論文

(2)消費税は何に使われたか
湖東京至氏(関東学院大学法科大学院教授)の試算によると、88年度〜03年度消費税収入累計は約118兆円である一方、所得税減収は約96兆円、法人税減収は約84兆円にのぼります。他方社会保障関係費は約50兆円の増加にとどまっています(東京税経新人会 07年連続講座 第2回レジュメより)。

このことから、消費税は所得税・法人税の減収の穴埋めにほとんど消えてしまい、社会保障にまわされたということは出来ないと思われます。ましてや、一般財源である消費税を社会保障云々ということ自体おかしいのではないでしょうか。

次に消費税導入後の日本の社会保障における国民負担はどのように変化したのかをみていきます。社会保障は大きく分けると、年金・医療・福祉その他と分けることができますが、ここでは医療について検討してみます。
表 IV - 7
国民医療費、国民一人当たり医療費及び対国民所得割合の年次推移
注1) 国民所得は、内閣府発表の国民経済計算による。
注2) 総人口は、総務省統計局による推計人口(10月1日現在人口)であり、※印は国税対象の確定人口である。
注3) 平成12年4月から介護保険制度が施行されたことに伴い、従来国民医療費の対象となっていた費用のうち、介護保険の費用に移行したものがあるが、これらは平成12年以降、国民医療費に含まれていない。
表IV - 7
厚生労働省 国民生活基礎調査 参照
表 IV - 8
平成16年度国民医療費%
制度区分別国民医療費構成割合の年次推移(昭和63〜平成2・11〜16年度)
制度区分

国民医療費

  公費負担医療給付分
  医療保険等給付分
  老人保健給付分
  患者負担分
昭和63年度
-1988
100

5.9
55.1
26.7
12.4
平成元年度
-1989
100

5.6
54.7
27.4
12.3
2
1990
100

5.3
54.6
28
12.1
11
-1999
100

5.1
45.1
35.9
13.9
12
-2000
100

5.3
46.5
34
14.2
13
('01)
100

5.4
45.6
34.6
14.3
14
('02)
100

5.6
45.2
34.5
14.8
15
('03)
100

5.8
44.7
33.8
15.7
16
('04)
100

5.8
45.9
32.9
15.3
(厚生労働省 国民生活基礎調査 参照)

医療に関しましては、医療保険(注1)があります。表IV‐7より、国民一人当たり医療費及び国民医療費の国民所得に対する割合は年々増加していることがわかります。次に国民医療費(注2)を見てみます。表IV‐8より、公費負担医療給付分(生活保護等の公費負担分)・医療保険等給付分(医療保険等の給付分)・患者負担分(窓口負担分)の負担割合をみてみると、医療保険等給付分は消費税導入以後減少の傾向にあり、他方患者負担分は増加し続けています。次に財源別国民医療費の推移をみてみます。
表 IV - 9
財源別国民医療費構成割合の年次推移
年次 国民
医療費
公費 保険料 その他
総数 国庫 地方 総数 事業主 被保険者 総数 患者負担
60('85)
61('86)
62('87)
63('88)
平成元年度('89)
2('90)
3('91)
4('92)
5('93)
6('94)
7('95)
8('96)
9('97)
10('98)
11('99)
  12(2000)
13('01)
14('02)
15('03)
16('04)
100
100
100
100
100
100
100
100
100
100
100
100
100
100
100
100
100
100
100
100
33.4
33.1
31.6
31.5
31.4
31.4
31.2
30.4
30.7
31.2
31.7
32.1
32.4
32.5
33.1
32.3
32.6
33.2
34.1
34.8
26.6
26.1
24.9
24.5
24.7
24.6
24.5
23.8
23.7
23.9
24.2
24.3
24.6
24.6
25.1
24.7
24.9
25.2
25.6
26
6.8
6.9
6.7
6.9
6.7
6.8
6.7
6.6
7
7.2
7.5
7.8
7.8
7.9
8.1
7.7
7.7
8
8.5
8.8
54.3
54.6
55.6
55.9
56.1
56.3
56.6
57.6
57.5
56.9
56.4
56.2
54.3
53.3
52.8
53.4
53
51.9
50.2
49.8
23.4
23.6
23.7
23.9
24
24.5
24.7
25.1
25
24.7
24.5
24.4
23.4
22.9
22.6
22.7
22.4
21.7
20.9
20.6
30.9
31
31.9
32
32.1
31.9
32
32.5
32.5
32.2
31.9
31.8
30.8
30.5
30.2
30.7
30.6
30.3
29.2
29.3
12.3
12.3
12.7
12.6
12.5
12.3
12.2
12
11.8
11.9
11.9
11.7
13.3
14.2
14
14.3
14.4
14.9
15.8
15.4
12
12.1
12.5
12.4
12.3
12.1
12
11.8
11.6
11.8
11.8
11.6
13.2
14.1
13.9
14.2
14.3
14.8
15.7
15.3
(厚生労働省 国民生活基礎調査 参照)

表IV‐9より、消費税導入前と比較してみると、国庫負担割合に大きな変化は無い一方、患者負担割合は年々増加しています。これは、消費税が導入された当初サラリーマンの健康保険の窓口負担割合は1割でしたが、平成9年に2割に増え、平成15年からは3割となっていることが影響しています。また高齢者の負担も増え続けています。

これらを見ますと、消費税導入以降、国民医療費は増加し続けているが、その中身は国庫負担以上に患者負担割合が増加しているものであるということができます。
(3)消費税は高齢化社会の財源になりうるのか
消費税は逆進性を有する税です。消費税の収入に占める割合は、世帯年収400万円未満の所得階層では、3.49%であるのに対し、1,000万円以上の所得階層では1.95%と、その負担率は約1.78倍となっています(表IV‐10)。また消費税率変更時の収入に占める割合は、消費税の税率が上がるにつれて増加するが、400万円未満の所得階層と1,000万円以上の所得階層との負担率の約1.78倍はほとんど変化がありません(表IV‐11)。
表 IV - 10
所得階層別消費税額と収入に占める割合
区分 収入に占める
割合(%)
消費税額
(円)
400万円未満
400万円以上 600万円未満
600万円以上 800万円未満
800万円以上 1,000万円未満
1,000万円以上
3.49
2.75
2.44
2.39
1.95
108.041
137,879
168,007
214,097
246,462
表 IV - 11
消費税率変更時の収入に占める割合
区分 税率5%
(現行)
税率7% 税率10% 税率15%
400万円未満
400万円以上 600万円未満
600万円以上 800万円未満
800万円以上 1,000万円未満
1,000万円以上
3.49
2.75
2.44
2.39
1.95
4.88
3.85
3.42
3.35
2.72
6.97
5.49
4.89
4.78
3.89
10.46
8.24
7.33
7.17
5.84
(表10・11共通  日本生活協同組合連合会 「2006年 税金・社会保険料しらべ」 参照)

また、生活保護世帯が近年増加の傾向をみせています。その構成比を見てみると、高齢者世帯が4割以上を占めています(表IV‐12)。
表 IV - 12
生活保護世帯類型別
表IV-12
注:1) 「高齢者世帯」とは、平成17年度からは、男女とも65歳以上の者のみ(平成16年度までは、男65歳以上、女60歳以上の者のみ)で構成されている世帯もしくは、これらに18歳未満の者が加わった世帯。
2) 「母子世帯」とは、平成17年度からは、現に配偶者がいない(死別、離別、生死不明及び未婚等による。)65歳未満の女子(平成16年度までは18歳から60歳未満の女子)と18歳未満のその子(養子を含む。)のみで構成されている世帯。
3) 保護停止中の世帯を除く。
(厚生労働省 国民生活基礎調査 参照)

その生活扶助基準は消費税導入・税率増の時には一定の引き上げがなされ、増税に対する緩和が行われています(表IV‐13・14)。しかし、これは生活扶助世帯のみの緩和であり、他の世帯(例えば、高齢者・低所得者世帯等)には関係のないものです。そもそもこのような調整緩和が行われるのは、消費税の持つ逆進性が原因ではないでしょうか。つまり、政府も消費税の逆進性を認めればこそ、このような小手先とも言える対策をおこなうのです。しかし、その対策の対象となる人々は救われたとしても、その範囲の外の人々には何の助けにもならないものであり、根本的な問題の解決にはなっていないのです。

表 IV - 13
生活扶助基準の変遷
表IV-13
注:1. 第41次までは標準4人世帯基準額、第42次より標準3人世帯基準額で表示。
2. 標準4人世帯の構成は、35歳(男)、30歳(女)、9歳(男)、4歳(女) 標準3人世帯の構成は、33歳(男)、29歳(女)、4歳(子) である。
3. 第43次以降の基準額は1級地ー1である。
4. 第1回は昭和21年3月13日、199.80円から始まり基準の設定方法としてマーケット・バスケットエンゲル方式、格差縮小方式を経て昭和59年からは水準均衡方式を採用し、現在に至っている。
(厚生労働省 国民生活基礎調査 参照)
表 IV - 14
平成16年度生活扶助基準の例
  東京都区部等 地方群部等
標準3人世帯(33歳・29歳・4歳) 162,170円 125,690円
高齢者単身世帯(68歳) 80,820円 62,640円
高齢者夫婦世帯(68歳・65歳) 121,940円 94,500円
母子世帯 158,650円 122,960円
(厚生労働省HP 生活保護制度の概要 参照)

近年の税制改正としては、配偶者特別控除の原則廃止・公的年金控除引下げ・老年者控除廃止・定率減税の半減及び廃止が行われ、この結果、高齢者・低所得者には厳しいものとなっている。(表IV‐15)。

表 IV - 15
年金生活者(74歳・妻71歳 無収入の場合)
年金収入300万円の場合
  平成15年 平成16年 平成17年 平成18年
年金  収入 3,000,000 3,000,000 3,000,000 3,000,000
公的年金等控除 1,500,000 1,500,000 1,200,000 1,200,000
雑所得 1,500,000 1,500,000 1,800,000 1,800,000

社会保険等 110,000
500,000
480,000
380,000
380,000
120,000
500,000
480,000
0
380,000
130,000
0
480,000
0
380,000
140,000
0
480,000
0
380,000
老年者控除
配偶者控除
配特  控除
基礎  控除
所得控除計 1,850,000
0
0
0
0
1,480,000
20,000
2,000
400
1,600
990,000
810,000
81,000
8,100
72,900
1,000,000
800,000
80,000
0
80,000
課税  所得
所得税
定率  減税
納税額
         
住民税納税額 4,000 12,000 121,300 51,500

納税額合計 4,000 13,600 121,300 131,500
H15年比増加額   9,600 117,300 127,500
ここまで見てきたように、国民平均所得の低下、医療保険料の患者負担割合の増加、税制改悪による高齢者・低所得者への課税強化などを踏まえると、このように逆進性を有する消費税は高齢化社会への福祉財源として妥当性を得ないと思われます。

(注1) 医療保険とは、疾病、負傷、死亡又は分べんなど経済的損失について保険給付を行う制度。また医療給付は金銭を支給する方法をとらず、医療機関にかかった費用を、保険者から支払う現物給付が基本。
(注2) 国民医療費とは、国民全体が1年間に傷病治療のために支払った費用の総額であり、この額には、診療報酬額・薬剤支給額のほか健康保険等で支給される看護費等も含んでいる。

V. 消費税の陰「ゼロ税率問題」

トヨタ、日産、本田を代表とする輸出大企業の輸出免税による消費税還付額は巨大なものとなります。2005年度における還付額は、トヨタ自動車で2,665億円、日産自動車で1,266億円にのぼります(表VI‐2)。
表 VI- 2
2005年分、輸出上位10社の輸出戻し税と還付金の資産  関東学院大学教授・湖東京至作成 (単位 ; 億円)
  会社名 総売上高 内輸出売上高 輸出戻し税 国内売上に対し
納税すべき消費税
差引還付税額
1 トヨタ自動車 101,918 65,125 △2,665 374 △2,291
2 日産自動車 38,955 29,294 △1,266 68 △1,198
3 本田技研興業 37,570 25,519 △1,072 108 △964
4 ソニー 31,795 22,574 △1,152 26 △1,126
5 松下電気産業 44,725 19,232 △822 206 △616
6 キャノン 24,814 19,156 △837 64 △773
7 東芝 32,574 15,310 △659 133 △526
8 マツダ 20,321 14,143 △649 28 △621
9 日立製作所 27,133 10,446 △443 136 △307
10 三菱重工業 22,067 9,687 △409 104 △305
合計     △9,974 1,247 △8,727
(注1) 各社の事業年度は平成17年4月1日〜平成18年3月31日
(ただしキャノンだけは平成17年1月1日〜平成17年12月31日)。
(注2) 各社の総売上高は有価証券報告書により、内輸出売上高は各社のホームページなどによって調べた。
(注3) 各社の「輸出戻し税額」、「国内売上に対し納税すべき消費税」および「差引納税額」は地方消費税分を含め、5%として計算した。
(注4) 財務省主税局『平成18年度税制改正の要綱、租税及び印紙収入予算の説明』によれば、平成18年度の還付見込税額は、地方消費税分を含めおよそ3兆円と計算されている。
したがって上位10社で還付見込み額3兆円の29%を占めていることになる。
東京新人会  消費税連続講座 「消費税制、原点からの再検討」 湖東京至レジュメより


確かに支払った課税仕入れに対する消費税の還付は一見妥当なものであると思われます。しかし実際の経済取引において、下請企業に対し競争力で優位に立つ立場から価格が引き下げられるとすれば、下請企業が負担した消費税が輸出大企業に戻されるという結果を招きます。

一方、医療、福祉、教育については社会政策的な配慮により非課税取引とされています。そのため仕入税額控除が適用されないまま事業者が負担することとなります。例えば、学校法人において授業料収入が1000万円、仕入れに係る消費税が30万円であった場合、授業料は非課税であるため消費税を課すことはできません。しかし法人が負担した消費税30万円は控除できないため、すべて法人が負担することになるのです。その負担部分は本体価格を30万円値上げすることで回避できるという考え方もありますが、その非課税とされた趣旨からはずれたものになります。とりわけ医療における薬価、診療報酬については、制度上価格に転嫁することができません。厚生省(当時)は、診療報酬に消費税負担分1.53%を上乗せしたとしますがその根拠は不明瞭であるうえ、結果的にその上乗せ部分は患者に転嫁されたことになります。日本医師会、四病院団体協議会では診療報酬にかかる消費税を原則課税扱いにし、ゼロ税率もしくは軽減税率の適用を要求しています。

しかし、税制調査会は「消費税の税率構造のあり方については、制度の簡素化、経済活動に対する中立性の確保、事業者の事務負担、税務執行コストといった観点から極力単一税率が望ましい(注1)」とし、複数税率の導入には否定的な考えを示しています。また、財務省も国際的にゼロ税率が否定される流れにある(注2)ことからこの要求に否定的です。

平成元年の消費税導入当時、あらゆる業界が非課税を要望したのに対し、電気ガス業界は課税を要望しました。非課税取引となることにより、設備投資等、多額にのぼる消費税を転嫁できなくなることを避けたものだと思われます。ここに業界間における不平等が生じるのです。

(注1)2002年中期答申
(注2)EC第6次指令ではゼロ税率及び5%未満の超軽減税率を否定する考え方をとっている。

VI. 消費税の税率は、他国と比べて低いのか

消費税は、平成元年に税率3%で導入され、平成9年には5%に引き上げられました。その後も、国家財政の再建や社会福祉の維持・推進といった名の下に、税率の引き上げが度々取り上げられてきました。付加価値税を導入している諸外国、特にEU各国の付加価値税の税率は15%〜25%(表VI‐1)であり、それに比べると消費税は非常に低い税率である、と単に税率だけの上辺をあげつらった主張をしばしば聞きます。国民負担からは、本当にそうなのでしょうか。
表 VI- 1
ヨーロッパ諸国の大型間接税(付加価値税)の税率
国名 標準
税率
軽減税率 ゼロ
税率
特記事項
低税率 超低税率
ドイツ 19% 7%   輸出のみ 7%の軽減税率は基礎的食料品、書籍・新聞などに適用。2007.1.1より19%に引き上げ。
オーストリア 20 12   輸出のみ 12%の低税率は基礎的食料品、医薬品などに適用。
ベルギー 21 6,12   輸出と新聞に適用 ゼロ税率は輸出と新聞など限定的なものに適用。
デンマーク 25   輸出とその他に適用 ゼロ税率は輸出のほか新聞など5品目に適用されている。
スペイン 16 7 4 輸出のみ 4%の超低税率は基礎的食品、書籍・新聞、医薬品などに適用。
フィンランド 22 8,17   輸出と新聞に適用 8%の軽減税率は書籍、医療など、ゼロ税率は輸出、新聞、NPOの機関紙に適用。
フランス 19.6 5.5 2.1 輸出のみ 2.1%の超低税率は医薬品、新聞、140日以内の音楽、演劇公演などに適用。
ギリシャ 19 9 4.5 輸出のみ 4.5%の超低税率は書籍、雑誌、新聞などに適用。
アイルランド 21 13.5 4.8 輸出の他
多品目に適用
ゼロ税率は動物の飼育、飲食料品、医療、医薬品、出版物、子供服などに適用。
イタリア 20 10 4 輸出のみ 1998年よりそれまでの19%を20%に引き上げ。4%の税率は一定の飲食料品、定期刊行物、一定の医療などに適用。
ルクセンブルク 15 6,12 3 輸出のみ 3%の超低税率は一定の飲食料品、医薬品、水、運輸、書籍・新聞などに適用。
オランダ 19 6   輸出のみ 2001年から17.5%の標準税率を19%に引き上げ。
ポルトガル 21 5,12   輸出のみ 2007年から19%の標準税率を21%に引き上げ。5%の軽減税率は一定の食料品、水、電気代、医療、新聞・雑誌・書籍に適用。
イギリス 17.5 5   輸出の他
多品目に適用
ゼロ税率は一定の食料品、上下水道、書籍、盲人のための用具、住宅建設、旅客運輸、金、紙幣、医薬品、障害者介護、一定の慈善事業、子供服などに適用。
スウエーデン 25 6,12   輸出の他若干のものに適用 ゼロ税率は人道的機関、血液、ミルク、保険・金融サービス、スポーツや協会の定期刊行物などに適用。
『International VAT Monitor』2007年版などにより湖東京至作成。
 東京新人会  消費税連続講座 「消費税制、原点からの再検討」 湖東京至レジュメより
(1)単一税率と複数税率
〜非課税の範囲が少ない日本と軽減税率の範囲が広いEU諸国〜
消費税は、低所得者に対して逆進性の強い税金であるからこそ、税率引き上げ論とセットで生活必需品を中心とした軽減税率適用論が必ずといっていいほど出てきます。単一税率であるわが国においては、社会通念上や政策上の観点から課税にふさわしくないものを非課税として限定列挙していますが、付加価値税を導入している諸外国では、税率を日本より高くしている反面、逆進性の緩和のため軽減税率やゼロ税率といった複数税率を広範囲に渡り導入しています。

ヨーロッパ諸国のなかで取引高税(売上税)を導入していた国では、その課税の累積がEUを形成するにあたり阻害要因となっていました。そこで、付加価値税(仕入税額控除方式)を導入することで、国境における租税調整がなされ、課税の累積を調整することができ、現在に至っては、付加価値税の導入がEU加盟への条件の一つともなっています。

また、付加価値税がEU諸国のみならず、世界的に広がりを見せているのは、フランスにより採用された仕入税額控除方式とそれによりゼロ税率適用輸出事業者への還付が行われることにその一端があります。これにより、先行して導入が行われた国の輸出事業者は、輸出補助金的性質を有する還付により、輸出行為を優位に保とうとし、導入していない国の輸出事業者は、国際的競争力の面からもその導入を求めることになります。さらに、こういった事業者は、その経済規模からもいったん導入を行われれば、税率の引き上げによる恩恵を受けられることから、財政再建・税収確保・社会福祉拡充などといったお題目を掲げ、その実、還付金の増加による利益へとまい進することになります。これは、今日わが国において経団連を筆頭とした国内有数の企業の主張を見てみれば、お分かりになられることと思います(表VI‐2)。

日本では、消費税導入まで、多段階累進税率による直接税中心の応能負担税制により租税の課税・徴収が行われてきました。

他方、国境が陸続きである諸外国では、大陸間の人々(納税者)の移動が多く、課税をしたくても納税者の所得実態が掴みづらいという問題がありました。特にEU諸国では、その発足により加速度的に人・もの・金が自由に行き来することとなったため、直接税中心の租税体系から、消費に対して課税する(インボイス方式)による付加価値税を中心とした間接税へとシフトしていくのは、ある意味自然の流れといえるのではないでしょうか。また、そこには取引高税(売上税)がそもそも存在していたことも、付加価値税へと移行するのに納税者の抵抗が少なかったこともあると思われます。

そこで、直接税の累進段階と税率を緩和していき、その財源を付加価値税に求めたため、EU諸国では、税率が15〜25%と非常に高くなり、そのため、逆進性の排除ということで、軽減税率やゼロ税率が多品目にわたり設けられました。特に、欧州内では、比較的付加価値税導入が遅かった所得税中心のイギリスでは、間接税である付加価値税を導入するにあたり、複数税率を積極的に取り入れました。
(2)5%の単一税率と15%〜25%の複数税率の実際国民負担
日本では、生活必需品にも課税され、消費税の逆進性の緩和策がほとんど見当たりません。

そこで、国税収入に占める消費税(付加価値税)の割合で比較(表VI‐3)してみると、日本は、24.6%であり、税率が17.5%あるイギリスの23.7%を上回っていることになります。イギリスでは、ゼロ税率が適用される物品やサービスに食料品・書籍・医療品・衣服などと併せて、ビル建設や運送も含まれるなど、実質課税範囲が非常に狭くなっています(表VI‐4)。
表 VI- 3
国税収入に占める消費税の割合
消費税率 日本
5%
イギリス
17.5%
イタリア
20.0%
アメリカ
0%
国税収入率 24.6% 23.7% 27.5% 0%
(宮内豊 編『日本の税制』[平成18年版] 財経詳報社、2006年7付きを参照し、日本については地方消費税も濃く税収入に含めて浦野が計算した)
 浦野広明 著『税民投票で日本が変わる』P78 新日本出版社 2007年より

表 VI- 4
イギリスにおけるゼロ税率、非課税品の物品・サービス
イギリスにおけるゼロ税率の適用
される物品・サービス(schedule8)
グループ1 食料品
グループ2 上下水
グループ3 書籍
グループ4 障害者用物品
グループ5 ビル建設
グループ6 文化財建築物
グループ7 国際的サービス
グループ8 運送
グループ9 移動家屋・居住船
グループ10
グループ11 銀行小切手
グループ12 医薬品・障害者用品
グループ13 輸出入品
グループ14 免税店
グループ15 慈善事業
グループ16 衣服・靴
水野忠恒著『租税法』P688法律学体系より
イギリスにおける非課税の物品・サービス
(schedule9)
グループ1 土地
グループ2 保険
グループ3 郵便
グループ4 かけごと
グループ5 金融
グループ6 教育
グループ7 健康・福祉
グループ8 葬儀
グループ9 貿易・職業団体
グループ10 スポーツ競技と体育
グループ11 芸術作品
グループ12 慈善事業による収益

このことからも日本の5%という税率が、諸外国の付加価値税率に比べて、低率とは決していえません。また、日本は諸外国に比べて物価が高いことから、それに比例して消費税の負担が高いことになります。つまり、実質国民負担からすると比較にならないぐらいの負担を強いられているといえます。

さらに、消費税における判例の中には、消費税が課税最低限以下の所得の者に実質課税されることを認めつつも、それは他の租税やその他政策などを勘案して判断すべきというものもあります。(大阪地裁平成元年(ワ)第5180号損害賠償請求事件(棄却)(確定))

しかし、今日の日本において、低所得者増税・各種補助金の減額・医療費等負担の増加など国民生活全般に負担の増加が求められており、消費税の逆進性の調整はどこにもないのが実態ではないでしょうか。 
(3)複数税率(ゼロ税率を含む)の問題点
複数税率について考えられている問題点は、どのようなものがあるでしょうか。

複数の税率による消費者の混乱
様々な物品・サービス間により税率が異なるようになった場合、それらの選択時に消費者の税率の混乱が起きる恐れがあります。税込み表示の導入が行われるのは、税率引き上げと複数税率導入諸国では、ある意味当然のことといえるでしょう。 

軽減税率(ゼロ税率を含む)適用事業者による税額の利益化
日本においても輸出事業者については仕入税額の還付が行われていますが、軽減税率が適用されている事業者についても、売上の税率より仕入の税率が多い経費については、税率の差額分が事業者の手元に残ることになります。

軽減税率の恩恵
軽減税率の恩恵は、低所得者のみならず、中高所得者にもある軽減税率の適用は、所得の逆進性の排除のためといわれますが、軽減税率が適用されるサービスや物品は、必ずしも低所得者のみが利用・購入するわけではなく、中高所得者も利用・購入をするため付加価値税の中での調整ではなく、累進税率などによる租税体系全体での所得の再配分の徹底した見直しをした方が直接的な救済となるのではないでしょうか。

軽減税率適用事業者と非事業者間の選別や税率適用の区別の難しさと不平等感
軽減税率を適用する事業種目や品目について、大枠では選別できても、個別事由での選別は非常に難しいと考えられます。例えば食料品でも、どこまでの加工食品を軽減税率にするのかなど細かく挙げたらきりがありません。また、軽減税率が適用される事業者と適用されない事業者との負担の不平等感は付きまといます。
さらに、業界団体の影響力や政治の人気取りなどにより、適用事業種目が左右される恐れがあるため、真の公平性が軽減税率により担保されるとは限りません。

事業者コスト・行政コストの増加
複数税率が適用される事業を行っている事業者は、管理コストがかかります。例を挙げると、スーパーで軽減税率と通常税率が適用される売り場では、税率の把握や申告を行うための労力が非常にかかることになります。
行政コストの面では、税率の把握に非常に手間がかかるのと、軽減税率適用事業者への還付手続きなどにコストがよりかかることになります。
特にゼロ税率の範囲を増やすことは、課税対象を狭め、歳入の減少による税率の引き上げ要因ともなる可能性があります。などといった意見があります。
(4)それでも税率引き上げは必要か
これまで述べてきたように、国民の実質的負担からすると消費税の税率は、諸外国と比べて決して低いとはいえず、逆に高いとさえいえます。

さらに、税率の引き上げとそれに伴う複数税率の導入は、コストベネフィットの関係からも、必ずしも有効な手段といえないと考えられます。

おわりに

島国の日本の税制を、大陸的考え方の税制に押しはめる必要は、決してないと考えます。

新自由主義の名のもとに、自由主義的競争社会が過度にもてはやされている時代に沿った税制として、成果主義を税制にも導入し、直接税率のフラット化と付加価値税に頼った租税体系への思考から、今一度、憲法の要請する公平・公正な税制を見つめ直し、所得の再配分という素晴らしい機能を持つ多段階的累進税率の直接税を中心とした日本独自の租税体系への見直し、日本経済の発展に寄与する制度を今一度考える時期に来ているのではないでしょうか。

無駄な行政コストや支出の削減と不公平な税制の更正によって消費税そのものの財源すら確保することも可能なのではないでしょうか。
【参考文献】
「税法学原論(第五版)」北野弘久 青林書院
「納税者の権利」北野弘久 岩波書店
「日本の税金」三木義一 岩波新書
「税民投票で日本が変わる」 浦野広明 新日本出版社
「納税者の権利と法」浦野広明 新日本出版社
「公平・中立・簡素・公正の法理」首藤重幸 田中治 財団法人日本税務研究センター2004
「大増税時代」合田寛 大月書店
「消費課税の理論と課題」宮島洋編著 税務経理協会1996
「不公平税制による増収試算」(2007年度)福祉とぜいきん2006第19号 不公平な税制をただす会企画・編集
「租税法第-八版増補版」金子宏 弘文堂
「労働経済白書平成18年版」編集厚生労働省
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