論文

会計指針と会計専門家たる税理士の役割
神戸会国岡

4株主資本の部の移動に関する考え方

(1) 株式会社の資本金等の額の増減(会447〜451条、計算規則48条〜52条)
当初、会社法の条文では、資本の部の資本金、準備金、剰余金間の計数変動が、株主総会の普通決議によりいつでもできると理解されていましたが、計算規則の規定では、資本と利益の混同は許されないという企業会計原則の一般原則を尊重して、資本の部の計数変動において、資本剰余金と利益剰余金の区分が明確になりました。したがって、許される計数変動は、次のようになります。
  資本金を減少して、資本準備金やその他資本剰余金が増加できます。
  資本準備金を減少して、資本金やその他資本剰余金が増加できます。
  その他資本剰余金を減少して、資本金や資本準備金が増加できます。
  利益準備金とその他利益剰余金は、原則として両者の間の増減に限定されます(規則51条)。    
(2) 利益準備金・その他利益剰余金の資本金への振替は不可
 
剰余金の配当に際して計上すべき準備金は、その配当原資として減少することとなる剰余金の種類に応じて、資本あるいは利益準備金を計上します(規則45条)。
両準備金の合計額が、資本金額の4分の1に達するまで剰余金の配当額の10分の1(以上ではない)を積立てることになります(同一)。
 
株主資本内の各項目間の振替も、利益・資本の混同を原則として許容しないことになっています。このため、旧商法では認められていた利益準備金やその他利益剰余金の資本金振替は、会社法の下では行えず、資本準備金とその他資本剰余金に限られます(規則48条一・二)。
60606.gif
(3) その他資本剰余金・利益剰余金にマイナスが生じる場合の例外
  計算規則では積極的に規律していませんが、企業会計の慣行として許容される限り、次の場合の処理を認める余地を残しています(上記の表中の△部分)。
 
払込資本の各項目(資本金・資本準備金・その他資本剰余金)は、マイナスとはしないという処理(規則50条、52条)。
 
いわゆる欠損、利益剰余金がマイナスとなっている場合に、その他資本剰余金があるときには、これを繰入れるという処理(規則52条三)。

5会社法の制定と改正会計基準に伴い、法人税法の定義(2条)が変更

(1) 06年度税制改正で法人税法上、資本金額と資本積立金額の区分がなくなり、「資本等の金額」を「資本金等の額」に変更されました(法人税法2条十六号)。
 
法人の「資本金等の額」は、株主から出資を受けた金額とされました。具体的には株主から払い込まれた金銭の額と給付を受けた金銭以外の資産の額との合計額ということになります。つまり、法人税法では「資本金」単独の概念を放棄し、資本金をゼロに減少しても、法人税法上の資本金等の額には影響がないように考えています。
 
ちなみに、利益積立金額は、法人の所得金額で留保している金額となります(同条十八号)。
 
今年4月1日以後に資本金等の額又は利益積立金額の増減事由が生じる場合に適用されます。
(2) 税法上、有価証券の範囲から法人が有する自己の株式を除くと定義変更されました(法人税法2条二十一号)。

6自己株式に関する会計と税務

(1) 自己株式の取得
 
改正企業会計基準第1号「自己株式及び準備金の額の減少に関する会計基準(H17.12.27)では、「取得した自己株式は、取得原価をもって純資産の部の株主資本から控除する(基準7項)」ことと、「自己株式の取得の付随費用は、損益計算書の営業外費用に計上する(基準14項)」としています。
 
4月1日以前に取得し保有している自己株式は、同日をもってその帳簿価額を資本金等の額から控除することになります(基準8項:株主資本のマイナス表示)。この結果、税務上、自己株式の帳簿価額はなくなります。
 
税務上は、自己株式を取得した時点で、みなし配当を除いた部分を資本金等の額から減額するという手続をとることに変更されます。これは、4月1日以後に行われる自己株式の取得について適用されます。
(取得が資本金等の額の払戻しとなる)
(会計)自己株式/現預金500 
(税務) 資本金等の額400/現預金500
利益積立金額100
 
なお、取得の対価を資本金等の額と利益積立金額に区分する扱いは従前と同様です。発行済株式総数に対する取得した自己株式数の割合で按分します(法令8条20号)。
  法人が普通株式のみ発行していた場合(同令20号イ)
資本金等の額の内、株式等に対応する部分の金額
資本金等の額÷発行済株式等の総数×取得する自己株式の株式数
  法人が二以上の種類の株式を発行していた場合(同令20号ロ)
資本金等の額の内、株式等に対応する部分の金額
その種類株式に係る種類資本金額÷その種類株式の総数×取得する自己株式の種類株式数
    □ 減算する資本金等の額 = 取得直前の資本金等の額 ÷ 発行済株式総数 × 取得株式数
□ 減算する利益積立金額 = 自己株式の取得対価の額 - 減算する資本金等の額
(2) 自己株式の保有と処分
 
財源規制と手続さえクリアすれば、会社は、取得した自社株を保有期間、株式数に制限なく保有し続けることができます。
 
処分方法には、次の方法が考えられます。
    i 新株発行手続で譲渡する(会199以下)
    ii 新株予約権の行使に対して対応する(会2条21号)
    iii 株式交換等で新株の発行として利用する(会768他)
    iv 取締役会等の決議で消却する(会178)
 
会計上の扱い
    その他資本剰余金には、資本準備金減少差益や自己株式処分差益(基準9項)が計上されます。また、自己株式処分差損は、その他資本剰余金から減額し、減額しきれない場合は、その他利益剰余金(繰越利益剰余金)から減額します(基準10項)。
    処分差益と処分差損は、会計年度単位で相殺したうえ、9項及び10項に従って処理します(基準11項)。
(処分時に処分価額が資本金等の増加となる)
(会計)現預金600/自己株式500
自己株式処分差益100
(税務)
現預金600/資本金等の額600
 
税務上、取得が資本金等の額の払戻しとなるため、自己株式を処分した時の扱いは、処分価額全体が資本金等の額の増加となります。
(3) 株式の消却
 
株式の消却とは、取締役会決議(又は取締役決定)により特定の株式を株主名簿から抹消し、消滅させることです。消却の結果、発行済み株式総数は減少します。
なお、定款で定める発行可能株式総数という授権株数枠の問題(以前と同じく、発行済み株式数の4倍まで)ですが、消却によって発行できる株式数は復活しないとするのが判例の立場です(すでに一度は株式の発行がなされているからという理由)。
 
会社法では、株式の取得・自己株式の消却という形で統一されました(会178
 
会計上、減少させる剰余金は、その他資本剰余金の額から減少させます(規則47)。その他資本剰余金等がなければ、その他利益剰余金(繰越利益剰余金)から減額します(基準12項)。税務上は、取得と処分で処理済ですから変動しません。

(会計) その他資本剰余金/自己株式500
その他利益剰余金
(税務)
仕訳なし
(4) 譲渡した株主の課税関係
  譲渡した株主については、自己株式の譲渡対価の額の内、その株式に対応する「資本金等の額」が株式の譲渡収入金額となり、「資本金等の額」を超える部分の金額がみなし配当額として課税が生じます(所25四、法24四、法61の2)。

7会社法・計算規則・会計基準の関係

(1) 会社法431条は、「株式会社の計算は、一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行に従う」と定め、計算規則3条は、「この省令の用語の解釈及び規定の適用に関しては、一般に公正妥当と認められる/企業会計の基準/その他の企業会計の慣行を斟酌しなければならない」としています。「会社法が独自に、一般の会計基準と異なる処理を強制するとか、許容するとかを認めているのではなく、全般的に会計のあり方については、会計慣行を斟酌するという趣旨と考えられ、431条は旧商法の趣旨を再確認した規定」と立案者が説明しています(商事法務1766号6頁)。

さらに「会社の会計は、企業会計の慣行に従うとなっていますので、特に会社計算規則に規定があろうがなかろうが会計と評価し得る範囲内の事項についてはそれに従うといったことになるはずです」とも説明しています(同上7頁)。つまり、会社の会計に関しては、企業会計の慣行を斟酌しなさいといっています。

他方、計算規則3条では、「計算規則に規定されている条文の規定は、会計の慣行を斟酌する」といっています。会社法431条と計算規則3条の両者は、主語が異なる事項の規律を示しているものと立法者が解説しています。
(2) 会計指針は、会計基準委員会を含む関係4団体の代表に加え、学識者も参加して審議され、中小企業庁、金融庁、法務省がオブザーバーとして参加する形がとられました。その結果、「会計指針は、多くの中小企業で必要と考えられる事項を中心に簡便的な会計処理を示したものであり、企業会計基準委員会が公表する会計基準とともに、一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行の一つ」と位置づけられます(同上10頁)。
(3) 「会計指針は、中小企業が計算書類の作成にあたり、拠ることが望ましい会計処理や注記等を示すものである」(会計指針3項)とし、「とりわけ会計参与が取締役と共同して計算書類を作成するにあたって拠ることが適当な会計のあり方を示すものである」(同項)といっています。また、会計指針の「目的に照らし、本指針は一定の水準を保ったものとする」ともいっています。

このように会計指針は、企業会計の慣行の一つとして位置づけられ、これに準拠することが望ましいといわれており、しかも、一定の水準を保つ指針に基づいた計算書類であるためには、指針のすべてを適用する必要があることになります。

今後は、会計専門家たる税理士が会計参与として関与する場合だけでなく、会計顧問として関与する場合にも会計指針を無視して、中小企業の財務諸表を作成することが税理士の実務ではとりえないということになります。したがって、税務申告上容認されていることを根拠として、減価償却費の未償却や負債性引当金の未計上という手法は、あくまで会社自身の選択に委ね会計専門家である税理士としては回避すべきこととなったというべきでしょう。

会計指針を適用することによって生じる中小企業における税務上の繰越欠損金の期限切れ問題等の税務上の諸矛盾は、税理士会を含む関係業界として、中小企業の実態に即して問題点を把握して、繰越欠損金は無期限で通算できるなどの制度変更を政府に要求し、問題提起し、解決していくように検討されなければなりません。

8監査役が会計監査をする実態を構築するためにアドバイスを

(1) 会計監査人設置会社以外の会社の監査役は、次のような監査報告を作成しなければなりません。
 
会計監査権限だけの場合の監査項目(計算規則150)
    監査役の監査の方法及びその内容、
    計算関係書類が、その株式会社の財産及び損益の状況をすべての重要な点において、適正に表示しているかどうかの意見、
    監査のために必要な調査ができなかったときは、その旨及びその理由、
    追記情報として、正当な理由による会計方針の変更、重要な偶発事象、重要な後発事象、
    事業報告に関する監査権限がないことを表明することが必要です。
  業務監査権限を合わせ持つ場合の監査項目(施行規則129
前記のイからニに加えて、
    計算関係書類を除く、監査役の監査の方法及びその内容、
    事業報告及びその附属明細書が法令定款に従い、状況を正しく示していること、
    取締役の職務執行に関し、法令定款に違反する重大な事実がないこと、
    監査のため必要な調査ができなかった事実がないこと、
    適正確保の体制がある場合、その内容が相当でない事実がないこと、
    株式会社の支配に関する基本方針に対する意見(施行規則127)の項目について、監査役の意見表明文書の作成が必要です。
  以上のような監査役の監査報告書の作成義務は、本当に仕事ができる監査役が実在し、なおかつ、一定の訓練がされなければ成立しません。したがって、中小会社では、監査役を確保し、訓練をさせる体制が維持できるかどうか検討しなければなりません。

この体制が無理であれば、株式会社といえども、取締役会設置を廃止して、同時に監査役設置も廃止し、業務執行できる取締役を1名以上選んで、業務運営にあたる体制に移行することを検討しなければなりません(監査役を設置しないためには、取締役会を設置しないことが前提条件です)。

実態に合わせて「取締役会を設置しない」「監査役を設置しない」という選択は、会社の定款変更手続と商業登記手続が必要です。「監査役を設置しない」という選択をした場合には、定款変更時に監査役が任期満了退任したことになります。
(2) 会社法施行日(5月1日)において、すべての株式に譲渡制限を設定しない公開会社で、資本金1億円以下の会社の監査役は、その権限が業務監査権限まで拡大されたことになりますので、自動的に従前の監査役の任期が満了することになります。したがって、新たに監査役を選び直すか、改めて全部株式譲渡制限会社に変更する手続をするか、検討しなければなりません。しかも、従前の監査役の任期満了の登記を施行日から6ヶ月以内に(他の登記手続きがあれば、その登記期限までに併せて行う)しなければなりませんので注意が必要です。
(くにおか・きよし)

▲上に戻る