おたずねしますコーナー

質問0703-2【共同相続人の一部がする相続税申告】

I税理士は、AさんBさんふたりから相続税の申告を頼まれました。手がけてみると共同相続人は、A、B、C、Dの4人で、相続財産の範囲や分け方をめぐり異論百出の状態です。C、Dは、A、Bが連れてきたというだけで、I税理士に申告の委任をすることを拒みました。また、他に税理士や弁護士を依頼することもなく、「申告はしない」と言い続けるのです。

I税理士は、自分としては冷静かつ専門化責任を念頭に、申告しない場合の不利益について、説明の義務を尽くしたつもりですが、C、Dは、申告しないという意思を変えませんでした。

この場合、I税理士は、相続税申告書の様式上、A、B、C、D全員の相続税申告書を作成し、A、Bの署名、押印のみで提出せざるをえません。申告書の外見上、C、Dは押印なしですが、記名ありで、課税価格も税額もすべて記載されています。また、I税理士は、A、Bの利益を考えて、C、D分の相続税も期限までに納付完了するようにしました。
そこで、質問です。
(1) この場合、税務署長はC、Dが無申告であるか、単なる押印もれであるか、ただちに確認する義務があるでしょうか。
(2) 法定申告期限後に、C、Dが税務署におもむき提出ずみの申告書に押印したときは、C、Dの申告は有効なものになるのでしょうか。
(3) 無申告加算税はかかるでしょうか。
(4) もし(2)で有効なものとなるなら、I税理士はC、Dに報酬を請求できるでしょうか。

検討1
ご回答の前に、「相続税の申告」についての概略をご説明します。

相続税の納税義務者は、相続遺贈等により財産を取得した者です(相法第1条の3)。
相続税の申告書は、一人の被相続人から相続等により取得した者にかかる財産の合計が、基礎控除額を超える場合に、相続税の申告を所轄税務署長に提出しなくてはならないと定めています(相法第27条)。納税地は財産を取得した者=相続人等の住所地です(相法62条)。この場合、それぞれの相続人等の住所地を管轄する税務署が同じである相続人等が2名以上いた場合には、共同して申告書を提出することができます(同条第5項)。「共同して提出」とは、一つの申告書に連署して提出することです(令第7条)。ここまで読んでみて、あれって思われる方も多いかと思います。通常、相続税の申告書は被相続人の住所を管轄する税務署に相続人が連署して提出していますよね。現在、そのようにされているのは、本則以外に附則の規定によるものです。相続税法が昭和25年に施行された際の附則3に以下の規定があります。

「相続又は遺贈により財産を取得した者(略)の当該被相続人の死亡の時における住所がこの法律の施行地にある場合においては、当該財産を取得した者については、当分の間、第27条...略...により申告すべき相続税に係る納税地は、第62条第1項及び第2項の規定にかかわらず、被相続人の死亡の時における住所地とする。」ここで、被相続人の住所地を納税地とするとの定めがあります。そして、その後に次のような「ただし書き」が続きます。

「ただし、当該納税地の所轄税務署長がした当該相続税に係る処分は、その者の住所地の所轄税務署長がしたものとみなして、当該住所地の所轄税務署長又は国税局長に対し不服申立てをし、又は訴えを提起することを妨げない。」

この附則の規定により、相続税の申告書は、被相続人の住所地を所轄する税務署に「共同して」申告書を提出することができますし、個々に提出することもできます。また、更正や決定を受けた場合には、その処分を受けた方の住所地を所轄する税務署長に不服申立てをすることができます。あまりよく知られていないことですが、被相続人の住所地の税務署に申告書を提出するのは本則ではなく、附則によるものだったのです。

この条文の流れから読み取っていただきたいことは、基本的には個々の納税者=相続人が申告手続きをする性格のものであり、決して共同して申告することを基本とはしていないことを押さえてください。

また、遺産分割が未分割の場合は、相続税法55条の規定により、法定相続分で申告すべき旨も定めています。今回の申告手続きは以上の定めを経て提出することになります。

申告書への押印については、国税通則法124条2に、書類を提出する者は押印しなければならないと定めています。押印のない申告書は国税通則法が定める税務署に提出する書類としては形式が不備であることとなります。法律上の形式基準で判断されると「申告」とは認められないことになります。これが原則的取り扱いです。

ここからは実務的な対応になってきます。

税務署は、押印のない申告書の提出があった場合に、申告意思を確認する義務はありません。なぜなら、相続税申告書を作成する場合、作成上の必要から申告書を提出する予定のない方の数字も埋めます。ですから、記載はされていても、押印がないということは申告意思がなかったものと判断するのが基本です。もちろん気のきいた税務職員がいる場合は納税者または税理士に押印漏れでないかを尋ね、申告意思を確認した上で、単純な書類作成上の不備であるのか、本人の預かり知らないところで提出されたものかを確認します。しかし、受付日の問題がありますので、最近は厳しくしているとの話を聞きます。

税務署受付で申告書を提出する際、通常は印鑑が漏れている場合、受け付けはされません。しかし、相続税の申告書を連署で出す場合、通常、1枚目の申告書に受付印を押印されます。2枚目以降は押印されません。他の納税申告にはない特殊性があります。この特殊性から書式が法令にのっとっていない以上、適法な申告書とは認めないからです。後日、押印するということで申告手続きを認めるということは、基本的にありえないと考える方が無難です。

以上のことから、ご質問の(1)へのお答えは、税務署長は押印もれを確認する義務はありませんとなります。

もっとも、申告書にC、Dからの税務代理権限証書が添付されていた場合で漏れているような場合は、申告意思はあったものかどうかを確認する場合もあります。

一方、無申告加算税の判断基準に期限内提出が漏れていた場合でも、期限内納付があれば無申告加算税を賦課しない基準(国税通則法66条6)が出ておりますので、その基準とされている2週間以内に押印した申告書を提出すれば加算税の面では救われるかもしれません。(3)のお答はこの説明でご判断ください。
(2)のお答えは、これも受付日の問題から後日の押印は認めないとお考えください。したがって無効となります。

申告書提出がないのに期限内に納付された相続税は過誤納金扱いとなり、納税者に返却されることになります。仮にAが立て替えて支払ったとしても、過誤納金はC、Dに返却されてしまいますのでご注意ください。

粘り強く説得してC、Dが押印した場合の報酬ですが、あらかじめ委任等の契約がない以上、C、Dには報酬を支払う義務はないのではないかと思慮されます。ただし、あくまで当事者間の話し合いに委ねられるものであることを申し添えます。

蛇足ですが、最悪の対応は、三文判等で押印して申告書を提出し、期限内納付をするケースです。これは完全な公文書偽造です。実際、遺産分割協議書のねつ造や遺言書の隠ぺいなど、相続手続きの不正発覚を防衛するために、税理士が申告書の偽造に手を貸し、民事事件に発展した例もあったようです。I税理士はA、Bの利益を考えてC、D分の相続税額を期限内納付されたようですが、その点もぜひ、注意したいところです。

ひと昔前なら、押印漏れでしたといって対応してくれる税務職員もいたかもしれませんが、今は、そのような対応は厳しく、原則手続きを常に考えないといけなくなってます。ひょっとするとそんな職員に出会えるかもしれませんが、あまり期待しない方がいいと思います。

(大阪会審理部資産税担当)
検討2
相続税法の問題ではありますが、内容から言えば、租税債務確定の問題であるように思います。
  1. 相続税の申告を含め、納税申告は、納税義務者本人の「申告する」という意思が欠かせない前提条件であると考えます。本人に申告の意思がないのに、他の者が、本人のために、本人に代わり申告することができるかというと、できないと考えるべきでしょう。(未成年者のかわりに、親権をもつ親が代わりに申告するなど、法律上本人のためにする行為を行うことができる者の申告は、別として)

    税理士を納税者の代理人ととらえる視角からすれば、税務代理は任意代理ですから、C、Dは相続税申告についてI税理士に代理権を発生させる授権行為をしていません。だから、I税理士はC、Dの代理人ではありません。

    代理権が存在するA、Bについて、I税理士のおこなった相続税申告の効果は、直接A、Bに生じますが、C、Dについては代理権がないため、申告の効果は生じないと思います。つまり、相続税の申告はしていないということになると思います。

    申告書の提出がなく、税額だけが法定申告期限に完納されても、無申告であるとされています。
  2. 相続税の申告書は、その様式をみると共同相続人全員がひとつの申告書で申告できるかたちになっています。けれども、相続税法27条5項は、二人以上の相続人が「共同して提出することができる」ですから、本来は、納税義務者ごとに別々に申告するものです。

    実務の観点から考えると、施行令7条に、二人以上の相続人が共同して行う申告書の提出は、「これらの者が一の申告書に連署してするものとする」とされていますから、委任を受けていないC、Dについては、署名欄を空欄にするとか、「連署」の要件を満たさないように申告書を作成してはどうでしょうか。
  3. C、Dについて「代理権限証書」の添付がなく、押印がないだけでは、申告していないことが明らかにならないおそれがあります。

    I税理士は、税理士法30条で、税務代理の権限があることを明示する証書を添付しなければならないし、33条で署名・押印しなければなりません。が、仮に、代理権限証書が添付されていない申告書の提出があった場合、添付されていないだけで、無申告扱いにはなりません。税理士の署名・押印の有無は、申告書の効力に影響をおよぼしません。また、納税申告書を提出する場合には、氏名・住所を記載し押印しなければならない(通則法124)とされ、法人税法はさらに代表者等の自署・押印を求めています(法151)。しかし、押印のない申告書は無効かというと、法人税法151条4項は、自署・押印の有無は、「法人税申告書の提出による申告の効力に影響を及ぼすものと解してはならない」としているからです(相続税法には規定がありません)。

    ここで気にかかるのは、平成19年4月1日以降に法定申告期限が到来する相続税についてです。平成18年改正で、無申告加算税の不適用制度が創設されました。それによると、期限後申告書の提出があった場合、決定があるべきことを予知してされたのではなく、期限内申告書を提出する意思があったと認められる一定の場合に該当し、かつ、法定申告期限から2週間を経過する日までに提出されたときは、無申告加算税は課さないこととされています。

    このようなケースで、問題が複雑になるかもしれません。

    実際にそうしてみたわけではありませんが、外見上、申告書に、C、Dについて委任されていないことをあらわすには、代理権限証書がなく、連署が欠けていることのほかに、たとえば、最終的な納付すべき税額を記載しないとかなんらかの方法をとったほうがいいのでしょうか。

    質問どおりのお返事にならなくて申し訳ありません。
(埼玉会一会員)

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