論文

> 同族会社の行為計算否認の準用規定創設の意義
憲法と消費税について
  日本大学名誉教授・法学博士  北野  弘久

はじめに

去る9月2日の第43回神戸全国研究集会では、形式においてもテーマにおいても新しい試みが行われ、有意義であった。テーマについては消費税問題を憲法論の視角から統一的にとらえようとするものであって、「憲法と消費税」が選ばれた。本稿では編集部からの要望もあり、当日のシンポジウム終了後、私が行ったコメントを中心にして消費税に関する憲法問題のいくつかを総括させていただく。

1  2つの憲法原理

学問上の一般消費税(general consumption tax)としての「消費税」(昭和63年法律108号「消費税法」で規定する「消費税」)それ自体について、憲法上2つの問題を指摘することができる。

1つは「消費税」は憲法の応能負担原則の趣旨に反するという点である。この応能負担原則の法的根拠は、憲法13条(個人の尊重)、14条(法の下の平等)、25条(生存権の保障)、29条(財産権の保障)等である。

消費税を負担する本当の納税者(担税者)は各人の意思とは無関係に、逆進的な負担を余儀なくさせられるという点である。一般消費税は、個別消費税(specific consumption tax)とは異なり、課税対象が特定・限定されない。一般消費税である消費税は、あらゆる物品・サービスに対して課税される建前であるので、人々はその消費行為にあたって消費税を負担するかどうかを選別する余地がない。人々は、人々の生活必需品などにも消費税の負担を余儀なくさせられる。消費税は、憲法の応能負担原則の趣旨に反することには疑問の余地がない。

この点、従前の物品税のような個別消費税の場合には、課税対象の選別、課税対象ごとの免税点・税率・納税方法等を区別しうるためにそれなりに応能負担原則の趣旨を生かすことができる。

2つは、一般消費税である「消費税」は憲法の国民主権原理を空洞化させるという点である。日本国憲法は、租税国家(Tax State, Steuerstaat)体制(その国の財政収入のほとんどを租税に依存する体制)を前提としている。租税国家では、私たちの平和・福祉・人権なども租税の取り方(負担の仕方)と使い方とによって基本的に決まる。租税国家の民主主義は、納税者によって租税国家の運営(租税の徴収と使途)のあり方を監視(ウォッチング)され統制(コントロール)されることによって維持される。

ところが、一般消費税である「消費税」は、あらゆる物品・サービスに対して課税される建前になっているので、消費税を負担する人々(担税者)は自分の意思とは無関係に法形式的にも租税法律関係から排除される。よく知られているように、所得税の源泉徴収の段階では、本当の納税者であるサラリーマンは事実上租税法律関係から排除される。所得税の源泉徴収の段階の租税法律関係は、課税庁と源泉徴収義務者(雇主)との間のみにおいて展開されるからである。それでもサラリーマンは法形式上は納税義務者の地位を有する。

消費税のような間接税では、租税法律関係は、課税庁と税法上の納税義務者である事業者との間のみにおいて展開される。本当の納税者である担税者は法形式的にも租税法律関係から排除される。本当の納税者である担税者には「消費者」という地位しか与えられない。筆者は、本当の納税者(担税者)は法形式的にも「植物人間」の地位に追いやられると指摘してきた(拙著・岩波ブックレット『5%消費税のここが問題だ』など)。

加えて、課税対象が特定・限定されない、あらゆる消費行為に課税される建前の一般消費税の場合には、自分の意思とは無関係に「植物人間」の地位に追いやられる。「植物人間」であれば、およそ租税国家のあり方を法的に監視し統制することが不可能である。本当の納税者が法形式的にも「植物人間」になるということは、憲法の国民主権主義が空洞化されることを意味する。憲法学では主権概念としてナシオン(nation)主権とプープル(people, peuple)主権との2つを区別する。日本国憲法の「国民主権」とはプープル主権という意味でのそれである。立憲主義国家にとって、この国民主権主義の空洞化はあまりにも重大である。

この点、かつての物品税のような個別消費税の場合には、課税対象が特定・限定されているので、人々は自分の意思によって課税対象を選別することが可能であり、その選別を通じて消費税を負担するか、換言すれば「植物人間」になるかを決しうる。

2  応能負担原則

消費税に関する憲法問題として先に指摘した憲法の応能負担原則をめぐる問題がある。この原則についてここで詳論しておきたい。

応能負担原則の憲法上の根拠は、13条、14条、25条、29条等である。

13条は「個人の尊重」(respect as individuals)の規定である。この規定はいわゆる家族的法人にも妥当する。何故なら、日本の中小企業の多くは、法人格を有するとはいえ、所有と経営は分離しておらずオーナー出資者の生存権の延長線上に位置づけられる実態を有するからである。すなわち、憲法理論上中小企業の多くは生存権・生業権の保護の対象になるからである。

14条とは「法の下の平等」であって、不合理な差別を禁止する意味をもつ。たとえば、合理的理由なしに特定の納税者を優遇する租税特別措置は、課税上差別をすることとなり14条違反となる。また、14条の平等は、形式的平等ではなく実質的平等を意味する。この点を財政学における租税原則論との関係において明らかにしておきたい。すなわち、19世紀の産業資本主義のもとでは人権論は自由権(公権力からの自由)であって、そこでの平等は租税原則においても形式的平等であった。租税のあり方としてはフラット・タックス(均等税・比例税)が支配した。

しかし、20世紀に入って資本主義が独占段階に入ってからは、つまり現代資本主義のもとでは形式的な自由権だけでは人々の真の自由・生存を確保することができなくなることが認識されるようになった。人権論は自由権に加えて社会権(公権力による自由)が登場するようになる。租税原則においても平等は形式的平等ではなく実質的平等が主張されるようになる。租税のあり方としては累進税(progressive taxes)の重要性が認識されるようになる。日本国憲法は現代資本主義憲法であり、憲法14条の「法の下の平等」も租税面では実質的平等・能力に応じた平等、つまり累進税的平等を要求するものと解されることになる。この14条の実質的平等はそのまま法人にも適用される。

25条は、「健康で文化的な最低限度の生活保障」、つまり生存権条項である。ここから最低生活費非課税の原則が抽出される。また、25条に加えて後に述べる29条の財産権条項との関係から、一定の生存権的財産(一定の住宅・住宅地、農地・農業用資産、一定の中小企業の事業所・事務所地など)の非課税又は軽課税(利用価格×低税率)の原則が抽出される。この25条の生存権条項は前出の家族的法人にも適用される。

29条は財産権の保障条項である。現代資本主義憲法のもとでは、かつてのような財産権一般の絶対性・不可侵性が妥当しない。29条2項は、「財産権の内容は、公共の福祉に適合するように、法律でこれを定める」と規定している。この規定の意味は、すべての財産権を人権として保障するという意味ではなく、非生存権的財産(企業の買占めた土地、高級別荘地など)にたいしては公共の福祉の観点から、つまり人々の生存権を保障する観点から、むしろ規制すべきであるという意味である。

結局、29条1項で保障する財産権とは、基本的人権としては一定の生存権的財産に関するものということになろう。先に25条のところで指摘したように、憲法29条は、一定の生存権的財産のみを基本的人権として保障しようとするものと解すべきであるということになろう。この結果、先に指摘したように、一定の生存権的財産には非課税又は軽課税の原則が要請される。これに対して、非生存権的財産にはむしろきびしい重課税を行うべきであるということになる。この考え方は、そのまま法人にも適用される。

この応能負担原則は、各課税物件の各性質に適合した質的担税力に配慮しながら、量的担税力として最終的に総合累進課税を要求する。また、最低生活費非課税の原則、一定の生存権的財産の非課税又は軽課税の原則、税率は原則的に超過累進税率を要求する。

以上の憲法の応能負担原則は、国税・地方税、直接税・間接税、個人・法人等を問わないで適用される。地方税について主張される「負担分任」も応能負担に基づく負担分任ということになろう。

以上で明らかのように、憲法の応能負担原則の法的意味に鑑みて、消費税は憲法の応能負担原則の趣旨に反するといわねばならない。

現行の消費税を前提とした場合に、この応能負担原則の趣旨を少しでも生かすためにどうすべきか、という問題がある。筆者としては、消費課税のあり方をすべて個別消費税とすべきであると考えているが、そのことを措くとして、一定の生活必需品などにはゼロ税率の適用を検討すべきであると考える(以上の応能負担原則の詳細については拙著『税法学原論・5版』青林書院137頁以下の「応能負担原則」など)。

3  水平的公平

消費税に関連してしばしば応益課税原則ないしは応益負担原則が主張される。また、公平論では垂直的公平(vertical equity)よりも水平的公平(horizontal equity)の重要性が主張される。このような観点から消費税の導入を正当化しようという動きがある。

応益課税原則ないしは応益負担原則は、課税庁側が課税の根拠の1つとして説明の際に利用しうるとしても、納税者の税負担配分の原理にはならない。応益課税原則ないし応益負担原則については憲法上の根拠もなく、また社会科学的な根拠もない。

憲法論からいえば、財政学者のいう水平的公平は負担公平原則を意味し、垂直的公平は応能負担原則を意味する。水平的公平、つまり負担公平原則は、垂直的公平、つまり応能負担原則の徹底においてのみ成り立つ。水平的公平がひとり歩きの形で論ぜられるべきではなく、憲法論からいえば垂直的公平を前提とする水平的公平ということになる。

しばしば所得課税では執行段階でクロヨン問題などの不公平が生ずるといわれる。これを避けるために「ひろくうすく」負担を求めうる消費税のほうが公平だと主張される。今日では個人の事業者にも青色申告制度がかなりの程度に普及している。また、白色個人事業者にも今日では記帳が義務づけられている(所得税法231条の2、所得税法施行規則101条以下)。それゆえ、今日ではかつていわれたクロヨン問題が大幅に減少していると思われる。筆者は、直接税の担税力は、「所得課税」と「財産課税」とをセットにしてとらえるべきであると指摘してきた。

「所得」に表現されない担税力は結局、「財産」に表れるからである。財産については、およそごまかすことは困難である。

このように、所得課税における執行上の不公平は、消費課税ではなく財産課税によって補完するように措置すべきである。

所得課税における執行上の不公平を理由に消費税の導入とその引上げを主張する議論があるが、これは誤りである。何故なら、消費税それ自体が最大の不公平税制・反福祉税であって、このような消費税を所得課税の代りにすることはできないからである。憲法上、水平的公平は、垂直的公平を前提にしてのみ、成り立つことが銘記されねばならない。

4  消費税法30条7項

税務行政においては消費税法30条7項(仕入れ税額控除適用否認)を誤って理解し、安直に仕入れ税額控除適用否認が行われている。この問題を憲法の視角からどのように考えるべきかが問題となる。

消費税法30条7項の法的意味をどのように解すべきであろうか。この問題については筆者は、「消費税法」(昭和63年法律108号)と同時に制定された「税制改革法」(昭和63年法律107号)の規定の法的意味を考慮することを指摘してきた。税制改革法は、講学上準憲法的性格を有する「基本法」である。同法の10条、11条において消費税は「付加価値税としての間接税」であることが明定されている。これは消費税の法的性格に関する「立法事実」である。この税制改革法10条、11条の規定は、消費税法30条7項の法的意味を考えるうえにおいて規範的拘束力をもつものとみるべきである。

このように考えてくると、筆者としては、消費税法30条7項は、仕入れ税額控除適用の要件規定ではなく、戻し税に関するものであるだけに税務行政で仕入れ税額控除を適用するにあたって慎重を期そうとするための単なる注意的手続規定とみるべきであると指摘してきた。一種の訓示規定である。「付加価値税としての間接税」であるという消費税の法的本質に鑑みて、税務調査の段階であろうと、行政不服申立ての段階であろうと、訴訟の段階であろうと、その他の段階であろうと、当該事業者が仕入れ税額を負担している事実が明らかになった場合には、課税庁は進んで仕入れ税額控除の適用を行うべき職務上の義務を負うことになる。

また、売上高に推計がなされた場合には、それに応じて仕入れ税額控除額もそれなりの厳正さをもって推計が許容されるべきである。また、税務調査において税理士以外の第三者が立会い人となっている場合には、課税庁が税務調査を打ち切り、仕入れ税務控除の適用否認を行うことがある。第三者の立会いは、税務調査権の行使を公正に行うための憲法13条、31条の「適正手続」の1つの要請である。第三者の立会い人がいるからといって、消費税法30条7項(仕入れ税額控除適用否認)を適用することは違法である。

先にも指摘したように、税務調査の段階で帳簿書類の提示がなかった場合に消費税法30条7項の適用が行われることがある。この実務を、帳簿書類不提示の場合の青色申告承認取消しと同じように考えて正当化する議論がある。筆者は、帳簿書類の不提示自体が青色申告承認取消しの事由になっていないので、厳密には帳簿書類不提示の場合の青色申告承認取消しも、違法と解している。この点を措くとして、青色申告の承認取消しは、単なる青色申告の特典のはく奪にとどまるのに対して、消費税の仕入れ税額控除適用否認は、消費税の法的本質そのものの否認を意味する。

消費税の法的性格を変質させる(付加価値税から、累積税へ)。それゆえ、帳簿書類不提示の場合の消費税法30条7項の適用は違法であるといわねばならない(詳細については拙著『税法問題事例研究』勁草書院405頁以下など。最高裁04.12.30第2小法廷判決・判例時報1889号42頁などは税法学的には誤り。同判決の滝井繁男裁判官の反対意見は妥当)。

多くの中小企業にとって消費税の転嫁が困難となる。また、仕入れ税額控除適用否認が行われることがある。消費税の現実は、多くの中小企業にとって、企業付加価値税または企業取引高税(累積税)となっている。このことが消費税の滞納の増大につながっている。

税法上の納税義務者である多くの中小企業にとって、消費税の現実は、間接税ではなく企業税として直接税化しているわけである。このことは、憲法的にいえば中小企業の生存権を脅すことを意味する。
(きたの  ひろひさ)

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