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時潮


税源移譲一年経過
税経新人会全国協議会・機関誌部長  清水  裕貴  

「三位一体改革」の一環として3 兆円の税源移譲が始まったのは平成19年1月のことである。国(所得税)から地方(住民税)への税源移譲がなされても、国と地方間での税収の分配が変わっただけなので、所得税と住民税の負担額は変わりませんと政府は喧伝してきた。給与所得者は平成19年1月から源泉徴収税額が減り、手取り額が増えたので少々小躍りしたが、6月からの10%住民税の重圧に打ちのめされた。個人事業者は6月から賦課される住民税増税が先行し、平成20年3月の確定申告でようやく「税収中立」を体感できた。

われら実務家は、注意すべき点その1として、平成18年までに住宅ローン控除を受けている者で、控除できる住宅ローン控除額が、減額された所得税額だけでは控除しきれない場合、そのしきれなかった分は翌年度の住民税から控除されるので、毎年申告が必要になるということ。その2として、平成19年分所得が減って、所得税が課されなかった者は、住民税の負担増の影響のみを受けるので、平成19年度分の住民税から、税源移譲により増税となった分を還付される。 この適用を受けるには平成20年7月中に申告する必要がある。そんなことに注意しながら税源移譲を体験してほぼ一年が経過した。

もっともこの間、去年の参議院選挙で与党が惨敗し、民主党が圧勝するという大事件があった。そんな結果をもたらした理由のひとつに地方の「窮乏」があったところから、法人事業税を改組して地方法人特別税を創設したり、「ふるさと」寄附金税制が拡充されたり、道路特定財源(自動車取得税及び軽油引取税)の暫定税率が復活したりと、かくも安易に地方税制がいじくりまわされることに反発やとまどいを覚えながらも、確かに税源が国から地方に移譲された一年であった。

かつて大正デモクラシーの波が地租・営業税という両税の地方への移譲をかかげながらも、「国税の地方税への移譲をともなう」「根本的税制改革は、戦時中か、戦後の占領下という非常時にしか実現できなかった」(宮本憲一『財政改革』岩波書店1977年222頁)という歴史的事実と対比して、この一年をふりかえり、あまりにも拙速に進んだ小泉税源移譲の功罪をじっくり問うてみるのは意義あることである。

国の所得税のうち基礎税率部分を地方住民税に移す新しい所得比例税がいち早く提起されたのは、「神野直彦・金子勝『地方に税源を』東洋経済新報社1998年」のなかであった。その主張を私なりにまとめると次の通りである。今後急速な高齢化社会を迎え、地方の需要が高まってくるのは福祉、介護、医療、教育といった「準私的財」の現物給付である。

これらは歴史的に、家庭や地域社会の共同作業や相互扶助によって私的に供給されてきたが、都市化や核家族化によって、次第に地方政府の供給する現物給付に置き換わってきた。このため家庭内での「労働」や地域社会の「共生」に参加できない住民は、給付を受ける代価としてワークフェア原理による所得比例税を納付することが新しい課税根拠となる。

所得税制全体では中央政府が、所得再分配政策を担う累進税率部分を保持する。このような理論的提起があって、それがどう現実政治と切り結んだかは、実務家の知るところではないが、「三位一体改革」で打ち出された税源移譲方式には、この住民税の所得比例税の内容がそのまま取り入れられた。今ふりかえって、「日本の地方自治制史上初めて、平時における税源移譲を成功させた」(諸富徹・門野圭司『地方財政システム論』有斐閣2007年147頁)と好意的に受け止める研究者も少なくない。

しかし、住民税にフラット税率が導入されたことで逆進性を強めた印象はいなめない。低所得の住民に対する配慮より地方税収の安定を優先させたとみることもできる。地方は国の公共事業に協力を求められ、地方単独事業を地方債発行でまかない、推進してきた。地方の財政事情は厳しく、のどから手が出るほど自主財源がほしい。それなら国庫支出金、地方交付税、地方債改革等を通じて国に財政戦争をしかけて獲得すべきである。

地方の激動は始まったばかりである。セールスマンやコストカッターも登場して話題を提供するだろう。この先、地方消費税、道州制等の論点もあがっている。財源拡充の方法は、地方が国から奪う方法が基本であり、住民から奪う方法はとるべきでないと切望している。
(しみず・ひろたか:東京会)


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