遂行を監督させ、必要な指示をさせることができる。

2 乙は、監督職員の監督又は指示に従わなければならない。

3 甲は、第7条ただし書(第7条2項  乙は、原則として業務の一部を一括して第三者に委任し、又は請け負わせてはならない。ただし、あらかじめ書面により甲と協議し、承認を得た場合はこの限りではない。=筆者注)により承認した場合には、乙に対し、本契約上の義務の履行に関してなされた乙と第三者との間の契約内容の開示を要求することができるものとする。
このような契約内容を「税務支援」と位置づけ、会員に従事義務を課し、それに従わない会員に対して税理士会が会則違反等により処罰した場合、その会員が処罰の取消しを求めて訴訟になれば、税理士会は敗訴すると考える。
(5)公募金額が前年より下がる。
東京地方税理士会の場合、公募金額に基づいて単価計算すると、単価は約18,000円となる。今年従事税理士に17,380円を支給しており、そうすると差額が620円で、その中から振込手数料を含め、管理費等を捻出することとなる。

税理士会としては持ち出しとなり、完全に税務署がやるべき仕事を税理士会で請け負って、赤字になってその経費分を税理士会の会費で負担すると、そのことを会員に対して説明できない。かといって、東京地方税理士会のある支部からは、「今年も相談員の人員が減らされているのに来所者は増加していて、相談員は昼の食事もできなかった。」という苦情も寄せられていることもあり、会員に支払う報酬を昨年より下げる理由を見出すこともできない。

3. 早急な取り組みの必要性

確定申告期における「無料申告相談」の公募は、東京国税局が最初で、これから全国の国税局単位の税理士会等に対し同様の公募が行われるはずである。
この問題は、東京地方税理士会一単位会の問題ではなく全国の税理士及び税理士会に関係することである。

そこで早急な取り組みとして、日税連に対し、このような契約内容を税理士及び税理士会の立場に立った「契約内容への変更」(少なくとも、「請負契約」から「委任契約」への変更、「瑕疵担保責任」から「善管注意義務」への変更)、時間的に難しければ「覚書の締結」等を国税庁に働きかける運動が必要である。

4. 今後の運動

日税連は、2008年7月1日付け会長示達で、「国税当局からの税理士業務に係る受託事業への当面の対応について」として、「国税当局からの税理士業務に係る受託事業(確定申告期における電話相談及び無料税務相談)については、・・・これらの受託事業を税務支援の一環として捉え、税理士会が積極的に応札すること」としている。

しかし、前述したような契約内容では、税理士が行うべき税務支援の一環として捉えるのは難しい。また税理士会は、このような内容で積極的に応札することは、自ら税務署の下請けとなることを宣言するようなものである。

そこで、まず2008年7月1日付け会長示達を撤回させる運動が必要であると考える。
とくに各地域の税理士会を通して、日税連に対し、「確定申告期無料相談事業に係る問題点及び矛盾点」について進言してもらい、少なくとも税理士制度を変質させるようなアウトソーシングは、中止させる運動が必要である。

また日税連では、2008年7月1日付け会長示達に沿った会則変更等の検討がなされているようである。
しかし、少なくとも税理士会の主体性をなくし、税務署の下請けになることを認めるような会則変更等には反対する運動が必要であるといえよう。

5. 強制加入団体である税理士会は、確定申告期における「無料申告相談」を
受託すべきではない。

従来から、確定申告期における「無料申告相談」について税理士会は行ってきた。
確定申告期における「無料申告相談」事業は、国は、申告納税制度の理念に沿って納税義務の適正な実現を図ることを目的とした行政としての責任があり、また税理士会は、税理士法により無償独占であることから資力に乏しい小規模納税者等について援助する必要があるという双方の利害が一致し、それなりに協調して行われてきた(現実的状況は別として)。それを端的に表すのが、「報酬」でなく「謝金」という概念だと考える。

しかし「公募問題」、とくに確定申告期における「無料申告相談」の公募について、強制加入団体である税理士会が無条件に受託するということは、確定申告期における「無料申告相談」が税理士会単独事業という概念を根底から覆し、まさに行政の下請けというのを公言するに等しい。

確定申告期における電話相談及び無料税務相談は、強制加入団体である税理士会は絶対に受託すべきではないと考える。ちなみに東京地方税理士会は、「確定申告期における電話相談」を、今年(2008年)は行っていない。

今後、確定申告期における「無料申告相談」をどうしても受託しなければならないのなら、税理士会関連団体、例えば、任意団体と位置づけられる税理士協同組合等が受託すべきである。

6. おわりに

第44回札幌全国研究集会で、「税理士制度を変質させるアウトソーシングは中止せよ」という「特別決議」が採択された。

その「特別決議」を税理士会全体の運動にしていくためには、各国税局が配布する「公募についての説明書」、「契約書」及び「仕様書」の3点セットを入手して、税理士会会員に知らしめる必要がある。
そうすれば、なぜアウトソーシングが税理士制度を変質させることになるのか理解されると考える。

いずれにしても、無償独占を堅持しようとするならば、税理士会の単独事業として、確定申告期における「無料申告相談」を行うことを考える時期に差しかかっているのではなかろうか。

その場合、納税者は無料であったとしても、その相談事業に参加した会員には、税理士会として報酬を支払う手当てをすべきであると考える。

(参考資料:東京国税局「公募についての説明書」、「契約書」及び「仕様書」)追記:この原稿は、急いで執筆したので、指摘した問題点をより深めてもらえればありがたいし、またそれ以外の問題点を指摘してもらえれば幸いである。

なお、この原稿は9月14日に執筆している。東京国税局の担当官が来会し意見交換を行った結果、最終的には東京地方税理士会も応札している。
(ますこ・りょういち)

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