時潮

「不撓不屈」?
税経新人会事務局長佐伯正隆
高杉良の「不撓不屈」が新潮文庫で今年2月発売され、同名の映画が6月17日全国で一斉に封切られた。TKC の創設者である税理士・公認会計士・故飯塚毅氏の国税当局による弾圧との「闘い」の記録、実名経済小説とその映画化である。「不撓不屈」は当初経済誌『プレジデント』に2001年1月から2002年4月まで連載されたものである。

私の目に「不撓不屈」が飛び込んできたのはある新聞での映画の紹介、というより主人公を演じた滝田栄さんのインタビュー記事である。

「弱者の味方してたたかう税理士」のタイトルと「税理士の飯塚さんはそうした意味での『強いもの』の対極にある、手に技を持っているが経営基盤の弱いものを援助するため、極限をつくして節税法を考え出したんです。弱者の味方をしようとしたんですね。・・・」の記事であった。

飯塚毅氏の名前は税理士登録した18年程前から知っていたが好印象は抱いてはいなかった。「手に技を持っているが経営基盤の弱いものを援助する税理士」の姿は税経新人会の歴史を作り上げてきた数多くの税理士のなかにあり、飯塚毅氏はその対極にある人物で、国税庁と一体となってTKCを上場企業にまで押し上げた辣腕経営者であると理解していた。

事実、本を読むと「開業17年の経験から、文章能力のない零細業者がいかに税務官吏におびえて、心にもない聞き取り書をとられ、あとで泣きをみるか」とか「従来から立会い無用論を唱えて、通常の関与先の税務調査にも、ほとんど立ち会ったことはございません。‥‥税務当局との理論闘争で負けたことは一度もありません」など飯塚毅氏の大衆蔑視感と自己過信(故吉田敏幸氏の指摘)が随所に感じられた。(故吉田敏幸氏は税経新人会全国協議会初代1965〜1967・第3代1969〜1975理事長)

国税当局の弾圧事件は1963年(昭和38)と相当昔のことであり、当時の事実関係を手元にあるわずかな資料を参考に調べてみた。

飯塚毅氏の考案した「別段賞与と日額旅費」に端を発した国税当局の弾圧は相当激しいものであった。当時の木村国税庁長官は同じく1963年頃から民商・全商連の組織破壊を目的として、警察や検察局と一体となって民商会員に対し計画的・集中的な攻撃を直接指導した人物でもある。

飯塚毅氏に対しては関東信越国税局金子秀雄訴務官指揮のもと係員80名を動員して関与先40件の一斉調査が開始された。さらに、顧問先一人一人を税務署に呼び出し、署内印刷の飯塚会計との顧問契約破棄文書に、脅迫的に署名捺印させることまで行った。

飯塚毅氏の「闘い」は、調査予告を前にして、橋本登美三郎代議士を通じての関東信越国税局との交渉、国税庁顧問田中勝次郎博士を同行しての東京国税局との折衝と詫び状、嘆願書の提出である。また、事務所内では飯塚氏による職員に対する不正行為がなかったかどうかの厳しい追求などがあった。

その後、衆議院大蔵委員会での「飯塚事件」に関する質疑応答が開始される。その直後(1964年3月)飯塚事務所幹部職員4名が逮捕される。1965年2月木村国税庁長官退官。1970年11月、職員4名に無罪判決。

小説では何故か一切触れられていないが、飯塚事件に対し税理士業界での支援活動があった。1964年3月、東京税理士会の硬骨漢が神田で飯塚氏に会い、飯塚氏による事件概要の報告がされている。

故吉田敏幸氏の覚書によると、「『飯塚弾圧事件事件』は一税理士を圧殺することが目的ではなく、税務官僚の統制に服さぬものに対する見せしめであり、納税者の権利を守り、租税正義を実現せんとする税理士に対する挑戦である」として、心ある税理士が自らに火の粉が飛んでくる危険もかえりみず、立ち上がった。ただ、飯塚氏が当局といつの間にか和睦してしまうのではとの懸念を持っていたようである。

1965年7月、兵庫県有馬温泉で開催された税経新人会全国協議会創立総会に飯塚氏は来賓として出席し、「私の事件に際して税経新人会が寄せられた支援を心から感謝する。新人会の皆さんが崇高な使命感に燃え、事態の本質を見抜いて支持してくださった事実が私の大きな支えとなった。」と語っている。

原作の頃、飯塚毅氏は健在であり(2004年11月逝去)当然著者とも自らの歴史について語り尽くしているものと思われるが、税経新人会や様々な税理士の支援については一言も触れられていないのは不思議である。

飯塚氏個人の税務当局の理不尽な弾圧に対しての「闘い」は、権力の本質を見抜いた闘いではなく、納税者の権利を擁護するための闘いでもない。決して「不撓不屈」ではないと思う。飯塚氏を頂点とするTKCは、その後、180度の方向転換をし、自民党議員や大蔵官僚等とがっちり手を組んで、税務行政の一翼を担うべく懸命の努力をしている。今TKCは、故飯塚氏の意思を引き継ぎ、「書面添付制度」と「会計参与」の推進を国税庁と一体となって取り組んでいるのである。

(さえき・まさたか)

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